第21話 んじゃ、第二ラウンド、やろっか!
魔竜の肉が、ずるりと持ち上がっていく。
上半身が吹き飛んだ分、首がない。牙もない。
それでも、あたしを見る眼だけが残っている。
大穴の空いた胴体の奥から、魔竜の魂だけがあたしを睨む。
「どっちもボロボロで第二ラウンド……か」
「グゥゥゥ――――――」
唸り声を上げながら、魔竜の下半身から首と顔が生えてきた。
見た目気持ち悪っ。でも……ありがとね、あたしなんかと全力で向き合ってくれて。
「それじゃいくよ……リーネ、援護お願い!」
「わかりました!」
あたしはリーネに援護を任せて、魔竜に向けて一気に駆け出した。
毎度恒例、馬鹿正直な真正面からの突撃。でもあたし、これが一番やりやすいからっ!!
鞭のようにしなる長い尻尾が、突貫するあたしを叩き潰そうと振りかざされる。
今まではずっと回避してたけど―――今回は信頼して前へ。
「ペンタルクス、障壁展開ッ!!」
三本のソードビットが魔力障壁を展開して、魔竜の尻尾を弾き返す。
背中は任せたよ、リーネ。
「うぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
引きずるように石畳を切り裂きながら、聖剣を振り上げるっ!!
牙で刃を受け止めながら、魔竜が咆哮する。
全身がじんと痺れるような圧だ……だけど、負けない……!!
「リーネ!!」
「貫いてっ!!」
後ろから飛来した二本のソードビットが、魔竜の顔面に突き刺さる。
痛みに呻いて口を開いた。これでレーヴァ=ルクスが自由になった。
怯んだ顔面に、その切っ先を突き立てるッ!
「そぉぉぉぉぉぉれっ!!」
手応えあり!
左目に剣を突き立てられ、魔竜が首を激しく振る。
あたしはその勢いに身を任せ、空中にわざと振り出される。
空が近い。
屋根が遠い。
ずっとあたしを見下ろしてたあいつが、うんと小さく見える。
「でぇぇぇぇりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
剣を逆手に持ち替えて、重力に従って落下。
魔力の放出と落下の物理的な衝撃、その二つを乗せて魔竜の背中を刺し穿つ!!
ドン、と全身に衝撃。
両脚から痺れが伝わって、遅れて痛みがやってくる。
ぶよぶよの肉がクッションになったとはいっても、かなりの高さからの落下だもんね、仕方ない。
折れなかっただけ、よし。
「グォォォォォォァァァァァァァァァ――――――!!」
未だかつてないほどの勢いで、魔竜が再度咆哮を上げる。
黒い肉と泥が蠢いて、一瞬にして首が生える。
しかも、二本。
「いくら増やしても……っ!! っとぉわぁ!?」
傷ついた一本以外の二つの首が、背中のあたしに火球を放つ。
自分の身体が燃えることも厭わず、ただ目の前の敵を討とうと足掻いている。
あたしも足掻くよ。だから最後まで、踊ろうね。
「防御します! ッ……」
火球をソードビットの腹が受け止めた瞬間、リーネが顔をしかめた。
反射ダメージ……
「よくも、あたしの想い人を痛めつけてくれたなぁ!!」
背中を蹴るように踏みしめながら、怒りに任せて剣を振り抜いた。
向かって右側の首、そいつの根っこを大きく切り裂く!
背中は足場として不安定。やっぱあたしは地に足着けて戦いたい。
魔竜の背中を下りると、三つの首が同時にあたしを睨む。
恨めしいよね。憎いよね。
「……あたしばっか見てると、足元すくわれるよ」
魔竜の死角からソードビットが飛来して、その衝撃で上体が倒れる。
石畳にビットが突き刺さる。
瞬間、剣が楔みたいに地面に食い込み、剣を起点に鎖が展開。
首を拘束し、大地に縫いつける。
魔竜が暴れる。
力任せに引き剥がそうとしているのに、刺さった剣がびくともしない。
その代わり、空気が歪む。
びりびり、と。
皮膚の上を虫が這うような嫌な感覚が、背中から首に駆け上がる。
「……やっば、めっちゃキレてる」
魔竜が強引に立ち上がった。
三つの首を、自ら引き千切って。
首の断面が、千切れた先から再生を始める。
「ペンタルクス、パワーゲート展開!」
後方支援をしていたリーネの手前に、五本のビットが集合する。
円を描きながらすべての切っ先を魔竜に向け、円柱状の門を形成。
その奥で、リーネが短く詠唱する。
「《攻撃術式起動。放つ属性は火。火球となりて、我が敵を撃て》」
魔法陣がリーネの掌から広がって、火力を集約させた拳大の火球が唸りを上げる。
「《フレイムボーラ》ッ!!」
ついさっきまでと変わらない、高威力の小さな火球。
それが「門」を通過した瞬間に、二回りほど肥大化する。
ぎゅん、と圧が増して、炎が煌々と燃え盛る。
門を抜けた火球が、尾を引いて夜を裂く。
どんっ、とぶつかった。
爆発じゃない。衝撃だ。
空気が一瞬止まって、次の瞬間、全部が吹っ飛ぶ。
旧市街の煤が舞って、焦げた臭いが喉に刺さる。
目が痛い、熱い……でも、効いてる!
黒い肉が焼け爛れて、ぶつぶつと泡立っている。
さすがにこれは再生も一拍遅れ―――
「うっそでしょ……」
焼けたはずの肉の下で、また新しい肉がぶくぶくと盛り上がってくる。
焦げを押し上げて、丸ごと剥がすみたいに。
反則だろ、それ。
魔竜は学習している。だから再生を首だけに限定して、上半身を後回しにした。
なら、もっと学習していたら?
焦げた肉の奥から、ぼっ、と、リーネのものとは違う、もう一つの炎が煌めく。
まずい……!
「リーネ、防御ッ!!」
「ペンタルクス、障壁展開―――!!」
障壁が展開するとほぼ同時に、首の断面がガバッと裂けて、紫の火球が飛び出した。
障壁が火球を受け止め、爆ぜる。
ソードビットが空を舞い、石畳の上に転がる。
「っあ……ぐっ……ぅぅっ……!」
リーネの顔が苦痛に歪み、両膝を突いて蹲った。
「リーネ!」
「痛いだけです! 平気!!」
言い切る声が、ちょっとだけ震えている。
痛いだけで片付けてしまうのがリーネなんだよな。
「目移りしないでって言ったよね。もっとあたしを―――見ろぉぉぉ!?」
言い終わる前に、地面が跳ねた。
魔竜の肉が鞭みたいに伸びてくる。尻尾じゃない。首でもない。
もう身体のパーツを形成することすらやめた、肉そのものだ。
「なんだそれぇ!?」
横っ飛び、ギリギリで避ける。
石畳が抉れて、黒い泥が飛び散る。
再生能力の暴力だ……ズルすぎる、ラスボスかよ。
「ペンタルクス、カノンを守って!!」
肉の鞭がしなって、回避したてのあたしに襲いかかる。
三本のビットが飛んできて、三角の障壁。
肉の鞭が剣の本体にぶつかって、ぎぃん。と嫌な音が鳴る。
「ッ……!」
リーネが、またはっきりと顔をしかめた。
心が痛い。でもごめん、もうちょっと耐えて。
レーヴァ=ルクスを握り直して、刀身から魔力を解放する。
全身を流れる魔力を、ただひたすらに自身の強化に割く。
「……本気のさらに本気、いくよ」
魔竜の胴体―――核と同化した肉の塊のもとへと一直線。
あいつがそれを許すわけがない。肉の鞭が、もう一発。
でも今度は、避けない。
「リーネ!!」
「ペンタルクス、増幅!!」
リーネの指示で、五本のビットがあたしの前に門をつくる。
そこに、あたしの魔力を―――ぶつける!
レーヴァ=ルクスの腹が、淡く光る。
狙いは肉の塊じゃない。
それを操ってる根っこ―――核に絡む、肉の付け根!
刀身が、黄金に煌めく。
溢れ出した魔力が渦を成して、刃に纏わり―――弾けた。
「魔力……ありったけ持っていけ―――!!」
射出された魔力の塊が門を突き抜け、肉を抉って、黒い泥を散らす。
魔竜が、ぴくりと震えた。
「効いた!」
ほんの一瞬。ほんの一拍。
その間に、あたしは核の目前まで―――
「―――ッ!!」
視界が紫に染まる。
ブレスじゃない。火球でもない。純粋な魔力の塊。
あたしの……真似。
「うそっ、そんな―――」
避けきれない。近すぎる。
身体が勝手に縮こまって―――
「障壁最大! 全剣同調―――ペンタグラム!!」
ビットが五本全部、前に出た。
剣が星みたいに散って、重なって、分厚い壁になる。
紫の炎が五芒星にぶつかって、空気が鳴いた。
遅れて、消しきれなかった衝撃があたしを後方へと吹き飛ばす。
「ッ……ぁ……!」
背中に柔らかい何かが当たった。
あたしの身体が、リーネに受け止められて、衝撃が和らぐ。
だけど勢いを殺しきれない。あたしとリーネは重なったまま、黒焦げた建物の残骸に突っ込んだ。
「……リーネ、平気?」
「平気……です……!」
瓦礫を押しのけ、激痛に泣く身体に鞭を打って立ち上がる。
魔竜の身体は、既に竜の形を成していなかった。
ぼこぼこと泡立ちながら蠢く肉と泥が、核を包んで膨れ上がっている。
だめだ、やっぱり火力が足りない。
核を守る肉の壁を吹き飛ばして、そこから核に攻撃を通すには、直剣もソードビットも、一撃火力が不甲斐なさすぎる。
もっと太く、もっと固く、もっと強く、もっと大きく、もっと長く。
この夜すらも切り裂ける、巨大な剣が欲しい……!!
「あっつ!?」
右手に熱を感じて、一瞬思考が止まる。
レーヴァ=ルクスが、高熱を帯びていた。
金色の剣が淡い光を纏って、あたしの手の中で何かを訴えるように震えている。
「……わかりました、やってみます」
リーネがこくりと頷いて、ソードビットを自分のもとへと帰還させる。
掌の上で重なり、束ね、純白の鞘を形作る。
「うぉっ!? そのビットの正体って鞘だったの?」
「はい。ソードビット・ペンタルクス。レーヴァ=ルクスが、こういうこともできるようになったと教えてくれました」
できるようになった……か。
自己進化―――ノアの解析でぼそりと呟かれていた単語が、脳裏を過る。
リーネはあたしに鞘を差し出して、こう言った。
「彼女が言っています。あの望み、今なら叶えられると」
ズキリ、と頭が痛む。
視界が白んで、周囲の音が遠くなる。
また記憶の波が、あたしに押し寄せてきた―――




