第27話 不穏フラグの回収が早すぎる!
“忘れてくれ”と言うアルミリアの声が、耳の奥でずっと反芻していた。
だから結局、気になって一睡もできなかった。
それでも時間は無慈悲に経過して、朝がやってくる。
カテドラルの前―――広場には、大勢の人々が集まっていた。
聖都の市民たち……今回の儀式のギャラリー。
見世物みたいになっているけど、きっとみんな不安だったんだと思う。
防壁が壊れて、聖都を守る魔法が消えて―――それがようやく張り直されるのだから、その瞬間を一目見たいと思う気持ちも、わからなくはない。
「カノン、リーネフォルテ、こちらです」
リーネと一緒に足を運ぶと、セナリアがあたしたちを迎える。
祈の聖女としての純白の法衣を身に纏い、柔らかな笑みを浮かべていた。
隣には鎧を着た護衛の兵士が二人。見ただけでわかる、相当の手練れだ。
「少々、人が多いように思えるのですが」
リーネが率直に思ったことを口にした。
ギャラリーが多いし、それに伴って厳重な警備体制が敷かれている。
こうして見ると、ただの儀式のはずが、式典みたいだ。
警備に当たるカテドラルの兵士たち。観衆による人だかり。
その中には、残火守の礼装を着た人影もちらほら見える。
人だかりの中に、シリウスとノアの姿も見つけた。
二人がいるなら、何が起きても安心だね。
ちょっと、やりすぎな気もするけど。
いや、それもそうか。
この儀式には、セナリアとリーネ、聖都の象徴である二人の聖女が立ち会うんだから、何か起きてからじゃ遅い。
警備の人たちも気が気でないだろうなぁ……心中お察しするよ。
「すみません。儀式の日程を公表したのはカテドラルの上層部の意向です。わたくし一人の力では、どうにもなりませんでした」
セナリアが深々と頭を下げた。
その姿に、心がぎゅっと握り締められる。
彼女も組織と諸々に挟まれて大変なんだな、同情するよ。
「ちなみに、壁をあたしが壊したってことは……」
「ご安心を。防壁の穴は魔竜の被害ということになっていますので」
「よかった」
それなら安心だ。
「ただひとつ―――」
付け足すように、セナリアはあたしに耳打ちする。
「今日は絶対に、人前で聖剣を抜かないでください」
セナリアが視線を向けた先。
そこに、他の市民とは異なる様子の集団があった。
警備兵たちに囲まれた、目で見てわかるほど豪勢な衣装。
小太りのおっさん。メガネのおばさん。腰の折れたモノクルのじいさん。その他諸々、性格の悪そうな顔がエトセトラ。
その中の一人、小太りのおっさんがあたしらを見つけると、二人の警備兵を連れてこっちにやってきた。
「おやおやこれはこれは。こんなところで聖都を代表する聖女のお二人に会えるとは」
やけに芝居がかった所作で、おっさんは一礼する。
その言葉の裏に敬意は微塵も感じられなかった。
「ご機嫌麗しゅうございます。イルセナリア様」
胃がぎゅっと縮んだ。
こいつの名前をあたしは知っている。
アルミリアの二つ目の死因、処刑を煽った張本人。
聖都評議会―――バルドロ・セイルウッド。
胸の奥が、ひやりと冷えた。
殺気……いや、嫌悪感かな。あたし、こいつ嫌いだし。
「……お久し振りです、セイルウッド様」
セナリアが礼儀正しく頭を下げる。
それに対してバルドロは、笑顔のまま頷いた。
目が笑っていない。
笑っている形をしているのに、中身が入っていない機械みたいな目。
「いやいや。私などに頭を下げないでください。私めは聖都のために身を粉にして働く評議会の一員に過ぎないのですから」
謙遜の皮を被った自慢。
こういう喋り方をする人間、前世の職場でも見た。
大抵いけ好かない上司か、それに擦り寄る取り巻きの喋り方。
要するに、あたしの大嫌いなタイプ。
「それにしてもこの一か月、市民は不安だったでしょう。外壁の穴。外なる脅威。魔竜の爪痕。この地に刻まれてしまった傷がようやく塞がり、聖都の光壁が輝きを取り戻すこの日を、私も心待ちにしておりました」
わざとらしい言い方だ。
それに、魔竜騒動がもたらした被害をつらつらと列挙してセナリアを責めている。
遅かったぞ、一体どれだけ待たせるんだ、小娘。
バルドロのドロッドロな内心が、言葉に乗せて伝わってきた。
「そして―――」
バルドロの視線が、今度はリーネに向けられた。
「お初にお目にかかります、剣の聖女リーネフォルテ様。私はバルドロ・セイルウッド。聖都評議会の議員を務めております。どうか、お見知りおきを」
「リーネフォルテ・エル・クレストリアです。はじめまして、セイルウッド様」
柔らかく笑って、リーネが一礼。
言葉こそ敬意マシマシなのに、バルドロのリーネを見る眼は彼女を敬う意志が何一つ感じられない。
自分にとって利用価値があるか、そうでないか、それを基準に判断しているんだ。
「ほぉ、そちらがかの、魔竜を打ち倒したという聖剣ですか」
そう言って、バルドロの視線がリーネの腰にスライドする。
形だけは剣の聖女として取り繕うために作ってもらったレーヴァ=ルクスのレプリカに興味津々といった様子。
「あの光を目撃した市民が羨ましいですなぁ。私も是非、この目でその輝きを見てみたかったものです」
リーネが左脚を引いて、バルドロの視線から聖剣のレプリカを隠す。
得意の王女スマイルは崩さず、瞳の温度だけが落ちる。
「……この剣は、必要な時以外抜けないことになっています。ですので、今お見せすることは―――」
「えぇ、存じておりますとも。何も今、見せていただこうという気はございません。その輝きはどうか、聖都の脅威のために取っておいていただきたい」
ですが―――と続けて、バルドロの目が細められる。
「どうか次は、民に希望だけを示してくださいますよう、お願いしますよ」
そう言って、バルドロは薄く笑った。
希望だけ、って意地悪な言い方だ。
あの夜、聖剣の光は確かに聖都を救ったけど、それと同時に壁を壊して民に不安を与えてしまったその事実を忘れるな、と遠回しに刺している。
これは正論かもしれないけど、胃の奥が腹立つなこいつって叫んでいる。
でもここでキレるわけにはいかない。
「もちろんです。次は決して聖都に傷は残さないと誓います」
しっかりと芯のある凛とした声のまま、リーネは胸に手を当てて答えた。
それを受けてバルドロは満足げに頷き、腰のレプリカにもう一度だけ視線を投げる。
値踏みするような目。利用価値を測るみたいな目。
あーもう、なんだろな、ほんとうに。
何がムカつくってさ、このおっさん、あたしのこと一度も見ないの。
一回も目を合わせない。というより、いないものとして扱っている。
初めからあたしには価値なんてないと片付けている。
それがもう、なんか、すごくイラつく。
そんなあたしの怒りに同調したのか、あたしが腰に下げた本物のレーヴァ=ルクスが淡く光を明滅させていた。
ごめんねルクスたん。気持ちはわかるけど、今はちょっと抑えてて。
「では、儀式の成功をお祈りしております。聖都に灯火と栄光を」
バルドロはそう言い残して、議員たちの集団へと戻っていった。
他の議員の笑う声……ううん、こちらを確かに嘲笑う声が聞こえてくる。
聞こえたうえで、リーネとセナリア、二人の聖女は平静を取り繕っていた。
「……大丈夫ですか、リーネフォルテ」
セナリアが小さく囁く。
リーネは柔らかく微笑んで頷いた。
「はい、平気です。でも―――」
胸に手を当てて、リーネは深く息を吸う。
その顔から笑顔が消えて、鋭い目でバルドロの背中を睨んだ。
「あの人、カノンには一言もありませんでした」
「えっ、怒るとこそこ?」
「当然です! だって、カノンのことは見てもいなかったんですよ? 許せません……この聖都を守ったのが一体誰だと……」
「あの、リーネ。あたしは気にしてないから落ち着いて?」
とは言うけど、実はめちゃくちゃ気にしている。
でもそれ以上に、リーネがあたしのことで怒ってくれたのが嬉しかった。
この子、ゲームでは誰かに怒りを向けるなんてことなかったからさ。
「ふふっ、奇遇ですね、リーネフォルテ。実はわたくしも、同じことを考えていました」
「セナリアにもわかりますか? この私の悔しさが!」
「はい。それはもうとっても。ですが、その怒りは一度忘れてください。そろそろ、儀式が始まりますので」
その時、頭の上で鐘の音が鳴った。
朝を告げるカテドラルの鐘楼の音。儀式が始まる合図。
「こちらへ」
セナリアに案内されて、カテドラルの中に入る。
ここに来るのは二度目だ。相変わらず四方八方から照らされて、気味の悪い真っ白な空間。そこに、複数の神官に囲まれる形で女の子があたしたちを待っていた。
紫ポニテの少女―――シオン。
鎧と一体化した白い残火守の礼装を身に纏い、左手に大盾を持った彼女は、あたしたちを見つけると笑顔で元気に手を振る。
「今日はよろしくお願いします、先輩!」
「うん、よろしく」
あたしたちはシオンの護衛だ。
だから儀式の間は、神官たちに混ざってシオンの近くで待機していなきゃならない。
「それでは皆様、行きましょうか」
セナリアはそう言って、神官の集団を率いてカテドラルの奥へと進んでいく。
床の色が違う空間にやってくると、全員が部屋の中に入ったのを確認して中央の端末を操作。
機械の駆動音と共に床の端が淡く魔力の輝きを放ち、部屋全体がエレベーターになって上昇していく。
白一色だった空間から一転……展望台のような場所へ。
外の景色が見える。聖都の街が一望できる高さに到着すると、セナリアをはじめとした神官たちが同時に跪いた。
シオンが一つ息を吸って、吐く。
よし、と小さく呟いて、神官たちの中心に立つ。
ゆったりとした神官たちの動き。
一連の儀式の神聖な空気に、自然と息を呑んだ。
シオンが盾を床に突き立てて、一つ息を吸い、小さな声で詠唱を始める。
《術式―――起動》
そう呟いた瞬間、花弁を模したシオンの盾が基部を残して五つに割れた。
同時に、盾を中心に魔力の流れが広がる。
空中に走る無数の枝のような線が、神官たちの心臓に届く。
《聖都の盾よ、火の名において立て》
《光を織りて、この地を照らす灯火とならん》
盾の欠片がどこかへと消えていく。
壁の上に五つの光が灯った。
《第一の理―――吸収》
《来たる魔を喰らい、光へと還せ》
盾の欠片から光の線が伸びる。
聖都の各地に飛び散った欠片が線で結ばれて、五芒星を形成する。
空気が重くなり、耳が詰まる。
青白い輝きが、聖都を包むドームになって広がった。
壁の表面に青い線が走って、防壁の役割を取り戻す。
《第二の理―――偽装》
《見えざる帳を下ろし、灯火を隠匿せよ》
都市を包む青白い輝きが、紫色に変わる。
壁の表面の線に同じ色が追加されて、二色が重なった。
魔力の枝が最後に強く脈動する。聖都を包む光が強くなって、ゆっくりと馴染むように消えていく。
シオンの詠唱はもう少しで完了する。
同時に、儀式も終わる。そう思えた。
《雪花、全片同調―――完了》
《我は断界の鍵。今、この門を閉じ―――》
そのはずなのに―――ドームが消えて、雷鳴が轟いた。
風が吹いて、髪がふわっと浮く。
二色のドームが、ガラスみたいにひび割れて砕け散った。
「……一体、何が……」
ドームが割れた瞬間、シオンが膝をつく。
続けて―――
ドォォォォォォォン!
すぐそこに落ちてきた突然の轟音に、神官たちが騒然とする。
音に驚く中で、あたしだけが咄嗟に、反射的に動いていた。
「シオンっ!!」
何かがマズい、そんな気がしてシオンを庇うように立つ。
「カノンせんぱ―――」
シオンがこっちに手を伸ばそうとした瞬間、あたしたちは謎の衝撃に吹き飛ばされた。
何が起きたのかわからなかった。
ただ、上から降ってきた雷鳴と、閃光。空気が焦げるような匂い。
それと、あたしの肩を貫く槍の穂先。
空中に投げ出されたあたしの身体が認識できたのは、それだけだった。




