89 影で暗躍するタイプ
それから二年が過ぎ、本日はカノンの卒業式である。
領地が遠かったり、当主が邸を開けるわけにはいかなかったりと、入学式、卒業式共に親が参列するという家は少ない。そのため辺境に近い場所に領地を持つクライスラー子爵家も例に漏れず両親の出席はない。
「フェイ!」
後の予定もあるためどうせならと、お忍びで卒業式に参加していたオルフェウスを見つけ、カノンは彼に駆け寄った。被っていた帽子をスッとあげ、オルフェウスはカノンに笑顔を向けた。
「やあ、カノン、卒業おめでとう!」
王弟子息であるオルフェウスは私生活が謎に包まれており、在学中も学園と公式の場以外に現れることはなかった。その為学園を卒業し、公式行事で遠目から見る以外で目にすることが出来なくなった王族の登場に、すれ違いで入学してきた一年生は浮き足だった。この機会を逃せば、近くで彼を目にすることなど無いかもしれないのだ。
学園内で二、三年前までは横行していた『属性数が多い方が偉い』という考え方は、アイネが失脚し一属性(と思われている)のミレイユが王太子の婚約者になったことで、急激に爵位こそが重要という考え方にシフトされてきている。
しかも一年前に宮廷魔法師が学会で発表した複合魔法についての論文で、貴族たちの使える魔法の幅が広がってきたこともあり、今の一年生にとっては三属性持ちで魔法科とはいえ、子爵令嬢でしかないカノンは取るに足らない存在になっていた。
在学中に面識があったとはいえ、子爵令嬢が言葉を交わせているのだ。自分たちもオルフェウスと話すチャンスがあるかもしれない。そう思った一年生は皆、そのチャンスを狙ってオルフェウスとカノンを遠巻きにしていた。
「そこをおどきになって」
その時、人垣の向こうからそんな声が聞こえ、二人を遠巻きにしていた生徒たちがさっと避けた。そうして出来た一本道を通る、仕立ての良い制服に身を包んだ可愛らしい女生徒が真っ直ぐオルフェウスの方に向かって歩いて来た。
「お久しぶりです、オルフェウス様。あたくし、ナハトムジーク公爵家のアリアですわ。幼い頃にご一緒したことがありますのよ」
優雅にカーテシーをして見せ、アリアは当然覚えてらっしゃいますわよね、と言わんばかりに、にっこりとオルフェウスに笑いかけた。
その愛らしさに周囲からはため息が漏れ、きっとオルフェウスもカノンとの会話を打ち切り彼女と話すのだろう、そうすれば自分たちがオルフェウスと言葉を交わすチャンスは巡ってこないだろうと、他の生徒たちを落胆させた。
「ナハトムジーク公爵令嬢、他人の会話に割り込むことも、許可なく人の名を呼ぶこともマナー違反だよ。幸い君はまだ一年生だ。学生であるうちに正しくマナーを学び直しなさい。ではカノン、行こう。約束の時間に遅れる」
しかしオルフェウスはアリアに温度のない視線を向け軽く諭すと、カノンを促しその場を立ち去ろうとしたのだ。
「お言葉ですがオルフェウス様。そちらの方は子爵令嬢かと存じます。そのような方が貴方の愛称を呼んでいるのに何故公爵令嬢たるあたくしが貴方の名を呼ぶことが許されませんの?
それにあたくしもオルフェウス様に是非「アリア」と名で呼んで頂きたいのですわ」
恐らくアリアは自身の肩書と容姿に絶大な自信があるのだろう。「ふふっ」とほほ笑むと、オルフェウスに一歩近付き、カノンから引き離すためか、さりげなくその腕を取ろうとした。
(あ~・・・)
カノンはしまったと思った。
二年経った今も変わらずフェイとソラは共に冒険者として活動している。そのため、貴族として適切な距離を取っているつもりでも、やはり他人から見れば気安いものに感じ取れるようだった。
しかもオルフェウスの在学中は注意して「ブローグ様」「クライスラー子爵令嬢」と呼び合っていたが、オルフェウスが卒業して学園で会うことも無くなり、ここ一年は「フェイ」と「ソラ」としてしか接していないため、いつも通り愛称で呼んでしまったのだ。
アリアが『オルフェウスが卒業式にお忍びで列席している』という情報を得たため会場内を探していると、不自然な人だかりが出来ている所を見つけた。きっとあの中心にオルフェウス様がいるに違いないとアリアは思った。
幼い頃にオルフェウスとは何度か面識があった。初めて会った時から好意を持っていたが、アリアより美しく可愛らしくもあるその容姿に気後れし、他の令嬢に同調して思ってもいないことを口にしたこともある。
しかし幼い子供が好きな人に素直になれないなどよくある話。
背も伸び、美しさを残しつつも男らしく成長を遂げたオルフェウスと、美しく可憐に成長を遂げたアリア──。お互い婚約者がいない身だ。
オルフェウスが社交界に姿を現すことはなく、成長してから会う機会はなかったが、会うことさえできれば、意気投合し、その話はトントン拍子に進むものと思っていた。
会うことさえできれば──。
だからこのチャンスを逃す訳にはいかないのだ。
そう思ってアリアがオルフェウスの腕に手を伸ばした時、周囲の喧騒が消え、みんなの動きが止まった。
まるで、時が止まったように。
★★
「な、に・・・」
「時間がない、手短に言うからよく聞いてくれ」
誰も、舞い落ちる花弁さえ動かない空間で、アリアともう一人動いている人物がいた。
「オルフェウス、様?」
「さっきも言ったが僕がいつ、君に名を呼ぶことを許した?」
「でも、子爵令嬢が愛称を呼んでも許して・・・」
そう、子爵令嬢ごときが愛称を呼ぶことが許されているのだ。公爵令嬢であるアリアなら、許可がなくとも名を呼ぶことくらい許されるはずだと──
「君はさっきから見当違いなことばかり口にして・・・公爵令嬢のくせに理解力がないのか?
僕はいつ、君に名を呼ぶことを許したかと、そう聞いているんだ。やはり常識を持ち合わせないものは人の話を聞かない!」
オルフェウスが吐き捨てるように言った。子爵令嬢に話しかけるときは暖かい笑顔であったオルフェウスの相貌が、冷たく、感情の無いものに成り果てている。
「いいか、一度しか言わない。これは忠告だ。
属性数は確かに人の優劣を決めるものではない。しかし爵位も人の優劣を決めるものではないのだ。
公爵は君ではない。公爵は君の父親であり、それを引き継ぐのは君の兄だ。そしてその地位に見合うだけの働きをしている。
君のようにただ公爵家に生まれただけで優越感に浸り権力を振るう。そういう者を人は好まない。
邸に帰ったら公爵に聞け。学園から姿を消した侯爵令嬢の末路を。そして権力に溺れ身を滅ぼした隣国の王族の話を。
無知は罪だ。自身の無知を棚にあげて、何も知ろうとはせずにカノンに悪意を向けるなど、言語道断だ。
君が『公然の秘密』を知るに足る素養を身に付けたとき、全てを知ることになるだろう。
家に迷惑をかけ身を滅ぼす前に自分の行いを悔い、爵位に見合った常識を身に付けるんだ。
それまで僕らの前に現れるな。
勿論カノンに手を出そうものなら──」
「あ・・・」
★★
周囲に喧騒が戻った。
目の前にはアリアに背を向け立ち去ろうとするオルフェウス。
夢、だったのかしら。とアリアは思った。
「オル──」
オルフェウス様と呼び掛け、一瞬あの冷たい瞳と目があった。
夢ではないのだ。
時を止める魔道具など聞いたことがないけれど、確かにあれは現実だったのだ──。
(あ~、フェイったらまたやっちゃったのね)
急に顔色の悪くなったアリアの様子に、カノンはそう思った。
オルフェウスは天才だ。
ある日『カノンの空間魔法の魔力』が欲しいと空の鉱石をたくさん持ってきた。
なんとその魔力から時間停止の要素を含んだ魔力だけを取り出し、時間停止の魔道具を作ってしまったのだ!
カノンの収納に時間停止機能があることから着想を得たらしい。
一度、その空間に連れていって?貰ったが、自分たち以外の者の時間が停止した中々興味深い世界だった。──収納と逆の世界。
元々オルフェウスは正義感が強く、公正な人物だ。そんな彼がオベルトに出会い振り回されたことで色々思うところがあったのだと思う。
オルフェウスは自分の発言の重さを知っている。いくら立場を弁えない、貴族としても人としても常識の無い言動をする者であっても、衆人環視の中で王族である自分が苦言を呈すれば、その者の瑕疵になると考えているのではないかとカノンは思っている。
だから、誰にも聞かれないところで、厳しく、そして優しく諭しているに違いない。
オルフェウスは物語の登場人物のように、『ざまぁ』を望まないのだ。
時間停止の魔道具を使ってオルフェウスがやっていることは兼ねがねカノンの想像している通りだ。しかし、いつも最後に同じ釘を刺していることをカノンは知らない。
メサイアの件といい、今回の件といい、オルフェウスは物語の登場人物のように表立って『ざまぁ』は望まないが、物語の登場人物でよくある影で暗躍するタイプなのかもしれない。




