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第5話 世界、壊れてました

 自己犠牲ルートに突っ込んでしまう推しが笑って暮らせる世界をつくる。

 そのためにあたし、カノン・フィリアは、バグったフラグで前倒しになっちゃった世界崩壊の引き金負けイベント「断界機ソルファリオの暴走」を、リーネと一緒に突破!!


 突破した―――はずなんだけどね?


 ……世界は、きっかり、しっかり、壊れてました。


 いや、マジで……笑いごとじゃないのよ、これ。


 わかってたけどね。

 じゃないとストーリー始まらないからさ。

 このゲームは世界が一通り壊れてから、人々がどう抗うかを描くゲームだからさ。


 やっぱり……あの程度じゃ、定められた脚本を覆すことは不可能らしいです、とほほ。




 パリ、パリと、辺りの結晶が砕け散るのがわかった。

 ゲーム通りならここは、クレストリアの中心街。

 ソルファリオと戦った広場で、あの戦いで巨大なクレーターが出来ていて、リーネたちはその中心に結晶化して眠ってた。


 いつ目覚めるか、それすらも正確に示された神託が未来では出回っていて、ちょうどタイミングを見計らって、あの人たちと出会うんだっけ。


 目を開く。

 わかっていたことだけど、周囲には廃墟が広がっている。

 隣を見れば、リーネがあたしの肩に寄りかかるように眠っていた。


 裸で―――


 あたしは爆速で目を逸らした。


 うぉい!? これは一体どういうこっちゃ!?

 ゲームでは3Dモデルの都合上服着てたけど、実際は裸だったってこと?

 よく見たらあたしも服着てないし!


 あぁ、そうか、確かこの結晶は、あの日の衝撃で壊れてしまった大深淵の結界。そこから溢れ出した深淵の波からあたしたちを保護する、聖剣の防衛プログラムみたいなもんなんだっけ。


 服はいらないってことかよ。わかってんなルクス。


 ということは周囲を見るからに―――うん、大深淵の結界は、決壊してしまったらしい。

 溢れ出した深淵は、世界を蝕んで夜をもたらした。

 その領域内では、開けない夜が永久に続いている。

 普通の夜と見分ける方法はただ一つ、月が出ているか、否か。


 うん、出てないね。夜空に星の海が広がってはいるけど、月はどこにもない。


「ただの夜じゃないよねぇ……」


 守れなかった、という責任感が、あたしの胸を突き刺した。


 チビたちを心配してしまうのは、どうしてなのかな。

 やっぱカノンの心? ううん、違う……あたし、この世界が好きだから、どれだけ小さな砂粒だとしても、喪失してしまうのが耐えられなかった。 


 へへ、ざまぁないぜ、あれだけ啖呵切ったのに結局か。

 世界を救うってドヤ顔で宣言した数分後にはこれって、ちょっとリーネに申し訳ない。


 セーブデータ、ロードし直したいな。

 おいおい、いつセーブしたんだよ。セーブすらできてねーよ。


「ん、ぅ……カノン?」


 隣で寝ていたリーネが、ゆっくりと目を覚ました。

 寝ぼけて焦点の合っていない瞳が、あたしを見ながらうるうると揺れている。


 うおっ、寝起きリーネかわよ。

 いやそうじゃなくて、まず一旦彼女に何か服を着せてあげなくては。

 あの柔肌を衆目に晒すわけにゃいかんのだ。


 とはいえ……その衆目がどこにいるんだよって、話なんですけどね。


 見渡す限りの廃墟、廃墟、廃墟!

 焼け焦げた石畳、折れた塔、そして泥に塗れた機械兵の残骸!


 あとなんかめっちゃ寒い。そりゃ人の営みの欠片もない環境だから当然なんですけどね?


 この展開を既に知ってるあたしとしても、こんな中に裸で放り出されんのは残酷すぎない? と思わずマジレスしそうになる。


 どうしよっかなぁ、これ。あたしはまだいいんすよ、貧相だし。

 でもリーネが良くないでしょ。まだ十五歳ですよこの子、木島夏音より十個も下なんですよ。

 そんな子が肌晒して廃墟にポツン……なんて、絵面が犯罪すぎやしません?


 あ、でもこれいいな、想像で描いてた服の下の資料がガッツリ補完されるからあたしの中のリーネ全書がまた分厚くなったぜ。


 じゃなくて!


「ちょっと待っててね。今、着るもの探してくるから」

「着るもの?」

「絶対自分の身体は見ないこと。それじゃ、少々お待ちくださいお嬢様ー!!」


 あたしはリーネにそう一言告げて、夜の廃墟探索に出撃したのだった。


 で……その辺に落ちてた布適当に組み合わせて、服……これを服と呼んだら仕立て屋さんがブチギレそうな布切れで、ある程度身体は隠せた。


 その途中で、真っ黒に焦げた食卓を見つけた。

 皿は三つ、椅子も三つ。そこにいたはずの家族だけがきれいにいない。


 胃がまた、誰かにギュッと握り潰されたみたいに締め付けられる。


 リーネのもとに持っていくと、彼女は少し恥ずかしそうにしながらあたしの提供する服を着てくれた。


 さて、これでそろそろいいだろ。


 あたしはゲームでこの先の展開を知っている。

 予定調和がその通りにやってくるのなら、そろそろ第一村人登場の時間だ。


 ……きた。


 周辺の空間が一部裂けた。

 その中から怪物が、ゆっくりと這い出してくる。

 全身を泥で覆われた人間が四足歩行しているような見た目の、黒い化け物。


 深淵の魔物───アビサル・クロウラー。


 人の手足みたいなものが、泥の中で溶けかけたみたいにぐにゃぐにゃと蠢いている。

 いや現実で見たらかなりエグめのビジュアルしてるな。見てるだけで正気削られそう。


 案の定、リーネはビビってあたしの背中から離れないし。ちょっと柔らかな感触が心地良いので、そのまま続けてくれると助かります。



 ゲーム本編、プロローグが終了した直後。

 廃墟と化したクレストリアで目覚めた主人公たちは、モンスターに囲まれる。


 そして、そこに颯爽と現れる黄金の風っ!


 怪物たちが一撃で胴を両断されると同時に、目の前に一人の青年が降り立った。

 第一村人、登場だ。


「……どうやら、間に合ったみたいだね」


 爽やかイケメンボイスが疲れた心にしみるぅ〜!


 金髪碧眼の青年、シリウス・グランヴィル。

 目覚めた主人公たちと最初に会う味方NPCで、作中設定だと主人公陣営最強の剣士だった気がする。

 身の丈ほどの大剣を軽々と振るうもんだから、高火力の一撃を直剣みたいな速度で叩き出す公式チートキャラ。


 いやマジで、全編通してめっちゃ世話になりました、ありがとう。


 シリウスは敵が全滅したのを確認すると、大剣を背中の鞘に収納してから、こっちに近付いてきた。


「お目覚めのところ申し訳ないんだけど、君たちに尋ねたいことがあるんだ。いいかな?」


 あたしはリーネと目を合わせてから、こくり、と小さく頷く。


「君たちのどちらが、リーネフォルテなのかな?」


 ……答えを間違えるなよ、カノン。

 ここであたしですって言えば、少なくともリーネが剣の聖女として任務で各地に赴くことはなくなる。

 自己犠牲エンド回避のために、できる限り彼女の負担になるようなことは───


「私が、リーネフォルテです」


 フル回転していた思考回路が、背後からの声にズバッとぶった切られた。


 えちょ、リーネ?

 ちょっと待ってよ、それじゃあたしのプランが。リーネ幸せ計画が!


 ゲームでもここでは主人公に『黙る』『リーネだと偽る』『人に名を聞く前にまず名乗れ』と三つの選択肢が用意されてたのに。


 つくづく、ゲーム通りにはいかないようです。


「では、彼女は……」

「彼女の名はカノン。私の……友人です」


 一瞬だけ考える素振りを見せたリーネは、あたしに「これでいいんですよね?」と視線で語った。


 あたしがコミュ障なことを考慮して前に出てくれたのか……リーネフォルテ、いい子、好き。世界はもっとこの子に優しくあるべきだよ。


「承知した。すまないが、僕の任務は君たちを無事に聖都へ連れ帰ることでね。同行してもらう、拒否権はない」

「……構いません」


 リーネが同意すると、シリウスは自分の上着を脱いで、あたしたちに「まず、これを」と手渡してくる。


 多分、身体隠せってことなんだろう。


 オーバーサイズの真っ白なコートの中には、あたしとリーネの身体がすっぽり収まった。


 こういうことサラッとやるのがシリウスの良いとこなんだよなぁ。


 彼に先導されるまま、あたしたちは廃墟となったクレストリアを進む。


 深淵の魔物は、シリウスのオーラにビビって全然寄ってこない。


 これも原作通り。

 彼は太陽信仰の国で生まれた烈日の子。

 その身に陽光の加護を宿していて、彼の周囲数メートルは安全圏。


 ひとまず今は、シリウスのそばにいるのが一番安全ってこと。

 加護のおかげでシリウスの周りだけ暖かいし。


「まず、名乗らせてもらうよ。僕はシリウス・グランヴィル。聖都の剣士だ」


 ちょうどあたしが沈黙に耐えかねた頃に、シリウスが口を開く。


「君たちは自身が置かれている状況を、まだあまり理解できていないだろう。だからざっくりと、君たちが封印されてからについて説明する」


 ……知ってはいたけど、かなり時間が経ったんだな。


「まず結論から。クレストリアは滅亡した」


 知ってました。いざ突きつけられるとしんどい。

 隣でリーネも気まずそうに目を伏せてる。


 チビたちの「カノンねーちゃん」って声が、一瞬だけ耳の奥でリフレインした。

 すぐに掻き消すみたいに、あたしは心のどこかを無理やり無表情にする。


「でも安心してくれ。国民の何割かは避難して、現在聖都で暮らしている」

「それは、安心しました……」


 リーネの顔がぱぁぁっと明るくなった。

 民を思う王女として、国民が無事なら嬉しいよね。それが何割かでも、さ。


 あたしとしては、ほぼ全員救う気であの剣を振ったんですけどね。

 いや、原作じゃほぼ全滅だったのが都市国家としての機能不全で済ませられてるなら、上々か。


 あ、そうだ。ゲームではプロローグから十年が経過してるんだけど、今って何年なんだろう。

 そう疑問に思えば、あたしは躊躇うことなくそれを口にしていた。


「今って、何年……なん、です、か?」


 だめだ、リーネ以外の人間相手だと自前のコミュ障が余裕で発動しちゃう。


「光暦という暦が続いていたならば、今はおおよそ、3123年だね」

「……やっぱ十年経ってんだ」


 それだけの時間が経過したら、そりゃクレストリアも廃墟になるよね。


 十年、あたしは何をやってたんだよ。


 隣を見れば、リーネも少し申し訳なさそうにしていた。

 育った国が、目覚めたら更地なんだもんな、そりゃ気まずいよ。


「シリウス様は何故ここに?」

「僕は神託に従い、ここに君たちを迎えに来た。『剣の聖女を出迎えよ』と、うちの聖女がね」


 リーネフォルテの問いかけに、シリウスは笑顔で答える。


 もう一人の聖女―――イルセナリア・アリステリア。

 世を救う剣の聖女と、世を導く祈の聖女。

 リーネフォルテとイルセナリアの存在は、この世界には超大事。

 イルセナリアが受けた神託の通りにシリウスが登場するのも、まだ原作通りの展開。


「聖女……?」


 リーネが首を傾げると同時に、廃墟群を抜けて視界が開けた。

 目の前にいるのは、リーネと瓜二つの落ち着いた雰囲気の少女。


 ちらりと隣を見ると、リーネは自分のコピーを前にしたみたいに、ほんの一瞬だけ眉をひそめた。


 彼女が───イルセナリア。

 リーネフォルテと同じく、世界が生んだ祈の聖女。

 神の声を聞き、神託を人々に届ける代弁者。


 見た目がリーネと同じなのは、彼女の役割自体がリーネのバックアップ的な側面もあるから、なんだってさ。

 原作では、そのバックアップが機能することはなくて、イルセナリアはただただお労しい聖女様だったわけだけど。


 イルセナリアはあたしたちが無事なことを確認すると、一歩前に出てシリウスに労いの言葉をかけた。


「シリウス。剣の聖女の保護、ご苦労様でした」

「いえ。僕は自分にできることをしたまでのこと。それよりイルセナリア様、車外に出てはお身体が」

「短時間ならば問題はありません。それに、世を救う鍵を迎えるのですから、わたくし自身が動かなくては」


 そうシリウスに微笑むと、イルセナリアはあたしたちに近付いてくる。


「初めまして、剣の聖女様。わたくしは祈の聖女イルセナリア。あなたが目覚めるこの日を、心待ちにしていました」

「剣の聖女リーネフォルテです。こちらは、友人のカノン」

「あ、えっと、カノン……です」


 心の声はめっちゃうるさいけど、コミュ障だから現実じゃまともに自己紹介ひとつこなせないんだよね、あたし。


 この癖、正直早く直したい。リーネ相手なら問題なく会話できんのにさ。


 と、そんなあたしを警戒してか、イルセナリアが目を細めた。

 ごめんなさい、本当にコミュ障なだけなんです。


「彼女は、目覚めたばかりでまだ混乱しているようです。気にしないでください、いつものことですので」


 ナイスフォローだよリーネ!

 もう大好き、そういう細かい気遣いほんっとうにありがたいし、多分今後も助けてもらうことになるんだろうな!!


 ……まぁ、だから色々背負って、気遣って、世界のための最善の選択だとか言って、自己犠牲エンドを選んじゃったわけなんですけどね、この子。


「詳しいことは車内で。どうぞこちらへ」


 イルセナリアはそう言って、あたしたちを車に案内する。


 そう、車。魔力で動く装甲車。

 廃墟と星空の中、無骨な装甲車だけがぽつんと現実味を主張している。

 ファンタジーゲームのタイトル画面に、突然戦争FPSのUIだけ貼り付けられた、みたいな違和感。


 世界観どうなってんねんと当時は突っ込んだけど、これも実は旧時代が超機械文明だったっていう伏線なんだよね。

 深淵との戦いは何万年も続いていて、その都度大深淵を封印することで耐えてきた、っていう歴史がある。


 この車もその遺物の技術を流用して製造されたものなんだけど……とはいえ、ファンタジー世界に装甲車は異質だな。


 あたしたちはイルセナリアに促されるまま、車に乗車する。


 何はともあれ、ひとまずはこれで安心だ。

 この世界はこれから、どうなっちゃうんだろう。

 あたしなんかが聖剣を抜いちゃったせいで、原作よりもひどい、最悪のバッドエンドルートを進んだりなんてしないよね。


 いや、今はネガティブなことは考えない。

 あたしがリーネを救うためにやるべきことは、まだ沢山あるんだから。


 ……たとえ世界が、あたしにまだ勝ちを譲る気が無くても、ね。

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