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第一話 『再始動』

「――――あれ……? ここは……?」


 意識を取り戻した翔英の視界に、壁のような巨大な木々が映り込んだ。

 見渡す限り、木、木、木。

 自分のいる場所が広大な森林だと認識するのに、時間はかからなかった。


 「いやどこ……? ここ? ……確か俺バイト行こうとしてて………はっ!」


 翔英は通勤途中、轢かれたことを思い出した。

 しかしなぜ、自分がこんなところにいるのかを理解することはできなかった。


 「夢……にしては、感覚がはっきりしすぎてるな…… それに……」


 青年は自らの全身へと目を移す。

 そこには、黒のパーカーにズボンにネックレスという、勤務先へ向かう際に着用していた服一式があった。

 なにより不思議だったのは、轢かれた記憶は確かに存在しているのに、痛みが全く感じられないことだった。


 「…………よし」


 とりあえず翔英は周りを歩いてみることにした。


 彼がたどり着いた答えは、「天国に飛ばされた」だった。

 

 現世にやり残したことは数えるくらいに浮かんでくる。

 初めのうちは現世に儚い思いを寄せていたが、考えているうち「なっちまったものはもう仕方ない」と、そんなふうに思うようになった。

 天国にしては随分としんどい景色だと感じたが、生前特に悪事を働いたわけでもないので流石に地獄行きはありえないと思い、天国ではあるけど中心から離れた、あまり手入れされていない場所だと考えた。


 肉体があって、しかも自由に動かせることが嬉しかったのか、不思議と落ち込んではいなかった。


 「もしかしてめっちゃ良いことしてたらもっと近くからスタートできたんじゃね?」


 そんなことを考えながら、森の中をトボトボと歩いていると……


 「おっ! 光だっ!」


 木々の間から、微かな太陽の光が差し込まれているのが確認できた。やっとこの森林から抜け出せると胸をなでおろし、自然に駆け足となっていく。

 

 だが。


 「痛え!!」

 

 すっ転んだ。

 急ぐあまり、地面に蔓延っている枝や蔦を見落とし、滑ってしまった。


 「っつつつ……! ちくしょうツイてねえ……! てか死人なのに痛みあんのかよ!」


 幸い、少し膝を擦りむいただけだった。若干出血しているものの、歩くのが難しいようなケガではない。

 足を引きずりながら光の差す方へと向かっていく翔英。

 

 「やっと着いた……! ってあれ……?」


 飛び出した彼の眼前には道が続いていた。

 正確に言うと、目の前には壁、左右を見渡すと先の見えない道が広がっていたのだ。


 「……まじか……」


 あまりにショックな光景に弱音がこぼれ、青年はその場に座り込んでしまった。

 ゴールが近くにないと分かった途端、擦りむいた痛みが急に増してくる。

 

 

 空は青い。


 

 彼はゆっくりと目を閉じた。

 

 家族や友達と過ごした、生前の思い出が浮かび、思わず涙がこぼれてしまう。

 そして、思い起こさないようにしていた「何かを成し遂げたかった」が「何も成し遂げられなかった」ことを再び悔やんだ。

 

 そのまま、いじけた小さな子供のように丸くなってしまった。

 

 天国にも地獄にも行けない自分に嫌気がさして。




 「――――あら? どうなされたのですか?」


 どのくらい時間が立っただろう。

 もう立つ気力すら失われていた青年の耳に、聞き慣れない、だが、心地よくなるような、温かい声が届いた。

 頭を上げると、美しい金に光る長髪をなびかせ、透き通るような瞳をした、優し気な顔立ちの少女が、しゃがみながらこちらの顔を覗いていた。


 「こんなところに座り込んで…… 具合でも悪いのですか?」


 呆然とする翔英に対し、心配の声を再び掛ける少女。

 現世では会ったこともないような、美しい少女だ。


 「(……あれ、この子が天国への案内人ってやつか? ……うん、このビジュアルだもんな、きっとそうだ)」


 そんなことを考えながら、翔英は口を開いた。


 「あ……あの……ここって天国ですよねえ? なんかそれにしては殺風景なところですが……」


 翔英の言葉を聞いた少女は首を少し傾げ、

 

 「……天国? いえ、ここはダイカという国ですわ。都市からは大分離れた場所ですけど」


 「……ダイカ? (っていうか日本語通じてよかったあ……)」

 

 頭を悩ませる翔英に対し、白と黒の衣装に包まれた、おとぎ話のお嬢様のような出で立ちをした少女は声を上げた。


 「大変! ケガをしていますわ!」


 膝のあたりが破れかけていたこともあり、先ほど擦りむいたケガに少女は気づいたのだ。


 「えっ? あーこれ、さっきちょっと転んじゃって、まあでも全然大丈夫なんですけどね……!」


 「少々お待ちくださいませ。すぐに治療いたしますわ」


 そう言うと彼女は、ケガをしている翔英の膝の前に、自身の両手を掲げた。


 すると……


 彼女の両手から何やらエネルギーのようなモノが発せられ、翔英の傷がみるみるうちに引いていった。


 「えっ! 何今の!?」


 目の前で起こった不思議な現象の前に、翔英は驚嘆の声を上げる。

 何度も、見たことはあった。

 ただ、それは現実以外でだ。


 「回復魔法ですわ。お痛み引きましたでしょうか?」


 咄嗟に出た翔英の問いに、穏やかな微笑みを浮かべながら少女は答えた。

 その微笑みだけで、膝のケガなんて治りそうだ。


 「……あっはい! すっかり引きました!ありがとうございますっ!!」 

 

 感謝の言葉を述べ、翔英は考える。


 「(今のあれ、あれだよな……! そう! 魔法……! ここ天国じゃないって言ってたし、魔法があるってことは……!まさか!!)」



 「(『異世界』か……! ここは……!!)」


 翔英はようやく、自分が置かれた状況について理解することができた。

 彼女の方をよく見ると、それは確信に変わる。

 どうりで、体験したことのないような美しさな訳だ。


 「ならよかったですわ! 

  ――――ところで、ここでなにをしていらしたのですか?」


 「……俺……いや私、旅の者なんですが、道に迷ってしまって、その上ケガをしてしまったので、少し休憩していたところだったんです。さっきはちょっと寝ぼけて、天国とか言っちゃったんですけど……」


 彼は今思いついたそれっぽい説明を並べた。

 昔から言い訳やごまかしは病的に上手かった。

 特技の一つに挙げていいほどに。 


 「あら、そうでいらしたの」


 そんな会話をしながら、翔英はあることが気になり、考えを巡らせていた。


 それは、この異世界転移が、チート能力を手に入れ無双を楽しむことができる

 いわゆる「俺tueee」なのか。

 それとも、無双する力など与えられないのか、ということについてである。


 彼、来生翔英は漫画・アニメ・ゲームなどの知識は豊富だった。

 幼いころからサブカルチャーに囲まれて育ち、物心ついた時には「かめはめ波」の練習をしていた。

 そんな彼だからこそ、異世界へ行ったからって楽なことが待っているのは確実ではないと自身の今後について危惧していたのだ。

 まあ、そんな不安も、目の前に現れた美少女の前にはすぐ薄らいでいくのだが。


 「……あの……助けてくださりほんと、ありがとうございました」


 とりあえず彼女とこの世界のことを知りたい翔英は会話を続ける。


 「いえ、わたくしたちは人々をお守りすることがお仕事ですので。……あっ自己紹介がおくれましたわ! わたくし、ミネカ・ベルギアと申します。」


 「あ……俺、来生……いや………ショウエイ・キスギです」


 彼女の名前を聞いたことで、咄嗟に海外バージョンで名乗る。

 

 直感した。

 さすがにミネカがファーストネームだと。

 ならばこちらも、それくらいのルールは合わせよう。

 

 それにしても、その容姿にぴったりの可愛らしい名前だ。


 「……えっと……ところで、ミネカさんは何をしていたのですか?」


 「あら、そんなにかしこまらなくてもいいですわ。それに呼び捨てでも構いませんよ」


 そんな丁寧な言葉で話されたら、こっちもそうならざるをえない。

 内心そう思った彼の質問にミネカは答えた。


 「わたくしは、国をお守りしている『聖鳳軍(せいほうぐん)』に所属しておりますの。それで、軍から命令を受けて、この辺りを調査しに来たのです」


 「えっ!! ミネカさん軍人なんですか!? それに調査って……?」


 数秒前のミネカの言葉を忘れて、翔英は驚きの言葉を返す。


 「はい。どうやらこの辺りで、強い『邪気』が感じられたらしく、わたくしともう一人の方と一緒に調べに参ったのです」


 「もう一人」だとか「邪気」だとか「聖鳳軍」だとかについて聞く前に、二人の耳に男の声が入ってきた。


 「おーい ミネカさーん! そっちはどうですかー!!」


 声の方を振り向くと、手を振りながらこちらに走ってきている、若い男の姿が見えた。

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