86 フェイのピンチ?
舞踏会当日。
カノンはブローグ家の執事その三と侍女その二を名乗る者に拉致され、馬車に乗せられていた。
「ご安心ください。外出届は学園長から出されております」
「はぁ・・・」
そして、ブローグ家でカノンを待ち構えていたのは金髪碧眼の美女だった。
「いらっしゃい。待っていたわ。カノンちゃん」
「・・・へ?・・・え?──か、カレリアさん???」
これには流石のカノンも驚いてしまった。
いつものカレリアはどこかミステリアスな美女だが、素顔のカレリアはイメージが反対の清楚な美女だった。
その微笑みはいつもの魔道具を手にして見せる怪しい笑みではなく、癒しの笑み。人の心を鷲掴みにして離さない・・・。
え?天使!?跪いて祈ればいいの!?
同じ空気なのにカレリアさんの周囲だけ清浄な空気が流れている──!?
訳の分からないことを考えている間に、カノンは流れるように屋敷の一室に連れ込まれ、風呂に入れられ、揉まれ、着替えさせられ、薄化粧を施されていた。
「ふふ、ぴったりね」
そこへ、自身もパーティー準備を済ませた『魔法師カレリア』が現れた。ソラが満足そうに笑うカレリアの笑みで正気に戻った時には、既にブルーにゴールドの刺繍の入ったドレスを身に纏っていた。
「ええぇっ!何で!?」
いつの間にかドレスに着替えさせられ、何故かフードを被っていないのに『ソラ』になっていたのだ。驚くのも当然だ。
「ドレスの飾りに『変身魔道具』を組み込んでいるの」
舞踏会の話を聞いた時、どんなドレスを着て行けばよいのかとカレリアに相談したら任せて欲しいと言われたのだ。
冒険者として貯めたお金もあるし、大丈夫だと断ろうとしたが、
「買い物はどうするのかしら?『ソラ』で行かないと色味を合わせられないけれど、ローブを外した時点でソラ=カノンだとバレてしまうわ。ね?当日の着付けも含め私に任せてくれないかしら」
と、言われてしまったのだ。
コンコン。
部屋をノックする音がした。
侍女その二が扉を開けるとそこには紫色のドレスを着たフェイが立っていた。流石に大公家で働く人々はフェイ=オルフェウスと知っているのか、動じている者はいない。
流石に今日は頭にフォークは付いていなかった。
フェイは顔をあげてソラを見ると、一瞬目を見開いてから、目を逸らした。
(あ~、ドレスまで着せられて不貞腐れているなぁ)
「あら、フェイ。準備が出来たのね。さぁ、王城へ向かいましょうか」
ソラはそんなフェイを見て気の毒に思って苦笑したが、カレリアはどこか楽しそうだった。
まぁ、そう言うわけで、今ソラとフェイは王城の舞踏会会場にいる。
主役である二人は勿論、参加者にも学園生が多く含まれるため、アルコール無し。昼間の開催となった。
エイシスとアッシャーは国のお偉いさんっぽい人と立ち話をしており、その周囲を令嬢たちがチャンスを狙って遠巻きにしている。
フランツは軽い感じで適当に令嬢の相手をしていて、カレリアは──
「ふふ、私既に心に決めた殿方がいますのよ」
と、嘘か本当か、意味深な笑みを浮かべていた。
カレリアがダメとなると、男性陣は当然ソラとフェイにターゲットを絞る。
しかも、ここに集まった貴族はこの国の者だけではなかった。何故か隣国バーンスタイン王国の者までいたのだ。
「ソラ嬢、僕と踊っていただけませんか?」
「フェイ嬢。是非私の相手をお願いしたい」
「先日のあなたの魔法──心が打ち震えました」
「どうか今後も我らと共に我が国を──」
「あなた方が我が国においで下されば白龍様もお喜びになりましょう」
「ごめんなさい。わたしたちは踊れないし、バーンスタイン王国に行く気もないんですよ」
ソラがダンスに誘ってくる男性陣に必死に断りを入れる。慣れない作業は疲れる。
ソラの後ろでは、フェイが小刻みに震えていた。それは男性が苦手なフェイを庇い矢面に立つソラ──という構図に見えなくもないが、実際は屈辱に打ち震えるフェイを刺激しないようにソラが抑え込んでいるのだ。
フェイがこんな調子で無ければ、ソラの方が爆発していたかもしれない。
ひたすら断りを入れるソラの手を、誰かが強引に取ろうとしたとき・・・
「悪いね。本当にボクたちは踊れないんだ」
(しつこいな──)
我慢の限界を超えたのか、その手からソラを引き離すようにフェイが矢面に立った。
「飾り柱の一本や二本破壊しても大丈夫だよね・・・」
小さな声でそう呟くフェイに気付き、ソラが顔色を悪くする。
(あ、フェイがキレそう)
フェイがフリルのついた白い絹手袋をはめた手を握りしめ振り上げたその時──
「あら、フェイ。ソラちゃんの顔色が悪いわ。休憩室に連れて行ってもらってもいいかしら」
カレリアから助け船が出た。
「フェイ、大丈夫?」
二人連れだって、休憩室に続く王城の廊下を歩く。
ここまでくると一般客は立ち入りを禁じられているため誰も入って来られない。そのため警備も巡回程度で常に立っているわけではない。周囲に人がいないことを確認してソラはフェイに声を掛けた。
「なんとかね。気分が悪いとかそう言うんじゃないから──なんていうか、精神的ダメージの方が大きい」
「人込みに酔ってしまわれたのですか?辛そうですね、ソラ嬢──」
不意に、後ろから声を掛けられた。
気配がしなかった。どうやってここまで入ってきた?しかもこの男はこの国の貴族ではない。──フェイは瞬時にそれを悟り、身構えた。
「不躾に申し訳ありません。家名を、存じ上げないものですから」
許可もないのに人の名を呼ぶものではない。それはどこの国でも常識だ。しかし、こちらが家名を名乗れない以上、それを責めることは出来ない。
「主役のお二人が消えてしまっては会場の盛り上がりも欠けるというものでしょう。皆が待っております。ソラ嬢のことは侍女に頼んで、フェイ嬢は会場に戻りましょう。私がエスコートいたしますよ」
ちっとも具合が悪そうに見えないであろうソラを一瞥すると、にっこり笑ってその男が言う。その笑顔が胡散臭すぎて、ソラは感心していた。
(何だろう。この悪人臭プンプンの典型的な小物感。よく物語であるシュチュエーションだ。物語の進行上、ヒロインがピンチに陥るために必要なことかもしれないけど、見知らぬ男の言葉を信じてついて行くのって、不自然だと常々思っていたんだよね。実際に体験すると、やっぱ不自然・・・)
今日のフェイはとてもかわいいし、惹かれるのは無理もないと思うけど。
「あぁ、失礼いたしました。私はメサイア・ローエングリン。隣国バーンスタイン王国の公爵家嫡男です。決して怪しいものではありませんのでご安心を」
「「はぁ・・・」」
怪しんでいるのではない。訝しんでいるのだ。
「さぁ。フェイ嬢。主役がいつまでも会場を離れているのは良くないですよ」
メサイアが一歩、また一歩とこちらに近付いてくる。
ちっとも体調が悪そうではないソラと、愛らしいフェイ嬢が自分の前に並び立っている。
「・・・」
メサイアは顔には出さないがソラを憎々しく思っていた。
公爵家の嫡男であるため、前線には出してもらえなかったが、自国の王都での戦いをメサイアは遠目で見ていた。
白龍との戦い──白龍の上にこの二人が現れてから戦況が変わった。フェイがソラを抱き上げ着地し、フェイが『暁の庇護者』に武器を与え、フェイがフォークを巨大化させたような武器で白龍に一撃を加え、フェイ(と『暁の庇護者』)が黒い何かに乗って白龍に渾身の一撃を放った──このソラという冒険者は何もしていないではないか!
戦場には白龍の声しか届かなかった為正確には分からないが、フェイが戦い、ソラが地上にいたのを自分はしっかり見ていた。
そうであるにもかかわらず、ソラがフェイと並び称されていることに納得がいかなかった。
父であるローエングリン公爵はフェイかソラのどちらかを──と言っていたが、転移魔法を使えるだけの冒険者と実力のある冒険者・・・しかもフェイは美少女だ。比べるまでもないだろう。
今日は王城でのイベントだ。フェイ嬢は唯一の武器であるフォークも持ちこめていないはず。この最大のチャンスを掴むことが出来たら、彼女は私の──。
「さぁ、フェイ嬢──」
メサイアがフェイに手を差し出す。
「ここ、一般人は立ち入り禁止ですよ。捕まる前に戻った方が良いですよ」
空気を読まずにソラがメサイアにそう告げた。
(次期公爵である自分に『一般人』だと!?)
瞬間、先ほどまで穏やかな男性を演じていたメサイアの化けの皮がはがれた。
「転移魔法の使い手か何だか知らないが先の戦いでは何の役にも立たず、地上でフェイ嬢と『暁の庇護者』の戦いを見ていただけのくせに、麗しのフェイ嬢と肩を並べるとは・・・この身の程知らずが、私に向かって生意気な・・・!」
(自分では何もしないくせに、手柄だけ横取りする寄生虫め!)
「父が目を掛けているからと大目に見ていたら調子に乗りやがって、役立たずの子爵令嬢ごときが──」
メサイアはフェイに差し出していた手を握ると、風魔法を纏わせて横に払い、ソラの頬を打──とうとした。
バキッ!
という音と共に顔面に衝撃が走る。一瞬遅れてきた痛み。
「はぐっ・・・つっ!!」
最後に見えたのは、宙を舞う白く小さな何かと赤い血飛沫、白い絹手袋を血で染め、物凄い形相で自分を睨み付けるフェイの顔だった。




