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第41話 四体同時ボス、リベンジ

 要塞の中には、必要最低限の警備兵しかいなかった。

 侵入されることを考慮していないのか、それとも、あえてなのか。

 あまりにも静かで、それがかえって気持ち悪くて、恐ろしい。


 何か起きるんじゃないか、って予感はあったけど、それを考えている暇もなく時間は経過していく。


 シリウスが先頭に立って、敵を警戒しつつ進む。

 ノアが周囲を魔力探知して、敵の配置と複雑な要塞内部のマップを即座に組み立てる。

 アルミリアは防衛ラインに立つセナリアと連絡を取り合いながら、遠隔で防衛線の指揮をしていた。

 あたしとリーネは、体力を温存しつつ後方の警戒。


 全員が全員の役割をこなしながら、着実に一歩ずつ前に進む。


「止まって」


 ノアの指示を受けて、シリウスが足を止めた。

 大剣を手に壁を背にして、曲がり角の先をちらりと見る。


(敵影発見、数は一)

(周囲にそれ以外の敵はいない。一撃で仕留めて)

(了解)


 多分、そんな感じのやり取りが、無言で頷く二人の間で交わされた。

 ノアが何も言わずとも、シリウスは大剣を握り直して曲がり角の先をもう一度確認し、駆け出す。


 人影があった。


 鎧を纏った兵士だ。

 目が赤く、肌は夜のように黒く、口元からは泥が溢れ出している。

 それなのに、歩き方は整っていた。

 理性のない魔物のくせに、所作一つ一つが洗練されている。


 そこに、黄金の風が一つ吹いた。

 敵の接近に気付き、兵士が腰の鞘に手を伸ばす。


 でも、もう遅い。


 気付いた時には、シリウスは既に魔物を通り越して向こう側に立っていた。

 彼が微笑みながら振り返ると、兵士の頭部がゆっくりと落ちて、身体が黒い液体を撒き散らす。

 泥みたいな血が要塞通路の石畳に落ちて、ぬるりと広がった。


「進むぞ」


 アルミリアの指示で、あたしたちは通路を全力で駆け抜ける。


 要塞の中は、やっぱり静かだった。


 足音がやけに響く。

 石畳の隙間に染み込んだ泥が、靴の裏にねっとり絡みつく感触が最悪だった。


 まるで、要塞全体が生き物みたいに思えた。

 壁も床も、呼吸しているような気がしなくもない。


 通路を抜けると、天井の高い広間に出た。

 太い柱がいくつも並んでいて、古いタペストリーが壁に垂れ下がっている。

 その大半は泥で塗り潰されていて、何が描かれているかもわからない。


 ……嫌な予感が、確信に変わる。


「シリウスっ!!」


 あたしが息を呑むより早く、アルミリアが声を上げた。

 ホール内に踏み入ったシリウスが、足を止める。


 銃声が一発―――

 眉間に飛来した銃弾を左手で掴み取り、シリウスは背中の大剣を引き抜いた。


「手荒い歓迎だね」

「あらら、まさか素手で止められちゃうなんて思わなかったわぁ」


 甘ったるい女の声がして、広間の二階から、シリウスを撃った狙撃手が姿を現す。

 艶めかしい笑みと、真っ白な肌。

 腰元から伸びて蠢く触腕が、蛇のようにうねり、あたしたちを睨みつける。


「ウェヌスか」

「は~い。久しぶりね、で・ん・か♡」


 アルミリアが名前を口にすると、ウェヌスは唇にそっと触れて舌なめずりをした。


 こいつ一体ならなんとでもなるんだけど、そう簡単にはいかない。

 ウェヌスだけじゃない。この部屋にいる気配は、あと三つ。


「シリウス! まだいる!!」


 あたしが声を上げると同時。

 雷鳴が轟いて、シリウスが剣を振り抜いた。

 一瞬だった。金属同士が衝突する甲高い音が鳴って、人影があたしたちの前方に降り立つ。


 赤い髪が揺れる。

 挑発的な笑みを浮かべる褐色の顔が、アルミリアを見る。


「チッ……アンタも来たのか。最後の楽しみに取っておくつもりだったんだがなァ」

「自らが先陣を切り、兵のしるべとなる。それが私だ、忘れたか?」


 アルミリアがあたしたちの前に出て、黄金の槍を構えた。

 内側から魔力が燃え上がって、槍の表面に稲妻が走る。

 バチッ、と彼女の周りが弾けて、石突が床を突いた瞬間に―――空気が爆ぜた。


「来い。かつての主として、引導を渡してやる」


 いつになく……ううん、今まで見たことないくらい、アルミリアは激怒していた。

 言動はいつものように冷たく、鋭く。それでも、確かに消えない熱を宿して。


「相変わらずムカつく真面目さだな。おい、聞いたかジジイ! 筋肉ダルマ!!」


 ユピテルが大声で叫ぶと、あたしたちを囲むように六芒星の魔法陣が展開された。

 そこから放たれる鎖を、ノアが指を鳴らして打ち消す。


「下手くそ」

「ほんのご挨拶でございます、お嬢さん」


 柱の陰から長い外套に身を包んだ白髪の老人が現れた。

 モノクルの位置を直しながら杖をつき、背中の触腕をひきずってこちらに一礼する。


 続けて―――天井を突き破って、大男が降り立った。

 土煙が晴れた先で、金髪の大男が大剣を地面に突き刺し、刃物のように冷たく鋭い視線をあたしたちに向けていた。


 光銃のウェヌス。

 雷槍のユピテル。

 水杖のメルクリウス。

 炎剣のマルス。


 ヴァールゾルグの皇帝を除いた最高戦力が、この広間に集結している。

 四体同時か……だいぶハードだな、これ。

 あたしの心臓が、緊張で一際大きく脈を打つ。


 どこからか―――カチ、カチ、と。

 時計の針みたいな音が聞こえる気がした。

 幻聴じゃない。多分、アルミリアの懐中時計。


 時間が、減っていく。

 三十分しかないのに、こんなところで足止めされる。

 でも、時間ばかり気にしていたら負ける。


「全員、戦闘準備」


 アルミリアが短く指示をした。

 シリウスが大剣を構え直し、ノアは右手を向ける。

 あたしはリーネと顔を合わせて頷いて、聖剣の鞘を預ける。


「……行こう、ルクス」


 聖剣の柄を握り直す。

 勢いよく引き抜くと、金色の刀身が光を纏って強く輝く。

 空になった鞘は五つの剣に分かれて、リーネの周囲を舞う。


 雷鳴が二つ―――


 アルミリアとユピテル、二人の槍が音より早く突き出されて、激突。

 その衝撃が合図になって、あたしたちはそれぞれの方向に駆け出した。


 四戦神と遭遇した際の役割分担は事前に話し合っておいた。

 マルスをシリウス。ユピテルをアルミリアが押さえる。

 そして、あたし、リーネ、ノアの三人でウェヌスとメルクリウスを討つ。


 アルミリアとユピテルの槍が火花を散らして、稲妻が床を這う。

 その衝撃で、タペストリーの泥がパラパラと落ちて、天井の照明が揺れた。


「―――行くよ!」


 あたしは叫んで、ウェヌスの方へ駆ける。

 リーネのソードビットがあたしよりもワンテンポ早くウェヌスに襲いかかった。


「あらあら」


 ウェヌスが腰の触腕を操ってビットを散らす。

 その隙に、二階まで一気に跳躍してあたしが斬り込む……!


「おぉぉぉりゃぁぁぁぁぁっ!!」

「やるじゃない♪」


 あたしが振り抜いたルクスを、どこからか飛び出した氷の壁が阻む。

 メルクリウスの魔法だ―――連携しているのはあたしたちだけじゃない。


「でも、残念っ」


 ウェヌスの銃口があたしに向けられた。

 そこにビットが追撃して、射撃を妨害。

 余裕に満ちていたウェヌスの笑みが消えて、舌打ちが鳴る。


「邪魔ぁー」

「卑怯とか言わないでよ!」


 二階の手すりを蹴って、ウェヌスにもう一度踏み込む。

 その瞬間―――足元の空気が凍った。


「っ……!」


 床一面に氷が張って、うまく踏ん張れない。


「油断したのぉ、ウェヌス」


 柱の陰から、メルクリウスの声。

 モノクルの奥の眼が笑っている。やり口が性格悪すぎる、ムカつく。


「ノア!」

「わかってる!」


 ノアが腕を一振りして、床に張った氷を割った。

 だけど完全には消えていない。

 割れた氷片が、まだ靴裏に引っかかる。


 あたしは剣先を床に突き立てて、強引に体勢を立て直す。

 滑る床の上で、刃を杖代わりにするみたいに。


 そのおかげで、ウェヌスの銃撃を紙一重で躱せた。


 視界の端で、ノアとメルクリウスが魔法の撃ち合いをしている。

 無数に展開される魔法陣―――あたしには理解できない高次元の戦いだ。

 でもそのおかげで、メルクリウスの妨害はない。

 今は……ウェヌスの撃破に集中!


「余所見は厳禁よ」

「わぁってるよ!」


 一発、二発、三発―――銃弾を回避して、接近。


「はぁぁぁぁぁっ!」


 横薙ぎの一閃を、ウェヌスは自分の銃で受け止めて大きく後退する。

 リーネのビットが追撃。二本で挟み込むような軌道を描いて、ウェヌスに襲いかかる。


「邪魔ぁ!」


 ウェヌスが声を荒げて、銃でビットを叩き落す。

 銃身が大きく曲がって、もう射撃は不可。


 そこに間髪入れずに、あたしが飛び込む。


 ウェヌスは銃身がひん曲がった銃をあたしに投げつけてきた。

 雑な攻撃なんて効かない。ルクスで両断して、さらに前に踏み込む。


 にやり、とウェヌスが笑った。

 嫌な予感がして足を止めると、あたしの目の前の床が突然爆発した。


「地雷……!」


 事前に魔法を設置していたんだ。くそっ、やられた!

 爆発の衝撃で柱に背中を打ちつけて、膝をつく。

 穴の開いた二階の通路の先で、ウェヌスがいつの間にかもう一本の銃を取り出してリーネに照準を合わせていた。


「リーネ!」

「問題ありません」


 三本のビットが障壁を展開して、銃弾を弾く。

 残りの二本で反撃。複雑な軌道を描いて襲いかかる。


「邪魔って、言ってるでしょっ!」


 腰の触腕が大きくうねって、二本のビットが叩き落される。


「この程度……!」


 ビットからフィードバックする痛みに堪えながらも、リーネはビットを強引に動かしてウェヌスの触腕を壁に縫い留めた。


「カノン!」

「りょーかい!」


 絶好のチャンス到来!

 両足と剣先に魔力を込めて、全力で床を踏み込む。

 壁を走って地雷で空いた大穴を飛び越え、壁を走って肉薄。


 着地した瞬間、ルクスの刀身が黄金に眩く輝いた。


 距離を殺す。

 間合いを潰す。

 そして―――振り抜く!


「速いじゃない!」

「取った!」


 いける……!

 触腕はビットに縫い留められて防御に回せない。

 この速さなら銃での防御は間に合わない。

 確実に入る―――仕留める!


「でも、ざーんねん♡」


 ウェヌスの瞳が、ぎらりと光った。

 その瞬間、あたしの足元の床がぬるりと歪む。


「っ……!?」


 遅れて、黒い泥が噴き出した。

 床の隙間から影が膨らんで、波になって、手になって、あたしの足首に絡みつく。


「うわ、きっも!」


 ぞわっとした感触に、反射で足を引こうとする。

 けど、引けない……! 吸いつくみたいに、泥が離れない!!


「殿下ほどじゃないわね」


 ウェヌスが笑った。

 縫い留められて動けないはずの触腕が、ぶちぶち、と嫌な音を立てて千切れていく。

 痛みなんて感じないみたいに、肉の裂ける音と一緒に、触腕が自由になる。


 そしてその触腕が―――鞭みたいにしなって、あたしの顔面に振り下ろされる。


「うそっ……そんなのありなの!?」


 反射でルクスを立てて、触腕を受け止める。

 重っ……! だめだこれ、弾かないと持っていかれる!


「こん……にゃろっ!」


 触腕を弾いて体勢を直すと、視界の先でウェヌスが銃口を向けていた。

 あの向きは―――左の付け根っ!


 どうしてか、狙っている場所がわかった。


 ルクスを振り抜くと、確かな手応えがあった。

 銃弾が二つに分かれて、あたしの後ろの柱と壁に痕を刻む。


 音よりも速い銃弾の軌道が見える。


 ルクスを使っている時だけ。

 ルクスを抜いている間だけ。

 ルクスを信じていると、全身から力が湧いてくる。


 前もこんなことがあった。

 よくわからなかったけど、今ならわかるよ。

 聖剣の中から力を貸してくれているんだよね、リーネ。


「どうして……!?」


 千切れた断面から、すぐさま新しい触腕が生えてきた。

 ウェヌスはそれを天井に突き刺して距離を取る。

 あたしが空を飛べないとわかって、空中へ。一度の踏み込みじゃ絶対に届かない場所に。


 逃がさない……!


「リーネ、足場お願い!」

「はい!」


 ウェヌスを追うように、ソードビットが空中で静止する。

 助走をつけて二階の通路から飛び降りて、ビットを足場にして近付く。


「この……!」


 余裕がなくなって目を見開いたウェヌスが、あたしに銃口を向けた。


 ―――右肩。


 一歩―――

 飛来する銃弾をルクスの刀身で受け止めて、構わずに前に出る。


「こ、来ないで!」


 二歩―――今度は顔。

 首を傾けて、紙一重で回避。銃弾が頬を掠めたけど、ダメージはない!


「嘘、嫌っ!!」


 三歩―――焦りすぎだ、それじゃ外れる。

 読み通り、銃弾はあたしの肩スレスレをすり抜けた。


「速すぎるッ!」


 四歩―――駄目だ、これは躱せない。

 でも、あたしが既に踏み込んだビットが目の前で障壁を展開して、銃撃を遮る。


「いやっ……!」


 五歩―――触腕がウェヌスを守るように包み込んで、反撃を捨てた。

 刀身に魔力を込めて、全力で振り抜くっ!


「うぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁっ!」


 ルクスの刃が触腕を切り裂いて、支えを失ったウェヌスの身体を叩き落とす。

 足場を失ったあたしも、一緒になって落下―――でも、まだ仕留め切れていない!


「リーネ!」

「全剣同調―――パワーゲート!」


 あたしの落下に合わせて、ビットが五芒星ペンタグラムを描いて魔力の膜を張った。

 ルクスの刀身にありったけの魔力を込めて、膜越しに魔力を放出する……!


「こいつでぇぇぇぇぇぇ!!」


 純粋な魔力の奔流が、膜を突き抜けて唸る。

 二倍、三倍に膨れ上がって、防御札を失い落下する怪物に襲いかかる。

 光が呑み込んで、爆ぜて、砕けていく。


「……やるじゃない」


 直撃―――

 ウェヌスの身体が空中でひしゃげて、骨が軋み、肉が千切れるような音がした。

 二階から一階へ、泥の雨みたいな血を撒き散らしながら落ちて、床に叩きつけられる。


「終わり……だッ!!」


 着地と同時に、黄金に輝く聖剣が怪物の心臓を貫く。

 触腕が力なく落ちて、身体が爆ぜて、泥の雨があたしに降り注いだ。

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