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渋柿探偵 高峰修二  作者:


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2/12

第2話 消えた猫と約束の夜

雨がやんだばかりの夜だった。

 高峰修二の探偵事務所には、湿った空気と古いコーヒーの匂いが漂っている。

 事件のない日は、こうしてラジオを相手にぼんやり過ごすのが常だった。


 「探偵さーん!」


 ドアのベルが勢いよく鳴った。

 顔をのぞかせたのは、あの少女――佐伯美咲。前に脅迫事件を持ち込んできた依頼人だ。


 「おう、ちびちゃん。どうした、また悪いやつに狙われたか?」

 「ちがうの! うちの猫がいなくなっちゃったの!」


 猫。

 それは事件とは呼べないかもしれない。だが、美咲の目は真剣だった。


 「うちのミルク、どこにもいないの。外に出たことなんてなかったのに……」


 高峰はため息をつき、ジャケットを取った。

 「分かった。探してみよう。俺は“落ちこぼれ”だが、猫探しは慣れてる」



 二人は夜の住宅街を歩いた。

 小さな足跡、濡れた段ボール、民家の影。

 高峰は懐中電灯を照らしながら、地面にしゃがみこんだ。


 「……猫缶、あるか?」

 「持ってきた!」

 「いい子だ」


 猫缶の匂いを風に流す。やがて、物置の奥からかすかな鳴き声が聞こえた。


 「いた!」


 美咲が駆け寄ろうとしたそのとき――

 「こら、勝手に入るな!」と怒鳴り声。


 現れたのは近所の老人、頑固で有名な浜野源蔵だった。

 「おい、探偵だか何だか知らんが、夜中にガキ連れてうろつくな!」

 「すみません、猫を探してまして」

 「猫? ああ……それなら、うちの倉庫に勝手に入ったやつか」


 浜野は懐から、小さな白猫を抱き上げた。

 しかしその手は不自然に震えていた。

 猫の首には、古びた赤いリボン――美咲の家のミルクに間違いない。


 「すみません、本当に……」と頭を下げる高峰。

 だが、浜野の顔はどこか沈んでいた。


 「この子、俺の亡くなった孫が飼ってた猫に似ててな……つい、返したくなくなっちまったんだ」


 美咲は猫を抱きながら、ぽつりと呟いた。

 「おじいちゃん、さみしかったんだね」


 その言葉に、浜野の肩が震えた。



 夜風が冷たくなり、三人は商店街の角で立ち止まった。

 「探偵さん、ありがとう」

 「いや、俺は何もしてないさ。転ばなかっただけでも奇跡だ」


 美咲が笑った。

 「また困ったら、お願いしてもいい?」

 「……報酬が猫缶じゃなければな」


 そのとき、浜野が差し出した。

 小さな茶封筒。

 「これは、お礼だ。金じゃないが……」


 中には、古い写真が一枚。

 孫と猫と、笑う老人。

 「この子が死んでから、ずっと片付けられなかった。だが今日、少しだけ救われた気がする」


 高峰は写真を受け取り、静かに頷いた。

 「……あんたの孫、きっと今ごろ笑ってますよ」



 その夜。

 事務所に戻った高峰は、机の上に写真を立てた。

 コーヒーの湯気の向こうで、笑う少年と猫。

 薄明の中、心の奥にあたたかい光が差し込んだ気がした。


 「転ばずにすんだ夜ってのも、悪くないな……」


 そう呟いて、カップを傾けた。

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