表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/43

第23話 Good END:推しが笑って暮らせる未来のために①

 やり遂げた―――という達成感があるのに、胸の奥がまだざわついていた。

 正直言うと、眠るのが怖かった。この物語は全て夢で、目が覚めたらあたしは、現実に帰っちゃうんじゃないかって、不安で。


 でも、そんな不安は杞憂だった。

 目が覚めたあたしの視界に飛び込んできたのは、烽火院の天井。

 現実の自室とは段違いな柔らかさを誇るベッド。

 あたしは……この世界に生きているんだ。


 身体はまだ本調子じゃないけど、戦いの傷はほぼ塞がっていた。

 砕けた左腕も、しっかり骨が繋がっている。

 こればかりは、レーヴァ=ルクスの自己修復機能に感謝だね。


 リーネは……どこかに行っているみたい。

 ベッドの上に、丁寧に畳まれたパジャマが置いてあった。

 朝の訓練か、それとも別な用事かな。


 カタ、と、隣に立てかけられていた金色の剣が震えた。

 あの一回きりで、声はもう聞こえない。だけどなんとなく、あたしに「おはよう」って言っている気配がした。


 上体を起こすと、机の上に書置きが一枚あるのが見えた。

 まだ痛みの残る身体をゆっくり動かしながら、確認する。


「げっ」


 目が覚めたら、着替えて私の執務室に来い。

 一文字一文字丁寧に書かれた文字に、所々怒りが滲んだ後がある。

 名前はなかったけど……どう考えたって、アルミリアだ。


 もう少し寝ていたかったけど、そういうわけにもいかないみたい。

 パジャマ代わりにしている礼装の予備のインナーのまま、上着を羽織って外に出る。


 ずっと暗く沈んだ空気の中にいたからか、やけに気分が心地良かった。

 窓ガラスに反射したあたしの顔が目に入る。


 傷一つなし、ニキビもなし、シミもシワもなし。

 玉のようにすべすべな柔肌。桃髪の美少女、カノンの顔がそこにある。


 うん、やっぱあたし可愛い!


 奥底に眠っていたオタクを呼び覚まして、両手で頬を二回叩く。

 ぺちぺちと、ぷるぷる弾む肌が、あたしはまだ子供なんだと痛感させる。


 ま、中身は二十五歳のオタク女子なんですが。

 ごめんね、カノン。いつかきっと返すから。

 何言ってんだろうな、あたし。返せる保証なんてどこにもないのに。


「よし、いこっか、ルクス」


 ごめんね、ほんとはリーネって呼んであげたいけど、誰かに聞かれたらまずいからさ。

 友達の名前で犬呼ぶ人みたいでさ、誤解されたくないじゃん。


 あたしの懸念を理解してか、剣帯の中で、ルクスが嬉しそうに淡く光った。まるで返事みたいに。


 窓の外には、雲一つない青空が広がっている。

 空気は美味しい。平和が戻ってきたんだって、実感する。


「……じゃ、今日も一日、頑張りますか!」


 戦いは終わっても、あたしの二度目の人生はまだ続くんだ。

 だってそうでしょ。

 リーネを救うための戦いは、まだまだ始まったばかりなんだから!



     ◇



 と、気合を十分にして、日常に戻ってきたわけですが―――

 あたしは早速、ブチ殺されてしまいそうです。


「私が何を言いたいか、わかっているな……カノン」


 心臓を貫く鋭利な長槍のような視線が、あたしを射抜く。


「……わかっているな?」

「全部わかってますので二度も言わないで!?」


 烽火院の最上階、雷帝の執務室。

 執務机に肘をつき、組んだ両手で口元を隠し、低い位置からあたしを睨みつけているのは他でもない、烽火院の主にして、あたしら残火守ざんかもりの長―――アルミリア・ヴァールゾルグ。


 あたしの独断が、おそらく最も傷つけてしまったであろう相手。


 アルミリアは呆れたようなため息をついて、あたしに一枚の紙を差し出す。

 なんだこれ、フレアリスの地図? 所々に丸がついてて―――


「なんすか、これ?」

「この度の深淵の魔竜戦、それによって生じた被害だ」


 中心街をはじめ、旧市街までの一本線に赤丸が集中している。

 あぁ、そうだ。これ、あたしが魔竜を誘導するために使った最短ルートだ。


「中心街、特にカテドラル周辺は被害が深刻だが、復旧にさほど時間はかからないだろう。君の誘導による被害も、比較的軽微だ」


 なら、あたしは一体何の責任を問われるんすかね?

 だってもうこの空気がそれじゃん。校長室に呼び出されて説教、みたいな感じじゃん!


 だけどアルミリアは、あたしを叱るでもなく深々と頭を下げた。


「ありがとう、カノン……この程度で済んだのは、君のおかげだ」


 握られた右の拳が、小刻みに震えている。

 声も、少し掠れているような気がした。


「な、なーんだ。叱られるわけじゃなかったんだ。ならあたしもう帰りますね、訓練あるんで」


 正直この空気から早く脱したくて、部屋の入口に足を向ける。


 アルミリアは一瞬目を瞑って沈黙すると「ただし―――」と続ける。


「それとこれとは話が別だ」


 アルミリアは立ち上がって、あたしの頭頂部を右手でガシッ、と掴んだ。

 心なしか、声のトーンも一段落ちている。


「ひっ……」


 蛇に睨まれた気分だった。

 恐怖で身体が石のように硬直して、指一本動かせない。


 あたし……マジでブチ殺されそうな気がするんだけど。


「君はあの時、『何も聞かず、合理的な判断を下せ』と私に言ったな」

「そ、そう、なんすか?」


 言ったっけ?

 言ったような気がするなぁ。超必死だったから、覚えてないけど。

 いや、言った。そんでもって、あたしはド最低だと自分に言い聞かせた。


「あぁ、確かに言った。そして、『何も聞かず』と前置きをしたのは、私の罪を知ってのことだろう? なぁ、カノン?」


 バレてる――――――!!

 全部バレてる! あたしがアルミリアの気持ち全部無視して、長としての合理を信じたこと見通されてる!


 あ、だめだ、これ、あたし何返してもブチ殺されるわ。

 見開かれた彼女の目が、そう言ってる。


「せ、せめて苦しめず一瞬で死なせてくださいっ!!」

「何を言っているんだ、君は」


 アルミリアはあたしの背中に手を回すと、そっと抱き寄せる。

 突然のことに、息が詰まった。


「もう二度と、あのような無理はするな」


 頭に添えられたもう片方の手が、微かに震えている。

 怖い、怖いのに……彼女から伝わってくる恐怖の方が、はるかに大きい。


「……ごめんなさい」


 あたしの口は、考えるよりも先に動いていた。

 あたしは最低だ。全てを知った上で大勢の地雷を踏み抜いて、みんなの消えない心の傷になろうとしていた。


「もう、しません」


 必死だったから。あの時はそれしかないと思ったから。アルミリアを傷つける意図はなかった。だってあれが一番手っ取り早かったから。

 っていくらそれらしい言い訳を並べても、みんなはきっと納得しない。


 残される側の気持ちは、痛いほどわかっている。

 文字通り、死ぬほどつらい。実際、衰弱で死んだわけだし。

 わかっていたのに……本当に、何をやってんだろうな、あたし。


「……いいだろう」


 アルミリアは少し惜しそうに、あたしの身体から手を離す。

 そして、穏やかに笑いながらあたしの頭を、ぽん、と軽く撫でた。


「次同じ選択をしたら、私は決してきみを許さない」

「……はい」


 まだ塞がっていない心の傷をそっと撫でるような、痛そうな笑顔。

 あたしを咎めるはずのその言葉が、アルミリア自身に向けられている。

 痛みを堪え、今にも泣き出しそうな笑みがそう言っていた。


「安堵するな。君にはまだ仕事が残っている」


 ふっと、アルミリアの目が切り替わる。

 私情を切り捨てた、仕事モードの真剣な眼差しだ。


「仕事?」


 間抜けそうにあたしが問うと、アルミリアは窓の外に視線を向けて、言った。


「後始末が、残っているだろう?」

「後始末……」


 あたしがインコみたいにそっくり返すと、アルミリアは地図の中心街を指差す。


「復旧作業だ」

「復旧作業」

「傷をそのままにしては、いずれ膿み、爛れてしまう。それは国だろうと例外ではない。この聖都に、決して消えぬ傷痕はただ一つのみでいい。そうだろう? 剣の聖女」


 はじめてその名前で呼ばれて、あたしはごくりと息を呑んだ。


 剣の聖女―――それは本来リーネフォルテを示す、世界の英雄の称号。


 きっと、アルミリアなりのメッセージだったんだろう。

 お前は今から、世を背負う英雄になるのだと。

 それをしっかり噛み締めろ、と。


 いざ言われると……めちゃくちゃ胃が痛い。胃薬欲しい、強力なやつ。

 でも、背負うって決めたのはあたしだ。あたしなんだ。


 リーネも、世界も、ついでにあたしも、犠牲にしない。

 自己犠牲エンドだけは、絶対に許せないからね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ