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第五十六話 『種族の壁』

 仰向けに倒れるロジェに対して剣を向ける翔英。

 

 ロジェの愛用武器であるクレイジーグロウサーは、攻撃を受けた際に手放している。

 丸腰となったロジェを見下ろしながら、翔英はロジェの首元に剣を構えた。


 「……ロジェ。……もしあいつと一緒に帰ってくれるなら、殺しはしない。別にあんたを殺せって命令が出てるわけでもないし、あんたは俺を殺すつもりはなかったようだしな。……でも、まだ鍵を……ミネカを狙うっていうなら、このままトドメを刺させてもらう」


 翔英の本心は、このまま帰って欲しいと願っていた。

 

 もう一人の魔物はロジェの部下のようだったし、主が帰ればあいつと戦わずにミネカを助けられるかもしれない。

 さらに、翔英は元々戦いが好きではないし、なにより、彼はこのロジェという魔物に対して、まだ『殺意』は抱けていない。

 ステップラーのように本気で自分を殺しに来る相手か、誰かを傷つけられたとなれば話は別だが、今ロジェの首を刎ねるのには、心を殺す覚悟が必要だった。

 

 「…………へー……そうくるのか。武器だけじゃなくて、君自身も変わっているんだね。……面白い。面白いよ、ショウエイ。もしできるなら、刃じゃなくて、言葉を通じて君をもっと知りたいかも」


 「え……?」


 翔英の力が緩む。

 ロジェの嘘のような願望が、本心からのものだと直感的に分かったからだ。

 

 一方は迷いながら武器を首に構え、もう一方は穏やかな表情で剣を突き付けられているという歪な状況での会話は続いていく。


 「――――だけどねショウエイ、残念ながらそれは叶わないんだ。僕と君には、決して越えることのできない、種族という壁がある。僕たちに話し合いなんていうのは許されていないんだ。それは、この世界の歴史が決めてきたこと……」


 「…………なんだよ、それ……何が……何が言いたいんだよ」


 「僕らの意思で戦いを止めることはできないと言っているんだ。それは、『魔王の子』として生まれた僕には特にね。……さっきの回答に戻るよ。……『このまま帰ることはできない』『鍵を諦めることはできない』……さ。……さあ、僕の首を取るがいいさ」


 翔英はロジェの回答を聞くと、すぐに剣を首に掛けて振った。

 だが、一連の会話は翔英の戦意に少なくない影響を与えていた。


 「取れるものならね」


 一瞬、ほんの一瞬だけ、攻撃に迷いが見えた翔英。

 その隙をロジェは逃さず、予想外の方法で回避に躍り出た。


 剣を突き付けられた自らの『首』を切断すると同時に放り投げたのだ。


 投げられた先で身体と合流し、元の状態に戻るロジェ。

 思いもしない、見たこともない方法での回避は、翔英を驚愕させた。


 「ふー………危なかったよ。まさか、君に追い詰められるとは思わなかった。でもごめんね、まだ僕は死にたくないんだ」


 「……不死身かよって感じだな。意味の分からない身体だ……!!」


 「魔王の血筋はこんなことも可能にしてしまうってことさ。あ、でも安心して。他人に斬られたらさすがに死ぬし、こんなことできる魔物はほとんどいないから」


 「そうか、それは安心……いや、そりゃそうだろ。そんなのバンバン使われてたまるかよ。……じゃあ、仕切り直しだな」


 そう言うと、再び剣を構える翔英。

 その表情にはわずかばかりの笑みが見える。

 

 絶好のチャンスを逃した形となったが、あんなことを言う男とあの状態で決着を着けるのは不本意だった。

 ロジェの言葉には思うところがあるが、今はゆっくり考えている場合ではない。

 彼がまだ鍵を狙うというのなら、こちらも引くわけにはいかない。


 翔英はまた、『戦意』を目の前の魔物へと向けた。


 運のいいことに、翔英の剣をコピーしたロジェの一撃はノーダメージに終わった。


 ロジェの胸にも十分なダメージを負わせることにも成功。

 彼の胸には、深い傷が見えている。

 

 さらに、クレイジーグロウサーは翔英の近くに転がっている。

 翔英はクレイジーグロウサーを遠くに放り投げた。


 このまま戦えば、勝利できるのではないかと期待を抱く翔英。


 「あ……ひどい。……しょうがない、生身で戦うとするか。……ちょっとしんどいけど」


 ロジェは戦闘の構えを取った。

 対面するだけで凄みを感じる、空手の達人のような構えだ。


 「(……あいつはこれまで、あの武器を使っていたんだ……さっきまでより戦えるはずだ……!!!)」


 翔英は突っ込んだ。

 構えを取り、こちらが仕掛けるのを待っているロジェに対して。


 掛け声と共に切りかかる翔英。

 その一閃は見事に敵を捉える。


 翔英は攻撃の手を緩めない。

 敵が倒れるまで、剣を振り続ける覚悟だ。

 しかし……


 「いやあ……意外と強いね、ショウエイ……随分攻撃をもらってしまったよ……やっと一発……返すことができた……」


 決死の攻撃をし続けた翔英だが、カウンターとなる拳を食らってしまった。

 ロジェの方も無事では済まない負傷を追いながらも、なんとか一発返した状態だった。


 「……やっと、君の動きに慣れてきた……やっぱり、素手は僕には向いてないや……」


 ロジェはこれまで、あの武器一つで勝利を収めてきた。

 無限に成長を続ける武器。

 斬った対象が人であっても、そいつの力を吸収していく。

 どんどん強くなる相棒を見るのをロジェはいつも楽しんでいた。


 人間と素手で戦うことは、生まれて初めてだった。


 だが、ロジェは『慣れ』で一撃入れることに成功した。

 天性の才能とセンス、生まれながらの戦士としての素質がそうさせたのだ。


 この日、初めてまともに攻撃を貰った翔英。

 ロジェが全快ではなかったこともあり、なんとか耐えることに成功する。


 「(素手は向いてないだと……めちゃくちゃ痛えじゃねえか、今のパンチ……少し様子を見るか……いや、奴も息が上がっている……倒すなら、今だ……!!)」


 ロジェという魔物の重要度。

 それを考慮した翔英は、自らの身体と天秤に掛け、再びロジェに仕掛けていった。


 「……来るか……ショウエイ……」


 拳と剣を打ち合う翔英とロジェ。

 もはや、防御や回避は考えない、ノーガードの殴り合いだ。


 翔英の武器の一つに、負けまいとする根性があった。

 それは、ロジェの力を凌駕するものだ。


 その後も打ち合いは、お互いの血しぶきと共に何発も続いた。


 しかし――――数十発に及ぶ打ち合いの後、先に倒れたのは翔英だった。

 

 間違いなく、精神力でも覚悟でも翔英が勝っていた。

 勝ちたいという、負けたくないという思いも、翔英の方がずっと強かった。


 勝敗を分けたのは、肉体の強さ。

 血の滲むような努力をしたとはいえ、翔英の肉体はまだまだ人間だった。

 

 魔王の血を受け継ぎ、強大な力を持って生まれたロジェ。

 精神力で勝ろうとも、気持ちで勝ろうとも、簡単には埋めることのできない、生まれながらの種族としての差があったのだ。


 とはいえ、ロジェの方も平気ではなかった。

 これほど種としての圧倒的な力の差があったロジェにここまで食らいつけたのも、翔英の並々ならぬ覚悟と努力がもたらしたことだった。


 「……ようやく……倒れてくれたか……ショウエイ。やっと……あの子の所へ……いけるよ。…………あ、どうやら向こうも、そろそろ終わりそうだね……」


 千鳥足でミネカの元へ向かおうとするロジェ。


 だが、翔英の意識はまだ失われていなかった。

 恩人のために使うと決めたこの命。

 

 ミネカの危機に、彼の心が動かないはずはない。

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