第三十五話 『誓い』
「――――ごちそうさまでしたわ!」
最後の一つも完食したミネカ。
翔英の方も、注文したドリンクを飲み終わっている。
「お待たせしました、ショウエイさん。では、行きましょうか」
「いや、まだいいよ。食べ終わったばっかだし、もう少し話してから行こう」
「ありがとうございます。…………では、ショウエイさんのことについても、教えてくださいな。故郷から離れて旅をされていたのですよね? ショウエイさんの故郷はどんな場所だったのですか?」
翔英は目をそらした。
聞かれて当然ではある。
翔英は明らかに他の人とは異なっている。
ただ、こちらの世界に来てから、自身の過去について誰かに話したことはなかった。
いつかは話さなければと思いながらも、自分を見る目が変わってしまうかもしれないことが恐ろしかったから。
「…………ああ。俺の故郷は、この国からずっとずっと遠くにあるところで、そうだな…………いい場所だったよ。美味しいものや面白いものもたくさんあったし…………平和なところだった」
「そうなんですね。……あの時、ショウエイさんとは初めて会った気がしなかったので、一度町で会っていたのかと思っていましたが……ずっと遠いところだったのですね。勘違いでした」
「え……!? ああ、うん、勘違いだよ。初めて来たし……」
思わぬ発言にびっくりの翔英。
会ったことがある?
そんなわけがない。
「……なら、私も行ってみたいです。ショウエイさんの故郷」
「……………うん。行こう。きっと、いつか。……ミネカも気に入るものがあると思うぜ」
今度は翔英は果たせないと分かっている約束をした。
が、この約束をしたことで、自分の中のあることに気づいた。
『もう、この世界で生きる』
『あの世界には、二度と戻れない』
いつの間にか、そう思っていた。
後悔と一緒にこちらの世界に来てから目標が生まれ、そのために前だけを向いて走ってきたが、ここで初めて立ち止まり、後ろを振り返りそうになる翔英。
だが、人との会話の最中に考え事をするのは失礼だろう。
それも意中の相手だ。
彼は頭の中に浮かび上がる考えを奥へと閉まった。
「――――でも、そんなにいいところなら、どうして旅に出ることにしたのですか? ショウエイさんに会えたことはもちろん嬉しいですが」
「え…………」
翔英は言葉に詰まる。
『なぜここに来たのか』
何と答えるか頭を悩ませる難しい質問だ。
ただ、ミネカはそんなことを知る由もない。
ミネカは自分のことを知ろうとしてくれているだけだ。
「あっ、無理をして答えなくても大丈夫ですわ!! 申し訳ありません、さっきから質問してばかりで」
言葉に詰まった翔英を気遣うミネカ。
翔英の方もいい答えを探す。
ミネカを謝らせるのは忍びない。
「いや、ミネカに質問されるのはいくらでも大歓迎だよ! ただ今のは、答えるのがちょっと難しくてさ。そうだな…………『誇れるもの』を、見つけるため、かな……」
「誇れるもの……ですか?」
「うん。あっちにいた頃は確かに平和で楽しかったけど、特に何もしないまま過ごしててさ。ある時、それが悔しいことだと思ったんだ。俺は何もやれてないってな。だから、この国に来た」
この世界に飛ばされた時のことを回想しながら答える翔英。
この世界に来たことは不本意だったが、その目的を持っていたのは紛れもない事実だ。
「そういうことでしたの。……でも、その目的は果たされたのではないでしょうか? あなたはすでに、私たちの誇りになっていますよ」
ミネカの聖女のような穏やかな声色。
これまで掛けられたことのない優しい言葉。
心を揺らすには十分だった。
翔英は顔をそらし、目元をぎゅっと抑える。
「…………そっか。俺、ミネカの誇りになれてたのか。……ありがとう……その言葉がもらえるだけで、ここに来た甲斐があるってもんだ……」
ミネカの台詞は、彼のこれまでの行いの認識を『善し』へと変える力があった。
翔英は言葉を振り絞り、心からの感謝を伝えた。
そして、
「――――でも、また新しい目的ができたよ。聖鳳軍の一員として、みんなと一緒に戦う。そして、護る。……それが今の、俺の目的だ」
「……はい……!! 頑張りましょう……!! 私たちと一緒に……!!」
翔英に新たな戦いの理由が生まれた。
口には出さなかったが、理由はそれだけではない。
向こうの世界にやり残してきたことや会いたい人もいるだろう。
だが、それは後だ。
今は目の前の少女を『護る』と決めた。
そして、彼女の『騎士』になることを。
今日の日を通じて彼は、この世界での自分の使命を確信したのだった。
「――――では、そろそろ出ましょうか。あまりいすぎてはご迷惑になってしまいますし」
「そうだな。行こう」
二人は会計を済ませると、メイチンを後にした。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――――あっ、もう暗いじゃん!!」
「ずいぶん経っていましたのね」
いつの間にか日はもう落ちて、空は暗くなっていた。
まあ、ミネカと家を出たのが三時過ぎだったから当然か。
「どうしましょう? もう日が暮れてしまいましたが」
「……そうだな……ミネカの明日の予定は? 俺は特に決まってないんだけど」
「ああはい。明日は魔法の勉強がありますわ。お昼の前からですが」
「勉強? あっ、ヒナノさんに教えてもらってるのか」
「いいえ、私が教えていますわ。聖鳳軍の方や一般の方にも。回復魔法を扱えるのは、一人でも多い方がいいですからね」
聖鳳軍の中には、それぞれの特技を伝授するため、教鞭をとっている者も少なくない。
ミネカもその一人であり、週二回、実技と座学を教えているのだ。
「えっ、そうなのか!! 俺も教えてもらいたい……けど、魔法使えないんだったな、俺…………じゃあ、今日はもう帰るか。明日もあるみたいだし」
「………はい。そうしましょうか」
「……家まで送るよ。本部のところだよな?」
「ありがとうございます。でも、大丈夫ですわ。ここからすぐ近くですので」
「そっか……じゃあミネカ、ありがとな!! たくさん話せて楽しかった!! いいところも紹介してもらったし。また、今度は予定決めてから行こう!!」
「はい! こちらこそですわ。また、行きましょう!!」
お決まりの別れの挨拶を交わす二人。
後ろに三歩進める翔英。
「……ショウエイさん!!!」
だが、ミネカが呼び止めた。
言いづらくて言いそびれていたが、彼女にはまだ翔英に話しておきたかったことがあったのだ。
それは――――昨日のこと。
「……私、悔しかったです。昨日、ガロトさんに会えなくて……とっても悲しかった」
「!?」
ミネカにとって、同胞との突然の別れは初めてではない。
これまで何度か体験しており、その度に自身の力不足を嘆いた。
今回も同じだ。
静かな場所で一人になるとガロトの事を考えてしまい、涙が溢れてくる。
「……だから……!! 戦いましょう……!! 強くなりましょう……!! 一緒に!! ガロトさんが笑ってくれるくらい……!! ……あの人が残した物を……二人で守りましょう……!!」
このどうしようもない悲しみを『二人の誓い』に変えて乗り越える。
彼女が今日翔英の元を訪ねたのは、このためだった。
「…………おう……!!!」
翔英は一言の返事を告げ、再び歩き出した。
ミネカのその言葉を聞き、またしても勇気を貰った彼は、他の言葉を返すことができなかった。
だが、その一言には力強さがあった。
かつての彼からは感じられなかった強さが。




