第五十三話 『二対二』
――――翔英は自らの仕事を理解していた。
ミネカが増援を呼ぶまでの間、目の前の魔物を自由にさせないこと。
二人の位置から鍛錬場まではおよそ二十メートル。
魔法を唱える時間と呼びに行く時間を合わせて、二十秒止めることができれば成功だと踏む翔英。
ミネカが走り出した瞬間、やはりロジェは動いた。
鋭い手刀をミネカに繰り出そうとする。
しかし、それは二人の予想通り。
割って入った翔英の剣が、ロジェの行く手を遮った。
「――――ひどいな。鍵渡す約束だったよね。約束は絶対守るところが、人間のいいところじゃないの?」
「生憎だけど、ミネカはそんな約束してないぜ。まあ、お前相手に約束を守る義理もないけどな」
「…………ふーん。まあいいや」
後ろからミネカが魔法を唱えている気配がする。
ロジェは全然動かない。
このままいけば、ミッション成功だ。
「ミネカには近づけさせないぜ」
「……そんなにあの子が大事なら目を離しちゃだめじゃないか。……気づいてないみたいだね、ここに来たのが、僕一人だけじゃないってこと」
翔英はすぐに後ろのミネカに目を向けた。
目の前の魔物への警戒を完全に忘れながら。
「ミネカっ!!!」
ミネカは動けずにいた。
足元の地面から筋骨隆々な手が生え、ミネカの足首をがっしり掴んでいたのだ。
「余所見はしないほうがいいよ」
ロジェは翔英を無視してミネカの元へ向かう。
彼の狙いはあくまで鍵。
翔英の命ではない。
「くっ!! させるか!!」
ミネカの元へは行かせまいと、両手で剣を振るう翔英。
大剣へと変化させながら振ったこともあり、ギリギリ背中を裂くことに成功する。
動きが一瞬鈍ったロジェの隙を突き、再び彼の前に立ちふさがる。
だが、さすがにロジェの相手で手一杯だ。
ミネカが心配すぎるが、彼女の元へ向かう事ができない。
「な……なんですかこれは……!!」
一方、ミネカは、突如生えてきた腕を振り払おうとする。
しかし、そのパワーは凄まじく、そのまま鍛錬場の反対方向へと投げ飛ばされてしまった。
ミネカの悲鳴が森林に響く。
「ミネカっっ!!!!」
翔英は急いで倒れているミネカの元へと向かった。
投げ飛ばされたことで翔英の近くに移動したこともあり、彼女の側に行くことができた。
鍵はまだミネカの手の中だ。
ミネカは起き上がり、鍵をポケットにしまった。
「すいません、ショウエイさん。油断してしまいましたわ……」
「気にするな。まだ鍵も取られてない。……とは言っても、どうするか……もう一度鍛錬場を復活させる隙なんて、二人相手に作れるかどうか……」
「……今は、私たちで何とかしましょう。一人でもどうにかできれば、好機はあるはずですわ……」
翔英とミネカが作戦会議をしている中、ロジェは地面に生えている手に話しかけていた。
「おい……なにやってんだよデゼスポ……!! 僕らの狙いは、あの子が持ってる鍵だ……!! 投げ飛ばしてどうすんだよ……!!」
「ああ、はいはいそうでしたそうでした。すんません坊ちゃん。でも、あいつを殺せば楽じゃないですかい。どうせ奪うんならよ」
ロジェに名前を呼ばれたデゼスポという男は、地面から姿を現した。
黒髪のとんがり頭に、口元に黒髭を生やした中年男性のような外見。
ただし、人間のおっさんとは違うところが二か所。
一つは上裸であり、肩から胸に掛けて赤い体毛が肉食動物のようにびっしり生えているところ。
もう一つは、少し浮いているところ。
デゼスポの発言に顔をしかめるロジェ。
坊ちゃん呼びを快く思っていないことに加え、殺すことを視野に入れているためだ。
「デゼスポ。いつも言ってるでしょ。僕は狙いの者以外は殺したくないって。殺さずに目的が果たせればそれが一番なんだよ」
「へっ。相変わらず甘いお人だ。まあ、できるだけ努力しますよ。でも坊ちゃん、殺さない程度にはやっていいですよね?」
「鍵を手に入れることが僕たちの仕事だからね。渡してくれないようなら、そうするのも仕方ない」
「そうと決まりゃ、さっさと終わらせちまいましょう。あんなガキ二匹、俺たちの敵じゃあありませんよ」
二体の魔物は、ミネカに狙いを定めた。
翔英とミネカも、二体の魔物に備える。
「ミネカ……あの二人、どっちの方が強いと思う……?」
「…………あのロジェという魔物の方が、おそらく……」
どちらの魔物もかなり上位に位置していると捉えるミネカ。
しかし、ロジェの奥に宿る力はさらに上だと予感した。
「やっぱりか……じゃあミネカ、俺は先にあいつを何とかしてみせる。……後、もう一つお願いがあるんだけど――――」
「――――え? それは……………分かりました。気をつけてください、ショウエイさん」
「ああ」
臨戦態勢に入る翔英とミネカ。
ロジェとデゼスポも話し合っている。
「そうだデゼスポ。仲間を呼ばれると面倒くさいから、スペアを使って移動しよう。彼ら二人も一緒にね。お前のと合わせて、丁度二人分ある。場所は……そうだな、確かここから少しいったところに、ジックルの庭がある。そこにしよう」
そう言うと、ロジェはどこからか紫色の小さな玉を取り出した。
そいつをデゼスポに見せながら、なにやら作戦を持ち掛ける。
「ええ? こいつを使うんですかい!? 帰るのに必要でしょう!? それに、なんでジックルのとこなんかに……!!」
「鍵を奪ったら、僕も見てみたいんだよ。だから、そんなに遠くないあそこにする。それに、たまには歩くのもいいでしょ? 仕事は早く終わらせたいけど、仕事終わりの帰り道は、僕結構好きだからさ」
「……分かりやした。……ん? ちょっと待ってくだせえ。二人連れてく必要はないんじゃないですか? 鍵を持ってるのはあの女でしょう? そいつだけ連れて行けば」
「確かにね。……でも、ちょっと試したいことができたんだ。あの子、中々面白そうな武器を持っててね」
「……なるほど。了解いたしやしたぜ」
納得したデゼスポもロジェと同じく、紫色の小さな玉を取り出す。
二体の魔物は、数秒で二人との距離を詰めた。
翔英はミネカの前に立ち、ロジェに攻撃しようとする。
しかし、攻撃が届くよりも早く、ロジェは動いていた。
先ほど持っていた紫の玉を破壊していたのだ。
それは翔英のガードをすり抜け、ミネカの前に現れたデゼスポも同じだった。
すると、割れた二つの紫の玉は禍々しい渦となり、空間に二つの穴を生み出す。
「こ……これは、先ほどの……!!」
「何を……何をする気だよ……」
そう。
この地にロジェが現れた時に出現していた、渦巻く紫の穴と同じものだ。
「ちょっと場所を変えるよ」
ロジェの言葉と共に、それぞれ翔英とロジェ、ミネカとデゼスポが吸い込まれた。
「くっ……!! なんだ……何が……どこだ、ここは?」
空間の穴を潜り、翔英は別の場所へと飛ばされてしまった。
家のような建物が一つあるだけで、それ以外は何もない広い庭。
さっきとは打って変わった光景に、戸惑いを隠せない翔英。
「僕の知り合いの庭。中々人間が来られるような場所じゃないよ」
後ろから聞こえてくる声に反応し、距離を置く翔英。
翔英の背後には、ロジェが立っていた。
「ミネカはどこにやった……」
「この辺にいるよ。デゼスポが一緒だけどね。あ、ほら、あそこ」
ロジェが指差す方向。
そこにはおじさんに追われる少女の姿があった。
「ミネカっ!!!」
「じゃあ、僕もあの子のところに行こうかな」
「行かせるわけないだろ!!!」
ロジェの行く手を阻む翔英。
さっきと変わらず、ロジェに翔英と戦う気はあまりないようだ。
「まあ、やっぱそうなるよね」
「……やるしかない……!! 来いっ!!!」
ミネカは自分よりもずっと頭がいい。生き残る力がある。
彼女ならそう簡単にやられはしないだろう。
そう心を納得させ、翔英はロジェとの戦いに身を投じる。




