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第八話 『試験終了』

 翔英が闘技場へと入った時には、既に三十番の試験が始まっていた。

 その試験の様子を見た翔英は、戦いのレベルの高さに絶句する。


 まず驚いたのは、一軍の一人に名を連ね、今年の試験官を担当したガロト・クラーニクの実力にだ。

 彼は手を全く動かすこともしないままその場から一歩も動かず、相手の攻撃を全て封じている。

 攻撃を止めているのは、彼が首に巻いている『マフラー』だった。

 マフラーがまるで生きているかのように動き、三十番の攻撃を悉くカットしている。

 その強度もただの布ではないようで、攻撃をした側の方がダメージを受けているようだ。

 

 これまで試験に臨んだ二十九名の受験者が一撃も入れられなかったことも十分に納得できる内容だ。


 ――――しかし、挑戦する側である男の実力も驚くべきものだった。


 受験番号三十番は水色の髪の少年で、おそらく、年はまだ十二、三といった感じだ。

 その小学生にすら見える少年は、猛烈な連打をガロトに叩き込んでいた。

 一撃一撃の間が余りにも短く、休むことなく拳が顔を狙い続けている。

 その攻撃は撃つたびにどんどんとスピードを増しているようで、ガロトのマフラーも攻撃に合わせて防御のスピードを上げていく。


 試験開始から三分が過ぎた頃、その拳にマフラーの反応が遅れ始めていた。

 さっきまで余裕を見せていたガロトに若干の焦りが生まれる。


 翔英は二人の攻防に唖然としていた。


 そんな試験の最中、少年は呟く。


 「――――よし……そろそろかな」


 直後、少年の両手に『風』が宿ったのだった。

 その姿はまるで、小さな台風を両手に纏っているようだ。


 風を纏いし拳はより強力な武器となり、ガロトを守るマフラーを弾き始めている。


「(後、一分くらいか………全力で行くよ……!!)」


 少年は両手を組むことで二つの小さな台風を合体させ、ガロトの顔面目掛けて叩きつけた。

 当然、攻撃の前にマフラーが立ちふさがる。

 数秒間の激突の後、ついに、ガロトのマフラーが完全に弾け飛び、少年の一撃がガロトの顔面に打ち込まれたのだった。


 一瞬、よろけるガロト。


 対する少年は笑顔だった。


 少し驚いたような表情を浮かべた後、ガロトは口を開き少年に告げた。


 「おめでとう。合格だ。まさか、私の防御を破れる者が受験者にいるとはね……ラフェル・フルミーネ。君を聖鳳軍の一員として認めよう。これからは同志だ。よろしく頼むよ」


 「はい、ありがとうございます。でも、あなたが一歩でも動くか、攻撃してきたら、多分無理でしたよ」


 「ふっ、多分か……大した子だ。全員の試験が終了後、明日からの話をするから、悪いけど部屋に戻って待っててくれ」


 「わかりました」


 ラフェルと呼ばれた少年は闘技場を後にし、待機場所へと向かった。

 すれ違う時に目が合ったところ、がちがちの翔英は少年に純粋な笑顔を向けられる。 

 

 「(……え、どういう意味……? いやそれより……合格しちゃったよあの子……!! あの人の試験の始めての合格者ってことだよな……!?)」


 これまで一人もいなかった合格者の登場に感情が高ぶる翔英。

 ここまで来たら全力でやるしかない。

  

 「さて、待たせたね。受験番号三十一番、ショウエイ・キスギ。この辺りまで来てくれ」


 試験官から声がかかり、翔英は言われた場所まで歩いた。

 先の攻防で作戦は決まった。

 

 「これから実技試験を開始する。制限時間は五分。君がその場から動いた瞬間から試験スタートだ。タイミングは君が好きに決めて構わないよ」


 「はい!」


 いよいよ試験本番だ。翔英は一呼吸ついた。

 いざ、参らん。


 「(あのマフラーをどうにかしないと攻撃は当てられない……! なら、こうするしかない……!!)」


 翔英は勢いよく飛び出し、対峙するガロトへと真っすぐ突っ込んだ。


 狙いは片方の手でマフラーを掴み、反対の手で攻撃をいれること。


 「(ここだ!!)」と、マフラーへ手を伸ばす翔英。だが、弾かれてしまった。


 「痛ァ!!」


 青年の苦痛の声が響く。

 凄まじい速さで手を弾いたマフラー。その硬さは翔英が想像していた以上だった。

 まるで『鋼鉄』だ。

 もはやそれは、マフラーとしての役目を果たしていないんじゃないか。


 「(くそ……! あれを食らい続けたら腕がダメになっちまう……!!がむしゃらに行くのはリスクが高すぎるな……)」


 作戦変更。

 一歩も動かないガロトの背後へと回り込んだ。


 今度は後ろから襲い掛かり、両側から攻撃を入れることにした。

 合格条件は顔面に一撃入れること。その攻撃の威力は弱くても問題はない。


 しかし、結果は上手くいかず、やはり高速のマフラーに防がれてしまう。


「(……後三分も無い……こうなったら負傷覚悟の突撃で行くか……!!)」


 翔英は真正面から特攻し、握りしめた拳を繰り出した。


 「うああああ!!」


 思いっきり殴った分、受けたダメージも大きく、右手がボロボロになってしまう。

 当然だ、鋼鉄を素手で殴ったのだから。

 あまりの痛みに、翔英はその場にうずくまってしまった。


 ――――そんな様子を見ていたガロトが静かに口を開いた。


 「もう辞めた方がいい。その右手では、どうにもできないだろう。試験を切り上げて、今すぐ治療を受けるのを勧める」


 「……っ!! ……た、確かにそうっすね……じゃ、じゃあ試験は…………」



 試験は後一分半。ここで諦めていいのだろうか。

 辞退してしまったら、これまでと同じになるのではないか。

 ミネカへの『想い』

 そして、変わろうとする『心』が、翔英を思いとどまらせた。


 「……続けます……!!

 『諦める』のは……『怖い』ので……!」


 「なっ……!!」


 これまで常にポーカーフェイスだったガロトが初めて感情を表に出した。

 目の前の青年が続行を宣言したことにではない。

 確かに、彼の発言には少しばかり驚かされたが、ガロトの感情が動かされた一番の要因は別にあった。

 

 二十年以上前、今、目の前の青年が放った言葉を聞いたことがあったことだ。

 その人物は腕を負傷しながらガロトを見上げて言った。

 『諦めるのが怖い』と。


 「ぬああああ!!」


 翔英はボロボロの拳を握り締め、ガロトの顔へと打ち込んだ。



 ――――入った。

 威力は全く無いが、確かにガロトの顔へと。


 「えっ……?」

 

 マフラーが防ぎに来なかったこともそうだが、ガロトも反応しなかったことに翔英は唖然とした。



 ガロトのマフラーは自動で反応するのではなく、彼の意志によって動かされている。

 翔英の先の発言。そして諦めんとする彼の覚悟。

 その言葉と姿は、ある人物の面影と重なった。

 それにより、ガロトは一瞬の間、意識が試験からそれてしまい、翔英の攻撃に反応するのが遅れてしまったのだ。


 彼ほどの歴戦の戦士が戦いの最中に一瞬とはいえ集中を切らすなど、これまで全くないことだった。

 それほど、翔英の姿に衝撃を受けたのだ。

 その人物は、行方不明になっているガロトの先輩であり、戦友だった男なのだから。


 「……!!」


 数秒間、お互い話すことはできなかった。


 「……入りましたよね、一撃……」


 沈黙の後、ようやく翔英から口を開いた。


 「……ああ……確かに入ったな…………ショウエイキスギ、合格だ」


 「や、やったあー!!!」


 翔英は手の痛みも忘れて、喜びを爆発させた。

 なぜこんな結果になったかはわからないが、一番欲しい言葉を頂けたのだから。

 

 「(まさか、二人も合格者が出るとは……それよりも、このショウエイキスギという男…………)」


 考える前に、ガロトは自身のやるべきことに移った。


 「――――ショウエイ君、その腕、私が治そう。手を出してくれ」


 「あっはいっ……痛え!!」


 「――――実力はまだまだだが、最後まで戦う君の姿勢、素晴らしいものだった。我々の仲間として戦えることを嬉しく思うよ」


 「はい!! よろしくお願いします!! 俺も精一杯頑張ります!!」


 「……よしこれで治ったろう。では、先に部屋に戻っててくれ。ラフェル君と一緒に君にも説明を受けてもらうからね」


 「わかりました! 失礼します!」


 なんとなんと、まさかの合格に終わった入隊試験。

 それは彼の力かそれとも運か、いずれにせよ、この結果は本当に嬉しいものだ。

 

 だが、なぜあの時ガロトの動きが止まったのだろう。

 そう考えたが、この結果の前には些細な問題ではない。

 翔英は今まで味わったことのない喜びと達成感に包まれたのだった。

 

 そして、一刻も早くミネカやクーレに報告したい気持ちを抑えながら、上機嫌で部屋へと戻った。

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