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第20話 推しがあたしの死亡フラグをへし折りに来た件

前書きはあまり書きたくないのですが、これだけは語らせてください。


作者イチオシ回です。

「ソードビット・ペンタルクス―――障壁起動! 魔竜の口を縫い留めて!!」


 風が吹いて、凛とした、銀鈴の音色が聞こえた。

 瞬間、あたしの目の前に三本の剣が飛来して、三角形の魔力障壁を展開する。


 その障壁が放たれた魔竜のブレスを受け止めて、吸収。

 バリアの向こうでは、さらに飛来した二本の剣が、二度に分けて頭部に突き刺さり、その衝撃で魔竜の体勢を大きく逸らす。


 何が起きたのか―――

 それを理解する前に、あたしの視界に銀色の髪が映り込む。

 リーネフォルテが隣に立っていた。

 覚悟を決めた王女の真剣な眼差しが、魔竜を睨んでいる。


 魔竜を見据えて、リーネは自分の左耳の通信魔道具にそっと触れる。


「今ですっ! アルミリア!!」


 その声とほぼ同時。火砲から一筋の線がスッと引かれる。

 それが、超高速で発射された砲弾の軌跡だと気付くのに、一拍遅れた。


 魔竜の上半身が、砲弾をもろに受けて砕け散る。

 どしん、とその巨体が倒れ込み、遅れて、衝撃がやってきた。


 終わった、と思った。息が戻った。

 だから、余計にその鼓動が聞こえた。


 ドクン―――アビスの核が、強く鼓動する。

 それに呼応するように、千切れたはずの魔竜の胴体が、ぶくぶくと再生を始めていた。


 早すぎるだろ……それはいくらなんでもさ。


「……やはり、核を破壊しなければ倒せませんか」


 リーネがオーケストラの指揮者のように腕を動かす。

 それに沿うように、五本の剣はそれぞれの軌道を描いてあたしたちを囲うように回る。


「リーネ、その武器はなに……?」


 あたしの知るリーネは、そんな武器、持ってなかったよ。


 一つ息を吐いて、リーネが振り返る。

 彼女は穏やかな笑みを浮かべながらあたしに手を差し伸べ、そして―――


「ッ……!!」


 あたしの頬を、全力で叩いた。


「……え?」


 リーネの笑顔が消えている。

 その代わりに、怒りと、後悔と、悲しみと、複雑な感情が入り混じった琥珀の瞳が、あたしを睨んでいた。


「何を考えているのですか、カノンっ!!」


 頬がじんじんする。

 痛い。頬だけじゃない……胸の奥が、心がぐちゃぐちゃだ。


「なん、で……?」

「どうして、私を置いて行ったんですか!?」


 リーネの声が震えていた。

 震えているのに、目だけは真っ直ぐあたしを見ている。

 逃がさないと、言っている。


「ちがっ、あたしは、リーネを、みんなを……守ろうと」


 言い訳した瞬間、リーネの眉がぴくりと動いた。

 カチッ―――存在しないリーネの地雷が、踏み抜かれる音が鳴った気がした。


「だって、核とあいつ、同時に倒すには、これしか……」

「……本当に、それしかなかったんですか?」


 リーネがあたしの両肩を掴む。

 細い指なのに、力が強い。指先が、小刻みに震えている。


「カノンは言いましたよね。私の運命を壊してくれると―――」


 言った。

 この世界に来て一番最初に、リーネに約束した。

 だから、リーネが犠牲にならないように、そんな選択をしないように、あたしは必死でやってきた。


「世界も私も守ると、誓ってくれましたよね」

「……うん」


 旧市街の門の前でセナリアに問われて、あたしは誓った。

 だから、こうして、世界とリーネを両方守れる道を進んでる。


 あぁ……なんかムカつくな。

 ムカついてる場合じゃないのはわかってる。

 でも、あたしがどんな想いで戦っているかも知らずに。

 リーネはただ、正しさと痛みをぶつけようとしている。

 それが……とにかく怖い。


「そうだよ……!!」


 あたしの肩を掴むリーネの腕を、振り解くように払う。


「だからだよ! リーネを失いたくなくて、あなたの未来を変えたくて、運命を壊したくて……!」


 リーネの両肩を掴んで、焦げた石畳に縫い留めるみたいに押し倒した。


「どの結末でも、やっと掴んだトゥルーエンドでも……未来の世界にあなたはいなかったから!!」


 コントローラーを握り締めて、ただひたすらに街を歩いた。

 世界の果てから果てまで、隅々まであの姿を探して、探して、探して―――それでも、リーネフォルテだけが、どこにもいなかった。


「世界を守りたい、救いたいって想いだけで戦ってきた子が、最後の最後、自分の願いすら抱けないなんて、そんな悲しいことないでしょ!?」

「……それが、彼女の願いだとは思わなかったのですか」


 あたしは一瞬、言葉を失った。

 それが正論だとわかっていたから。

 だから、悔しさを忘れたくなくて、あの日のコントローラーと同じように、リーネの肩を握り締めた。


「そうだね、あの子はそういう子だよ。でもそうなったのは、そういう世界があったからだよ。選ぶしかなかったんだよ、あの子は!!」


 誰もがリーネフォルテに期待する。

 剣の聖女だから。伝承で語られている未来の英雄だから。

 そうやって人々に期待と願いを押しつけられたから、あんな最後を遂げてしまったんだ。


「……なのに、その小さな想いすら否定するんですか?」

「はぁ!?」


 息が詰まった。

 でも、すぐに言い返す。


「違う。これはあたしがただ救いたいだけ!」

「それは……あなたの我儘エゴですよ」


 あぁ、また声が出ない。

 リーネの言葉は全部正しいよ。

 でもあたしは、正しさなんてもういらないんだ……!!


「……エゴで結構だよ!」


 ほんと……何言ってんだろうな、あたし。


「そうだ、オタクのエゴだよ! 推しの意志なんて全部無視して、自分の願望だけを押しつけてるに過ぎないのはわかってるよ!!」


 諦めきれないから、ここにいるんでしょ。


「リーネは世界を救うために自分の犠牲を厭わない、そういう子なのはわかってる! 何度も、何度も、何度だって思い知った!!」


 諦めきれなかったから、二周目のあたしに託しているんでしょ。


「だからこれはあたしの我儘だよ! あんたの意志がどうであれ、願いがどうであれ―――」


 そうだよね、カノン・フィリア。


「それでもあたしは、リーネが生きてる未来が欲しかった!!」


 カタ、と。隣に置かれたレーヴァ=ルクスが震えた。

 あたしのオタクのエゴ全開のみっともない告白。


 あたしの目から涙がぽろぽろ落ちて、リーネの顔を濡らしていく。

 リーネはただ目を瞑り、それを受け止めていた。


 そして、ゆっくりと目を開ける。

 瞬間―――息が詰まるほどの正しさが、胸を殴った。


「私だって、カノンのいる未来が欲しいんです!!」


 両肩を掴まれて、今度はあたしが地面に組み伏せられる。


 それは、はじめてみる表情だった。

 ゲームのトゥルーエンドでも、あたしが見せられた一周目の記憶でも、もちろん今回の周回でも―――リーネは一度も、ここまで感情をあらわにすることはなかった。


「カノンが私を大切に想うように、私もカノンが大切なんです! 他の何よりも!!」


 リーネが吐露するその想いを、あたしはよく知っていた。

 あたしの胸の内で疼くそれと、同じものだから。


「聖剣を抜け。聖女になれ。皆が私にそう期待する中で、カノンだけは私の運命を壊すと、そう誓ってくれた……!」

「だからそれは、あたしのエゴで……っ」

「それでも……私は嬉しかったんです。あなただけは、私を『剣の聖女』ではなく『ただの友達』として扱ってくれましたから」


 涙混じりに笑いながら、リーネはあたしの頬にそっと触れた。

 柔らかな指先が、あたしの傷痕をそっとなぞる。

 くすぐったくて、気持ちよくて、でも……苦しい。


「いや、それは……」


 ごめんリーネ、違うよ。

 あたしはあなたを友達とは見ていない。あなたは雲の上にいて、あたしが決して届かない憧れで、ただ生きているだけで嬉しい、そんな存在なんだ。


「だから、大切な人を犠牲に掴んだ未来なんて……そんなもの、私はいりません!!」

「あたしだって……あたしだっているかそんなもん!!」

「でも……」


 言いかけて、リーネは唇を噛んだ。

 言えば、戻れないと知っているみたいに。


「でも……あなたは知らないでしょう?」


 何を知らないって?


「……私の生きる未来。そこに、あなたがいないことを」

「なにを……言って……?」


 そんなはずはない。

 だってあたしが変えたかったのは、リーネが犠牲にならない未来だ。

 あたしを犠牲に未来を掴む? なにそれ、それじゃまるで―――


 あたしが……リーネと同じことをするみたいじゃん。


「ッ……!」


 また、記憶が波になって押し寄せる。

 今度は声まで、はっきりと聞こえる。

 視界が、白く弾けた。

 音が遠のいていく―――


     ◇


 崩れ去る大地、割れ落ちる空、死にゆく人々。

 折れた剣を手に、桃髪の少女は世界の再生を願う。


「待ってください、カノン。まって、いかないで!」

「ごめんね、リーネ。あたしバカだからさ……こんなことでしか、あなたを救ってあげられなかった」


 笑顔に涙を浮かべて、少女の身体が光となって消えていく。


     ◇


 ―――これは一体、誰の記憶?


 そう疑問に思った瞬間、レーヴァ=ルクスが強く震えた。

 はっきりとわかる。この剣が、あたしを呼んでいる。


 視界が、白から色を取り戻す。

 夜。焦げた大地の臭い。旧市街の黒い壁。

 そして―――ぶくぶくと蠢く、魔竜の肉。


「……私とカノンの、邪魔をしないで」


 心臓が、ひときわ強く脈を打つ。

 リーネは自分の耳飾りに触れて、核に覆いかぶさるように再生を続ける魔竜を睨みつけた。


「……アルミリア。弾種変更、狙撃弾から焼夷弾へ。焼いてください」


 アルミリア?

 その言葉の直後、また壁の上から砲弾が飛来する。

 魔竜に命中する寸前で砲弾が開き、生じた炎が黒く蠢く肉を焼く。


 それでも……核は壊せない。

 魔竜が魔力による防御を核の保護に回しているせいなのか、再生を極端に遅らせているだけで、核の破壊には至っていない。


 でも、今はそれよりも、もっと重要なことがある。


「リー……ネ……?」


 なんだろう、この違和感。

 あたしの目の前にいるのは確かにリーネフォルテだ。

 でも、違う。

 だってリーネは、アルミリアのことを呼び捨てにはしない。


 このリーネフォルテは……あたしの知るリーネフォルテ。

 世界を背負っていて、人の願いを背負っていて、そのために自分を捧げて戦い続けた、そんな顔。

 あたしが、モニターの前で焦がれていた……リーネフォルテだ。


「あなたは……誰なの……?」


 そんなあたしの問いかけに、リーネは穏やかに笑ってこう返した。


「リーネフォルテですよ。少しだけ、未来の記憶を受け取った」

「未来の……記憶……?」


 未来の記憶……あぁ、そっか、そういうことだったんだ。


 あたしは、自分だけが繰り返しているんだと思ってた。

 最悪のバッドエンドの一周目があって、その記憶がちょくちょく蘇りながらこの二周目で足掻いているんだと、そう思っていた。


 でも違ったんだね。


 あたしはあのバッドエンドを避けるために、最悪の選択を繰り返した。

 リーネを救うために、あたし自身が犠牲になった。


 世界を救うためには、あたしかリーネ、聖剣を受け継いだどちらかが犠牲になるしかなかった。


 あたしが繰り返していたように、リーネもやり直しているんだ。

 あたしを失った、最悪のバッドエンドを迎える一周目を。


 なんて、残酷なんだろう。

 あたしは最低だ。あたしが感じて、苦しんだその喪失を、今度はリーネに背負わせようとしていた。

 仕方ないって、自分に言い聞かせてたけど、何も仕方なくないよ。


「ごめん……全部理解した。あたし、自分だけがやり直してるもんだと思ってた。でも、違ったんだね。リーネも……あたしを救うために頑張ってくれていたんだね」

「……はい」


 リーネは小さく頷く。


「レーヴァ=ルクスが私に教えてくれたんです。弱いままでは、カノンに守られるだけでは、未来を変えることなどできないと」


 だけど、その顔はいつものリーネの柔らかさじゃない。

 笑ってるのに、目が笑っていない。

 使命を瞳の奥に宿して、優しいのに、冷たい。

 ―――あぁ、これ知ってる。


 世界を救うために死ぬ覚悟を決めた。最終決戦に臨む前の、リーネの目だ。


 ドクン、ドクンと核が鳴るたび、魔竜の肉がぶくぶくと盛り上がっていく。

 焼夷弾の炎で表面は黒く焦げているのに、その下で新しい肉が生まれてる。気持ち悪い、ほんとに。


「……さぁ、立って、カノン」


 先に立ち上がったリーネが、あたしに手を差し出した。


 聞きたいことは山ほどある。

 だけど今はまず……あいつを倒さなきゃ。


 あたしはリーネの手を取って、痛みに喚く身体に鞭を打ち、立ち上がる。

 レーヴァ=ルクスを拾って、柄を強く握り締める。


「色々質問攻めにしたいけど、一つだけ聞かせて」

「いいですよ」

「……未来の記憶って、どんな内容?」


 リーネの眉が一瞬、ぴくりと動く。

 無理をしているような笑みを浮かべて、リーネはこう返す。


「大好きな人を守れなかった、一人の女の子の後悔です」

「……そっか」


 それを聞いて安心した。

 って言ったら最低だけど―――それでも、未来のリーネは、一人の人間として泣くことができるんだ。


 ひとつ深呼吸をして、荒れた息を落ち着かせる。

 全身が悲鳴を上げている。身体の節々が痛い痛いって叫んでる。

 それでも……まだ、立ち止まれない。


 魔竜の胴体が、ずるりと立ち上がろうとする。

 上半身は吹き飛ばされたのに、下半身だけで立つって何だよその反則技。見た目も生理的にムリ。


 核を守るみたいに、魔竜の残った肉が黒い泥に絡みつく。

 核が鼓動するたびに、魔竜に魔力が補給されていくのがわかる。


 それは、あいつの弱点だ。

 そしてあいつは、それを体内に呑み込んだ。


 あぁもう、ハードモード突入したなぁ、これは。


「リーネ。この飛んでる五本の剣、何ができるの?」

「攻撃、防御、魔法の増幅、それと、魔法の射出点になります」

「代償とかあるの?」

「魔力だけで、重いものはありません。ただ……疲れるし、結構痛いです」


 言いながら、リーネは片手で左腕を押さえた。

 ソードビットって言ってたな。あれが受けたダメージが、痛みとして返ってくる―――とか、なのかな。


 なのに、リーネは泣き言を言わない。

 ただ淡々と、必要な情報をあたしにくれる。

 なら、それに応えないとね。


「誓うよ、リーネ。だからリーネも、約束して」

「なにを……ですか?」


 あたしはリーネの手を握って、きょとんと首を傾げる彼女を見上げた。

 言うんだ、ここで。口にしたら、現実に出来る気がするから。


「リーネも世界も両方救う。そんでもって、ついでにあたしも犠牲にしない。約束……リーネも、あたしを置いていなくならないでね」


 リーネは一瞬驚いたような表情を浮かべて、笑った。


「……はいっ!」


 なにも背負っていない、たった一人の少女の笑みで。

 よし。それならあたしも、今背負ってるこの荷物、ちょっと下ろしてもいいかな。

 一人のオタクとして、推しを救うためだけに戦うよ。


「んじゃ、やろっか」


 息を吸って、レーヴァ=ルクスを構え直す。

 左腕も、右脚も、いやもうとにかく全身が痛い!

 肋骨も何本か折れてるし、左腕なんて砕けて雑に繋がってるだけだし。


 でもこの痛みが、生きてるって実感をくれる。

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