第三十六話 『次なる試練』
「――――さて、行くか……」
来生翔英。二十歳。
彼は今、借りているアパートの部屋で、準備を進めていた。
現在時刻は午前十時。
今日も特に予定はない。
だが、一日家でじっとしているわけにはいかない。
勉強でも鍛錬でもいい、少しでも進歩が必要だ。
とりあえず本部に行って、『なにかをしよう』と思っていた。
一日を無駄にしないために。
――――コンコン。
丁度外出しようと支度していた矢先、ドアをノックする音が聞こえてきた。
昨日、同じようなシチュエーションでミネカが来たことを思い出しながらドアを開ける翔英。
「ようショウエイ!」
と、挨拶が聞こえる。
そこには、逆立った赤髪がトレードマークの青年が立っていた。
「リュノン!! なんでここに!?」
聖鳳軍三軍、リュノン・アーリー。
先日の任務で行動を共にしたナイスガイである。
「なんで? いや、何度かここには来たことがあるんだ。ショウエイがここに住んでるって聞いてたからさ」
「あっ、そうなんだ。……じゃなくて!! 理由だよ!! 理由!! なんか用があってきたの?」
「そうだぜ。でもその前に、とりあえず家上げてくれないか? ここだと、話しづらいしさ」
「え? ああいいけど」
リュノンを部屋に上げる翔英。
ミネカ以外の友人を自宅に上げるのは、こちらに来てから初めてのことだった。
「お邪魔します!! へー結構いいじゃん」
リュノンは部屋に入ると、すぐさま辺りを物色し始めた。
あまり強くは止めない翔英。
なんだか、懐かしかったのだ。この感じが。
「……で、なんの用なんだリュノン。急に家にくるなんてさ」
椅子に腰かける翔英。
リュノンも向かい側に座った。
「話は二つ。一つはおとといのこと、もう一つは明日からのこと」
「そうなの……?」
「おん、一つ目は個人的な話なんだけどさ。……俺、ガロトさんみたいな生き方がしたいって思ったんだ」
ミネカに続いて『あの日』の話。
リュノンもまた、翔英と共有しておきたかったことがある。
一緒に戦った仲間として。
「……俺も、命を懸けて誰かを守れるような人になりたい。後悔しないようにさ。……もちろん、あの人には生きて欲しかったけど、あの人は最後に俺たちを助けてくれた。だから俺、ガロトさんの意思を継いで生きてくって決めたんだ」
「……うん、俺もだよ」
覚悟を分かち合う二人。
ガロトの意思は、一人では背負うには大きすぎるから。
「……ありがとよ、聞いてくれて。――――じゃあ、二つ目の話するぞ。ショウエイにこれからの予定を伝えに来たんだ。まあ、とりあえず今週一週間の予定だな」
話題転換。
リュノンが伝えに来たもう一つのことへ。
「あっそうなの? 俺も聞きに行こうと思ってたけど、誰かが教えに来てくれるものだったのか」
「いや、今回は俺が直接伝えるって上に言ったから。普段は、一週間分くらいの予定は本部から配られる。本来なら、こないだの任務の時に渡されるはずだったんだけどね」
「なるほど…………じゃあ、わざわざ自分から届けに来てくれたのか。そりゃありがとうございます。それで、どんな予定なんだ? 俺」
「まあそう急ぐなよ。今から見せるから…………」
リュノンはポケットに手を入れて何かを取り出そうとする。
だがそこには何も入っておらず、慌てて体中を漁るリュノン。
「…………どうしたの。まさかとは思うけど…………」
「落としたわ」
「やっぱりか」
どうやら、翔英の予定が書かれていた紙をどこかでなくしたようだ。
リュノンは申し訳なさそうに、
「……ごめん。でも、心配はいらない。おんなじものを本部に取りに行けばいい。俺も一緒に行くからさ」
と、提案する。
「……わかった。……で、一応聞いておくけど、俺の予定を落としたんだよな? それ、大丈夫か?」
「んーまあ大丈夫だろ。書いてあるのは、ショウエイの名前と、一週間何するのかだけだから」
「……………普通いやだろ、自分の予定が知られてるかもしれないのは」
「……確かに。……分かった。じゃあ、とりあえず落としたのを探してみるか。それで、見つからなかったら本部に取りに行こう」
元々、出かけるつもりだったのだ。
とっくに支度が終わっている翔英は、リュノンと共に部屋を出た。
「――――で、当てはあるのかリュノン。そもそもどうやって落とすんだ」
「ここまで走ってきたから、その時に多分。だから、俺が来た道を探してみるしかないな」
リュノンもミネカと同じく、聖鳳軍管轄の宿屋に住んでいる。
そのため、幸いにも探すのと取りに向かうのを同時に行えた。
本部からスエリア荘までは約三キロほどだ。
道をくまなく見渡しながら
「てか、予定の内容覚えてないのか? せめて、明日の分くらいはさ」
と、翔英はリュノンに問うた。
「うーん……覚えてるっちゃ覚えてるけど、時間と場所がな……」
「てことは、内容は覚えてんのか? どんなの?」
「明日は確か、ヴァナ爺さんに呼ばれてたな。知ってるか? ヴァナベール・ソルシード」
「いや、知らないな」
聞いたことのない名前だ。
というか、翔英は同僚の名前をほとんど知らなかった。
「聖鳳軍の一軍だよ。今の聖鳳軍の中では一番の古参で、四十年前の戦いにも参加してたらしい爺さんだ」
「へー…………え? なんでそんなすごい人が俺を呼んでるんだ……?」
軍の重鎮に呼び出されていることに緊張を覚える翔英。
『四十年前の戦い』については今はスルーだ。
「俺が知るかよ。まあでも、気さくな人だからそんなに身構えなくてもいいと思うぜ」
「そうなのか。リュノンがそう言うなら少し安心だけど」
そんな話をしながら、落とし物を探し続ける翔英とリュノン。
いつの間にか、町の中心の広場まで来ていた。
そこには、新聞を町の人々に配っている男の姿があった。
入隊試験の話もこの場所で知ったこともあり、ここは少し思い出深い。
今は特に興味を示さず、翔英は広場を探し始める。
だが、リュノンは違った。
「ん? どうしたんだリュノン。急に黙りこくって」
リュノンはその場に立ち尽くしていた。
そして落ちていた新聞に目を通している。
「おい、大丈夫か? その新聞に何か書いて――――」
翔英は言いかけた言葉を掛けるのをやめてしまった。
なぜなら、リュノンが見たこともない顔をしていたからだ。
その形相はまさに鬼。
普段の温厚さからは考えられないほどの怒りに満ちた目をしている。
「……………悪い、ショウエイ。急用ができた。……今度飯でも奢らせてくれ」
「えっ? お、おい!! ちょっと待ってくれよリュノン!!!」
リュノンは全速力で駆け出した。
まるで、目の前の獲物を狙う肉食動物のように。
訳が知りたい翔英もリュノンを追う。
だが追いつけない。
リュノンの方が圧倒的にスピードは上だった。
「くそ……!! 急に何だってんだよ、リュノンの奴……!!!」
広場を抜けた先で、リュノンを見失ってしまった翔英。
仕方なく広場に戻り、一人で落とし物探しを再開しようとする。
「――――ねえ、君」
「は、はい?」
戻った先で突然話しかけられた。
声の先には、銀髪ショートの女性が立っている。
翔英と同じくらいの背丈で、外見年齢は二十そこらといったところだ。
黒のパンツに紺色のジャケットを羽織っており、若い女性でありながら男性的なファッションを好んでいるようだ。
「今走ってったのって、リュノン・アーリーよね? さっき一緒にいたように見えたけど、君リュノンの知り合い?」
「え、はい。そうです。リュノンとは友人でして」
と、戸惑いながらも返事をする翔英。
すると、その女性はポケットから一枚の紙を取り出した。
「そっか。じゃあ君、ショウエイ・キスギって子、知ってる?」
「えっ!? それ、僕です!! ショウエイ・キスギ!!」
「あっそうなん!? 君がそうなんか!! 丁度良かった。これ、そこに落ちてて」
彼女は目を丸くしながら、手に持った紙を見せた。
予定表だ。
「ありがとうございます!! 今、これ探しに来てたんですよ!! ……えっと…………」
「ああ、ボク? ボクはルナレジェン。ルナレジェン・ペサンテ。呼びにくかったら、ルナって呼び」
一回では覚えにくい名前を名乗ると、彼女は美しくもどこか怪しい笑みを浮かべながら答えた。




