第18話 あたしの攻略本、燃えちゃったんですけど!?
怖くないなんて、言えるわけがない。
だってめっちゃ怖いもん。ドラゴンだよ、ドラゴン。あたしがいた現代日本じゃ、空想上の生き物。
そりゃ、ゲームの中で散々狩ってきたけど、いざ目の前にしたら、恐怖で足が竦んじゃう。
それでも……あたしは戦わなきゃいけないんだ。
怖くても、逃げ出したくても。
だってリーネは、一度だって逃げなかったから。
「……来なよ」
そう一言呟いた瞬間、魔竜の喉の奥から、大きな音が鳴った。
「グォァァァァァァァァァァァァァ―――!!」
空気を震わせるような咆哮―――深淵の魔竜が敵を見定め、戦う意志を示したという合図。
胸の内側がびりびりと痺れ、心臓が一拍遅れて跳ねた。
喉が勝手に締まって、息が苦しくなる。
間違いない……現実だ。
「リーネ、援護お願い」
「わかりました」
あたしはリーネに援護を任せて、魔竜に向けて駆け出した。
馬鹿正直な真正面からの突撃。だけど、これが一番やりやすい。
魔竜の瞳があたしをはっきりと捉える。
頭の中に攻略法を準備して―――待つ。
右前足の爪による引っ掻きだ。
あたしはタンッと右に跳んで、その一撃を余裕を持って躱す。
ここから派生する攻撃パターンは主に三つ。
左前足の引っ掻きか、踏みつけか、ブレスか―――
魔竜が左の前足を上げた。
引っ掻きか踏みつけのどちらか、予備動作だけじゃなくて、直前にならないとわからない。
だけど安全地帯は確かにある。
それは―――
「腹の真正面、後ろ足の付け根っ!!」
石畳を割るほどの勢いで踏み込んで、前に駆け出す。
あたしがそれまでにいた位置を、魔竜の前足が踏み潰す。
まともに食らえば、あたしは今頃ぺしゃんこだ。背筋がヒヤッとした。
でも……これで懐に潜り込んだ。
「直剣なら、二発差し込める!!」
腹の下に立ち、クロスを描くように素早く二連撃!
頭上を見れば、魔竜は足元にブレスを吐く構えをしていた。
「欲張りは禁物っ!」
バックステップで距離を取り、ブレスの範囲から離脱する。
あたしが射程範囲外に消えたのを見て、魔竜はブレスの動作をやめた。
―――無駄撃ちはしないんだ。
でもそうだよね。ゲームなら無駄撃ちしてスタミナ削るけど、これは現実。それも一つの戦術だと思うよ。
視界の端で、魔竜の長い尻尾が大きくうねる。
よし! 読み通り、尻尾の叩きつけを誘発できた。
半歩だけ左に跳んで、スレスレで尻尾の叩きつけを回避。
その長くて厄介な尻尾は、早々に切り落とすからね!
「そぉぉぉぉぉりゃっ!!」
魔力を込めて、レーヴァ=ルクスを振り下ろす。
刃が黒い体躯に深々とめり込み、魔力が爆ぜる。
根本から骨ごと尻尾を叩き切って、切断完了。長さは八割減って、鞭のようにしならせて攻撃はもう無理。
魔竜は痛みに呻き、叫び声を上げた。
そんな喚かないでよ。ちょっと罪悪感生まれちゃうじゃんか。
でも―――いける。あたし、この戦場を掌握してる!!
「リーネ、魔法お願い!!」
「わかりました!」
リーネが右手を魔竜に向ける。
掌の先から魔法陣が一枚展開され、小さな口が詠唱を紡ぐ。
「《攻撃術式起動。放つ属性は火。火球となりて、我が敵を撃て》」
魔法陣から魔力が漏れる。漏れ出た魔力は赤い炎になって、集まり、拳大ほどの火球になった。
見た目は小さい。でも聖剣を抜いた今だから、感覚が研ぎ澄まされたおかげでわかる。
あの火球―――見た目以上の威力がある。
「《フレイムボーラ》ッ!!」
あたしがあの日、選定の儀を妨害したくて放った魔法。
あんなスッカスカのマッチの火とは比べ物にならないほどの火球が放たれて、魔竜の頭部に直撃、爆ぜる。
「ナイスリーネ!」
「追撃を、カノン!!」
「まっかせなさい!!」
あたしは聖剣を手に、再び魔竜に突貫する。
魔竜はリーネの魔法に怯みながらも、翼を僅かに開いた。
予備動作―――次に来るのは。
「ブレス……読んでるんだよなぁ!!」
黒煙の中から放たれたバスケットボール大の火球。
あたしは聖剣の腹に魔力を集中させ、それを打ち返すッ!!
腹に自分のブレスを受けて、魔竜が一歩、二歩と後退する。
うん、クリーンヒット。腕が痺れてピリピリ痛む。
飛び散った火の粉で肌が若干焼けたような感じがするな。これ、二度とやらないようにしよう。
左の踏みつけ。
軽く躱して、ここから派生する右の爪を弾き―――
「カノン、上です!!」
予想を外れて、あたしの目の前に魔竜の牙が迫っていた。
「っとあっぶな! なんだそれ!!」
……今の、本当に知らない。
リーネの声がなかったら被弾してたな、危ない危ない。
このパターンもあるんだって、しっかり覚えよう。
でもさ―――
やっばい……これ楽しい。
そんなこと思っちゃいけないのに、身体がそう感じてる。
アドレナリンがドバドバ出て、全身が高揚感で満たされる。
「へへっ……」
思わず笑みがこぼれた。
生死をかけた戦いをしているっていうのに、あたしはどこか俯瞰して戦場を見ていた。
ううん、違う。
本当に俯瞰してる。
ただのオタク女子が優れた身体能力を得ただけでなんでこんなに動けるんだろうって不思議だった。
ようやくわかった。
あたし……自分の背中が見えるんだ。
ゲームで培った知識と経験のおかげで、三人称視点みたいな、そんな感覚で戦ってる。
だってさ……全部あたしの思った通りになるんだよ。
楽しいに決まってるじゃん。
でも、こんなに簡単だったっけ、こいつ。
いや違うな、あたしのステータスが異常値ってだけだね、多分。
「さーて、次はどう来る? 全部読めるけどねっ!!」
右の爪を剣で弾き、返す刃で脚を切る。
踏みつけを転がって躱し、起き上がりざまに腹に刃を深く突き立てる。
噛みつきを華麗に回避して、左の爪を―――っと、回避。
予想より一拍遅れた。確かにゲームでも後半はディレイ入れてきたな。
でもあたしには見える気がする、あんたのHPゲージが。
一撃火力は低いけど、それでも着実に削ってる。
ふと―――魔竜が激しく咆哮を繰り返す。
なんだろう。こいつには形態変化とかないはずなんだけど。
咆哮を終えた魔竜は、夜空に向けてブレスを放つ。
一度、二度、三度。
何してんだ……変な動きするな。あたしの知らないレアモーション?
「ま、いっか。あと半分くらい……かなっ!!」
魔竜が振り下ろした爪を潜り抜けて、右の前足の付け根を切り裂く。
お、いいところに入ったのかな。右前足が切り落とされて、断面が露出した。
これで右は使い物にならない。
「そらそらそらそらぁ!!」
苦痛に呻く魔竜を尻目に、ここぞとばかりに連続攻撃。
腹が裂けて、真っ黒な血が辺りに飛び散る。
「リーネ、追撃!」
「《フレイムボーラ》ッ!!」
リーネの火球が、ズタズタの傷口を更に焼き焦がす。
痛みに慣れ始めたのか、それとも痛がりながらも敵の撃滅を優先しているのか、魔竜は身体を燃やしながらあたしに向けて口を開いた。
「ブレスッ!!」
あの動きは足元ブレスだ。
大丈夫、バックステップで距離を取れば。
魔竜の視線が、あたしから逸れる。
直感が言っていた、リーネが危ない。
あたしは魔竜に切り込むのをやめて、リーネのもとに駆け出す。
「リーネ、下がって!!」
リーネの肩を押して突き飛ばし、背中に熱を感じて振り返る。
火球が、すぐ目の前まで迫っていた。
一瞬で理解する。
さっき、夜空に撃っていた三連ブレスだ。
断ち切ろうと聖剣を振る。
だめだ、間に合わな―――
全身を、巨大なハンマーで殴られたような衝撃。
続けて、背中に大岩が激突した、みたいな鋭くて、強い痛み。
「がッ」
何が起きた?
何があった?
そうだ、あたしは空から落ちてきたブレスを三発同時に食らって―――
顔を上げると、魔竜が口を開いてあたしを見ている。
まずい、これは―――マズい!!
躱さないと、そう思って、咄嗟に身を捻った。
火球が、あたしのすぐ真左に着弾する。
「あぐっ!?」
熱風と衝撃に吹き飛ばされて、崩れた屋台に突っ込んだ。
「な、何が……」
残骸があたしを受け止めてくれたおかげで、それほどダメージはない。
右手には聖剣がちゃんと握られている。大丈夫、イレギュラーはあったけど、すぐに反撃を―――
「あ゛っ……ぁぁぁっ……!!」
左腕に、感じたことのない激痛が走った。
力が入らない。感覚がない。
嫌な予感がした。それなのに、視線は自ずと左腕を見ていた。
プラプラと、振り子のように腕が揺れていた。
あたしの意思には従わず、ただ物理法則の流れに沿って、弧を描いている。
腕が―――砕けていた。
回避はしたのに、左腕だけ、遅れていた。
「ぁぁ……」
……上空からの三連ブレスなんて、あいつにない。
おかしい……あんなに順調だったのに。
このままいけば、倒せるって確信してたのに。
現実が、あたしを裏切った。
あたしは、本当の意味で思い知った。
ここはフォストリエだ。
モニターの前であたしが愛し、憧れた世界。
それに、ただよく似ているだけの、紛れもない現実。
この世界は―――ゲームなんかじゃ、ないんだ。
ふざけんな……ふざけんなふざけんなふざけんな!!
立ち上がって駆け出し、魔竜の連続ブレスを躱す。
連続で放たれる火球が、あたしのすぐ真後ろで何度も爆ぜる。
聖剣を引きずって、逃げることしかできなかった。
手負いのせいだからかな。
完全にロックオンされてる。リーネはあいつの眼中にない。さっきみたいに、急にヘイトが向くことはない。
いや、安全ならそれで安心なんだけど。いまは、違う!!
「うわっ! くそっ、先読み置きブレスとか反則だって!!」
先回りで放たれたブレスをギリギリで踏み止まって躱し、追撃もなんとか凌ぐ。
折れた左腕は温かい力のようなものが包み込んでくれていて、それが、今、砕けた骨を繋ぎ直してくれているのがわかる。
安心できるのに、どうしてだろう。左腕が、あたしのものじゃないみたいな、変な違和感。
それは今はいい、考えることじゃない。
両腕が使えなきゃ、あいつにまともな一撃ひとつ入れられない。
どうする? このまま逃げ回るだけじゃいずれジリ貧だ。
ヘイトの向いていないリーネに回復してもらう? いやだめだ、リーネはまだ魔法を覚えたてだから、治癒魔法は使えない。
それに、魔竜は確実にあたしを学習している。
そこでリーネが治癒なんて使ってみろ。ヘイトは一瞬でリーネに向くに決まってる、あたしがあいつだったらきっとそうする!!
そうだよ、生き物なんだ。あいつだって、怪物だけど、生き物なんだ。
生きてる。考えてる。死を恐れて、思考して、だから……あたしに適応している。
レーヴァ=ルクスが、危険信号のように淡い光を明滅させていた。
何かをあたしに伝えようとしている?
でもごめん、今のあたし、そんな余裕ないから、頼むから左腕の回復にもっと力回して!!
強く念じた瞬間、レーヴァ=ルクスが一段、強く光った。
ゴチッ、って、骨を強引に繋ぐ、嫌な音が鳴った気がした。
そう、例えるなら……砕けた骨を雑にまとめて、接着剤ぶっかけて固めたみたいな、違和感。
「あ゛っ……くぅ……!」
痛い、痛い痛い痛い。
痛いけど……動ける。
骨がまともな位置に戻った気は全然しないけど。
左腕、動く。動くなら―――まだ詰みじゃない。
ドンッ、と地面が跳ねる。
熱が足首をすっと撫でて、駆け抜けていく。
屋台の残骸が燃えて、建物が衝撃で崩れて、石畳が割れて、爆炎によって生じた煙が、視界をどんどん奪っていく。
ただでさえ、夜で光がないのに。
煙の向こうから、底なしの瞳が覗いた。
狙ってる。
ちゃんと、あたしを殺しに来てる。
魔竜が大きく口を開く。
ブレス―――いや、違う。
「……ちっさ」
出てきたのは、バスケットボール大ですらない。
拳大の、小さな火球。そう、リーネが放った魔法と同じくらいの。
やばい。
これ、絶対にやばい。
あたしの予想が当たってるなら、この火球の威力は、リーネの魔法と同じだ。
「リーネごめん! そのちっさいの撃ち落として!!」
指示した瞬間、背後でリーネの詠唱が走る。
「《フレイムボーラ》ッ!!」
火球が飛ぶ。
一発目が、浮いていた小火球にぶつかって―――
「躱されたっ!?」
嫌な予感はしてたんだ。
あたしがすばしっこいなら、こういうやり方で追い詰めるしかないって、あたし自身も思ってたから。
「くっそ! 追尾型かッ!!」
リーネの火球による迎撃をすり抜けて、魔竜の小火球があたしに迫る。
左右から同じ速度で詰めてくる。
挟み撃ち……ならっ!!
「なんとかなれ―――ッ!!」
勢いに任せて、小火球が命中する寸前にその場で宙返り。
腹と背中、二方向からあたしを挟んでいた小火球は、そのまま正面衝突で大爆発。
衝撃が肌を叩く。
小さいくせに、爆発がでかい。
やっぱりそうだ、リーネのあれを真似ている。
小火球は二つ破壊した。でも、あと一つ残ってるっ!!
タイミングを遅らせて、あたしの着地を待っていたと言わんばかりに迫ってくる。
「性格クソ悪いなコイツゥ!!」
叫びながら、あたしは地面を蹴った。
右に跳ぶ。左に戻る。前に転がる。
でも、追尾火球は追いかけてくる。
あたしの動きに合わせて角度を変える。
ブレがない、迷いがない。まるで、こいつそのものが意思を持っているみたいに。
「くそっ……!」
聖剣で斬る?
いや、爆発物を近距離で斬るのは自殺行為。衝撃に吹っ飛ばされた先に追撃が来るだけ。
じゃあさっきみたいに弾く?
どっちにしろ衝撃を感知して爆発するなら意味がない!!
いや、でも待てよ?
なんで、あいつは今、追尾弾を避けるのに必死で隙だらけなあたしを、本体で攻撃して来ないんだ?
そうだ……そうだよ。意識を割いて、火球を操作しているんだ。
なら……!!
地面を蹴って駆け出す。
目指す先は、魔竜の懐ッ!!
腹の奥に滑り込む。
やっぱこいつ、まだアホだ。馬鹿正直にあたしを火球で追いかけてきた。
それが、自分の腹に当たるとも知らずに。
だけど一瞬、魔竜の目があたしを見た。
全てを、見透かされているような感覚だった。
爆炎が爆ぜた。
衝撃が、腹の底を殴る。
鼓膜がぴりぴりして、胃が浮く。
「……っ、はぁ……はぁ……!」
やばい、吐きそう。
でも、吐いたら絶対、動けなくなる。
あぁ、肋骨も何本か折れてるかも。
ギリギリ、内臓は傷ついてないっぽいか。
爆炎の中から魔竜が姿を現す。
その顔が―――笑っていた。
口角が上がっていたわけじゃない。
だけど細められたその瞼から……あたしを嘲笑うあいつの感情が、嫌というほど伝わってくる。
炎と煙が晴れて、魔竜の傷痕があらわになる。
あれだけの一撃を腹に受けたんだ、大穴くらい空いてんだろ。
って思ったけど、現実はその逆だった。
「なんで……」
あたしの視線は、切り落としたはずの右前足に向けられた。
黒い血、露出した骨。
そこに―――淡い紫の線が、糸みたいに走っていた。
もぞ、と肉が蠢く。
ぶくぶく、と血管が伸びていく。
骨の欠片が、磁石みたいに寄って、形になる。
断ち切った筋肉が伸びてきて、ばちんっ、と弾んだ。
「……え」
息が、うまく吸えなかった。
うそだろ。
切ったよね、さっき。
あたし、確かに切り落としたよね。
「まさか……」
叩き切ったはずの尻尾が、翼の向こうで蛇のようにうねっていた。
もちろん……根本は、繋がっている。
「……再生、能力?」
もしかして、これがあるから自爆できたってこと?
あたしは……こいつの掌の上で、踊らされてたってこと!?
「お前……なんなんだよ……」
あたしの呟きに答えるみたいに。
あたしの驚きを嘲笑うみたいに。
あたしという、小さな生き物を見下すように。
魔竜が……喉の奥を鳴らした。




