第29話 四体ボスは理不尽じゃない?
いつもと同じ、馬鹿正直な突撃だった。
ユピテルの槍と打ち合うシリウスの背中へ、影に潜るみたいに全速で滑り込む。
「シリウスっ!」
呼びかけに応えるように、シリウスが大剣を地面に叩きつけた。
石畳が割れて、土煙が吹き上がる。視界が白く潰れ、その一瞬でシリウスは横へ抜けた。
「任せた」
すれ違い様に、肩を軽く叩かれる。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
両手で聖剣の柄を握り込み、土煙を切り裂く。
ガキィン、と金属がぶつかる確かな手応え。
―――そこにいる。
「チッ……お前はお呼びじゃねぇんだよ!!」
槍で受け止めて、ユピテルがあたしを睨む。
一瞬、視界からあいつが消えた。
焦げる匂い。稲妻と閃光。
後ろからの殺気―――!
「そこっ!!」
振り向きざまに一閃。
背後へ回ったユピテルの槍が、聖剣に弾かれる。
バチッ、と。
刃と穂先が触れた瞬間、黄金の光と雷が噛み合って火花みたいに散った。
痺れが来ない。電撃が、光にほどかれて消えていく。
「……っ、何だその光!」
「これであたしが四人目……っ!!」
返す刃を寸前で躱して、ユピテルは槍を引く。
引いたと思ったら、次の瞬間にはもう突いてきた。
速すぎる。
槍って、リーチがある分だけ間合いの支配がえげつない武器なんだけど―――その事実が、今目の前で圧になってぶん殴ってくる。
「そらそらそらそらァ!!」
突き、薙ぎ、石突、さらに刺突。
ユピテルの槍は一瞬たりとも止まらない。
まるで生き物みたいに正確に、あたしの急所だけを狙ってくる。
躱して、弾いて、凌ぐ―――それだけで精一杯。
直感と攻略の記憶を同時にフル回転させて、ヤマ勘で防がないと間に合わない。
一歩、二歩、三歩―――押される。
動きはゲーム通りなのに、この体格差のせいでパワーで押し負ける……!
あぁもう! やっぱりクソゲーじゃん!!
「っ、く……!」
突き出される槍先を弾いて、体勢を崩さないように踏ん張る。
魔力を全部身体強化に割いて、攻撃を捨てて回避に徹しても一撃一撃が重くて……崩れるっ!
「ハハッ。少しはやるじゃねぇかガキ。アタシの直感が外れんのも久々だな」
「うっ……さい!!」
叫びながら斬り上げる。
ユピテルは笑って槍の柄であたしの剣を受けて、軽く流す。
受け流すだけならまだいい。問題はその後。
槍を持ち換えて、剣を押さえながら穂先が滑ってきた。
刃に沿って滑って―――手元に来る。
「っ!?」
ぞわっと、寒気が背筋を駆け上がる。
武器を奪う。そのために腕を狙った攻撃。
刀身から魔力を放出しながら、槍を弾く。
でも弾いたのが失敗だった。
「ハッ!」
槍先があたしの左肩に突き刺さる。
鋭い痛みが左腕に走って、衝撃に後退る。
痛み、熱……赤い血が腕を伝って、石畳に滲んだ。
こんにゃろ……さっき塞がったばかりなのに、ピンポイントにそこ狙うとか性格悪すぎんだろ。
でも、焦っちゃだめだ。
落ち着け、落ち着くんだあたし。今はこの場を凌げ。
せめてみんなが逃げる時間を稼ぐ。
死ぬくらいなら、そのくらいやってから死ね。
っと、マズいマズい。
この考えはダメって、前にリーネに叱られたっけ。
「こいよ。アタシを楽しませろ」
ユピテルが不敵に笑いながら指を立てて挑発する。
言われなくてもやってやるよ。
石畳を割るほどの勢いで踏み込んで、前に出る。
左腕がずきん、と脈を打つ。
痛い。痛いけど―――今さら。
「おらァ!!」
ユピテルの槍が、雷みたいに走った。
突きは紙一重で回避。
薙ぎは姿勢を低くして躱す。
穂先は弾いて凌ぐ。
って……ムリすぎるでしょこれ!
あたしの身体はもう、反射でしか動いていない。
攻略中の思考が頭の中を流れる。「今これ」「次これ」「避けろ」「死ぬ」「動け」って―――
でも。
穂先が来る前に、肩が僅かに沈む。
触腕の攻撃の前に、足が半歩だけ前に出る。
わかる。
わかるぞ、これ。
今のところ、ゲームで覚えたパターン通りの動きしかしてこない。
それに対応するだけで、あたしの身体は悲鳴を上げているわけだけど。
「……次は右、上、下、斜め右」
ゲームと同じ間合いで詰めてくる。狙ってくる場所も一緒。
「んだァ? 何ブツブツ言ってんだよ」
ユピテルが笑いながら槍を振り上げる。
その瞬間、背中から生えた触腕が鞭みたいにしなって―――襲いかかる。
大丈夫。これは間合い的にバックステップで―――
足が、滑った。
砕けた石畳の破片。
たったそれだけで、世界が終わる。
マズいマズいマズいマズい! 避け―――
「ペンタルクス、障壁っ!!」
飛来した剣が束になって、障壁を展開した。
触腕の追撃がぶつかって、火花が散る。
ソードビット……リーネだ。リーネが援護してくれたんだ。
障壁が受ける間に、残りの二本の剣が遅れてユピテルへ噛みつく。
遠距離無効のギミックを無視して、いやらしい軌道で追い込む。
「チッ……邪魔くせぇ!!」
ほんの一瞬―――
世界がスローになる。
ユピテルの背中。そこだけが、“空いた”。
「ここだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
両脚に魔力を集中させて、全力で踏み込んだ。
移動中に魔力の流れをいじって刀身に寄せる。
一撃で仕留める。これで決める―――!
「しまっ!?」
「せぇぇぇりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
剣を振り上げ、背後から切りつける。
卑怯とか言うなよ。これは戦場だ。それにあたしも武人じゃない。
「そう、これが戦場。卑怯なんて言わないで頂戴ね、可愛い剣士さん♬」
女の声―――遅れて、銃声。
衝撃を受けて、右手の聖剣が弾かれる。
「……え?」
手の中が空になる。
あたしの相棒が、あたしから離れる。
黄金の刃が宙を舞って、石畳に突き刺さった。
胸の奥が、ひゅっと冷える。
「油断したのぉ、ユピテル」
続けて、老人の声と共に足元に魔法陣が展開される。
氷の柱が突き上がって、あたしの身体が空中へ投げ出された。
「……邪魔だ」
ぶっきらぼうに言い放つ男の声と共に、全身を鈍器で殴られたような衝撃が走った。
大剣の腹が、あたしの身体を空中から地面に叩きつける。
「がッ……!?」
何が起きた? 一体何が!?
いや、わかってる。頭ではわかってるんだけど。
銃弾、魔法、大剣……最悪だ。そんなこと、あるのか。
地面に背中から叩きつけられて、肺の空気が全部抜けた。
視界がチカチカする。骨が軋む。口の中に鉄の味が広がる。
骨、折れたかな。肋数本折れてそう。
「おいテメェら! 邪魔してんじゃねぇ!!」
ユピテルが槍の石突で石畳を砕いて、怒号を上げた。
……最悪だ。
一体だけでも厄介なのに、それが三体も追加された。
槍、銃、魔法、大剣……四方から殺意が集まってくる。
でも、もっと最悪なのは―――数メートル先。
石畳に突き刺さったまま、黄金の光を纏っている聖剣。
あたしの相棒が、あたしの手から離れている。
「……ッ、ルクス……!」
思いっきり右手を伸ばしても、ルクスには届かない。
這おうとしても、全身が痛くて動けない。
頭の中で冷静なあたしが言う。
―――死ぬぞ、って。
「その剣には驚かされたけど……残念だったわね、可愛い剣士さん」
白い髪の女が、銃をくるりと回して肩に乗せる。
綺麗な笑み。真っ白な肌。
でも腰元から伸びる触腕が、それを全部台無しにする。
人間ではない―――怪物。
【四戦神】―――光銃のウェヌス。
「ウェヌス……!」
名前が口から漏れた瞬間、ウェヌスの顔から笑みが消え、目が細められる。
「へぇ。ワタシたちの名前、知っているのね?」
知ってるよ。
何度コントローラー投げそうになったかわからないくらい、あたしはお前らが憎いよ。
歯を食いしばる。
立て、立て、立て……!
その時。
「カノン!」
リーネの声がした。
土煙の向こう。動けないシオンを庇うように立っている。
空中を踊るように飛び交う、五本の剣と共に。
「ダメ! ビット引っ込めて!!」
反射で叫んだ。
だって、今のあたしには守れない。
それに……リーネじゃこいつらには、勝てない。
「ペンタルクス……!!」
ソードビットが、複雑な軌道を描きながらウェヌスに襲いかかる。
でもそれも―――
「《落ち着け》」
シンプルな魔法の詠唱だった。
空中に浮かんだ魔法陣から鎖が伸びて、ソードビットを絡め取る。
「《少し眠れ》」
鎖を伝って、ソードビットに電撃が走った。
マズい、それを受けたら―――ビットの痛みが、操者側に跳ね返る!
「ぁっ……く、ぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
ビットから伝わったダメージに呻き、リーネが両膝から地面に沈む。
「リーネっ!」
「うっ……ぐぅ……っ」
苦しみながら、リーネが浅い呼吸を繰り返す。
「こん、のぉぉぉぉ……!!」
全身に鞭を打って、なんとか立ち上がろうとする。
その時、あたしの視界に影が落ちた。
顔を上げると、大柄の金髪の男が立っていた。
身の丈ほどの大剣を担ぎ、あたしを見下ろしている。
【四戦神】―――炎剣のマルス。
「……死ね」
冷たくそう言い放つと共に、大剣が振られた。
でもそれは、もう一本の大剣によって防がれる。
あたしとマルスの間に割って入るようにして、シリウスが立っていた。
「立てるかい?」
「なん、とか……」
シリウスの背中が壁みたいに大きい。
さすが味方陣営最強キャラ。そこにいるだけで息ができる安心感。
でも。
痛い。痛すぎる……!
肺が潰れたみたいに息ができないし、骨も軋んで悲鳴を上げている。
だからといって、立たなきゃ……立たなきゃ、死ぬ……!
咳をすると、口の奥に溜まっていた血が飛び出した。
視界の先―――ユピテルは、槍を担いでつまらなさそうに戦場を俯瞰している。
今ならいける。
シリウスがマルスと打ち合うのを確認して、あたしは聖剣へ向かって走り出した。
「だーめ♡」
甘ったるい声。
ウェヌスが、銃口をこっちに向けて笑っている。
背中の触腕がゆらりと揺れて、引き金が引かれた。
「させない……っ!!」
氷の壁が銃弾を防ぎ、そこから氷柱が飛び出した。
ノアの援護がウェヌスを捉えて、石畳が同時に爆ぜる。
一歩遅れて、凍てつく風が空気を撫でた。
ノアの声はいつもより低い。
瞳の温度も落ち切って、いつもと違う左目まで魔力を帯びている本気モード。
どう見たって怒ってる。
「では、そちらの魔法使いはワシが抑えるとしよう」
【四戦神】―――水杖のメルクリウス。
空中に浮いているモノクルの老人が魔法陣を展開。ノアを囲うように無数の鎖が現れて、襲いかかる。
「《邪魔》」
鎖の上にノアの魔法陣が重なって、砂のように霧散する。
解呪―――ゲームじゃ、タイミングを合わせて相手の魔法を弾くくらいしか役に立たなかったスキルの有効活用。
「ふむ、ならばこうしよう」
メルクリウスが空中で杖を一振りすると、魔法陣から炎を纏った鎖が現れる。
「……っ、うざっ」
ノアは解呪を使わない。
いや、使えないんだ。魔法が二重に重なっていて、鎖を壊せば炎が、炎を壊せば鎖が届くから。
「だったら―――《凍れ》」
ノアが掌を突き出す。
空気が凍て刺し、氷の壁が炎の鎖を包み込む。
「おっとぉ」
メルクリウスが杖を軽く振り、壁が砕けた。
粉雪みたいに結晶が散って、視界が白くなる。
―――違和感があった。
ユピテルが、空を見上げていた。
「ようやくお出ましか、大将」
ユピテルの口角が上がった。
それと同時に、爆音と衝撃―――雷鳴が轟く。
稲妻と閃光の中、一つの人影が戦場の中心に降り立った。
「……主の命だ。武器を下ろせ、お前たち」
低く轟く、雷のような声。
バチバチと稲妻が鳴って、焦げた臭いが鼻を刺す。
土煙が晴れる。
そこに立っていたのは、外套を翻し、黄金の槍を右手に持った少女。
鋭い眼差しを敵に向ける―――アルミリアだった。
その声に、四戦神たちの殺気が引っ込んだ。




