第三十八話 『待ち受ける出会い』
――――昨日はよく眠れなかった。
期待と興奮、恐れと不安が混ざり合い、気持ちが落ち着かなかったからだ。
元々翔英は眠るのが得意ではない。
好きではある。だが、苦手なのだ。
横になってじっとしていると、考えごとが止まらなくなってしまう。
それは過去の思い出だったり未来への不安だったり。
こちらの世界に来てからはなおさらだった。
起床してすぐに熱いシャワーを浴びると、急いで支度にかかり始める。
現在時刻は七時五十分。
今日は九時から聖鳳軍としての予定が入っている。
ここから本部まではおよそ三十分ほどかかる。
遅刻するようなことがあっては非常にまずい。
翔英は支度をすぐに済ませ、八時にスエリア荘を後にした。
いつもと変わらない賑わう町を通り抜け、何事もなく本部へと到着した。
約束の時間までは、まだ三十分ほどある。
翔英は暇つぶしがてら、本部の隣にある図書館へよることにした。
勉強の成果が分かるかもしれない図書館は、この時間の暇つぶしには最適だった。
ちなみに、図書館は一般の方も利用することができ、情報や娯楽を求める人々が日々活用している。
読める文字を見つけながら、図書館をうろうろする翔英。
「あ……これ……!!」
翔英の目に入った一冊の本。
昨日見た単語を翔英は正確に記憶していた。
『グランデ盗賊団』だ。
すぐに手に取り、本を開く。
当然ながら、読むことはできなかった。
「(まだまだ勉強だな……こりゃ)」
翔英は本を戻し、また歩き始める。
するとそこに、上段の本に必死に手を伸ばしている少女の姿が見えた。
だがその少女の身長は百五十センチにも満たないほどで、本には全く届きそうにない。
「これでいいの?」
見かねた翔英はその本を取ると、少女に手渡した。
「あ……ありがとうございます……」
薄茶色のロングツインテールに学校の制服のような色合いのワンピースを着た少女は、か細い声でお礼を言う。
目の前のランドセルが似合いそうな少女をまじまじと見つめる翔英。
だがもちろん変な気はない。
ただこの少女に誰かの面影を彷彿とさせたからだ。
「あの……お兄さん……あれもお願いしていいですか……?」
「え? ああ、……はい、どうぞ」
「ありがとうございます。お兄さん優しいですね」
「いや、こんくらいなんでもないよ。……もう、大丈夫だよね。取り忘れた本とかない?」
「はい、これで全部です。……ありがとうございました」
積み上げた三冊の本の上からひょこっと頭を出しながらお礼を伝える少女。
その姿は、翔英の心をつかみかける。
「……ね、ねえ、それなんの本なの? なんか、難しそうな本だけど」
「え……ああ、これは魔法について書かれている本です。……大分昔に書かれた本ですが、魔法についての基礎から応用まで、詳しいことが書かれています」
少女は本を床に置くと、それを開きながら説明した。
少しだが読める言葉があり、翔英はこっそり嬉しさを滲ませる。
「へー、そうなんだ。てことは、魔法の勉強してるってこと?」
「は、はい……そうです」
「すごいな!! 自分で勉強してるなんて!! あっ……」
ここが図書館なことをすっかり忘れ、場にふさわしくない声量を出してしまう翔英。
まだ早い時間なので、周りに人がいなかったことは幸いだ。
「……でも、ダメなんです。……私、才能あんまりなくて……もっと、できるようにならないと……応えられない、みんなに……」
「え? いやいや、十分凄いよ!! 俺なんて、魔法使うことすらできないんだから。そうやって、努力できることって、誰にでもできることじゃないよ!!」
うつむく少女。励ます青年。
その姿はまるで助け合う兄妹のようだ。
「……ありがとう、ございます。……ほんの少しだけ元気が出ました。頑張ります。……じゃあ、私行きますね」
「おう!! 頑張ってな!!! また縁があったら、練習の成果見せてくれ!!」
「……はい。お兄さんも頑張ってくださいね」
歩き出した小さな背中を見送る翔英。
と、いつの間にか約束の時間の十分前になっていた。
翔英は図書館を後にし、隣の建物の受付へと向かった。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
受付にその旨を伝えると、三階奥の部屋へと案内される翔英。
緊張するのも無理ないだろう。
扉の前でゆっくりと唾を飲み込む。
昨日リュノンが言っていたことを思い出すと、目の前の扉をノックした。
「ん? 入っていいよー」
と、中から老人の声が聞こえてきた。
翔英は扉を開き、部屋の中へと入る。
「失礼します……」
机と椅子に両サイドには背の高い本棚。
ここは執務室らしい場所だ。
部屋の奥には、真っ白な髭を蓄えた短髪白髪の男が佇んでいる。
どうやらこの男が先ほどの声の主であり、翔英を本部へと呼んだ張本人のようだ。
「初めましてショーエーちゃん。今日はわざわざ来てくれてありがとの。わしがヴァナベール・ソルシードじゃい」
「あ……はい、初めまして。ショウエイ・キスギです。よろしくお願いします」
間近でこの爺さんを見た翔英は、その見た目に驚愕した。
顔立ちはまさに高齢者という感じで、七十歳は優に超えているのが分かる。
だが驚くべきは体の方だった。
上は白シャツ一枚というラフな格好をしているが、服の上からでもその肉体美が見て取れる。
胸、腹、腕、足に至るまで、健康的な若いスポーツマンのような肉体をしていた。
背丈は翔英とほとんど同じだが、この老人から圧倒的なオーラと強さを翔英は感じとったのだ。
「おう、よろしくの。じゃあショーエーちゃん、ここに掛けてちょい」
そのどこか抜けた話し方は、リュノンの言葉を納得させる。
翔英はできるだけ平静を装い、椅子に腰を掛けた。
「まあ、そんなに硬くせんでもいいぞ。話は二つだけじゃ。話自体はすぐに終わるから安心せい」
「あ、はい、分かりました。お願いします、ヴァナベールさん」
ヴァナベールの方も、翔英に向かい合うように座った。
視線は筋肉にしかいかない。
「じゃあ、早速本題に……と、その前に、ショーエーちゃん、調子はどうじゃ?」
「え? 調子ですか?」
「うむ。入ったばかりだというのに、色々大変だったじゃろ。ちょっと心配での」
「………確かに、大変でしたよ。…………正直、痛くて、辛くて、苦しかった。だけど、やりたいことを見つけられました。そのためなら、なんだってできると、今は、そう思っています。……だから、俺は大丈夫です」
真っすぐヴァナベールの目を見ながら、己の覚悟を告げる翔英。
ヴァナベールは孫と話すように微笑みながら口を開く。
「そうかそうか、それなら安心じゃ。戦いには、苦労はつきものじゃからのう。決して避けては通れん。じゃが、苦労を乗り越える度、その経験は必ずお主を強くする。……どうやら、いらぬ心配じゃったようじゃのう。これからもよろしく頼むぞい。ショーエーちゃん」
「はい……!!」
ヴァナベールは右手を差し出し、翔英もそれに応えた。
老人と若者。
最古参と新入り。
マッチョと細見。
何もかも違う二人の男の握手ががっちりと交わされた。




