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第31話 最悪の√突入のお知らせ

 四戦神が消えた後も、広場の空気は戻らなかった。

 雷鳴の残響だけが耳の奥でじりじりと鳴っていて、焦げた臭いが鼻の奥にこびりつく。


 ざわ、ざわ……。

 誰かの息遣い。泣き声。祈り。怒号。


 その渦の中心に、アルミリアが立っている。


 さっきまであたしとリーネに向けられていた視線が、今度は一斉に彼女に吸い寄せられる。

 でもそれは、恐怖の矛先が、別な相手にすり替わっただけだ。


「―――総員、配置に戻れ」


 アルミリアの声が、広場に落ちた。

 低く、硬い。怒鳴っていないのに、逆らう余地がない。


「怪我人の治療を最優先に。野次馬は下がらせろ」


 アルミリアが淡々と命令する。

 兵士たちが一斉に動き出し、倒れた仲間を担ぎ上げ、民衆の誘導を開始する。


 血の臭いがまだ濃い。

 石畳には黒い焦げ跡が残っていて、誰かの盾が割れたまま転がっている。

 さっきまでここにあった地獄が、消えたわけじゃない。

 ただ、戦う相手が一時的にいなくなっただけだ。


「で、でも、アルミリア様。三千の帝国兵に、どう勝つつもりなんだよ!」

「そうだ! 俺たちはこのまま死ぬだけじゃないか!!」

「リーネフォルテ様でも、シリウス様でも勝てなかったんだぞ!!」

「俺たちは今日まで英雄を信じていたんだ。だから、勝てると言ってくれ!!」

「あぁ……アルミリア様……どうか、どうか……!!」


 兵士たちの間から、反発の声が上がった。


 ほんと、その通りだよ。

 彼らにとっては、聖都の最高戦力は剣の聖女であるリーネと、最強の剣士として実力を既に示しているシリウス。

 二人が手も足も出なかったんだから、勝てる未来が見えないのは当然だ。


「……そうか」


 アルミリアは前に出て、傍にいた兵士の腰から剣を引き抜いた。

 周囲の兵士が半歩引く音が揃い、声を上げた兵士の前に立つ。


 一瞬だけ目を伏せ、勢いよく剣を振った。


「ひぃっ!?」


 首元で剣がぴたりと止まり、兵士が怯える。

 アルミリアの目が細められて、声の温度がはるかに落ちた。


「ならばここで死ね。今死ぬか、七日後に死ぬかなど些細な差だろう?」


 突きつけられた刃が、兵士の喉元の皮膚をほんの少しだけ押した。

 出血はしない。傷もつかない。けど、押し当てられただけで、兵士の顔色が真っ青になる。


「ひ、ひぃ……っ」


 腰が抜けたみたいに膝が笑って、兵士はその場に崩れ落ちる。

 見てるこっちの胃も、きゅっ、と縮んだ。


「立て」


 低い声……圧のある、命令。


 兵士は涙目のまま、必死に立ち上がった。

 足が震えている。手も震えている。盾を握る指先も震えている。


「逃げ場があるのなら、いくらでも逃げればいい。敵を恐れ、戦いを避けることは間違いではない。だが―――」


 アルミリアが剣を納めながら、静かに言った。


「その逃げ場は一体どこにある?」


 低く言い放ち、アルミリアは大袈裟な所作で兵士たちの視線を集めた。

 兵士たちはハッとして、それぞれどこかに視線を向けた。

 それは壁の外だったのかもしれない。街だったのかもしれない。もしくは力を持たない民衆なのか。それとも自分たちの家族なのか。


 一瞬だけ、左の手袋が痛みを堪えるみたいに握り潰されるのが見えた。

 一つ息を吐き、アルミリアが声を張り上げる。


「長く続いた平穏と、世を救う英雄の存在に麻痺したか?」


 広場中に声を轟かせ、アルミリアは顔の前で右の拳を握った。


「あの怪物が言ったことを忘れたか? ここは聖都フレアリスだ! 人類文明最後の灯火だ! そしてお前たちはこの聖都の……フォストリエ最後の楽園を守る盾だ!! 我々には初めから、退く道など存在しない!!」


 アルミリアの声が、朝を告げるカテドラルの鐘の音みたいに広場に響く。


 逃げ道はない。最初から、どこにもない。

 だから戦え―――戦うしかないのだと、アルミリアは言っていた。


 広場の兵士たちは、誰も声を出せなかった。

 怒鳴り返すでもなく、反論するでもなく、ただざわめきだけがうるさい。


 みんな震えていた。

 強大な敵が攻めてくるという絶望。逃げ場を封じる為政者への恐怖。

 それでも……立ち上がった。


「そ、そうだ! やるしかないんだ!!」

「俺たちにはもう、逃げ道なんてどこにもないんだ!!」

「勝つしかないんだ! ヴァールゾルグに!!」


 それは……希望に満ちた演説なんかじゃなかった。

 むしろその逆だ。

 あたしたちにはもう、フレアリスという小さな灯火以外残されていない。


 だから、立ち上がらなきゃいけなかった。


 兵士たちは理解している。

 理解したうえで、アルミリアに従った。


 そして―――


 パチパチパチパチパチ。

 その空気を切り裂いたのは、場違いなわざとらしい拍手の音だった。


「いやはや、素晴らしい演説でした、アルミリア・ヴァールゾルグ“皇女殿下”」


 ムカつく顔が、兵士たちを割って姿を現す。

 バルドロが、ここが最高のタイミングだと言わんばかりに薄ら笑いを浮かべていた。


「不肖このバルドロ・セイルウッド。その熱意に思わず泣いてしまいました。おっと失礼、また涙が。この歳になりますと、涙もろくて……」


 芝居がかった声。嘘くさい所作。

 バルドロがポケットからハンカチを取り出し、瞼に浮かべた涙を拭う。


「……セイルウッド殿」


 アルミリアは低い声で名前だけを呼んだ。

 それだけで空気がピン、と張り詰める。なのに、バルドロはニコニコと笑ったままだ。


「民は今、混乱しております」


 泣いている市民。血まみれの兵士。震える子供。

 バルドロが、その全てを指差すみたいに大袈裟に腕を広げた。


「七日後に死ぬかもしれない恐怖。今日、目の前で兵士が雷に撃ち抜かれた恐怖。そして何より……誰を信じればいいのかわからないという、恐怖」


 最後の一言だけ、妙に丁寧に言う。

 あ、来る。

 そんな気がして、あたしは咄嗟にリーネを見た。


「剣の聖女、リーネフォルテ様。先程の混乱、耳に入っておりましたかな?」


 リーネはこくりと頷いて、一歩前に出た。


「えぇ、聞こえていました」


 リーネが答える。王女スマイルは崩さず、でもその声の奥に僅かな震えがあった。

 毅然としたリーネの態度に、バルドロは満足そうに頷いた。


「ならば尚更、ここで民を安心させてあげる必要がありますねぇ。彼らに示していただきたいのです。本当の聖女が一体、誰なのか」


 兵士たちの誘導に従って移動する民衆が、足を止めてざわめいた。


「そうだ、証明してくれ!」

「頼むよリーネフォルテ様! あんたを信じたいんだ!!」

「嘘じゃないって、一言言ってくれるだけでいいんだ!!」


 あぁ……最悪だ。

 困惑の色をその琥珀の瞳に浮かべて、リーネは民衆を見回した。

 額に滲んだ汗が、頬を伝って石畳に滴り落ちる。


 しばらくの逡巡の後、リーネは息を呑み、何かを決意したように一歩を踏み出し、口を開いた。


「私は―――」

「必要ない」


 アルミリアが遮るように言った。


「セイルウッド殿。今我々に必要なのは英雄の真偽などではなく、戦への備えだ。リーネフォルテも、くだらない劇に付き合うことはない」

「あぁ殿下、そんなこと言わずに。今なのです。今しかないのです。民は恐怖に呑まれています。恐怖は正気を奪い、疑念を呼び、暴走を生む」


 お前がそれを煽ってんだろうが。

 喉まで出かかった悪態を、あたしは歯で噛み潰した。


「なればこそ! 民の希望たる剣の聖女が虚像ではないと、証明してみせなければなりません!!」


 リーネの拳がぎゅっと握られる。

 ノアは氷の欠片を拾うみたいに、静かに魔力を練っている。

 シリウスだけが、広場全体を見渡して、いつでも斬れる顔をしている。


「……必要ないと言っている」

「では、いかがなさるおつもりで?」


 バルドロの目の前にアルミリアが立ち、彼を見上げた。


「聖都防衛非常法―――聖都が何らかの要因で戦時下に置かれる時、所属に限らず全兵士の指揮権を残火守に移譲する。五年前、議会が締結したものだ、覚えているな?」

「勿論ですとも。ですが、それでこの場の混乱をどう抑えると?」


 そんなものは役に立たないと、バルドロが不敵に笑う。

 それを受けたアルミリアは振り返って、また声を張り上げた。


「カテドラル、残火守、両所属の全兵士に告げる! ヴァールゾルグからの宣戦布告を受け、たった今からこの聖都は戦時下となった! よって、全兵士の指揮権は私にある!!」


 一瞬、アルミリアがあたしの方を見た。

 目があって、穏やかに笑う。

 それがまるで、後は頼む、って言っているように思えた。


 嫌な予感がした。根拠はないけど、漠然とした不安だった。


「これより、剣の聖女への一切の言及を禁じる! リーネフォルテを疑うことは何人たりとも許さない!! そして―――」


 そしてその予感は、大抵当たる。


「アルミリア・ヴァールゾルグの名において全兵士に命じる! 剣の聖女への疑念を抱く者。不安を煽り、貶めようとする者。それらは全て聖都への反逆者だ! 逆賊は見つけ次第、即刻捕らえよ!!」


 捕らえよ。


 その一言が彼女の口から発せられた瞬間、兵士たちは一斉に顔を見合わせた。

 従っていいのかよくわからない。そういう困惑が顔に出ている。


「お、お待ちください殿下。それはあまりにも横暴ではありませんか?」


 バルドロの額に汗が浮かんだ。

 全くの想定外、そう言っているようだった。


「そうだ、横暴だ」


 アルミリアは短く返した。


「だがそれがどうした? 国を一つにするためならば、私は喜んで圧政を敷こう」


 これが間違っていることを、アルミリアは自覚していた。

 そのうえで貫いたんだ。


 何のために?

 少しでも、帝国との戦いに備えるために。


「セイルウッド殿……いや、バルドロ。貴様ら評議会は私を引きずり下ろす手をずっと探していたな」


 バルドロは何も言わない。

 同意も、否定もしない。ただ黙って、アルミリアの言葉を聞いていた。


「戦の後ならば、私は貴様らの思惑通りいくらでも裁かれよう。だが今は……決して逆らうことを許さん」


 バルドロの口角が、あからさまに上がった。

 今までにない笑み。勝ちを大きく確信した、自信に満ちた笑みだった。

 アルミリアはそれを受けて、自分の敗北を悟った。


 だけど今更立ち止まることなんてできなかったんだ。

 だって……これが彼女にとって、この場を収める最適解だったんだから。


「世界のため。民のため。人のため……何より人類の勝利のために、私に逆らう者は誰であろう我が槍が貫く! この名が最悪の暴君として歴史に刻まれようと、私は人類を、未来に繋ぐと約束しよう!!」


 アルミリアの左手袋が、またぎゅっと握り潰された。

 あたしは、その動きから目を逸らせなかった。


「聖都の民よ、私に従え―――!!」


 歓声が上がることはなかった。

 むしろ、人々から湧いてきたのは怒りや不満、恐怖によって支配する暴君への憎悪。


 あたしは、奥歯をぎゅっと噛み締めた。


 アルミリアは今、この場で一線を越えた。

 超えざるを得なかった。

 こうなるしかなかった。


 そしてその代償を、きっと一人で払うつもりだ。


 演説を終えたアルミリアの姿が、ゲームのムービーと重なる。

 この展開をあたしは知っている。


 混乱を収めるため、恐怖で人々を支配したアルミリアの―――処刑ルート。


 あぁ、デッドエンドの匂いがちらついてきた。

 三つのうち、一番嫌いなルートに進んじゃった。


 運命、切り開かなきゃ。


 今度こそ。

 今回こそは……アルミリアを死なせない。


 でもさ……ここまで来ちゃったら、ムリゲーだよ……!!

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