85 気付かなくてごめんなさい
この甥が自分に対して露骨な──いや、素直な態度をとるようになったのはおよそ一年前。
女性の冒険者として活動していた『フェイ』に、アドルフから報告のあった“魔法が発現した途端に人格が変わってしまった”という令嬢の、初めての依頼について行き、その監視と危険性の有無。『一日十回、回数制限付きでこの世界にある魔法なら何でも使える』というあり得ない魔法の信憑性の調査を頼んでからだった。
ちなみに調査の結果は『ある意味危険』というオルフェウスらしからぬ、よく分からない報告だった。
それまでは本当に必要な公務にしか顔を出さず、話をする機会があっても当たり障りのない言葉、儀礼的な態度で、何処か他人行儀だった。
しかし、カノンと関わるようになってから彼は変わった。彼女に貴族が手を出さぬよう国王を使い、表から裏から手を回すようになったのだ。
それは監視という立場故面倒ごとを避けたいからか、彼女を守る為なのかは謎だったが、クライスラー子爵宛てに送られてきた大量の釣書きを持ち込んできた時、国王はそうなのだと思った。「そうかそうか、オルフェウスにも春が来たか~」などと思いながら、その釣書きを断り『カノン・クライスラー子爵令嬢は王家が後見している。個人的な接触は控えるように。また、彼女宛ての婚約の申し込みは王家を通すように』と通達した。
バーンスタイン王国には即位したばかりの国王宛てにまとめてその旨を綴った書状を送った。
しかし、あれから待てど暮らせどオルフェウスから何の報告もこないのだ・・・。
此度の白龍との戦いで活躍した『冒険者ソラ』がカノンであることは、隣国と交流のある主だった貴族家当主には広く知られてしまっている。いわゆる“公然の秘密”状態だ。
オルフェウスが動かない以上、この状況になるのは仕方がない。
『隣国で武功をあげた我が国の冒険者、ソラ、フェイ、暁の庇護者を招いて慰労会を兼ねた舞踏会を開いては如何でしょう──』
“王家を通すよう”と言うのであれば、王家主催の催しで接触すればいいのだ。
何も間違ってはいない。
しかも『暁の庇護者』の魔法師カレリアは出自が不明だし本人が社交に長けているためその辺の男では太刀打ちできない。しかし他の面々──エイシスとアッシャー、フランツは別に出自を隠してはいない。貴族男性と言うことは勿論、婚約者がいないことも広く知られているのだ。
いわゆる優秀な冒険者たちに“王家を通して”求婚する場を設けて欲しいという要望が出るのは当然と言えば当然。かくして『慰労会を兼ねた舞踏会』という名の『出会いの場』の開催が決定したのだった。
「うん。わかった」
「は?何でソラはそんなに簡単に了解するの」
いつものケーキショップの個室で、相変わらず深く考えずに軽く返事をするソラに、フェイは十個目のケーキを食べながら不機嫌そうに言った。
「え?武闘会|でしょ?優勝は無理かな?何位まで賞品あるのかな?わたし的には賞金の方がありがたいけど」
「・・・」
フォークを口に咥えたまま、フェイの動きが止まる。
珍しいなとソラは思う。
「・・・ぶとうかい・・・って、そっちじゃなくて踊る方だよ。舞踏会・・・。『カノン』宛ての釣書きを直接子爵に贈ることが出来なくなったから、王家公認の場を設けてそこでカノンにアプローチしようっていう魂胆なんだよ」
直ぐに正気に戻ったフェイが、呆れたようにソラに言う。
「え?踊る方?わたし、踊れないよ!?ドレスもないし・・・でも大丈夫じゃない?だって前にフェイが言っていたじゃない。『男は自分より強い女性には近付かない』って。わたしたちはAランク冒険者だよ?強いんだよ?誰も寄って来ないって」
そう言って笑いながらショートケーキを頬張るソラに、フェイは頭を抱えた。
(その『強い冒険者』との縁が欲しい人たちが来るんだよ!ソラを利用する気満々な奴らがっ!
くそっ!──同じ貴族相手でも冒険者相手とは違うから拳に訴えることも出来ないし、オルフェウスとして参加してソラに付いているわけにもいかない──)
「あ、もしかしてフェイの機嫌が悪いのってそのせい??ごめんね、気付かなくって・・・」
「なっ!?」
そう言われてハッとする。今の自分の言動は嫉妬しているようにとられなくもない。
「ちがっ・・・」
何が違うのかは分からないが、少し赤くなって何かを否定しようとするフェイにソラが言った。
「だって『フェイ』で・・・女の子としてお呼ばれしたんでしょ?だから機嫌が悪いんだよね。気付かなくてごめん──」
「・・・!」
フェイの顔色が青くなった。
「悪いね。本当にボクたちは踊れないんだ」
今度はフェイが可愛く着飾ったソラを背に庇い、ダンスに誘ってくる男性陣に断りを入れる。
嘘ではない。
前世を思い出すまでのカノンはとてもダンスにまで手が回らなかったし、思い出してからのカノンにはダンスを練習するだけの暇はなかった。
そして──フェイは男性だ。女性のパートなど踊れるはずがない。
だけど断っても断っても沸いてくる、しかも諦めの悪い者が多数──。
それはそうだろう。カノンはともかくフェイの素性は公にはされていないが、使っている魔法から二人が貴族であることは容易に想像がつく。皆、踊れないはずがないと思っているのだ。
(しつこいな──)
フェイはそろそろ限界を迎えようとしていた。
『男は自分より強い女性には近付かない』かつての自分の言葉が脳裏をよぎる。しかし、ここに集まっている者たちは、フェイとソラが『強い』ことを承知の上だということも分かっている。
しかし、ここに集まっている奴らは当主に命令されているだけなのだ。家のためであって、決して強い伴侶──ソラやカノンを欲しているわけではない。
(──ちょっと脅せばこいつらは散っていくに違いない)
「飾り柱の一本や二本破壊しても大丈夫だよね・・・」
外交問題になってはと耐えていたが・・・ボソッと独り言ちると、フェイはいつもの白い絹手袋をはめた手を握り込んだ。




