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第15話 この聖女、色んな意味で強すぎる!

 イルセナリアとリーネ、あたしの三人で中心街を歩く。

 大通りを進むほど、視線が増える。

 祈の聖女が歩けば当然か。道の端の老婆が祈り、子供が手を振って、若い男が帽子を胸に当てて頭を下げる。


 その中で、ひとつだけ質の違う視線があった。

 祈りでも尊敬でもなく、じっと獲物の動向を窺うような冷たい目。


 あたしは気付かないふりをして、イルセナリアの横顔を盗み見る。

 彼女はにこにこ笑って、手を振って、軽く会釈をして、完璧な聖女を演じていた。


「そうだ、お二人共、喉は渇いていませんか?」

「え?」


 イルセナリアは両手合わせて、くるりとこちらを振り返る。

 その笑顔はいつも通り柔らかいのに、目だけが一瞬、周囲を撫でた。


 そして、彼女はわざとらしく声のトーンを一段上げて―――


「美味しい果実水のお店を知っているんです。お二人に紹介しますね」


 元気よく、言い放った。


 イルセナリアは「こっちです」と言って、露店の並ぶ方向とは逆へと歩き出した。

 大通りの流れに逆らうように、あえて人の少ない脇道へ。


 で、気付く。

 まだどこかから視線を感じる。あたしら、つけられてるな。

 聖剣を抜いてからというもの、こういう勘だけは冴えてるんだよな、あたし。


 リーネはまだ気付いてないようで、イルセナリアの突然の行動に戸惑っていた。

 イルセナリアは……迷いがない。


 その瞬間、あたしは理解した。

 この尾行、撒くつもりだ。


 イルセナリアは聖女らしい足取りを崩さないまま、細い路地へ滑り込む。

 人通りの喧騒が一枚の壁みたいに背後に残って、路地の中は急に静かになった。


 石畳が近くて、空が細い。

 昼なのに、影が濃い。


 イルセナリアは曲がりくねった路地を迷わず進む。

 突き当りに見えても、角を曲がるとまた道が続く。

 似た壁、似た扉、似た匂い。あたしは完全に現在位置を見失った。

 あたしの脳内マップは死んでるのに、イルセナリアだけが街の裏側を歩いている。


「ここです」


 そう言って、イルセナリアは何もない路地で立ち止まった。

 何もない壁にそっと触れると、偽装が解除されて、民家の扉が現れる。


「入ってください」


 そう言って、イルセナリアは慣れた手つきで扉を開く。

 その中には、一人の兵士が待機していた。鎧のデザインからして、カテドラルのものだ。


「お待ちしておりました、イルセナリア様」

「時間通りですね。いつもありがとうございます、ライノ」

「いえ。これがオレの務めですので」


 ライノ―――そう呼ばれた赤髪の青年は、イルセナリアに残火守の礼装を手渡して、目を瞑った。

 イルセナリアはそれを受け取ると、一切の恥じらいなく純白の法衣を脱ぎ、礼装を身に纏う。


 おっと、まずい。

 反射で目を逸らした。見ちゃだめなやつだ。

 でもそのせいで、衣擦れの音がやけに強調される。


「……終わりました」


 その声で目を開けると、目の前には昨日見た礼装姿のイルセナリアの姿があった。

 昨日は気付かなかったけど、身体の周囲に薄ら、魔力の膜のようなものが張られている。


「では、またいつもの時間にここに来ます。ライノ、くれぐれも気取らぬようにお願いしますね」

「はっ」


 この青年が、イルセナリアの協力者ってところかな。

 扉を開け、イルセナリアは彼に小さく手を振って外へ。

 あたしたちも、それに続く。


 一瞬、ライノの目が、あたしを見たような気がした。

 その目が、懐かしいものを見たみたいに揺れて。

 まさかな―――という掠れた小さな呟きが、鎧の内側で消えたような気がした。



 路地に戻ると、イルセナリアは再度扉に手をかざす。

 扉の表面が民家の壁に一瞬で早変わり。

 魔法って、こんなこともできるんだ。


「これで監視はもうわたくしたちを追えません。では、向かいましょうか。カノン様、そちらの箱を持ち上げてもらえますか?」


 礼装のフードを被り、イルセナリアは手であたしの脚元の木箱を示す。


「あ、はいっ」


 持ち上げると、カラカラとガラスが揺れる音が聞こえてくる。

 なんだろう、薬……かな。


「高価なものです。割れないように注意してくださいね」

「えっと、これがもしや例の果実水?」

「すみません、それは尾行を撒くための方便。中は薬です」


 やっぱ薬か……責任重大だな。

 そんなものあたしに預けないで欲しいな。あ、でも結構重いから、これをリーネに持たせるのもよくないか。


 イルセナリアは一歩先を歩きながら、声のトーンだけを柔らかいままにして、目だけで周囲を確かめる。

 さっきまでの聖女の散歩と顔は同じなのに、どこか違うような雰囲気。

 笑ってるのに、全部見てる。


「……あの、監視の方は、平気なんですか? 私たちもいますし、着替えたところですぐに見つかってしまうような気が」


 リーネが小声でイルセナリアに耳打ちする。

 その懸念はごもっともだ。どれだけ着替えたところで、あたしらがいたら意味はない。


「ご心配なく。わたくしの礼装には認識阻害の術がかけられています」


 なるほど、それなら安心だ。


「わたくしが触れている人を含めて、他者の目には市民に映りますので、平気です」


 イルセナリアはそう言ってリーネの手を取り、あたしと腕を組んだ。

 木箱で両腕が塞がってるからとはいえ、近い……心臓が高鳴る。


 ふと視界の端で、リーネが子供みたいに頬を膨らました。

 でもそれも一瞬のことで、いつもの微笑みに戻る。目だけが……可愛らしくイルセナリアを睨んでいる。


「イルセナリア様、少々近くありませんか?」

「あら、リーネフォルテは不満ですか? では、こうしましょう」

「そういうわけでは、ちょっ!?」


 イルセナリアはあからさまに声のトーンが落ちたリーネの手を離し、同じように腕を組んだ。

 

 これ、他人にはどう見えているんだろう。

 まぁ、女の子同士だし、仲睦まじい光景に見えんのかな。


 ……というか、呼び方、いつの間にか距離詰まってる。


「イルセナリア様、私たちは―――」

「仲の良い友人、ですよね? だからあなた方も、遠慮なく呼んでください。そうですね……長いので、セナリアと」

「せ、セナリア」

「はい。リーネフォルテ」


 リーネが一瞬だけ言葉を飲んで、それから慎重に復唱した。

 なんだそのちょっと悔しそうな顔は、かわいいな。

 っていや違う、今はそんな場合じゃない。


「カノン」

「わかったよ。よろしく、セナリア」

「はい」


 セナリアは満足げに頷くと、ゆっくりとした速度で歩き始めた。


 数本の路地を抜けて、空が少しだけ広くなった。

 石畳の色が変わる。街の雰囲気も中心街に比べて少しだけ雑になる。

 商いって感じの匂いが薄れて、人々の生活が漂う、住宅街。


「ここです」


 セナリアが立ち止まった先には、低い塀と質素な門。

 門の上に、小さな木の看板が吊ってある。

 あたしとリーネは、そこに書かれた文字を見て、思わず目を見開いた。


 ―――灯火の家。

 あたしはその名前を知っている。クレストリアにいた時、同じ名前の孤児院で暮らしていた。


 飾り気はない。でも、ちゃんと手入れはされている。

 塀の内側から、子供の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。


 胸の奥が、きゅっと鳴った。

 明らかに心拍が早くなる。いや待て、焦るな。同じようなセンスの人間がいただけなんじゃないか? 名前が同じだけだ。同じだけ、そう……それだけ。


「……カノン。大丈夫ですか?」

「え、あ、いや。なんでもないよ、へーき」


 そうは口で言うけど、思わず木箱を落としそうになった。

 リーネが心配そうに覗き込んでくる。

 気を遣わせてしまって、余計に心臓が痛い。


「こちらへ」


 セナリアはそう言って、門の中に許可も取らずに入っていく。

 あたしたちもそれに続いた。


 門の中は思ったよりも広かった。

 低い塀の内側に、小さな中庭みたいな空間があって、そこに子供たちがわらわらと散っている。

 走る、転ぶ、笑う、泣く、怒られる、すぐまた笑う。


 ―――生きてる。


 それだけで胸が痛むの、やめて欲しい。

 あたしには感傷に浸る資格なんてない。この気持ちはあたしじゃなくて、カノンのものだから。


「あ! ゆうしゃさまだー!!」


 ふと、集団の中でこっちに気付いた子供が、あたしらの方に突っ込んでくる。

 あたしは木箱を落とさないよう掴み直して、子供の突撃を足元で受け止めた。


 小さい頭、細い腕、ぺたぺたした柔らかい掌が、あたしの膝にしがみつく。

 見下ろすと、五、六歳くらいの男の子が、にかっと笑っていた。


「ほんとだ! せんせーのいってたゆうしゃさまだ!!」


 わーわーわー、と、大勢の子供たちがあたしを取り囲んだ。

 よく見たら、いつの間にかセナリアの腕があたしから離れている。

 認識阻害、あたしだけかかってないじゃん!!


 にこり、とセナリアが笑っていた。

 確信犯だな、こんにゃろ。


「ゆ、ゆうしゃ!? ちょっとまって、だれが? あたしが!?」


 なんだそれ、困る。

 っていうか可愛いー!!

 こういうのには慣れてないけど、心が弾んでいるのはこの身体のせいかな。

 いやでも、なんだ、この……群がり様は。残火守がこの子たちの英雄ってだけじゃ、片付けられない気がするんだけど??


「こら、レオ。いきなり抱きつかないの、困ってるでしょ?」

「だってこのひと、せんせーのいってたゆうしゃさまだよ! きんいろのけんもってるし!!」

「なに言ってるの? 勇者様は先生の作り話で―――え?」


 子供たちの騒ぎを聞きつけ慌てて駆け寄ってきた少女が、驚いたような声を上げた。

 どうかしたのかと目線を向けて、あたしの思考も固まる。


 呼吸が止まった。


 小柄で、髪は焦げ茶で、頬に薄ら、そばかす。

 目元には消えない疲れの影があって、それをうまいこと隠すように黒縁の眼鏡をしている。


「カノン……ねーちゃん?」

「―――ミナ?」


 予感はあった。だって、看板に書かれた名前が、あの孤児院と一緒なんだもん。

 名前が同じだけ? 顔が似てるだけ? ううん、違う。

 目の前の子は、確かにあたしを「カノンねーちゃん」と呼んだんだ。


 おかしいな。

 あたしにとってはほとんど昨日の出来事なのに、どうしてこんなにも、胸が痛むんだろう。

 どうして……自分よりも背が高くなってしまったあの子を見て、泣きたくなるんだろう。


「やっぱりそうだ。ねーちゃんだ……あの時と、何も変わってない」


 ミナは眼鏡をずらし、瞼に溜まった涙を拭って、あたしに笑顔でこう言った。


「……おはよう。カノンねーちゃん」


 あたしの中の、身体に刻まれたカノンの魂が、大声を上げて泣いていた。

 あたしは……罪悪感で死にそうだった。

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