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第7話 自爆なんて聞いてない!

 シリウスと爆発が聞こえた方へ走る。

 護衛が護衛対象から離れるのはどうなんだって? ―――考える暇もなく、あたしはリーネに背中を押されていた。

 いいから行け、彼女の琥珀の瞳がそう言ってた。


 屋敷をぐるりと囲う林を抜けて、最短距離で爆発のあった位置へと駆け抜ける。


 シリウスは凄い速い。

 あたしも速度には自信あるけど、彼はそれ以上。レベル換算すれば、二十は上かな。さすが公式チート、追いつくだけで精一杯だ。


「森を抜ける。この先は……訓練場だね」


 シリウスが丁寧に説明してくれる。

 訓練場……懐かしいな。新しい武器を試す時とか、そこにあるマネキン使ってた。

 あと、訓練用のゴーレムがいて、それを相手にビルドを試すこともできたっけ。


 あの爆発音、どこかで聞いたことがあるんだよね。

 そうだ、思い出した。あれ、ゴーレムの攻撃だ。ハードモードで放ってくる肩の大砲。


 え、ゴーレムが暴走してるってこと!?


 林が開けて、そんなあたしの疑問に答えが提示される。

 その先は円形の訓練場だった。中央を抉るように大穴が空いて、その傍で一人の女の子が二体のゴーレムを引きつけている。


「アルミリアッ!!」


 シリウスが彼女の名を叫んだ。

 ゴーレムと対峙するその金髪の女の子をあたしはもちろん知っている。


 アルミリア・ヴァールゾルグ―――残火守のリーダーで、烽火院の主。

 さすが作中屈指の強者。二対一で不利なのに、足が一歩も乱れていない。


「シリウスか。すまない、力を貸してくれ。私一人では少し厄介でね」

「了解。カノンさん、協力してくれるかな?」

「あ、はいっ、任せてください!」


 シリウスが間に割って入ったことで、金髪の女の子―――アルミリアが一歩後ろに下がる。

 あたしは遅れて、シリウスとは別の、もう一体のゴーレムを相手にすることに。


 ゴーレムといっても……その見た目は、全長三メートルほどの人型ロボットだ。特徴的なのは肩のキャノン。

 間違いない、烽火院の訓練用ゴーレムだ。カメラアイが赤く光っているから、今はリミッター解除中の暴走モードらしい。


 さてと……行動パターンは頭にある、倒せない敵じゃない。


「んじゃ、やろっか、ゴーレムくんっ!!」


 両手で剣を握り直し、地面を蹴って真っ直ぐ馬鹿正直に突撃する。


 ゴーレムは迎撃のために左手の機銃をあたしに向けた。


 機銃の射線から外れて、ゴーレムを中心に円を描くように動く。


 肩のキャノンがある分、上半身が重い―――つまり、旋回が遅い。

 この速度をヤツは捉えられない。あたしの二歩後ろに機銃の弾が着弾して、砂煙を上げる。


 弾が土を抉る音で背中がぞわっと冷えた。

 土が跳ねてちょっと頬に当たる。頬が切れて、温かいものが垂れた。

 現実なんだよね、これ。あたしロクな防御手段ないからあれ当たればハチの巣。でも―――もう止まれない。


「よい……っしょっ!!」


 右の死角から力任せに剣を振って、ゴーレムの防御を誘発。

 狙い通り、ヤツは右手の剣であたしの攻撃を防いできた。


 だから、軌跡をずらして、刃を滑り込ませる。


 返す刃で胴体に一撃……っ!

 けど……やっぱ鋼鉄の身体に斬撃はあまり効果的じゃないみたい。


 レーヴァ=ルクスがあれば……って思うけど、この人たちの前であたしが聖剣を抜けば、リーネが剣の聖女じゃないってバレちゃう。

 それだけは絶対NG。だから、今はこの武器だけで対処しなきゃね!


付呪強化エンチャント・ロックウェポナ……!!」


 剣に強く魔力を込めて、土属性のエンチャントを発動。

 ざらり、と砂が逆流する。

 刃の周りに石が張りつき、鈍い岩塊みたいな剣になる。

 岩を纏わせたのは、斬るためじゃなく叩くため。

 刃じゃなく、重さで潰す。


「機械には打撃……っ!!」


 また真正面から踏み込む。決められた動作しかしない機械相手なら、これが一番やりやすい。

 あたしを迎撃するためにゴーレムが右手の剣で薙ぐように払う。

 小さい体格を利用して姿勢を低くして、その刃を躱す。

 膝の外側を掠めて、背中側に回る。


「そぉぉぉ……れっ!!」


 狙いは胴体、機械が集約しているコアブロック。

 フルスイングでそこをぶっ叩く!!

 ゴーレムの外装が僅かに砕けて、バランスを崩して倒れ込んだ。


「一応確認するけど、壊していいんだよね?」


 シリウスに聞いたつもりだったけど、彼より先にアルミリアが答える。


「構わない。派手にやってくれ」


 アルミリアは戦況を一瞥するだけで判断を終えて、そう短く指示した。


「りょーかいっ!!」


 エンチャントを解除。武器を斬撃属性に変更。

 岩の刃が崩れ落ち、下から鋼の刃が覗いた。


 倒れ込んだゴーレムを踏み台にしながら、剣を逆手で持って、刃を砕けた装甲の隙間に差し込む。


 手応えあり。

 全身を激しく痙攣させて、ゴーレムは機能を停止させた。

 カメラアイから、赤い光が失われていく。


 派手にやってくれって言われたけど、ちょっと地味だな、これは。

 もっとこう、かっこよく爆発とかしてくれた方が、演出的には派手でヒロイックなんだけど―――


「機能停止ヲ確認。当機ハ機密保護ノタメ、十秒後ニ自爆シマス」

「……え」


 ゴーレムの腹の奥から、割れたスピーカーみたいな声がした。


 機体の奥から熱が滲む。

 背中が凍って、足が勝手に後ろに下がった。

 遅れて、頭が言葉を理解する。

 今、何て言った? 自爆? 自爆って、言ったよね?


「ちょっ、ちょっと待って! は? 自爆機能!?」


 シリウスの方を見ると、彼もちょうどゴーレムを倒し終えたらしい。

 そしてやっぱりなのか、もう一体も自爆カウントをほぼ同時に進めていた。


 いやいやいやいや!!

 自爆なんて聞いてませんが!? このゴーレムにそんな機能なかったじゃん!!


 ってマズい、ツッコミなんてしてる暇ないよ、ここは逃げないと―――逃げるってどこに!? 訓練場は開けすぎている。身を隠す壁なんてないんですけど!!


 十秒……ダメだ、この足じゃ間に合わない―――遮蔽物、ない!!


「下がって―――」


 アルミリアのものではない冷たい声が、後方から聞こえた。


 息が白くて、肺が痛い。

 思わず鳥肌が立つほどの寒さが一瞬で広がる。


「《凍って》」


 パキン、と空気が割れる。

 それはとても短い、魔法の詠唱。

 あたしは苦手だからあんまわからないんだけど、それが本来の詠唱からかなり短縮されたスゴ技だっていうのは、なんとなく直感でわかる。


 一瞬だった。

 自爆カウントを進めていた二体のゴーレムは、瞬きをする合間に氷の像と化して、冷たい結晶の中に閉じ込められていた。


「……シリウス」

「了解した」


 アルミリアが指示を出し、それに従ったシリウスが一撃で氷を粉砕する。

 バラバラに砕け散ったゴーレムは訓練場の大穴に落ちていき、遅れて、穴の中で派手に自爆、火柱が上がった。


 熱風が頬を撫でる。

 間に合わなかったら大惨事だった。助けてくれた人にお礼を言わないと。


 振り返ると、さっきの氷の魔法を放った張本人だろう女の子が、訓練場に姿を現していた。


「怪我はない?」


 空色の髪―――毛先にかけて紫のグラデ。青と紫のオッドアイ。小柄で、凍てついた視線があたし、シリウス、アルミリアの順に向けられる。

 あたしを見た瞬間、一瞬眉をひそめたけど……多分、初対面だからだと思う。そう思いたい。


「これで何機目? 一体どれだけ壊せば気が済むのさ、アルミリア」

「三機目だな。しかしノア、私は今回は何もしていない。暴走するようなことは何も―――」


 アルミリアの言葉が詰まった瞬間、ノアと呼ばれた少女が目を細めた。

 ノア・ノクステラ―――残火守最強の魔法使いで、嘘を見抜く魔眼持ち。


「本当に? 何もしてないし何も言ってない?」

「『本気でかかってこい』とは言ったな」

「はぁぁぁぁ……」


 底を突くような深いため息。心底呆れている、という彼女の内心がよーく伝わってくる。


「それ、リミッター解除のキーワードだから」

「なに、一体誰がそんな設定を追加しろと言った?」

「他でもないきみ本人。訓練用のゴーレムに手応えがないって文句言ってたじゃん。伝えたはずなんですけど?」

「……あぁ、たった今思い出した」

「いや思い出すとかそういう問題!?」


 衝動的にあまりにも場違いなツッコミを入れてしまった。

 そのせいで、全員の視線が一斉にあたしに向けられる。

 ノアが無言で睨み、アルミリアは目を逸らす。そして最後……シリウスが気まずそうに咳払い。


「……コホン」


 沈黙が切り裂かれる。


 ノアの視線はまだ冷たいまま───いや、冷たいというより、氷点下に晒した刃物みたいな圧であたしに突き刺さっている。


 うわ、これ、完全にミスった。


「……きみ、誰?」

「え、あっ、えっと、あたしは……いっ!?」


 言葉に詰まった瞬間、頬の辺りがじん、と痛んだ。


 さっきの機銃で砕けた土片が掠めた部分がぱっくり開いていて、風が当たる度にヒリヒリする。


 がしっ、と両手で顔を掴まれた。


 ノアの左右で色の異なる瞳がじっとあたしを……いや、これ多分あたしの頬の傷を見つめている。


「傷、手当しないと」

「えっ、あ、いや、このくらい平気、っすよ?」

「それはダメ。……傷口、残ったらごめん」


 ノアは一言謝りながら、あたしの頬の傷にそっと触れて目を瞑った。

 魔力がぽっと、マッチの火のように灯って、あたしの傷口全体に広がる。


 見なくてもわかる、今、急速に傷が塞がってる。すごく、顔がゾワゾワする。回復魔法ってこんな感じなのか、なんか、温かくてくすぐったい。


「はい、これで大丈夫」

「あ、ありが……ざます」


 傷口が残ったらごめん、なんて言う割には、治療は完璧。触っても、怪我してたことわからないくらい綺麗に傷が塞がっている。


「それで、きみ誰?」

「彼女については、わたくしから説明します」


 背後、訓練場の入口から聞こえてきた声が、ノアの疑問に答える。

 振り返ると、イルセナリアとリーネがそこにいた。


 リーネはあたしを見つけると、ほっとしたように笑って……いや、可愛いけど、今はそれどころじゃないから沈まれ、オタク。


 ノアの視線がリーネに移り、イルセナリアに移り、最後にまたあたしに戻ってくる。

 怖い。視線が冷たい。さっき治療してくれた手と同じ人とは思えない温度差に、コミュ障陰キャのあたしは溶けてしまいそう。


「では、場所を変えるとしよう」


 アルミリアが短く言った。

 戦闘の時とは違う、組織の長としての声。

 それだけで空気が一段落ち着くんだよね、さすがだ。



     ◇



 屋敷―――烽火院の中に入ると、澄んだ空気に出迎えられる。

 外の訓練場の土と火薬と煙の臭いが嘘みたいに消えていた。

 廊下は広く、古い石造りの壁にランプが並び、ところどころに金属の配線みたいなものが露出している。


 やっぱここ、ファンタジーの顔してるくせに根っこが機械文明なんだよな。

 世界観の混ざり方が絶妙に気持ち悪い。……好きだけどさ。



 応接室は、ゲームで見たとおりだった。

 柔らかい絨毯、重厚な造りの木の机、革張りのソファ。

 壁には世界地図と、絵画と……あとよくわからないツボ。

 ゲームじゃ、アルミリアのセンスでチョイスしたって書いてあったかな。


「どうぞ、好きに掛けてくれ」


 そうアルミリアに促されたので、あたしとリーネは部屋に入って右側のソファに並んで座る。

 あたしたちが着席したのを確認して、アルミリアとイルセナリアがその向かいに。


 シリウスは護衛として入口の警戒のため壁際に立つ。

 ノアも同様に座らず。窓の近く、背を預けるように立ってじっとあたしを見ている。

 胃が痛い。疑われてんのかな、そりゃそうか、ゲームでもこの子は最初主人公を疑ってた。


「―――さて。ようこそ、聖都フレアリスへ。私の名はアルミリア、君たちの来訪を歓迎しよう」


 空気が、ぎゅっと張り詰める。


「神託の内容は我々も既に把握しているが……まず、君たちの一体どちらが『剣の聖女』なのか確認したい」


 アルミリアのこちらを探るようなその問いに、リーネは迷いなく即答する。


「私が、リーネフォルテ・エル・クレストリア―――剣の聖女です」

「君が……リーネフォルテ」


 アルミリアの鋭い視線がリーネに移る。

 それでもリーネは怯むことなく毅然としていた。さすが王女。


「では、そちらは?」


 アルミリアの視線がそのままスッと、あたしにスライドする。

 そうですよね。リーネが聖女なら、一緒にいるあたしはどうなんだって話ですよね。


「あ、えっと、あたしは……」


 コミュ障陰キャを発動させながらそれでも勇気を出して答えようとすると、リーネの手があたしの手にそっと触れた。

 大丈夫、任せてください―――自信に満ちたリーネの瞳がそう言っている。頼もしいことこの上ない。


 なら、安心だね。この場はリーネに任せよう。うん、それがいい。


 リーネが息を呑み、ひとつ息を吐く。

 すっと前のアルミリアを見据えて、口を開いた。


「彼女はカノン。私の友人であり……もう一人の、剣の聖女です」


 ――――――はい?


 え、待って。

 それ、みんなの前で言うやつじゃない。

 ねぇリーネ、何を―――

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