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渋柿探偵 高峰修二  作者:


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3/8

第3話 拾われた嘘

冬の匂いが、商店街のアスファルトに降りていた。

 暖簾の向こうから漂う焼き芋の甘い香りを横目に、高峰修二はポケットに手を突っ込んで歩いていた。


 依頼は減り、電気代の請求書だけが積もっていく。

 「渋柿探偵」なんて呼ばれ始めたのも、皮肉なあだ名だった。

 渋いが甘くない。つまり、頼りにならないという意味だ。


 そんな折、事務所のドアを叩く音がした。

 「すみません、探偵さんですか?」

 現れたのは三十代前半の女性――西川絵里。厚手のコートの袖を握りしめている。


 「実は、ある人を探してほしいんです」

 「ある人?」

 「……嘘をついたまま、いなくなった人です」



 話を聞くうちに分かった。

 絵里の弟・悠太が一週間前に姿を消したのだ。

 勤め先にも行っておらず、部屋には「ごめん」というメモと、見知らぬ男の名刺が一枚残されていた。


 「弟は優しい子なんです。でも、昔から嘘をつく癖があって……」

 「どんな嘘を?」

 「“大丈夫”って、いつも言うんです」


 高峰はうなずき、名刺を裏返した。

 そこには古びた喫茶店「アカシア」の名前。

 ――奇妙な偶然だ。自分も昔、よく通っていた場所だった。



 翌日、「アカシア」の扉を押すと、ベルがかすかに鳴った。

 カウンターの向こうには、年老いたマスター。

 「悠太くん? あぁ、数日前に来たよ。ちょっと泣いてた」

 「何か言ってました?」

 「“姉ちゃんに嘘をついた”ってな」


 マスターが差し出したコーヒーカップの下には、小さな封筒が置かれていた。

 「預かりものだ。あんた、探偵だろ?」


 封筒を開くと、そこには一枚の写真。

 小さな男の子が、ボロボロの犬を抱いて笑っている。裏には走り書き。

 『俺のせいであの犬を助けられなかった。あのときから、ずっと嘘をついてきた。姉ちゃんに“気にするな”って言われたけど、本当は怖かったんだ』


 高峰は無言でコーヒーを飲み干した。

 胸の奥が、鈍く痛んだ。



 翌晩、高峰は河川敷を歩いていた。

 街灯の下に、コートを着た青年が立っている。

 ――悠太だ。


 「探偵さん……どうして俺を?」

 「姉さんが、嘘をもう一度信じたいって言ってた」


 青年は苦笑した。

 「嘘を信じるって、変ですね」

 「俺もそう思う。でも、人は時々、信じたい嘘の方が優しい」


 しばらく沈黙が流れたあと、悠太は小さくつぶやいた。

 「姉ちゃんに……“大丈夫”って、もう一度言いたいです」


 高峰はポケットから折れた煙草を取り出し、指先で転がした。

 「なら、言ってこい。渋柿だって、時間をかけりゃ甘くなる」



 数日後。

 絵里が事務所に訪れ、深々と頭を下げた。

 「弟、帰ってきました。本当にありがとうございます」

 「俺は何もしてませんよ。拾ったのは、あの子の“嘘”だけです」


 絵里が微笑んで出ていったあと、机の上に残された小さな包みを開ける。

 中には、干し柿がひとつ。

 添えられたメモには、こうあった。


 『渋柿探偵さんへ あなたの味、きっと甘くなりますように』


 高峰はそれを見つめ、静かに笑った。

 外の風が、冬の匂いを運んできた。

 少しだけ、あたたかかった。

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