第二十九話 『ラスドラーゴ』
洞窟を後にした一行を待ち受けていたのは、漆黒の雲。
そして――――謎の生物だった。
その生物は、二本の大きな角と一対の巨大な赤い翼を生やし、とげとげしく太い尻尾を携えている。
また、赤と黒で構成された、高級そうな西洋風の衣装を着用している。
そして何より特質すべきは、人間離れした大きな体躯だ。
百八十以上あるガロトが見上げなければならないほどで、その身長は二メートルをゆうに超えている。
翔英たちは思った。
その姿は、まさに『魔王』だと。
この男を前に、翔英、ミネカ、リュノンはおろか、ガロトでさえも冷や汗を止めることができずに気後れしている。
「……私がわざわざ出向いたのは他でもない。お前が抱えているその魔物を返してほしいのだ」
低く響き渡るような凄みのある声色で話し始める怪物。
どうやらやはりレウラと繋がりがあるようだ。
若者三人はあまりの緊張感に言葉を返すことが出来ない。
唯一、既に臨戦態勢を取ることのできているガロトが口を開いた。
「……お前は何者だ……!?」
そいつは、一行を見下ろしながら答える。
「ああ、そうだな。その疑問が出るのは当然だろう。………私の名は『ラスドラーゴ』。現在の『魔凰軍』を率いている。つまり、今の魔物の長ということになるな」
「……!!」
まさか、こんなところでいきなり、探そうと思っていた敵のトップに出会うとは。
突然の邂逅に衝撃を受ける一行。
それと同時に、自分たちの置かれた状況に震え始めた。
「……話を戻そう。私が来たのは、レウラを返してもらうためだ。……レウラはこう見えても、わが軍の各支部を統括する五人の魔物、私は『五将悪』と呼んでいるが……まあ、そのうちの一人なのだ。失うのは困る。……断るというのなら…………分かるな?」
――――今、ガロトは全員が助かる方法を考えていた。
ここでレウラを返さなければ、間違いなく戦闘になる。
そうなれば命の保証はできない。
せっかく手に入れた情報源だが、連れて帰ることは叶いそうになさそうだ。
「……分かった。……こいつはお前に渡す」
ガロトはラスドラーゴに近づき、レウラを引き渡した。
グルグルに縛っていた彼女の体も解放だ。
「……さすがは、ガロト・クラーニク。聡明だな。話が分かるようで助かるぞ」
ラスドラーゴはレウラを受け取ると、そのまま振り向き、頭上の雲を見上げた。
「(か、帰ってくれ……!! 目的は果たせただろう……!!)」
と、目の前の魔物を見ながら、彼が去るのを切実に願う翔英。
ラスドラーゴは雲を見上げながら少し考えると、レウラを足下に置いた。
そして言う。
「…………よく考えたんだ。よく考えた結果、お前たちを殺すことにした。『あの時』の借りを聖鳳軍に返す、せっかくの機会だからな」
「(……ちっ……! やはり、戦いは避けられんか……!!)」
すぐさま戦闘態勢に入るガロト。
後ろの三人も何とか動こうとする。
「お前たちは下がっていろ!!! こいつの相手は私がする!!!!」
目の前の敵を危惧するガロトは三人を下がらせ、一対一の戦いに臨もうとする。
翔英たちも自分たちが参戦しても邪魔なだけだと直感していた。
なにより、この魔物と戦うとなるとイメージできてしまうのだ。
圧倒的な『死』のイメージが。
彼らはガロトの勝利を信じることしかできなかった。
「……お前一人で……か。……冷静な判断だな。確かに、そいつらでは私の相手にはならない。……だがな、それはお前もだ、ガロト・クラーニク。……今の聖鳳軍に私の脅威となるものなど、ヴァナベールくらいしかおらんだろうな」
「……私を……聖鳳軍を舐めるなよ……!!」
啖呵を切り、ラスドラーゴに攻撃を仕掛けるガロト。
正面から突っ込み、ラスドラーゴの腹部に全力の拳を放った。
だが、
「――――やはり、この程度か。他の魔物には良く効くだろうが、相手が悪かったな……」
ガロトの拳は、ラスドラーゴの巨大な手のひらに軽々とキャッチされていた。
まるで、プロのセンターが素人のフライを取るように。
「今度はこっちの番だ……!!」
左手でガロトのパンチを掴んだまま、右手を握り占め、ガロトの顔面へと振り下ろした。
すかさず、彼のマフラーが防御に入る。
しかし、ラスドラーゴの攻撃は、鉄壁を誇っていたガロトのマフラーを貫通した。
そのまま攻撃をまともに食らってしまうガロト。
ガロトは後ろの翔英たち三人のところまで殴り飛ばされた。
「ガ、ガロトさん!!!」
「う……嘘だろ……あのガロトさんの防御を……素手で……破るなんて……」
あんな攻撃を自分がモロに食らったらどうなってしまうだろう。
翔英は、目の前の魔物に恐怖する。
「ガロトさん……!! 今、治しますわ……!!」
すかさず治療を始めようとするミネカ。
しかし、ガロトは彼女の治療を拒否する。
「い、いや……ミネカ……私なら、大丈夫だ……!! それよりも、ショウエイ、ミネカ、リュノン……君たちにやってほしいことがある……」
ガロトは起き上がると、穴の開いたマフラーを脱ぎ捨てた。
そして、三人の顔を見渡しながら言う。
「……君たちは山から離れて、このことを聖鳳軍の本部に伝えてくれ……!! 私があいつを止めている間に……!!」
「な……!! それじゃあ、ガロトさんが……!!」
「心配するな……! 私は死なない……!! だから、早く行くんだ……!!!」
『全滅』
それだけは避けねばならない。
若者の未来を守ろうとするガロトの言葉を受け、決心する翔英とリュノン。
しかし、ミネカが前に出て口を開いた。
「……私は残ります……!! ガロトさんが負傷した時のために、私は残るべきです……!!」
「いや、ミネカの回復魔法を見たら、奴はミネカを狙ってくるだろう。……そうなったら、逆に君が危ない。……君は私などより、よっぽど聖鳳軍に『必要』な存在なんだ……!!」
ミネカはうつむきながら、ガロトの言葉を飲み込んだ。
彼の決めたこと、彼の覚悟に答えねばならぬと。
「……分かりました。……待っててください!!」
「ガロトさん……!! まだまだ、修業つけてもらいますからね!!」
「ああ。また後で会おう……!! 約束だ……!!」
ガロトの『覚悟』を胸に。
翔英とリュノンとミネカは山の出口に向かって走り出した。
「――――全員、逃がすわけないだろう」
戦場を抜け出そうとする三人を潰そうと接近するラスドラーゴ。
すぐさま、ガロトが割って入り、ラスドラーゴの攻撃を受け止めた。
そして、ラスドラーゴの顔面にサマーソルトキックをくらわす。
「ぬう……先程と動きが別人のようだ。……お前、さっきは本気を出してなかったのか?」
「まさか、ずっと本気だったよ。……ただ、君があれを壊したことで、私の本来の力が戻っただけのこと」
ガロトはマフラーを指差し、驚きを見せるラスドラーゴに教えた。
彼は数秒で理解する。
「……なるほど、そういうことか。あれは、お前自身のエネルギーで作り出しているもの。お前のもとから離れたことで、あれに使っていた分のエネルギーが戻ったというわけか」
「そういうことだ。……そう簡単に私の命はくれてやらんさ」
ラスドラーゴの動きを牽制し、無事三人が見えなくなったのを確認するガロト。
「……この私が標的を取り逃がすとはな。……まあいい、お前相手なら、少しは楽しめるかもしれん」
「来い。ラスドラーゴ」
対峙する二人。
どちらも強者。
ガロトは使命を全うするべく、戦いに挑む。




