第二十三話 『現れたモノ』
「……!! 誰かが近づいてくる……!!」
動きを止め、リュノンは何者かの接近を感じ取る。
ジックルもまた、武器を構えながら、出入口の方に目を向けている。
「リュノン!! ガロトさんたちが来たんじゃないか!?」
ガロトの登場に期待を寄せる翔英。
しかし、リュノンの予想は違っていた。
「……いや……この感じ……近づいてくるのは一人だ……! それにこの足音はガロトさんのとは考えにくい……」
確かに近づいてくる足音は、カツーン、カツーンという革靴のようなものだ。
ガロトのものとは違う。
そして何より、嫌な気配がする。
「じゃあ……一体誰なんだ……?」
「さあ……でもあんま良い予感はしねえな」
足音がすぐそばに近づいてくると、ジックルの表情が一変した。
明らかに焦りを見せており、動揺しているのが分かる。
そして、その足音の持ち主は姿を現した。
――――そのモノは、赤と黒のゴシックドレスに身を包み、ピンク髪をツインテールにしており、リボンと花のついた髪飾りをつけている、いわゆるロリータファッションが印象的な女の子だった。
一見、可愛らしい欧州の少女に見えるが、耳の尖り具合、そして彼女が放っている禍々しいオーラから只ならぬ雰囲気を感じさせている。
彼女が登場したことにより、翔英とリュノンの間にピリピリと緊張した空気が走り出す。
それは、ジックルも同様だった。
「お帰りになられましたか……!! レウラ様……!!」
ジックルが彼女を出迎え、深々と頭を下げながら挨拶する。
その様子を見た翔英とリュノンは、自分たちの状況がさらに悪化したことを確信せざるを得なかった。
今から一矢報いようとしていた強大な魔物が、突如現れた女の子に頭を下げているのだから。
そして、二人はレウラという名にも引っかかる。
ステップラーやルラールとの戦いの最中、何度か耳にした名だ。
レウラとジックルの様子をただ見ていることしかできない翔英とリュノン。
今動くのは、かえってまずいことを直感していた。
「…………ジックルよ、さんざんじゃな。わらわが出ていた間になんてザマじゃ」
レウラはその見た目通りの、可愛らしい幼い声で話し始めた。
しかし、その言葉には、ジックルが恐怖するほどの危うさが隠れている。
「――――ここを聖鳳軍に見つけられただけでなく、四人も戦力を失うなど」
「……え? ……四人ですか……!? …………まさか……」
「そうじゃ。ハサミとグーリュも死におったぞ。……まったく、そんなことにも気づかなかったのか……」
再び頭を深々と下げるジックル。
その様子は、怖い感じのおじさんがお嬢様のような少女を恐れて謝罪を繰り返すという異様なものだった。
「……す、すいません……!! 私としたことが……!」
「……ステップラー、ルラール、グーリュ、ハサミ…………ここの戦力を一日で全てなくしてしまうとはの。全く、なんて日じゃ」
レウラが不機嫌になっているのを感じ取ったジックルは慌てて謝罪と提案をする。
できるだけレウラを怒らせないように。
今にも爆発しそうな爆弾に衝撃を与えないように。
「……この件は全て……副官である私の責任です……!! ですので、私がここにいる二人と、ハサミとグーリュを殺した聖鳳軍を必ずや倒して見せます……! レウラ様はゆっくりお休みなさってください……!」
グーリュは再び鎌を取り出し、敵の殲滅を上司に進言する。
しかし、
「いや、確かにそなたの責任じゃが、それは却下じゃ」
レウラはジックルの提案を受け入れない。
「え!!? なぜです!?」
「ジックル、そなたはこのことを本部の連中に伝えてくるのじゃ。我が軍の四人の兵士が死んだこととこの場所が見つかったことをのう。――――この者たちの処分は、わらわが行う」
「な……! レウラ様自らですか……!? ……お言葉ですが、わざわざレウラ様が出なくても、私一人で十分だと思いますが……!」
レウラはジックルに睨みを利かせ、
「いいから! そなたは早く伝えに行くのじゃ!! これ以上の口答えは認めんぞ!!!」」
と彼をせかした。
「は、はいっ……!! 分かりましたあっ……!!」
年下の上司に怒られたジックルは、慌てて洞窟を飛び出していった。
レウラは翔英たち二人の方を見ると、彼らに言葉を掛ける。
「そなたら、話は聞こえておったろう? 予定変更じゃ。わらわがそなたらの相手をする。」
「……ああ……分かった……」
黙って見てることしか出来なかったリュノンは、ようやく口を開くことができた。
翔英もまた、ゆっくりとリュノンとレウラを見ることしかできずにいる。
彼女が醸し出す底知れない恐怖は、翔英を地に縛り付けた。
「さっきはジックルと一人でやるつもりだったのじゃろう? わらわにそんな遠慮はいらんぞ。そなたら二人でかかってくるのじゃ。その方がかえって手間もはぶける」
レウラは余裕の笑みを浮かべ、二人の戦士を挑発する。
リュノンは彼女の笑みに答え、
「……!! そうか……じゃあ、遠慮無く二人でやらせてもらうぜ……」
と戦いの準備に入る。
翔英は何とか身体を起こして、リュノンと合流した。
「――――なあリュノン。二人で戦えば勝機はありそうか……? あいつがやばいってことは、ビリビリ感じてるけど……」
「………言いにくいが、まずないだろうな……あのジックルって魔物の怯え様に加え、あいつから放たれる、胸に刃物を突き立てられてるようなこの圧。俺たちの勝機を砕くのに十分だ…………だからショウエイ! できるだけ戦いを長引かせて行こう……!! ガロトさん達が来るのに望みを託してな……!!」
「分かった……お互い、こんなところで死ねないもんな……! ……やれるだけ、やってみようぜ……!!」
短剣を構えるリュノン。
赤く輝く剣を持ち上げる翔英。
二人は戦闘態勢へと入った。
「……準備はできたかの? さっさと始めたいのじゃが」
「おう! 準備完了だぜ!! ……ショウエイ、まずは俺が先に行く。お前は様子を見ててくれ。じゃあ、無理すんなよショウエイ!!」
リュノンは単身、強大な敵の元へ飛び出していった。
翔英は後衛で敵の出方を見る。
分析好きの翔英にはもってこいの仕事だ。
「――――わらわに無策で近づいてくるとは、愚の骨頂じゃな」
「いや、無策じゃねえぜ! これを見やがれ!!」
リュノンはお得意の分身魔法を発動。
その数は三人となった。
「(まずは三人だ……さあ、お前の力を見せてもらうぜ……!)」
本体は持っていた短剣を構え、分身二人はレウラを囲むようにして襲い掛かる。
レウラを切り裂こうと接近するリュノン。
対峙するレウラは全く動揺することなく、リュノンに右手を伸ばしたのだった。
「(な、なんだこの手……! なにかやべえ……!!)」
レウラの右手から異常な気配を感じ取ったリュノン。
レウラから離れようとするも、一瞬で距離を詰められ、首を掴まれてしまった。
「……わらわの右手に感づくとはさすがじゃ。……じゃが――――もう勝負はついてしまったの」
「え………?」
レウラは首を掴んだ右手をすぐに離した。
しかし、その光景を見た翔英はあまりの衝撃に絶句する。
リュノンが全く動いていなかったのだ。
指も目も髪も、文字通り完全に動きが『停止』している。
レウラの背後に回っていた、分身二体も同様に。
「――――さて、終わりじゃの」
動かないリュノンの首を切断しようとするレウラ。
翔英は彼女に恐怖すら抱くことができなかった。




