第五十二話 『質疑応答』
――――目が合った。
翔英はすぐに剣を作り出し、臨戦態勢に入る。
敵の全てが読めない以上、迂闊な行動はとれない。
「――――やあ、初めまして。僕はロジェ。こんなすぐに戻ってきてくれるとは思わなかったよ」
ロジェと名乗ったその魔物は、敵意を感じさせることなく、淡々と話始めた。
比較的人間の青年に近い姿をしているが、とがった耳、額を横切る赤い線、そして背中に生えた黒い翼。
魔物と判断するに十分な材料がそろっている。
顔立ちは優雅な国の王子のような見た目で、高貴な印象を与える。
ロジェが話出すと、彼の背後に渦巻いていた穴は消滅した。
翔英とミネカはそんなロジェの前から、一歩も動けずにいた。
「――――僕の目的は、そこの君が持っている鍵だ。その建物に入るのに……いや、その建物を認識するのに必要なんだろう?」
その発言に驚き、一気に考えを巡らせるミネカ。
不可解なことが多すぎる。
なぜ、『見えている』
なぜ、鍵のことを『知っている』
「さあ、早く渡してよ。僕は戦いが好きじゃない。人間相手といえどもね」
ゆっくりと二人との距離を詰めてくるロジェ。
だが、その言葉に曇りはない。
ミネカは翔英の前に出ると、ロジェの謎を解こうとする。
「……あなたの目的は分かりましたわ。ですがその前に、いくつか質問をさせてください」
一種の賭けだった。
基本的に本来、人間と魔物との会話などに意味はない。
だが、ミネカは聞いた。
先ほどのロジェの発言を受け、この魔物は従来のものとは違うかもしれない。
やりようによっては情報を引き出せるかもしれないと判断したのだ。
そしてその読みは、見事に的中する。
「質問? わかった、いいよ。でも、それに答えたらちゃんとちょうだいね、鍵」
翔英は剣を下ろした。
先が読めない状況。
今は、ミネカに委ねることが正しいと考える。
「あなたはなぜ、後ろの建物を確認できているのですか……? それにどうやって鍵のことを……?」
正直に答えるとは限らないが、重要な疑問についての質問を試みる。
相手の出方を伺い、時間を稼ぎながら。
「嘘をついてもしょうがないから、本当のことを言おう。僕が今、それが見えている理由は簡単なことさ。さっき君たちがその建物に入るところを見ていたから。その鍵を使って魔法を唱えると認識できるようになるんだろう? それが他の人にも及ぶのは不思議だけどね」
「(……私が魔法を唱えた時、この魔物もいたということですか……おそらく、あの穴のような空間越しに、こちらの確認をしていた……しかし、問題はそこではない……)」
「二つ目の質問に答えるよ。鍵のことはね、僕の友達に教えてもらったんだ。それにここの場所、ここがどんなところなのかも。話を聞いた時はびっくりしたよ。世の中には、面白いところがあるんだね~」
ミネカに衝撃走る。
そしてさらに頭を回転させる。
「……そのお友達について教えてもらうことはできますか?」
「何? そんなことが知りたいの? 昔から付き合いのある魔物だよ。さっき僕が通ってきたゲートがあったろう? あれは彼が作ったものなんだ。……僕が子供の頃からずっと僕を助けてくれた友達さ」
先ほどの穴の正体。
ロジェに鍛錬場についての情報を伝えた魔物の存在。
少しずつ謎が解けているものの、まだ肝心なところが分かっていない。
ミネカはさらに、情報を聞き出そうと試みる。
「……この場所をその方に教えてもらったことは分かりました。そして、あなたがここを見張っていたことも。しかし、私たちがここに入る時間にその情報を持ったあなたが丁度ここを見ていたことには、不自然さを感じずにはいられません」
「……何が言いたいの? もっと簡潔に話してよ」
「つまり、私はこう言いたいのです。あなたは、私たちがここに来るのを『初めから知っていたのではないか』と。鍵のことをそのお友達が知っていたことにも、疑問を持たざるを得ない」
翔英はミネカの後頭部を凝視した。
彼の表情には焦りと動揺が見える。
おそらく、ミネカも今の自分と同じ顔をしているのだと、翔英は思った。
翔英はミネカの言葉の真意をすぐさま把握していたのだ。
「ああなるほど。うん、知ってたよ」
嫌な予感が当たり目を見開く二人。
ロジェはさらにこう続ける。
「――――といっても、正確な時間までは知らされていない。ただ、君たちが『今日』ここに現れるとだけ教えてもらった。だからずっと、朝からここで待っててたんだ。意外と早く来てくれたのは助かったけどね」
「……その情報をあなたに伝えたのは、やはりそのお友達でしょうか……?」
「うん、そうだよ。昨日の夜に教えてもらった。もうそろそろいいかな? 鍵を渡してもらっても。誰かとおしゃべりするのは好きだけど、あんまりゆっくりしてられないからさ」
ミネカはまた頭を悩ませる。
この状況をどう切り抜けるかもそうだが、今の情報をどう整理するかについてに。
彼女は既に一つの結論を出していた。
『情報が内部から漏れている』
それが意図的なのかはまだ分からないが、先の応答でそれ自体は確信していた。
意図的でないのなら、一層の情報管理の強化必要になるだろう。
だが、彼女が危惧しているのはその逆だった場合だ。
もし、軍の誰かが魔物と繋がっているとしたら、自体は想像以上に深刻だろう。
その情報をどうするべきかは、ミネカと翔英が決めなければならない。
「分かりました。……では、最後にもう一つだけ質問をさせてください。あなたの目的はなんなのでしょうか……? 鍵を手に入れて、どうするおつもりでしょうか……?」
敵の意思を確認するミネカ。
だが、返ってきた答えは意外なものだった。
「え? 知らないよそんなの。別に僕の意思でここに来たわけじゃないからね。お父さんが行けって言ってるらしくてさ。僕は行きたくないって言ったんだけどね」
『父親の命令』
そこからさらに情報を聞き出したいところだが、これ以上の質問は危険だと判断するミネカ。
なんにせよ鍵を渡すことはできない。
『どう鍵を守るか』
それを今は考えなくては。
この魔物。
敵意を感じさせない態度を崩さないが、そこらの魔物とはレベルが違うことをミネカは察する。
だが、その実力までは読み切れない。
しかし、幸いにも敵は今一人。
オーたちを呼ぶことができれば、こちらに分があると結論付ける。
「さあ、もういいでしょ? 早く家に帰りたいから、鍵を渡して」
「――――申し訳ありません。あなた方の目的が分からない以上、聖鳳軍の一員として、おいそれと渡すことはできないのです」
相手の要望を断ると同時に、翔英にアイコンタクトを送るミネカ。
その意図を翔英は瞬時にキャッチする。
ミネカは鍛錬場に走りだす。
そして、翔英はその場に留まり、再び剣を構えるのだった。




