第五十話 『地獄への出発』
――――翔英たちがミネカと合流した日の前日。
オーは、鍛錬場への入場の許可をもらうため、ヴァナベール・ソルシードの元を訪れていた。
「――――というわけでヴァナさん。ショウエイ・キスギ、ラフェル・フルミーネ、ソル・スエリアの三名、鍛錬場へ行く許可をもらいたい」
「…………お前の言いたいことは分かった。じゃが、少し焦りすぎじゃないか? お前の元へ彼らを預けてから、まだ三週間しか経っていない。もう少し様子を見てもいいと思うが」
「……彼らの……特に、ショウエイくんの成長スピードはすごいものです。彼らは強くなった。そして何より、あの子達には強くなりたいという思いがある。その思いに、僕は全力で応えてあげたい」
オーは分かっていた。
そこへ行けば彼らはさらに強くなる。
だが、その代償も少なくないと。
ヴァナベールも彼らの身体のことを考え、簡単には頷こうとしない。
ヴァナベールもオーも翔英たちの未来のことを考え、意見を対立させていた。
わずかな間を挟んだ後、ヴァナベールが口を開く。
「………わしは心配しとるんじゃ。いくらミネカちゃんが一緒とはいえ、あんなところにあの子達を連れて行っていいものかとのう。……わしは、まだ経験を積ませるべきだと考える。もし、どうしても行きたいのなら、他の者に許可をもらってくれ。その時はもう、わしに止める権利はない」
「……分かりました。では、失礼します」
現在の聖鳳軍の中で、ヴァナベールの次に古参なのがこのオーだ。
ヴァナベールが頑固爺で心配性なことはよく知っている。
これ以上の説得は難しいと悟り、オーは部屋を出て行った。
「行くんなら、絶対無理はさせるなよ!!」
ヴァナベールの言葉を背中で受け止めながら、オーはこれからどうするか考える。
既にヒナノには許可を貰っている。
『んー。そうね……まあ、ミネカが居るなら大丈夫じゃない?』とのことだ。
必要な承認は後一人分。
「(多分この時間は稽古中だよな……よし、ティローナちゃんのところに行くか……)」
もう一人に許可を貰うため、道場にいるティローナのところに向かうことにするオー。
だがそこに向かう途中、ある人物に声を掛けられた。
「あれ? オーさんやん。お久しぶりやな」
独特な口調で話す銀髪の女。
怪しげな笑みを浮かべながら、オーに軽い挨拶をする。
ルナレジェン・ペサンテだ。
「おお、ルナちゃん。偶然だね。……何してるんだい?」
「ちょっとヴァナベールの爺さんに用があってん。オーさんは?」
「おお、僕も今さっき爺さんに会ってきたんだ。……そうだ、ルナちゃん――――」
オーはルナレジェンに翔英たちのことと先ほどのヴァナベールとの会話について話した。
すると、
「いいよ。ボクが許可出したげる」
ルナレジェンはあっさりと許可を出した。
まるで何も考えていないかのように。
「あっ本当かい!? いやー助かる。これからティローナちゃんのところに行こうと思ってたんだ。手間が省けたよ」
「そうだったん? そりゃよかったわ。ティローナ、最近忙しそうやったしな」
そう言いながら、申込書にサインするルナレジェン。
既にミネカには連絡を取っている。
これで鍛錬場に行く条件を満たした。
「そや、ヴァナベールの爺さんにこのこと伝えとくわ。テキトーに」
「いやーそれは大丈夫。僕が言うから」
「そっか。じゃ、頑張ってな。ショウエイくんにもよろしく言っといてや」
ルナレジェンは去っていく。
軽い口調でエールを送りながら。
結局、ルナがこの話をヴァナベールに伝えていたことをオーが知るのは、その翌日である。
そして今日。
「――――よし、着いたよ!!!」
新しい訓練のために、秘密の鍛錬場へと向かっていた一行。
翔英、ミネカ、ラフェル、ソル、オーの五人は目的地に到着した。
「――――って、どこにあるの? そこ」
馬車から降りた翔英の目に映ったのは、なんにもない荒野だった。
鍛錬場どころか、建物と呼べるものは一つも見当たらない。
「ここにありますわ、ショウエイさん」
「……へ? ごめん、なんにも見えないんだけど……」
戸惑う翔英の前で、なにやら魔法を唱え始めるミネカ。
すると、何も無かった空間に巨大な樽のような建物が現れた。
「なっ!? なんだこれ!? いきなり出てきた!!!」
「これが『秘密』と呼ばれている所以ですわ。この建物には、特殊な結界が外から張られています。その結界の力によって透明に見えるのです。また、ただ透明に見えるだけではなく、触れることも認識することもできませんわ。使用するには、この鍵を持った状態で、なにか魔法を使う必要がありますの」
「へーそうなんだ。俺は魔法使ってないけど見えるんだな」
「ええ。どなたか一人が魔法を使えば、その場にいる全員に見えるようになります。ただ、一度建物に入ってから外に出ると、また見えなくなるので気をつけてくださいね」
ちなみに、この鍵は一軍二人からのサイン入りの申込書を本部に持っていくと貸してもらえる。
当然だが借りているだけなので、使用期間が終われば返さなければならない。
もし、紛失した場合は、鍛錬場の利用は死ぬまで禁止される。
「じゃあ入ろうか」
一行は、鍛錬場へと足を踏み入れた。
中に入ると、さらに奥に扉が見える。
「あの扉の奥に入ると訓練は始まる。向こうへ行く前にここで準備していくんだ。生活に必要な最小限のものがここにはあるからね」
ここはアパートの一室程度の広さがある。
よく見ると、水道やトイレに風呂、非常食のような食べ物も置いてあり、頑張れば普通に暮らすこともできそうだ。
「準備ができたら行こう。ただし、向こうの環境はこことはずいぶん違うから気を付けてね」
翔英を先頭に扉を開ける。
だが、入ってすぐに翔英は顔をしかめた。
そこには、ひたすら木々と空間が広がっている。
木以外何もない、殺風景な場所だ。
だが、翔英が顔をしかめたのはその光景を目の当たりにしたからではない。
『暑かった』からだ。
この世界では全く体験したことのない、日本の真夏のような暑さだった。
「なんだここ……!! 暑……い……」
「タイミングが悪かったねえ。ここでは、気温や環境が時間ごとに変化するんだ。あそこに、赤いのが見えるだろう」
オーの指差す方向、およそ十メートル先に赤いポールが突き刺さっている。
「あれを中心とする周りは高温になっている。近ければ近いほど暑さを感じるんだ。反対に向こう側に青いのがある。あれに近づくと寒いってわけさ」
「な……なるほど。じゃあ、向こうに行けば涼しくなるってわけですね……」
久々の暑さは身体に応える。
ソルとラフェルもしんどそうだ。
「そういうこと。ちなみに、この地面は少しずつ回っているんだ。大体、三十分で一周する。ほら、あの目印がゆっくり近づいてきてるだろう? 君たちはまず、それぞれ場所を決めて、そこで前やってた課題の続きをやっててほしい。環境がどんどん変わるから、そこも気を付けながらね」
翔英たちはばらけて、自分の初期位置を決めた。
このルーレットのように回っている特殊な地面は休むことなく、永遠に回り続けている。
気温は四十度からマイナス十度までになる過酷な環境だ。
この場所で翔英たちの新しい訓練が始まろうとしていた。
……はずだったが。




