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第五十九話 『無力という罪』

 「――――馬鹿野郎………………」


 とっさに翔英から離れたロジェは、燃え上がる爆炎を見つめながらつぶやいた。

 その表情からは、彼の複雑な思いが見て取れる。


 ロジェは個人的に、この男に興味を抱いていた。

 武器や言葉もそうだが、翔英は他の人間とは『どこか』違っていたから。

 

 ――――だから、彼が死ぬ姿を見たくはなかった。


 「…………すいやせん坊ちゃん、つい………でも、あいつも約束を守ってねえじゃないですかい。そんなゴミを渡して、見逃してもらおうってのは、ちと舐めすぎですよ」


 反射的に攻撃を仕掛けたデゼスポは、ロジェが持つ「鍵だった何か」を見ながら、自身の行動を正当化させる。

 元々、デゼスポはロジェをここまで追い詰めた翔英は危険だと判断し消そうとしていたため、理由が出来て幸運だと思っていたが。

 

 「…………………まあいい、任務完了と言えるか分からないけど、もうここに用はない。一応、あそこに戻って、こいつが使えるか試してみよう。もう、ほとんど原型を留めちゃいないけど」


 鍵だった欠片を握り、爆発が起きた方へ歩き始めるロジェ。

 煙が晴れると、そこには見る影もない、黒焦げになった翔英の姿があった。


 「…………ショウエイ。……ほんの少しだったけど、君と話せてよかったよ。……できれば、もう少し喋りたかった………まあ、こんな形になってしまったけど、別れの挨拶ができたことは幸いだよ」


 燃えつきている翔英に顔を近づけ、ロジェはそっと告げる。


 「さようならショウエイ」


 ロジェは翔英に背中を向けると、ゆっくりとまた歩き始めた。

 

 面倒くさがりながら軽い気持ちでこの場所に来た時には、思いもしなかっただろう。

 

 まさかここまで追い詰められるとは。

 そして、その自分を追い詰めた人間に興味を抱くことになるとは。


 彼はもう精神的にも肉体的にもかなり疲弊していた。


 「……ここからあそこまでどれくらいかかるかな? デゼスポ」


 「さあ? ……坊ちゃんがスペアを壊しちまったおかげで、歩かなきゃいけやせんからね…………三十分くらいじゃないですかい?」


 「……ああ、うん、そうだったね。……でも、今の僕だと、もう少しかかるかもしれない……」

 

 予告通り、鍛錬場に向かおうとするロジェとデゼスポ。

 そんな二人に、立ちはだかる姿があった。


 「………ショウエイさん…………?」


 ミネカ・ベルギア。

 魔力も底を尽き、身も心もボロボロの彼女は、何とか立ちあがり、ふらふらになりながらロジェの前に立った。


 だが、ミネカの目に映っていたのは、迫りくる二人の魔物の姿ではなかった。

 

 先程まで翔英が倒れていたはずの場所に転がっている真っ黒焦げの肉塊。

 それが何か認識することに、ミネカの意識は持ってかれていた。


 「……坊ちゃん。こいつはどうします? こう見えて、かなりとんでもない奴でした。消すに越したことはないと思いますが」


 「放っておこう。この子に手を掛けることは、ショウエイへの侮辱になる。」


 「……分かりやした。……まあ、この状態じゃあ、そのうち死ぬだろう……」


 何もできないミネカの横を、あっさりと通り過ぎるロジェとデゼスポ。

 二人がどいたことで、翔英の姿がはっきりとミネカの瞳に映る。

 その姿を目の当たりにしたミネカは、膝から崩れ落ちた。


 「……あ……ああ……そんな………なんで…………いやだ…………」


 受け入れられない。

 ミネカの全てが、現実を拒絶した。


 『――――私のせい?』

 『いや、やったのはこの二人』

 『この二人のせいで、ショウエイさんは……』

 『……私もこんな目に遭った』

 『許せない』『許せない』『許せない』

 『許せない…!!!』

 

 『あの時だってそうだった』

 『私から大切なものを奪っていく』

 『絶対に許せない』

 『私の心を傷つける人たちを』


 『私にもっと力があれば……………』

 

 『――――違う、私がもっとも許せないもの……』

 

 『それは――――『私』だ』

 『人を助ける力しかないのに、助けることすらできない無力な私』

 『絶対に失ってはいけないものを、簡単に失ってしまう愚かな私』


 『……許せない、私を。……許せるわけがない……!!!』 

 『……そんな私なんて……もう……もう……』


 ミネカの目から光が消える。

 ミネカの胸から希望が消える。

 そして、ミネカの心から自分が消えた。


 『もう――――しらない』

 

 ミネカは悲しみの叫びを上げた。

 忌むべき、無力な己に対して。

 ただひたすら、泣き叫んだ。 


 「うおお!? びっくりさせやがって!!! こんのガキ……まだそんな元気があったのかよ……」


 「最期の雄叫びかな。やらせておいてあげなよ。……どうやら、彼女にとっても、ショウエイは特別だったようだからね」


 胸が痛くなるような少女の悲痛な叫びが響き渡る。

 そんな声を聞きながらも、大して気にする様子もなく歩みを進めるロジェ。

 デゼスポも顔をしかめながらも、足を止めることなく、ロジェの数歩後ろを追従する。


 だが、そんな二人はすぐに振り返ることとなる。

 叫ぶ少女から発せられる、異様な気配によって。

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