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第39話 決戦前夜って落ち着かない!

 決戦前夜って、どうしてこんなにも落ち着かないんだろう。


 昔っからあたしはそうだった。高校受験の日も、大学受験の日も、面接の日も、いつも緊張ばかりしていた。

 もちろん―――【フォストリエ】の発売前日もそう。


 明日は命をかけた戦い。

 だから疲れを持ち越すのはアウトなのに、あたしの目は何故か、眠ろうとすればするほど冴えていた。


 隣のベッドで可愛らしい寝息を立てながらスヤスヤと眠るリーネを、起こさないようそーっと動いて部屋の外へ。

 廊下に出ると、夜の澄んだ空気があたしを迎えた。


 だけど、なんか息苦しい。

 きっと戦争のせいだ。聖都の中に満ちる緊張が、風に乗せてここまで波及している、とかそういうやつ。


 訓練場に足を運んだ。

 理由はない。あるとするなら多分、ここが一番綺麗に星空が見えるから。


 だだっ広い訓練場のド真ん中に寝転がって、仰向けになる。

 緊張してどうしようもない時は、星空を見上げて落ち着く。

 あたしの知る星空とはちょっと違うけど。でも、やっぱり落ち着く。


 ……いや、正直、丸い月がリセットボタンに見えなくもないけど。

 この感覚、前もあったな。

 元を辿れば、この胃をきゅっと締めるストレスの出所も、全部あたしが原因なんだけどさ。


 目を瞑ると、瞼の裏にこれまでの道のりが全部映し出される。

 遠かったよ、ここまで遠かった。いや、それほど時間は経ってないんだけどさ、ようやく、あたしの世界を救うための旅が始まった、みたいな感じがして、ちょっとワクワクしているところもある。


 人の死がかかった戦争を前にワクワクって、お前狂人かよ。って思うけどさ。

 多分……そうやって他人事みたいに考えないと、繊細なカノンちゃんはストレスで磨り潰されちゃうので。


 それでだよ。


「カノン」


 どうやら、同じように眠れないやつが一人いたようで、あたしは訓練場に現れた人影に名前を呼ばれた。

 入口の方を見ると、穏やかな顔をしたアルミリアがこちらに手を振っている。

 憑き物が落ちた、みたいな表情をして穏やかに笑っていた。


「珍しいな、こんな時間まで起きているなんて」

「そう? まだそれほど遅くなくない?」

「何を言う、既に零時を回っているぞ」


 肩を竦めて言いながら、アルミリアは懐から取り出した懐中時計をあたしに見せた。

 うっわマジだ。いつの間にこんな時間経ったんだ。いやあれか、あたしがさっきこれまでの道のりがどうとか言ってた時か。


「アルミリアだって、なんでこんなところに来たの?」

「緊張で眠れなくてな。少し心を休めるついでに、身体を動かそうと思った」

「あたしと一緒じゃん。アルミリアもそういうところ、あるんだね」

「君は私を、人間らしい感情が一切ない機械人形か何かだとでも思っているのか?」

「いやいやまさか」


 特に中身もなくて、当たり障りのない会話をしていると、アルミリアがあたしの隣にやってきて腰を下ろした。

 星空を見上げて、アルミリアはあたしへの当てつけみたいにこう呟く。


「世界のために自分すら駒にした、冷酷非道な為政者を演じている少し抜けた女子おなごだよ、私は」

「うぇ、やめてよ、一言一句繰り返すの。今思うと中二臭くて死にたくなる……」

「ハハッ、意味はわからないが、君が羞恥を感じているのは伝わってきたよ」


 羞恥心で死にそうになっているあたしを見て、アルミリアは口元に手を当てて笑みをこぼす。


 ぶん殴って暴走を止めたあの日から、アルミリアはなんだか少し変わった。

 ユーモア、というか、あたしたちをいじるようになった、っていうか。

 冷徹で冷酷、身内ですら容赦なく切り捨てそうな怖い指導者の仮面がほんのちょっと崩れて、見た目相応の女の子らしさが出るようになった。


 正直、少し「可愛いなこいつ」って、あたしの心が揺らぐくらいには。


「アルミリア、少し変わったよね」

「君に鉄拳で制裁されたから。と言いたいが、私は何も変わっていない。変化したように見えるのは、私が僅かに合理を捨てて情を持つようになったからだろう」

「それが少し変わったっていうんだよ。それに、うん、年相応の女の子らしさが出てきた」

「なんだ、それは?」


 あたしのふざけた言動を受けて、アルミリアが眉間に皺を寄せ困惑の表情を浮かべる。

 忙しくてずっと気にも留めていなかったけど、アルミリアって何歳なんだろう。


「それに、私に女子らしさはいらない。哀れなだけだろう?」

「そうかな。アルミリアも可愛いじゃん」

「何を勘違いしているかわからないが、私の歳は二十五だ」

「……ま?」


 えっ嘘、マジで、そんなことあります?

 前世のあたしと同い年? いや、そりゃそうか、十年前にバリバリ戦場にいたって言ってんだから当然か。

 いや、にしても見た目若くないか?


「なんだ、その化け物でも見るような顔は」

「いやだって、そりゃ、ビビるでしょ……何があったらそんな、えぇ……」


 威圧感とか、恐怖とか、そういうアレで忘れそうになるけど、アルミリアは随分と小柄だ。

 あたしも背は低い方だけど、背丈はあたしと大差ない。少しだけ彼女の方が大きいか、ほんのちょっと、小指の関節から関節くらいまでの差でしかない。


 いや、チビってバカにするわけじゃないけどさ。

 でも、アルミリアはそう、それこそ、萌えキャラだったら背丈がコンプレックスになっていそうな低身長だった。


「……実を言うと、訳あってこの身体は十五で成長を止めている。だから君が私から少女としての可憐な一面を見出すのもわからなくはない。見てくれだけなら、私はまだ少女なのだからね」


 黒い手袋で覆われた左手を見つめながら、アルミリアはサラッと言ってみせた。


「ちょっと待って、情報量多い」

「君が聞いたんだろう?」

「聞いたけど! マジか、それは知らなかったわ……」

「未来を知る君でも、これは知識の範囲外だったか」


 いや、だってさ……まぁ、ぶっちゃけ【フォストリエ】って、年齢詐欺のキャラ多いけどさ。

 アルミリアだけは、原作でも年齢が伏せられてたんだよね。それがまさか、こんなところで回収されることになるとは。


 そうそう、原作との乖離といえば。


「一個だけ聞いてもいい?」

「どうぞ」

「アルミリアってさ、なんで、左手に手袋してるの?」


 あたしがそう尋ねると、アルミリアは目を見開いた。

 右手が咄嗟に左手を押さえるみたいに動いて、誤魔化すように笑う。

 聞いちゃまずかったか。……まぁ、見えてる地雷だったけど。


「未来の私もそうしていたのか?」

「いや……未来のアルミリアは、手袋してたけどその下が義手だった、機械の」

「……そうか」


 空気が一気に冷え込んだ。

 さっきまでの和気藹々としていた雰囲気が台無しだ。


 原作のアルミリアは、左手が機械の義手だった。

 以前襲われて、アルミリアの左手をナイフが貫通した時、あたしの耳は確かに、肉が裂ける音を聞いた。

 アルミリアの左手は義手じゃない、生身だ。


 だからなんだ、って話なんだけどさ。


 アルミリアは少し考え込む素振りを見せて、「うん」と小さく頷いた。


「実は私の左手には祖国の戦神の加護が宿っていてね。この手袋を解放すると、目に映る者を手当たり次第に殲滅する狂戦士と化してしまうんだ。だから普段はこうして抑えている、というわけさ」


 ペラペラと早口で捲し立てながら、アルミリアはドヤ顔で語ってみせた。


 つまり、あたしにはまだ明かせない事情、ってことらしい。

 ノアの右目がなくても、アルミリアのこの、一昔前の中二病真っ盛りの男子中学生が妄想していそうな言い訳が「嘘」なことくらい、あたしにだってわかる。


 言いたくないなら、これ以上突っ込むわけにもいかない。

 ここから先はただのあたしの我儘でしかないからさ、それに巻き込むのは申し訳ないし。


「……すまない、冗談だ。だが、君にはまだ明かすことができないんだ、察してくれ」

「どうして?」


 突っ込まないって思っていたのに、あたしの口は勝手に滑っていた。


「知られると、今後の戦いに支障をきたすかもしれない。君の負担になるのは避けたい」


 アルミリアは目を伏せて、自分を嘲るみたいにふっ、と笑う。


 それは、一体どういう意味で?

 どうして、あたしの負担なんかを考えるんだよ。

 彼女なりの気遣いに、心が痛かった。


「気にすることはない。私の口から明かさずとも、いずれわかるだろう。だからそう、それまでの“お楽しみ”というやつだ」


 アルミリアは取り繕ったような笑みを浮かべて、その場の重くなっていた空気を誤魔化した。

 お楽しみ―――そうは言うくせに、その顔はちっとも楽しそうじゃない。


 あたしたちの間に、沈黙が流れた。

 何を喋っていいかわからなくて、口を開きかけては、何も言えずに閉じるだけ。

 気まずい、というか……何だろうね、この気持ち。

 何かを忘れているような、見落としているような、そんな感覚があった。


「君に少し、頼み事をしてもいいか?」


 ふと、アルミリアが静寂を切り裂いて言った。


「私は、父を眠らせたい」

「眠らせる……?」

「あぁ」


 星空を見上げて、ぽつり、と零すようにアルミリアは続ける。


「この戦は、父の意志ではない」

「主、ってメルクリウスは言ってたけど」

「それはおそらく、深淵アビスの意志のことだ。人は深魔ディメナになると、アビスの破壊衝動に囚われて、『人類を滅ぼせ』というただ一つの命令を遂行するようになる」


 アルミリアの声はいつも通り淡々としていて、静かだった。

 静かすぎて、夜風の音の方がうるさく感じるくらいで、耳を傾けないと声が聴きとれない。


「でなければ……あいつらがあのような、戦士の誉れなき戦いをするはずがない……っ」


 悔しそうに下唇を噛んで、アルミリアは吐き捨てるように言った。


「父は最期に、自らアビスの核を喰らって魔物となった。それは決して人を滅ぼすためではなく、人を守るための選択だ。こんな戦いを、父はきっと望んでいない」


 左手を握り締めるアルミリアの声には、珍しく怒りが滲んでいた。


「……もう終わりにする。父の永劫の戦いを私が終わらせる。これは、そのための戦なんだ」


 穏やかに笑って、アルミリアはぽつりとこぼす。


「しかし、私一人ではどうにもならない」


 アルミリアは真剣な眼差しをあたしに向けて、深々と頭を下げた。


「だからどうか、明日の戦。君の剣を、私に捧げてはくれないか」


 その言葉は別に「聖剣を貸せ」とか「寄越せ」とか、そういう直接的な意味じゃないと思う。

 どちらかと言えば、覚悟の問題、ってやつ。

 剣とは言っているが、要は「力を貸して欲しい」とアルミリアは頼み込んでいる。


 父を眠らせたい。戦いを終わらせてあげたい。

 それは嘘偽りのない、アルミリアの、娘としての本音に聞こえた。


「何言ってんの、今更じゃん」


 だからあたしは、アルミリアのその想いに応えるために、拳を突き出して笑った。


「あたし、アルミリアのことを救うために、今必死こいて頑張ってんだよ?」


 その答えが意外だったのか、アルミリアは目を丸くして何度か瞬きをする。


「あぁ、そうだったな」


 そして、アルミリアは微笑んで、あたしが差し出した拳を右手で軽く小突いた。


 ……長話をしていたら、段々と眠くなって欠伸が出てきた。

 あたしは眠い目を擦りながら立ち上がって、アルミリアに別れを告げる。


「眠くなってきたら、そろそろ寝るよ」

「あぁ、おやすみ」

「おやすみ」


 短く挨拶を交わして、あたしは訓練場の出口へ、欠伸混じりに歩いていく。


「カノン」


 ふと、アルミリアに呼び止められた。

 振り返ると、穏やかに笑いながら彼女はこう言った。


「この戦いが終わったら―――」

「はいストップ! それ以上はフラグになるので黙れシャラップ!!」


 なにドテンプレな死亡フラグ突っ立てようとしてんだよこいつ!

 あたしが散々あんたの死亡エンドを回避するために頑張ってんのに、余計なことすんなよバカ!!


 まぁでも、そういうバカをやらかすのが、ド天然なアルミリアらしいというか。

 だから、ありがとう。


 おかげで、ちょっとだけ緊張が和らいだ気がするよ。

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