第11話 おい効率厨、会話の前に拘束するな!
推しが笑って暮らせる世界をつくりたい。
その目的の第一歩として、あたし一人ではどうにもならない世界の危機に一緒に立ち向かう仲間―――残火守をゲットした。主にリーネの頑張りで。
だけどどうやら、世界はそう簡単に、あたしの思い通りに転んではくれないみたいです。
「カノン。聖剣と一緒についてきて」
解散して応接室を去ろうとした時、凍てつくような視線を背中に感じて、呼び止められる。
振り返ると、あれだけ和んでいた空気の中で未だに疑念を抱いているノアが、あたしを睨むように見ていた。
もちろん、断ることはできず……あたしが連れて来られたのは、彼女の研究室。
積み重ねられた本の山と、無造作に並べられた道具に囲まれて、ノアは足の踏み場もないほど散らかった部屋をスタスタと進む。
「こっち」
あたしが入室を躊躇っていると、部屋の中央に置かれた長机を叩いて催促される。
やけに喉の奥が渇いて、あたしはゴクリと息を呑んだ。
「し、失礼……します」
あたしは一歩ずつ、床に落ちた本や道具を踏まないように中に入る。
逃げ道だけは、確保しながら。
ノアが何もない空中に手をかざすと、机がふっと消え、床板の継ぎ目が光った。
次の瞬間、床が左右に割れて階段が現れる。
部屋のどこかで機械の駆動音が聞こえる。その正体を確かめる暇もなく、ノアは「ついてきて」と階段を下りていく。
そういえば確か、この先はノアの裏研究室なんだっけか。
ゲームじゃストーリー中盤に解放されるエリアだから、こんな早くに入れるとは思わなかったな。
コツ、コツと、静かな空間に二つの足音だけが響く。
大体、建物一階分の階段を下りると、急に視界が開けて、彼女の隠し研究室が目の前に飛び込んできた。
「おぉ……」
って声が出かけて、慌てて噛み殺した。
壁面を埋め尽くす機械の数々。奥に設置されたコンピューターと、部屋の中央にある、祭壇のような解析台。
剣と魔法のファンタジー世界には、あまりに似ても似つかないSFチックな光景に、あたしの心のオタクが興奮を隠せなかった。
「……見慣れてる」
ぎくり、と喉が鳴った。
今のは完全に『知っている』側の反応だ。
初見の顔、初見の声、初見のテンション―――急いで組み立てろ。
「えっ、いや、これはただ、びっくりしたっていうか……」
「誤魔化さないで、答えて」
ノアがあたしに右手を向けると、あたしの両足が付け根から凍りつく。
「ちょっ、急に何すん―――」
「アルミリアはきみを許した。でも、ぼくは未確認の要素を戦力に組み込むべきじゃないと思う」
次に、壁から伸びた氷があたしの両腕に巻きつく。
手慣れた動きに、逃げ出す隙も、腰の聖剣を引き抜く隙もどこにもなくて、一瞬のうちにあたしの身体は一歩も動けないほどにきつく拘束された。
「カノン。きみは一体、何を知っているの?」
冷たい視線と共に投げられたその問いに、あたしは息を呑んだ。
きた。初手拘束。
ノアは不器用で、効率厨で、コミュ障で―――だから、尋問の前に相手を固定。逃げ道を潰してから、本題。
本当なら予定通りで安心できるはずなのに、わかってしまうのが一番マズい。
慣れた反応はするな。
疑われないように、怯えたふりを―――って、そんな高難度のロールプレイがあたしにできるわけない!!
「素直に答えれば、痛くはしない」
「ひぃっ!?」
床から伸びた氷柱の先が、あたしの首に触れる。
あ、これ、マズい、結構、ガチなやつだ。
一枚のシーンが、脳裏を過る。
桁外れの実力を持つ主人公を問い詰めるノアの姿。それが目の前の現実と重なった。なのに……圧はこっちの方がはるかに強い。
「あ、あた、あたしは……」
冷汗が頬を伝って、足元に落ちた。
どうしよう。言うべきか、隠すべきか……でも隠してどうなる? ノアの鋭い観察眼を前に、隠し通せるはずがない。
―――後から発覚したら、それは協力ではなく、裏切りになってしまう。
ふと、アルミリアを前にしたリーネの言葉が、頭の中で反芻する。
そうだよ。あたしの目的は、リーネが幸せになる世界をつくること。そのためなら何だってやる、そう、決意したじゃないか。
だからあたしは、一つ息を呑んで、ノアの目を見据えて口を開いた。
「あたしは……未来を知ってる」
「……未来?」
首に触れる氷柱が僅かに引っ込んだ。
針がかかった感触がした。
ノアの右目が、獲物を定規で測るみたいに細くなる。
……かかったのは、一体どっちなんだろうね、はは。
「あたしは、最悪の未来を変えるためにやってきたんだ」
「……嘘、じゃないみたいだね」
ノアの紫紺の右眼が淡く光った。
視線が、言葉じゃなくて魔力の揺れをなぞってくる。
この時に嘘をつけば、一発でバレる。心を読むわけじゃないのが幸いかな。
でも、この際隠す必要なんて、どこにもないんじゃないかって思った。
だってそうでしょ。あたしの目的を果たすには、知ってる未来の通りに動くだけじゃダメなんだから。
「未来に深淵領域は存在しない。あたしたちは、世界を取り戻した」
ノアが小さく息を吐く。
それが少しだけ、安堵のため息にも見えた。
「……続けて」
「でもそのために、リーネが自分を犠牲にする」
自分で言って、胸の奥がきゅっと締まった。
「リーネは笑って、それを正しいことだって受け入れるんだ」
失意と後悔が、喉の奥で絡まる。
「あたしは、それを止めにきた。そんな未来、絶対に認めたくないから」
いつになく、あたしの声には覚悟がこもっていた。
リーネを救いたい。それが例え正しい選択だとしても、あの子は笑顔で生きていて欲しい。その気持ちだけは、絶対に嘘じゃない。
あたし、頭よくないからさ、リーネみたいな頭脳戦はムリなんだ。
だから、気持ちでぶつかるしかなかった。
「……そっか」
一瞬だけ、ノアが口元を緩めた気がした。
パキ―――と音を立てて、あたしを拘束する氷が砕ける。
「きみの目的は理解した。それじゃ、本題―――聖剣を出して」
「へ?」
助かったって思ったのは、ほんの一秒だけ。
「あたしを問い詰めることが本題じゃないの!?」
「聖剣を調べるのが主目的。きみの正体を問い詰めるのは、ついで」
ノアはそう言って、部屋の中央の解析台にそっと触れた。
ぽっ、と光が灯って、電源が入る。
旧文明の遺産……ゲームじゃただのオブジェクトだったから、まともに動くのを見るのはこれが初めてだ。
「ここに置いて」
「……はい」
指示に従って、あたしは解析台の上にレーヴァ=ルクスをそっと置いた。
透明な魔力の壁が聖剣の四方を囲って、SF映画でよく見る光の線が、先端から剣をなぞっていく。
ノアの目の前に表示された画面に、解析結果が次々と表示される。
あたしはその内容を全然理解できないけど、少なくとも何か異常なことが起きていることだけは、眉をひそめたノアの反応でなんとなくわかった。
「ただの武器じゃないのはわかってる。『自己修復』と『自己進化』―――なにそれ。人工知能が搭載されてるわけじゃない。使用されている金属は未知……いや、これ金属で片付けられない。魔力の流れは正常。カノンが触れた時だけ強く反応する。内部に魔力を生成する仕組みがある。心臓みたいに脈動してて……」
腕を組んで首を傾げていたノアは、何かに気付いて目を見開いた。
「生体反応」
……はい?
その一言に疑問符を浮かべると同時に、凍てつく視線があたしを突き刺す。
「これについて、知ってること洗いざらい話して」
「いや、あたしもよくわかんないんすよ……あたしとリーネが一緒に触れた時だけ、こう、剣が抜けるっていうか。それだけで、他には何も……」
「そう……嘘じゃないんだ」
途端に、興味を失ったみたいにため息をついて、視線を画面に戻す。
腹立つなぁこいつ……でもこういう不器用なところも好きだから複雑だ。
「じゃあいいや」
ノアは本当にそれだけ言って、画面に向き直った。
こっちの胃がねじ切れそうだった数分間を、ただの手順みたいに片付けた顔。
……いや、待って。
「何もよくない!!」
「うるさっ」
「ごめん! でも生体反応ってどういうこと!?」
ノアは一瞬だけ眉を寄せて、解析台の上のレーヴァ=ルクスを見た。
見た、というより、計測したって感じの目。
「言葉の通り、この剣は生きてる。詳しいことは時間をかけてみないとわからないけど。一つだけ言えることが―――」
ノアが指先で空中をなぞると、画面が切り替わり、いくつものグラフが並んだ。
心電図みたいな波形……あたしと、リーネ、あと、シリウスの名前が書いてある。
「これはさっき、応接室で計測した。きみと、きみ以外で、聖剣の魔力反応の桁が違う」
確かに、あたしの名前が記された波形は、こう、ドカーンって大きく波打っていた。
「でもそれって、あたしが担い手なら当然の反応じゃないの?」
「そうなんだけど……次、こっち」
次にノアがあたしに見せたのは、シリウスが触れた時の波形。
こっちも強く魔力反応が出てるけど、あたしの時とは形が大きく異なっていた。小刻みに、電撃みたいに波打ってて……なんだろう、この……
「……拒絶してる?」
あたしを見るノアの目が細められた。
だけど、警戒とか疑念とか、そういう感情は伝わってこない。
「そう見えるんだ」
「いや、直感っていうか……」
「直感じゃない。意志を持つ武器はいくつか知ってる。この波形は確かに、反発のそれ、拒絶だよ」
えっ、何それ初耳なんですけど。
「きみは共鳴。シリウスは拒絶。リーネフォルテは……静穏」
確かにノアの言う通り、リーネが触れた時は真っ直ぐ一本の線になっていて、とても穏やかだ。
「仮説を検証するには情報が足りない。他に何か、この剣で気になったことはない? なんでもいい、すごく小さなことでも、なんでも」
うおっ、一気にグイッと来たな。
ノアの左右異なる色の瞳が、好奇心で輝いていた。
そういえばこの子、こういうタイプだったっけ。
自分が興味を示すことにはとことんのめり込んで、人との距離感も一気にバグって。それが何だか、あたしに似てるなぁって思えてさ、気付いたらリーネと同じように好きになってた。
「なに、その顔。なんで笑ってんのさ」
「え、あ、あたし笑ってた? ごめん。ちょっと、嬉しくて」
「嬉しい?」
じっと見つめてくる目が「意味わかんない」と言っている。
「変わらないんだな……って、そういうところ」
あぁもう、これも失言だ。
でも……仕方ないじゃん。
こういう時のノア、ゲームでも似た空気で―――いや、待って、違う。
ゲームの3Dモデルに、こんな細かい表情の変化はなかった。
じゃあ、あたしのこの、妙に懐かしむような感覚は一体、何?
「それは、きみの知る未来の話?」
「……まぁ、そんなとこ」
「ふーん」
興味なさげな態度で、ノアはまた聖剣に視線を戻す。
嫌な予感がして、案の定、頭に鋭い痛みが走った。
さっきみたいに尋問を受けるあたし。洗いざらい話して、冷たい氷が融ける感触。近い距離。息が白いのに、なぜかあったかい。『もういい』って言う声。笑うノア。
世界がどうしようもなくなって。
方舟が起動して、彼女を『次』に送り届ける。
経験したことのないはずの―――あたしの記憶。
「カノン」
あたしを呼ぶノアの声で、思考が現実に戻される。
手汗がべっとりと滲んでいた。
「どうしたの。急に頭押さえて」
頭を抱えて前屈みになったあたしの様子を、ノアが上目遣いで覗き込む。
無表情のはずなのに、あたしを不審に思うその声はやけに優しかった。
「あ、いや、これはえっと……発作、みたいなもんで」
「持病?」
「ううん、あたしは超絶健康優良児。あれかな、時たま未来の記憶がこう、凄い勢いで流れてくることがあるんだ」
ノアの魔眼が淡く光を放っている。
噓発見器が起動してるけど、嘘は言ってないから問題ない、はず。
「アルミリアがらしくない質問をした時もそうなってた」
よく見てるなぁ。あたしのこと好きかよ。
いや違う。ただ計算外のイレギュラーってだけだ、怖い。
自分で自分にツッコミを入れて、あたしはこめかみを指で押さえた。
痛みは引いた。代わりに、じっとりした汗だけが残る。
ノアは解析台の前に立ったまま、聖剣と画面と、あたしを交互に見ていた。
視線の動きが、完全に検査のそれだ。
「……聖剣が何かをしてるわけじゃなさそう」
彼女が見ている画面には、穏やかな魔力波形が表示されている。
「その未来の記憶って、いつ来るの?」
「いつって言われても……ランダム。急にズキってきて、映像がバババッて」
「何が見えたの?」
「えっと……」
これ言っていいのかな。変なやつって思われないかな。
いや、いいや、言っちゃえ。この際恥をかくとか気にしてられるか。
「あたしとノアが、友達になる記憶……?」
「は?」
完全に呆れた様子で、ノアは首を傾げる。
仕方ないじゃんか、そうとしか思えないんだから。
「ぼく、きみに名乗ったっけ?」
「いやそこかよ!!」
そうだ、名乗ってない。
思い返してみれば、あたし、まだノアの名前を彼女自身の口から聞いたことがなかったな。
「……そうだね、これから仲間なんだから、名乗らないのも変だ」
ノアは解析台を離れて、あたしの目の前まで歩いてくる。
身長はあたしより少し低いくらい。こうして並ぶと、華奢で小柄なんだって思い知らされる。
あたしの目を真っ直ぐ見ると、ノアは右手を差し出して穏やかに笑った。
「ノア・ノクステラ。ノアでいいよ、短いし、楽だし」
「カノン・フィリア。あたしも、カノンって呼んで」
「もう呼んでる」
「あ、そっか」
あたしが手を握り返すと、ノアはじっとこちらを見つめてきた。
表情の変化が乏しいから、何を考えているのかわからない。何を言われるんだろうと身構えていると、彼女はふっ、と笑った。
「フィリアって、意外とかわいい名前」
心臓が、変な跳ね方をした。
あたしの名前って、確か孤児院の院長がつけてくれた名前なんだよね。
世界から愛される子になるようにって。
でもごめん、たった今、自分のフルネームがちょっとだけ苦手になった。
世界から愛される子なんて、あたしには重すぎるよ。
今度から「カノン」って名乗ろう。うん、そうしよう。




