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88 原状回復

「バーンスタイン王国の王都に『原状回復』を掛けに行きたいの」


それは隣国の元国王から出され、当時王太子であったフォスターに取り下げられた依頼だ。それでなくともオベルトや釣書の件では手を煩わされているのだ。フォスターが取り下げなければオルフェウスが突き返していただろう。


「死傷者が出なかったとはいえ王都が全くの無傷で終わったわけではないでしょ?」


だけど王城と貴族街は無事なのだ。被害に遭ったのは王都の端。一般市民生活区域だ。


「今回の責任の所在は完全に王族と元宰相、それに(くみ)した貴族にある。彼らは責任をとるためにも、自力でなんとかする必要があるんじゃないか?

あの場にいた全員に回復魔法を掛けただけでもソラは十分あの国を救っている」


「わたしだって貴族街や王宮が被害にあっているだけなら何もいわない。

だけど!

あれからそんなに経ってないのに、当主ではないとはいえ一部の貴族が隣国のパーティーに出席する余裕があるのには納得がいかない!!

あのフェイに執着していたような気持ち悪い公爵令息も、こんなところに来ている暇があるなら自国でなにか出来ること探しなさいよって感じでしょっ!?


それに一般市民はこれっぽっちも悪くないでしょう?

今は第一王子が王位についたばかりで復興もままならないと思うの。王族の都合で一般市民がこれ以上不自由するのは違うと思うの」


まぁ、カノンならそう言うだろうとなんとなく思っていた。

フェイの気持ちが緩んだのを察したのか、カノンが両手を合わせて拝むように言った。


「お願い!まだ一人では転移魔法を上手く扱えないから、バーンスタイン王国に着いてきて!」


多分カノンはそう言い出すだろうと思っていた。

オルフェウスはその申し出を条件付きで了承することにした。






「オルフェウス・ブローグ大公子息、そして冒険者ソラ殿。その節はオベルト元第二王子が申し訳なかった」


先触れがあったとはいえ、王宮前に突如現れた二人に、バーンスタイン王国の騎士が一通り大騒ぎした後、オルフェウスとソラは王宮の応接間に通された。


そこで行われた非公式の謁見で、国王となったフォスターは二人に頭を下げた。


「一国の国王が非公式とはいえ頭を下げるべきではないと思いますよ」


「ソラ殿──いや、クライスラー子爵令嬢には詫びても足りないほどの迷惑を掛けた上に、辺境を助けて貰った。しかも今回王都の復興まで・・・私の頭ですむのならいくらでも下げよう。なにか望みがあれば出来る限りのことをさせてもらう」


「もちろんそのつもりです。お願いしたいことがあります」


オルフェウスはソラにバーンスタイン王国行きを了承する代わりに、『オルフェウス』として同行するという条件を付けた。そして、ファランドール王国から正式にバーンスタイン王国を訪問することも。


「冒険者ソラが王都周辺を『原状回復』する代わりに、金輪際『冒険者ソラ』と『カノン・クライスラー子爵令嬢』に関わらないことをバーンスタイン王国の王侯貴族たちに約束させてください。それが条件です」

「あ、『冒険者フェイ』にも、です」


オルフェウスが自分のことを言わなかったため、ソラが付け加える。




その一時間後。ソラは白龍と戦った王都の門前に来ていた。あの時とほとんど変わっていない。予定外に国王の退位と王太子の即位。第二王子の幽閉などが決まったとはいえ、全く復興が進んでいないようだった。

『原状回復』を終えたらすぐに帰宅する予定と聞いているため、ソラに接触するにはこの機会しかないと、主だった貴族たちが見物に来ているのが見えた。パーティーで見かけた令息がチラホラ見える中、一番手前に公爵であろう男性と共に立つ、メサイアの姿を発見した。


オルフェウスはそちらに歩み寄ったためソラもそれに続く。何を考えているのかオルフェウスはメサイアの父であるローエングリン公爵に話しかけた。


「失礼、もしやあなたはローエングリン公爵ですか?」


オルフェウスに話しかけられた公爵は、慌てることなく話を合わせた。


「これはこれは、ブローグ大公の御子息に見知って頂いていたとは鼻が高いですな」


公爵と二、三言葉を交わした後、オルフェウスは敢えてメサイアに話を振った。


「こちらは公爵の息子さんですか?」と。


メサイアは先日の出来事を覚えていない。

しかし、オルフェウスは覚えているのだ。

こちらを不快な気持ちにさせただけでなく、魔法を纏わせた手でソラを殴ろうとした癖に、傷だけでなく痛みの記憶すら消えたなんて許せなかった。


「はい。先日の戦いの際、私も、前線ではありませんでしたが息子もあの場にいたのです。ソラ殿と共に戦えて光栄でした。

さあ、メサイア。()()殿()()ご挨拶を」


あの時メサイアは「父が目を掛けているからといって」とソラに言っていた。おそらくローエングリン公爵はソラかフェイのどちらかをメサイアの妻に迎えられたら──などと思っているのだろう。他国の冒険者を公爵家の妻になど・・・一体何を目論んでいるのか。


「あぁ、失礼、埃が・・・」


オルフェウスがそう言ってメサイアの胸ポケットの辺りを叩いた。


「・・・」

「おい、メサイア、何をボーッとしている!──お手を煩わせて申し訳ありません。

あぁ、ソラ殿。メサイアはあなたのファンなのです。きっとあなたを前にして緊張しているのでしょう」


動かないどころか口も開かず、隣国の王族に頭も下げない息子の姿に焦り、ローエングリン公爵が適当なことを言う。


「はぁ?父上、寝言は寝てから言うものですよ。この私がこんな役立たずのファンな訳がないではないですか」


場に、一気に緊張が走った。


「め、メサイア、何を・・・」


「転移魔法の使い手か何だか知りませんが、この女は先の戦いでは地上でフェイ嬢と『暁の庇護者』の戦いを見ていただけではないですか。美しいフェイ嬢ならともかく、自分では何もしないくせに、手柄だけ横取りする寄生虫など、私の妻にはふさわしくない」


ふっ、と、オルフェウスが僅かに、しかし満足そうに笑った。

そこでソラはオルフェウスが何かしたなと察した。


(殴り足りなかったのかな?)


「妻、ですか?

それは無理でしょう。彼女は不確かな情報で動く能無し()も、友人を悪く言う者も──ましてや自国が復興途中であるにも関わらず参加した他国のパーティーで王宮の奥に入り込んだ挙げ句に捕らえられ、強制送還された者などにも好感など持つはずがないですからね」


パーティーは勿論、強制送還の件も内密にしていたのだろう。周囲の貴族たちが信じられないものを見るようにローエングリン公爵とメサイアを見た。

共にパーティーに来ていた令息令嬢が目を反らす。


そこで、メサイアは周囲が自身を見る視線に気付いたのか、ハッとして言い募ろうとした。


「い、今のは違っ──」

「言い訳は結構」


基本、ソラは陰口?程度であれば悪役(他人)からの悪意を含めて異世界を楽しむ性質(たち)である。そのため、あれくらいのことを言われてもなんとも思わない。


(しかも一回聞いているヤツだし)


魔法はいくつか使ったが、実際に王都ではドラゴンと戦ってはいないのも事実なのだ。逆にフェイがここまで怒っているのが不思議ですらある。


そこへ、国王陛下がやって来た。


「ソラ殿は、こと辺境伯領では沢山の騎士の命を救い、一人で白龍に立ち向かい、傷ついた者の回復まで担った功労者だ。

それだけでも感謝しきれないと言うのに、これから王都の復興にも尽力してくださるそうだ」


「そ、そんなはずは・・・」


メサイアの小さな声がオルフェウスの耳に届く。


「今回ソラ殿が我が国に手を貸してくださるにあたり、一つ約束したことがある。

今後、『冒険者ソラ』殿と同じく『冒険者フェイ』殿、そして、カノン・クライスラー子爵令嬢に接触することを禁ずる。これはこの場にいないバーンスタイン王国の王族、貴族、全ての者に通達するように」


国王陛下の言葉を聞いて、その場にいる貴族が残念そうに了解の意を示すように頭を垂れた。


それを受けて、オルフェウスがソラに頷き合図を出す。

ソラはその場で収納から一枚の紙を出すと、魔力を込めた。


メサイアの目の前で、紙に描かれた魔法陣が色を変えていく。そして、全ての図柄がソラの魔力に染まったとき、魔法陣が独立し、紙がはらりと落ちた。


()、古代魔法──」


ソラの呪文と共に、荒れた領地に広がっていく魔法陣にメサイアはもちろんその場にいた者全てが目を奪われた。


(この間も使ったんだけど、魔法陣は地面に展開したから遠くから見えなかったのかな?)




その後、ローエングリン公爵家はその勢いを無くし、現在は細々と暮らしているらしい。

オルフェウスが何故そこまで怒っていたのかはわからない。

彼に理由を聞こうにも、メサイアの胸ポケットから出てくるのは既に色を失った小さな(カラ)の魔石だろう。それがかつてオレンジ色であったという証拠はどこにもないのだ。


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