第四十四話 『護る力』
――――ありえないことだった。
ここは聖鳳軍本部の修練場。
ここに入るには門をくぐり、奥まで続く廊下を渡って来なければならない。
関係者ではない者は、修練場はおろか中に入ることすら不可能だ。
そこに今、部外者どころか人間ですらない生物が現れた。
どうやってここまで来たのか。それを問う事はできない。
ただ、ありえないことが起こっている。
「なんだこいつは……!! 魔物!? でも、こんなところに来るなんて………………まさか……みんなやられたのか……? いや……そんなこと……」
突然の来訪に戸惑う翔英は、考えられる最悪の状況を想像する。
そう考えている合間にも、眼前の怪物はゆっくりと歩を進めていく。
「ショウエイ!!!」
と、彼の名前を呼びながら、ラフェルとソルが合流する。
「ソル、ラフェル……やばいよな、この状況……絶対。あいつが、悪いやつじゃないって可能性あると思うか?」
自分でもおかしなことを言ったと自覚しながら、半笑いで二人に質問する翔英。
ラフェルはなんら慌てることなく、
「ないね。ありゃ普通の顔じゃない」
と、回答する。
「ははは。そうだよな。だったら、なんとかするしかないか……!!」
この状況下でも通常運転のラフェルを前に、普段の落ち着きを取り戻す翔英。
そして、打開する策を必死に巡らせる。
「ソル、ラフェル。誰か一人、あいつの後ろのドアから出て、周りの状況を見てくる。できれば、応援を呼ぶ。残り二人は、あいつを引き付ける……ってのはどうだ」
「よし、わかった。いいよ。……まあ、俺だよね」
翔英の提案を速攻受け入れるラフェル。
自分の役割も自覚している。
なにより彼は動揺しない。
彼は頭がいい。何も感じていない訳ではない。
ただ、『余計なことを考えない』のだ。
『不安』とか『心配』とかそんなものは彼にとっては『余計なこと』だった。
「頼むぞ、ラフェル。ソルはラフェルが動く前に、まずはやつに魔法をぶつけてくれ。こっちに向かってきたら、俺が喰いとめる……!! その隙に頼む……!!」
返事をする二人。
もう怪物はすぐそこに迫っている。
「行きます!!」
最大力で魔法を繰り出すソル。
同時に、ラフェルは最大速度でゴールに掛けて行く。
だが、
なんと怪物はソルの魔法に全く目をくれず、逃げ出そうとしたラフェルに襲い掛かった。
身体を掴まれ、部屋の奥へと投げ飛ばされるラフェル。
第一の作戦は完全に失敗した。
「まじか……あいつ、俺たちをここから出さない気か…………」
知性がある。これは予想外。
言葉を発することすらできないのに、頭が回るのは非常に厄介だ。
「……くっ……どうするショウエイ。あいつ逃がさないつもりらしいよ」
怪物からの攻撃を食らったが、すぐに身体を起こすラフェル。
意外と堪えてはいないようだ。
「そうらしいな。確実に俺たちを殺そうってことか……ていうか、なんなのこいつ……」
「でも戦うしかないよね」
「……そうだな。案外、三人で戦えばなんとかなるかもしれない」
作戦変更。
翔英は年下の先輩に指示を出す。
「後方からの援護を頼む、ソル」
「……はい」
「ラフェルはまだ離脱も選択肢に入れといてくれ」
「……了解」
突撃する翔英とラフェル。
怪物は不気味な笑みを浮かべながら二人を迎え撃つ。
正確無比なソルの援護もあり、なんとか食らいついて行く翔英とラフェル。
だが、全く笑みを崩さない敵からは底知れない余裕が感じられる。
「(……こいつの動き…………確か、どこかで……)」
そして、敵の動きが少しだけ読めることも、翔英の奮闘に影響していた。
だが、『耐える』ことが出来ているだけで、碌にダメージを与えられないまま徐々に体力が削られていく。
ラフェルの方も同じだ。
翔英とラフェルの間には明確な力の差が存在するが、さらに上の実力を持つこの怪物の前では大した違いはなかった。
「ギヒヒヒヒヒ……!! ググァアアアア!!!」
思わずひるんでしまうほどの雄叫びを上げ、二人との距離を取る怪物。
その鬼のような容姿で、楽しそうな笑みを浮かべながら。
再び咆哮を上げると同時に、ラフェルの懐に飛び込んだ。
一撃。
とうとう本気を出したのだろうか。
重い拳がラフェルの胸に打ち込まれる。
ラフェルを助けに向かう翔英。
気づいた怪物はくるりと方向を変え、背泳ぎのような恰好で翔英に突撃してくる。
怪物魚雷。
剣で受け止めたがダメージは貫通し、強い衝撃を受けてしまう。
「(……!! ……くそ、やっぱり……強いぞ、こいつ……!!)」
吹き飛ばされた先で倒れ込む翔英。
怪物は再びラフェルの方へ。
「やるねえアンタ。だけど、それだけじゃ俺は倒れないよ」
立ち上がるラフェル。
口では生意気な言葉を叩いているが、身体を起こすのに精一杯だ。
鋭い攻撃に対応できず、さらにアッパーを打ち込まれてしまった。
「(やばい!! ………? 何だ……!?)」
驚きを隠せない翔英。
怪物はラフェルへの攻撃を止め、翔英をじっと見つめていたのだ。
「(なんで動かない……? ……よくわからねえが、今はラフェルを助けないと……!)」
「ギアァア!!」
「何!?」
翔英が立ち上がった途端に、攻撃が再開された。
さらに殴打されたラフェルの動きは止まってしまう。
今にも小さな身体が大きな足に踏みつぶされそうになる。
その時、
放たれた大きな火の玉が、ラフェルに集中している怪物の頭を捉えた。
怪物は一瞬悶えると、視線を攻撃したソルへと変えた。
「すみません、ショウエイさん、ラフェルくん……!! 詠唱に時間がかかってしまって……!!」
この化物にダメージを与えるためには、通常以上の時間が必要だと判断したソル。
その読みは正解だったようで、狙いを自身に向けることに成功した。
しかし、全く戦況が好転したわけではない。
攻撃のターゲットがラフェルからソルに移っただけだ。
「ショウエイさん! 今のうちに助けを呼びに行ってください!!!」
「え………いや………わ、分かった……!! すまんソル!! すぐ戻る!!」
ソルの発言に迷いを見せる翔英。
しかし、考えている余裕などない。
その判断が正しいのかなど分からなかった。
出口に急いで駆けて行く翔英。
しかし、そんな翔英の耳に届く少女の悲鳴は、彼の歩みを鈍らせる。
『助けを呼びに行く』と約束したはずの彼は、後ろを振り返ってしまった。
目に映ったのは、怪物の拳と地面に挟まれそうになるソルの姿。
「(……!!! だめだ……!! それはもう………絶対に……!!!)」
彼は戻った。
自分が戻っても意味はないかもしれない。
外に助けを求める方が、賢い選択かもしれない。
だが、彼の体は、心は、戻ることを選んだ。
これまでの経験をしてきた彼の本能が身体を突き動かしたのだ。
「(ぐっ……! 間に合うか……!? ……いや、違う!! 間に合わせるんだ……!! 助けるんだ……!!)」
だが、現実はそうはいかない。
翔英の走りは、怪物の攻撃に追いつくことはできない。
「(……あの時のように……あの時みたいにならないように、俺に……護る力を……くれ……!!!)」
翔英は祈った。
そして同時に、手に持っていた剣を怪物へと放り投げたのだった。
「……!! これは……!!?」
投じた剣は形を変え、ソルを攻撃から護るように、怪物の前に立ちふさがった。
それはまさに巨大な盾。
彼が目標にしていた、欲しいと願っていた力である。
その盾は、怪物の攻撃を弾き、逆に怪物を怯ませることに成功する。
そして追いついた彼は、ソルを襲う怪物の前に立ちはだかった。




