第24話 Good END:推しが笑って暮らせる未来のために②
街を壊したのは魔竜だ。でもその魔竜はあたしが倒して、もういない。
災害みたいなものだから、誰かに責任を問うこともない。それでも、街の惨状を見ればどうしても心は痛む。
特に、あたしが大立ち回りをした中心街は、ひどい有様だった。
カテドラル前―――
広場には、魔竜が暴れた痕跡が痛々しく残っていた。
ブレスで焼かれた石畳、爆発で壊れた建物、叩き潰されて砕けた瓦礫。
あたしと魔竜の激戦は、想像以上に周囲に被害を振り撒いていたらしい。
胃がきゅっと、誰かに捻られたような気がした。
「あ、カノン! こちらです!!」
広場に姿を現すと、遠くで復旧作業を手伝っていたリーネがあたしを見つけ、手を振ってくる。
……いた。よかった。
安堵の息をつきながら駆け寄ると、リーネは何も言わずにあたしの手を握った。
ドクン、と、心臓が脈を打つ。
やめろ。こっちは推し活のつもりで誤魔化してんだよ。
ナチュラル無意識にあたしを落としにくるの、やめてくれませんかね。
「おはようございます、カノン。身体の具合はどうですか?」
「あたしはへーき。リーネは?」
「おかげさまで、無傷です。直接見て確かめますか? ちょっと待っててください、今―――」
「ちょいちょいちょい! いらん! 公衆の面前で脱ごうとするな!」
自分のシャツのボタンに手をかけ始めたものだから、首を全力で横に振る。
いくら何でも大胆すぎるだろ。あたし以外の人間見えてないのか!?
いや、二人きりだったらいいわけじゃないんだけどさ。
あたしのそんな焦った様子に、リーネは悪戯っぽく笑った。
「冗談です。元気、出ましたか?」
「なっ―――」
そっか、あたしがあまりにも思い詰めた顔をしているから、リーネなりに気遣ってくれたのかな。
その優しさに気付いた瞬間、顔がどんどん熱を帯びていく。
あたしの推し、未来の記憶と別世界の自分の感情手に入れて、パッシブスキルのカノン特効がSランクからSSSランクに進化してる。
心臓に悪すぎるだろ、あまりにもさ。
「リーネフォルテ。カノンが来たならさっききみが言ってた例のソードビット、出して」
ふと、リーネの奥から冷たく鋭いナイフのような声がした。
魔力はすっかり回復したようで、ノアが魔法で瓦礫を持ち上げ、ゴーレムと共同で運搬作業をしている。
……って今、ソードビットって言った?
「わかりました。カノン、聖剣を」
「え、あ、うん」
言われるままにルクスを取り出すと、リーネがいつものように鞘に触れる。
少し魔力を込めて引き抜くと、純白の鞘が光を帯びて変形し、五本の剣になってリーネの周囲を飛び回る。
「お待たせしました。私は、どうすればいいでしょうか?」
「そこの瓦礫、運んで」
「はい」
ノアの指示を受けて、リーネはビットを使って器用に瓦礫を運んでいく。
下に滑り込ませて持ち上げたり、重い瓦礫は、突き刺して鎖を巻いて引き上げたり。
いや、便利グッズだなそれ。
と思わず突っ込みそうになった。
でもそうだね……なんか、上手く言えないんだけどさ。
誰かを傷つけ、命を奪うような武器が復旧作業の道具になっているっていう、ちょっと不思議な光景がさ。
平和に戻ったって感じがして。
……って、しみじみしてる場合じゃなかった。
「カノン、ぼーっとしないで、瓦礫運んで」
「はいはい、よい……しょっ!!」
……ん? あれ?
力、全然入らないな。
いやいやそんなことないって、あたし、魔法適性はゴミだけど身体能力のパラーメーターは異常値なんだよ? 二周目に能力値引き継いだみたいなキャラ性能してんだよ?
人間サイズの瓦礫くらい、軽々と―――
「うぉ、ぉぉ……! ッ、重っ!」
「無理なら言ってください。ペンタルクスで運びます」
「ちがう! 今は、あたしのチート能力を披露して盛り上がる展開……でしょっ!!」
謎の意地を張りながら、瓦礫を持ち上げる。
膝が笑う、腰が死ぬ、腕が悲鳴を上げてる!!
あれか? ドーンブレイカーってステータスが一時的に下がるデメリット付きなのか!?
あ、ムリだこれ。
ちょっとよろけた瞬間、すっと、手が添えられた。
リーネの手、あったかい。
「一緒に持ちましょう」
「だ、大丈夫! うぉぉぉぉファイトぉぉぉぉいっぱぁぁぁぁつ!!」
疲労でバッキバキな全身が「ムリだよ」って言ってる。
わかってるよ。あたしにだって超えられない限界弁える脳みそくらいあるよ。
リーネが困ったように笑って、結局ビットで瓦礫を持ち上げた。
鎖が巻きついて、軽々と引き上げられる。
あたしの筋力アピール、秒で敗北。
「……便利すぎるだろ、その鞘」
「鞘ではありません。ソードビット・ペンタルクスです」
「鞘じゃん」
「ペンタルクスです」
「こだわり強っ!?」
多分、五芒星を意味するペンタグラムと、レーヴァ=ルクスをかけ合わせた名前だと思うんだけど……そんなこだわるほどの名前か??
ネーミングセンスが中二的で、なんか……恥ずかしい。
ドン引きしているのが伝わったのか、リーネはどこか可哀想なものでも見るような笑みをあたしに向ける。
嫌な予感がした。
「だって、この機能を考えてくれたのはカノンですから」
「なんとなくそんな気がしたよ!!」
未来―――いや別世界のあたし何やってんだよ!!
いやかっこいいけどさ!
「だから……ペンタルクスです」
笑顔のはずなのに、リーネはどこか悲しそうだった。
そうか……その名付け親であるあたしも、他のあたしと同じように自分を捧げたのか。そりゃぁ、こだわるか。
「あぁぁぁぁもう、複雑すぎるぅぅぅ……」
胸の奥が、ズキリと痛んだ。
わかってる、これは嫉妬だ。
この世界のリーネにとってのカノンはあたしなのに、リーネが口にする「カノン」って名前の先にはあたしはいない。
それが……なんか、嫌だ。
視界の端で、ノアがこっちを見ていた。
いつもの、氷点下に晒した鋭利な刃物みたいな目。
でも、今はちょっとだけ柔らかい。いや、気のせいかな。
「カノン。さっきから顔がうるさい」
「顔がうるさいって何だよ!!」
「うるさいカノンも、私は好きですよ」
「リーネは一旦黙ってて!」
むすっと頬を膨らますと、リーネはあたしから顔を逸らす。
無言のまま、ただ作業のようにビットを操作して、瓦礫の撤去に戻った。
リーネと入れ替わるようにいつの間にか隣に来ていたノアが、瓦礫を浮かせながらサラっと言う。
「……ぼくが魔力切れで寝ていた間、何が起きたかはアルミリアに聞いた」
リーネに聞こえないくらいの小声。誰にも聞かれたくない話らしい。
「面倒なことしてくれたね。ソードビットに大剣……解析結果を更新する必要がある」
「ごめん。あたしもあんな機能あるなんて知らなかった」
「だろうね。あったら最初から使ってる」
それはご尤もです。
あたしも、最初から使えたらあんな苦戦しなかったと思う。
「予想外だよ、ほんとに」
ノアは少しだけ、嬉しそうに口元を緩めた。
「特にあの大剣―――」
「ドーンブレイカー」
「あの大剣から放出されたまりょ―――」
「ドーンブレイカーね」
「うるさい」
「あだっ!?」
どこかから飛来した氷の塊が、あたしの額に直撃した。
「いいじゃんかドーンブレイカー! かっこいいじゃんか!!」
「きみも大概こだわりが強いね。リーネフォルテのこと言えないでしょ」
「うぐっ……」
額を押さえながら、あたしはノアを睨みつけた。
「氷投げんな! 石じゃんそれ! せめて雪玉にしてよ!!」
「……あまりにもきみがうるさいから」
「うるさくてごめんね!?」
ノアは肩を竦め、宙に浮かせた瓦礫を器用に積み直す。
ゴーレムが運ぶのを見届けながら、視線だけであたしを呼んだ。
「……ドーンブレイカーから放出された魔力が大きすぎて、聖都の防壁の一部が崩れた」
「は?」
……それ、さらっとカミングアウトすることじゃなくない?
魔法か、旧文明の技術か、ノアは空中にディスプレイを表示して、あたしに画面を見せてきた。
空中から撮影されたドローンの映像……旧市街の壁から、聖都の外壁にかけて巨大なバーナーで焼き切られたような跡がある。
そのそばで、カテドラルの兵士たちが忙しなく作業をしていた。
「おぅ……なんじゃこりゃ」
「派手にやってくれたね。今頃ギーザたちは大忙しだよ」
画面の向こうで、アルミリアとセナリアが何かを喋っている。
アルミリアは眉間を摘まんで、ため息をついていた。
多分……リアルタイムの映像だな、これ。
「一応聞いておくんだけど、これをやったのは……」
「きみ以外に誰がいるの?」
「ですよね、あたしっすよね、はは……」
抜き身のままなんとか剣帯に固定したレーヴァ=ルクスが、弱々しく光る。ごめんね、って言ってるみたいに。
「……ドーンブレイカーは封印だな、うん」
で、あたしは……乾いた笑いしか出てこない。
まぁ、胃がねじ切れそうではあるんだけど。
「ま、聖剣の解析は追々進めていく。今はさっさとこの街を直しちゃおう」
「……うん、わかった」
会話はそれで終わり。
作業に戻ったノアは、無言のまま魔法で瓦礫を撤去している。
戻ってきたんだ……あたし。
まだこの世界に来て三日―――三日!?
うっそだろ、イベントが濃すぎて時間感覚がバグってるよ。
寝て起きたらボス戦でした見たいな、そんなスピード感じゃん、生き急ぎすぎ。
でも……うん。
まだ三日しか経ってない。
だけどあたしのこの世界での生活は、もっと先に続いていく。
そう、続いていくんだ、ずっと。
あたしはリーネのもとに駆け寄って、抱えていた瓦礫に手を添えた。
「手伝うよ」
「ありがとうございます。それじゃ、お言葉に甘えて」
そう笑って、リーネはビットを操作しながら、あたしの隣を並んで歩く。
「ねぇ、カノン」
「ん?」
リーネが、穏やかに笑う。
それがあのトラウマラストシーンと重なって、少し心臓が跳ねた。
一瞬目を逸らし、何かを決意するように胸に手を当てて、リーネはこう言った。
「これからも私の運命、ぶっ壊してくださいねっ!」
やっぱあたしの推し、最高に可愛い。
可愛いし、賢いし、強いし―――いやもう完璧かよ。
「もちろん!!」
そのリーネの笑顔をきっかけにして、ようやく、あたしの肩に乗っていた重荷が―――失意と後悔の亡霊が、消えてくれた気がした。
そうだ……続けていくんだ、どこまでも。
推しが笑って暮らせる、平和な未来を掴み取るために。




