第37話 で、どうやって勝つの?
正論を感情論でぶん殴る言い争いの余韻も冷めないまま、作戦会議が始まる。
と言っても、気持ちの切り替えができていないのはあたしくらいなもので、アルミリアも、リーネも、シリウスも、セナリアまでもが真剣な表情でノアが表示した立体映像に向き合っていた。
あたしだけが、まだ喉の奥に熱を残している。
というか、さっきまでぶつけていた言葉の破片が刺さっているみたいに喉がヒリヒリして痛い。
「まず、判明している情報から整理するよ」
ノアが端末を操作して、聖都周辺の地形を模した立体映像に無数の赤い点を表示していく。
「敵の総数は三千。ただし、個の質が違う。単純計算で千倍と見積もっていいと思う」
「三千の千倍ってことは……」
「三百万ですよ、カノン」
「う、うわぁ……考えたくないね……」
背中を何か冷たいものがツー、と伝う。
リーネが補足してくれたその数字は、あまりにも絶望的だった。
単純計算で千倍……要するに、本当に一人一人が一騎当千の英雄たち。
……こんなの相手に、あたしたちは本当に勝てんのかな。
「いや、もうあと半分、戦力は少なく見積もっていい」
アルミリアが腕を組みながら冷たく言い放つ。
「了解。じゃあ脅威を半分と見て、敵の数は千五百と仮定して―――」
「いや、総数自体は三千だ。だが、千倍というのは深淵の波到来以前の、戦士としての脳と理性を保っていた頃の話だ。侵蝕を受け、深淵の魔物と化している今は、全盛期と比べれば、大きく弱体化している」
「根拠は?」
アルミリアは真剣な表情のまま、あたしを一瞥してから言った。
「ユピテルが全盛期ならば、誰の目も彼女の姿を捉えることはできず、一撃で心臓を貫かれていただろう。カノンを馬鹿にするつもりはないが、ある程度渡り合えていた時点で脅威度は低下していると見ていい」
「うぐっ……」
あの広場での戦いを見たアルミリアの率直な感想に、あたしは思わず声を漏らした。
悔しいけど、彼女の言葉は事実だ。あたしにはまだ実力が足りない。
「余興……ってメルクリウスは言ってた。余興のつもりなら、誰も殺す気はなかったんじゃないの?」
置いていかれないように、あたしも口を挟む。
「私の目から見て、彼らは全力だった。あれ以上何かを隠し持っていることはない」
「根拠が薄い」
主観的な意見では役に立たないと、ノアが一蹴する。
アルミリアは少し考え込み、何かを決意したみたいに頷いた。
「信じてくれ」
「……は?」
「信じてくれ、と言っている。幼少から彼らと苦楽を共にした私の判断だ」
それは何の根拠もない感情論だった。
より良い未来のために何かを切り捨て続けてきたアルミリアの口から飛び出したのは、命令ではなくただの“お願い”。
それが信じられなかったのか、ノアが端末の上で指先を止めた。
氷みたいに冷たい目で、アルミリアを見上げる。
「人の主観は役に立たない」
「だがそれ以外に材料がない」
「きみが嘘をついている可能性もある」
「なら、私の自信が虚栄であるかをその右目で見るといい」
淡々と言い切るアルミリアに、ノアが小さく舌打ちをした。
「飛んできて、戦ってすらいないくせに」
「なら直接刃を交えた者に聞こう」
アルミリアが振り返って、シリウスを見た。
シリウスは腕を組んだまま、短く言う。
「僕はアルミリアの言葉を信じる」
「……へぇ」
「マルスと呼ばれたあの大男……彼は少なくとも、力を隠しているようには見えなかった。実力自体は、今の僕と互角と見ていいだろう」
ノアが一つため息をついて、「わかった」と頷いた。
次に、ノアの視線があたしに向く。
そうだった。あたしもユピテルと直接ぶつかってんだった。
でも……あたしには、そんな違いはわからない。
「うーん……あたし、がむしゃらだったから、本気かどうかってのはわからないんだけど……」
「きみには未来の記憶があるんじゃないの?」
「それを突かれると痛い……」
だってあたしが知ってんのは、正確には未来じゃなくて原作だし。
魔竜の時みたいに知らない能力があったらと思うと、安易に「未来ではこうだった」って言ってみんなを油断させたくない。
異常が起きた時。
物事が予想通りに進まなかった時。
どれだけ取り乱して、どれだけ視野が狭くなって、どれだけ自分を大切にしなくなるかは……痛いほど知ってるから。
「イレギュラーはその都度対応するから、とりあえず知ってる情報を洗いざらい吐いて」
「わ、わかったよ……」
くそぅ……こういう時のノアの冷静さが身に染みる。
「あたしの知る限り、ユピテルの行動パターンは同じだった。四戦神とは戦争の時に戦ったけど……今のみんななら、一対一に持ち込めば勝てる気がする」
瞬間、全員の表情がちょっとだけ明るくなったような気がした。
でも、とはいえ相手は三千。想像しただけで胃が痛い。
「……なら」
ノアが、端末を軽く叩く。
「あの四体はそれで対応するとして、三千の兵はどうする?」
―――沈黙。
誰もすぐに言葉を出せなかった。
立体映像の赤い点が、さっきよりも濃く見える。
映像の外側から、現実が押し寄せてくるみたいで、考えてるだけで胃が締めつけられる。
「……その前に、一ついいでしょうか?」
リーネが手を挙げて、素朴な疑問を口にした。
「彼らは何故、深淵に呑まれてもなお意識を保っているのでしょうか」
リーネと一緒になって頷くセナリア以外、全員が沈黙する。
あたしも、ごく当たり前だと思って話を進めていたけど……そういえば、リーネはまだこいつらのこと、初見だった。
「リーネフォルテとカノンには、まだ説明していなかったな」
そう言って、アルミリアはノアにアイコンタクトを送る。
ノアが端末を操作して、人体の立体映像が室内に表示された。
人間……に見えるそれは、身体のどこかから二つの触腕が生えている。
「深淵の侵蝕を受けた者が、強固な意志によって抗おうとすると、中途半端に侵蝕を受けた怪物に変わってしまう。私たちはそれを―――深魔と呼んでいる」
アルミリアは左手を僅かに握り締めながら、淡々と語った。
「ディメナ……」
初めて耳にするであろうその単語を、リーネは小さく復唱する。
深魔―――ゲームでは特殊な強化個体として扱われていた、意志を持つ魔物たち。全てのパラメータが増強されて、行動パターンが増えて、とにかく厄介な敵だった。
四戦神が強かったのは、ディメナ化していたからだ。
身体の一部から生えたあの触腕が、ディメナの目印。
「人の意志を持つのなら、対話や交渉はできませんか?」
全員の視線が、リーネに向けられた。
甘っちょろい考えだよ。
それでも、リーネはそこで、できる限り多くのものを救おうとする子だから、希望を持ちたいと思うのは当然。
でも―――
「残念だけど、見た目が人と同じってだけ。会話なんて無理だよ。あの広場で散々思い知ったでしょ」
「……そう、ですね」
メルクリウスが高らかに宣言した、聖都の蹂躙。
その宣告を思い出して、諦めを飲み込み、リーネは目を伏せた。
「わかりました」
リーネは何かを決心したように頷き、顔を上げた。
その決意は、諦めの決意だ。
理想を捨て、線引きすることを意識した決意。
今までのリーネフォルテには、なかった意識だ。
「話戻す。三千の対処」
ノアが淡々と言って、立体映像をくるりと回転させる。
聖都の東側―――平原のど真ん中に、赤い点がぎっしり並んでいた。
その奥に……巨大な城が見えた。
あたしはこれを知っている。皇帝ストルミオスの居城……ヴァールゾルグの移動要塞。
「この城は一体……?」
「皇帝ストルミオスの居城……移動要塞だ」
「い、移動要塞……」
疑問にアルミリアが答え、リーネがごくり、と息を呑む。
「あくまで予想。ただ……アルミリア言うには敵の配置はこうなるって」
「あぁ。ストルミオスは奇策を好まない。真正面から武力にて叩き伏せる……それが父のやり方だ」
ノアが視線を送り、アルミリアが頷いた。
「つまり僕たちは、三千の兵士の壁を突破した後、この城を攻め落とす必要があるんだね」
シリウスが要約して淡々と語る。
無茶言ってくれるよ……こんなのムリゲーじゃん、こっちの戦力なんぼだと思ってんのさ。
「じゃ次、こっちの戦力」
ノアが端末を操作して、立体映像の上に青い点を浮かび上がらせていく。
「まず壁の上の魔力砲が五十八門」
立体映像に映る聖都の壁の上が、パパパッと光る。
「都市防衛用のゴーレムが八百体」
壁の前の開けた平原に、青い点がずらりと並んだ。
「兵士が五千……こんなところかな」
戦力自体はゲームと同じだ。ただ、戦力差はやっぱり絶望的。
これを真正面から覆して突破する手段なんて、あるわけがない。
「数では勝っているのに……」
立体映像を睨みながら、リーネが下唇を噛む。
そう。戦力差自体はかなり余裕がある。だけど……向こうは実質百五十万。五千なんて数字、紙切れも同然。
このままぶつかれば、蹂躙されるのはこっちだ。
「……勝ち筋、ある?」
気付けば、あたしはノアにそう聞いていた。
ノアは端末を操作する手を止め、目を瞑りながら答えた。
「倫理観度外視なら。事前に魔法を設置して足場を崩して―――」
「じゃあ勝ち筋なし!!」
反射でツッコんだ。
だって、ノアの倫理観度外視は本気で終わってる手段を選ぶ時の合図だ。
それこそ、ゾンビ戦法とか言い出しそうだから、この話終わり。
「だが、それ以外に手段がない」
シリウスが腕を組みながら、冷静に言う。
そうだよね。倫理観とか考えていられないくらい、状況は絶望的。
人としての線を越えず、これを覆す手段なんてどこにもない。
いや、あたしの中では一つだけある。
聖剣レーヴァ=ルクスの奥義―――暁星の大剣を使う。
聖都の外壁に大穴を開けたあれなら、三千を千五百くらいに削れるんじゃないか、とは思っている。
ただ、一撃で魔力を使い果たしてあたしもリーネも動けなくなるっていうデメリットがあるから、多分提案したところ却下される。
って……思ってたんだけど。
「で? ドーンブレイカーはどうなの?」
「……まじすか」
ノアがそれを宛にしてくるのか……こりゃ相当切羽詰まっているな。
「絶対にダメです」
リーネがきっぱりと言い切った。
「あれは確かに強力な手ですが、私とカノンが動けなくなります」
「なら使えないね。じゃあ……もう一つ」
ノアが右眼に魔力を込めながら、あたしを見た。
「未来ではどうやって突破したの?」
あたしはごくり、と息を呑んだ。
そりゃそうだ、そう来るよね。
ノアは未来でアルミリアが死ぬことを知っている。
そして死ぬタイミングは、決まって戦争の後。
それはつまり、未来では戦争に勝って生き延びた―――ってことになる。
何故勝てたのか、それをあたしに提示しろと求めるのは、当然の反応だ。
「正面突破したよ。犠牲は大勢出たけど、要塞の中に強引に侵入して、奥にいるストルミオスを直接叩いた」
「……この戦力差だといずれジリ貧になる。それしか方法はないよね」
ノアがあたしの言葉に同意する。
でもそれだと……大勢死ぬ。
その責任を罪として引き受けて、アルミリアが処刑される。
どうしよう。
ゲームでは、この戦争はシナリオ中盤に来るものだった。
だけど今は、ゲームに例えれば序盤も序盤―――出会っていないキャラが沢山いる。
ダメだ、アドリブでなんとかするしかない。
三千はまともに相手しない。
できる限り犠牲を減らして……最短で、頭を取る作戦を提案しないと。
ふと、また頭が痛んで、一周目の記憶があたしにインストールされる。
あたしらを包囲する無数の敵。連続する爆発。駆け抜ける風。
……やっぱ、一周目のあたしも正面突破をやったんだ。
でもそうだよね。それだと、犠牲が増えすぎる。
「……いや、待てよ?」
あたしの脳裏に浮かんだのは、一人の女の子―――後輩の存在だった。
「いっこだけ、犠牲を最小限に抑えるやり方、思いついたよ」
全員の視線があたしに向けられる。
めっちゃ注目されてる、緊張する。
でも、未来のためだ、こんなところで心臓が緊張で爆散しようとどうでもいい。
ゲームなら、あの子とは戦争の後に出会う。
でも今回は違う。何の因果か、戦争の前にあたしたちの戦力になってくれた。
あたし、【フォストリエ】はかなりやり込んだ方だからさ、色んな編成、色んなビルド、試して試して試しまくって、ひたすらリーネが救われるルートを探していた。
だから、キャラを組み合わせるの、得意なんだよね。
今こっちには、原作ゲーム最強の剣と最強の盾がある。
特に盾……あの子の盾は、守るだけじゃない。
「シオンを呼んで。あの子がこの作戦の、鍵になるから」
今のあたしは、いつになく自信に満ちていた。
確かにこの世界はゲーム通りじゃない。あたしの知らない能力とか、知らない現象とか、知らない展開が、調子に乗ったあたしを嘲笑うように押し寄せてくる。
でも逆に、減ることはない。
あたしが知る能力が、消えることはない。少なくとも、今までは。
だからこそ―――突破口が見えた。
反撃開始だよ、運命。
もう絶望なんてしない。
その代わり、あたしらは死ぬ気で頑張んなきゃいけない。
今更そんなの、関係あるか。とっくに全力だよ、こっちは。
だからこそ、最低限で済ませる。
最小限の損害で……この戦争に勝つ。
ここからは―――あたしのターンだ!




