第十六話 『格の差』
――――二体の魔物と相対する、ガロト・クラーニク。
挑発ともとれる彼の言葉を受け、魔物は声を荒げた。
「――――てめえ一人でだと!? ふざけやがって! 俺たちを甘く見るんじゃねえ!」
「だからうるさいってのハサミ! …………しかしなるほど、『一軍とは何か』……か。どれほどのものか楽しみだぜ。だがな、俺たちの目的は貴様ら二人の命なんだ。お前たちの両方が、聖鳳軍である以上な……悪いが、女の方も狙わせてもらう。行けハサミ!!」
グーリュの命令を受けて、巨大な爪をミネカに向け飛び出すハサミ。
しかし。
ミネカの前に立ちふさがったガロトのマフラーが爪を弾き飛ばした。
「……言っただろう。お前たちの相手は私がすると……」
先制攻撃を防がれ、怯む甲殻類。
背後のグーリュもまた、目を大きく開き驚いている。
「な、なんだ今のは!? 奴の首に巻かれてるもんが伸びてきやがった!! ち、ちくしょう!!」
再び突撃するハサミ。
しかしガロトの防御の前にまた弾かれる。
「ちっ! なんなんだよそれ!!」
ミネカに攻撃すら出来ず、苛立ちを隠せない。
後ろでその様子を見ていたグーリュは、
「……あれがやつの能力か…………おいハサミ! 一旦そこで止まってろ。俺が出る」
と、ハサミに命じた。
選手交代。
ガロトの防御を崩すため、グーリュの方が攻撃を仕掛ける。
「どの道、貴様のそれを崩せなければ後ろの女に攻撃することすらできないようだからな。貴様から片づけてやる。…………まずは、その守りを破らせてもらう……!」
ガロトに拳を振るうグーリュ。
これまで通り、彼のマフラーが立ちはだかる。
「かかったな!!」と、ドヤ顔で叫ぶグーリュ。
なんと、グーリュの両手がマフラーの両端にくっついたのだった。
――――魔物にはそれぞれ『魔能』と呼称される固有の能力がある。
魔物と相対した際には、この魔能について見極めながら戦いに臨むことが基本戦術となっている。
今、グーリュが見せたのがまさに『それ』だ。
「はっはっはっはっ! どうだ見てるよな!? さあハサミ! 今のうちにこいつの顔面を切り裂いてやれ!!」
「さ、さすがだぜグーリュ!! よっしゃあ!! 行くぞ!!」
グーリュの後方から、ハサミのはさみが無防備になったガロトの首に襲い掛かる。
――――だが、
グーリュが勢いよくふっとんだのだった。
ガロトの右ストレートを顔面にモロに食らったのだ。
ガロトのマフラーを止めるのに両手を使っていたため、無防備になっていたのはグーリュも同じだった。
だが、動きを封じることができたのはあくまで彼の『マフラー』だけ。
両手を封じることはできていなかった。
――――ガロトはさながら、四本の腕を持っているかのようだ。
グーリュは数十メートルは吹き飛び、キノコの入った籠をひっくり返しながらダウンした。
「な、なに!!? そ、そうか……奴のあれを封じても、次は腕が伸びてくるってことかよ!! ……この!! ……こうなったら、正面突破しかねえな!!」
ハサミが突っ込む。
横歩きではなく、前に。
手のハサミを広げながら、ガロトの鋼鉄を誇るマフラーを叩く。叩く。
「はっどうだ……!! 俺のハサミはキノコも一瞬で採れるんだぜ……!! こうやって叩いてれば、そいつもいつかは砕けるだろう!!?」
「…………もう止めたほうがいい」
「今更降参なんて……!! 遅すぎるぜっっっえええ!!??」
蟹の絶叫が山にこだまする。
ハサミのはさみがボロボロに砕け、手が崩壊したのだった。
「ぎゃあああああ!! おっ、おれの……! おれのうでがあ!!」
「だから言っただろ」
『防御は最大の攻撃』をモットーとするガロトの前には、生半可な攻撃は自らを殺すだけなのだ。
圧倒的な力量の差を見せつけ、蟹の魔物に引導を渡そうとする。
そんな大ピンチの中ハサミは、「……くっくっくっくっあっはっはっは!!」とアホみたいに大笑い。
「……トドメかあ、そうかあ、そりゃあ無理だなあ!! 俺の体の殻は硬い甲羅で守られている!! 生まれてこの方、傷一つついたことねえのよ!! ざあんねんだが、お前もおれを倒せねえってわけよ!!! あっはっはっはっはっは………………はあ!??」
一撃。
ガロトの拳が敵の甲羅を貫いた。
攻撃の硬さも防御の硬さもガロトの方が数段上手だったようだ。
そもそも『格』が違い過ぎた。
「がっ……! がああ嘘だろお……!! ……いつも通り……キノコを採って帰るだけの……なんでもない一日だと思ってたのによ……! こ……こんなところでえ、し……死ぬなんて……! …………確カニ、一軍……とん……でも……ねえ……」
――――ハサミは倒れた。
数秒後、その肉体は跡形もなく消滅した。
人間とは異なり、死した魔物の肉体は原型を留めず消え去るのだ。
ガロト・クラーニク、一軍。
全く苦戦することなく、遭遇した魔物に勝利したのだった。
「さ、さすがですわガロトさん!! やはり、あなたの強さはとんでもない!!」
「さて、次はもう一人の方か……」
木の陰ではしゃぐミネカを他所に、次なる戦いに目を向けるガロト。
彼の視線の先には、起き上がったグーリュがものすごい形相でこちらを向いているのが見えた。
「なんだよなんだよ!! 散らばっちまったキノコを集め直していた間に!! ハサミの野郎やられちまったってのかあ!!? ……ち、ちくしょお……思えばあいつとも長い付き合いだったなあ…………いやあんま思い出ねえな…………全然悲しくねえ…………まあいい!! 弔い合戦と行こうじゃねえか!!!」
グーリュは内心怒っていた。仲間を殺されたことにではない。
なすすべもなく『負けた』ハサミに対して。
そして、明日からの仕事がハサミの分も増えることに対して。
――――彼ら魔物にも仲間意識は存在している。
それは部下に対して、上司に対して、同僚に対しても同じである。
しかし、そんな彼らの多くはあるモノを重要視しているため、歪んだ仲間意識となることがほとんどだ。
それは『絶対的な強さ』である。
彼らの価値観において、強さほど信頼に足るものはない。
グーリュもそうだ。
彼はハサミの強さを信用したため、ハサミと行動を共にすることを選んでいた。
だが、ハサミが敗北者となった途端に、グーリュのハサミへの仲間意識は消え去った。
グーリュが仲間のために怒れなかったのも、この価値観によるものなのだ。
――――しかし、本当に恐ろしいのはこの価値観に縛られることなく、仲間の敗北を受け、敵に対して怒れる魔物がいることだ。
強さ以外の指標を持つ魔物は、さらなる高見へと登ることになるだろう。
「――――弔い合戦か。悪いが、それは成功しないな。お前では、私の守りは崩せない」
「はっ! 言いたいこと言ってくれるじゃねえか! だがな、この俺がなんにも考えずにただキノコを拾ってたと思ってんなら大間違いだぜ……!! ちゃんと対策は用意してあんのよ!!」
グーリュはゆっくりとガロトの方へ足を進める。
対するガロトは一歩も動くことなく、敵が近づいてくるのを待ち構えている。
「(さっきは奴のあれで手がふさがっちまってカウンターを食らった…………ならば!! 『あのやり方』で奴のあれを奪ってやる……!! そうすりゃあ、すっかりがら空きになった野郎の体をぶっ潰せるぜ……!!!)」
「(おそらく、この魔物の能力は物体を吸い付かせるものだろう……どんな攻撃を出すのか見極めなくてはな……)」
ガロト対ロッツ山の魔物。
――――第二ラウンド、開始。




