84 父からのSOS
それからは少し大変だった。
ソラとフェイ、『暁の庇護者』が中心となってドラゴンと渡り合ったことは勿論、ソラが古代魔法の使い手であることも広まってしまった。
そんな冒険者がCランクのままでいいはずがないと、Sランク昇級の打診があったのだ。
冒険者のランクと言えば、最下位のGから最高位のA。そして人外のSランクだ。
そして今、Sランクは存在しない。
「酷いっ!わたしが“人外”って言うんですか!?」
「は?人外??」
訳が分からないとアドルフがフェイを見たが、首をすくめるだけで何も答えてはくれない。
「しかも目立つなって言ったのはギルマスでしょ?Sランクなんかになったら目立って仕方がないじゃないですか!」
これ以上ないほどに目立って帰ってきたやつが何を言ってるんだとアドルフは思ったが、あまりにもソラが嫌がるため、今回BからAランクに昇級したフェイと同じくAランクということで落ち着いた。
学園は王弟殿下の計らいで欠席届が出されていたため問題はなかったが、報告という名事情聴取なんかで城やギルマスに呼ばれ忙しかったため、学園に通えるようになったのは王国に帰ってから一週間後だった。
特にギルド宛の問い合わせで目立っていたのがバーンスタイン王国の貴族からで、フェイが受け取ったドラゴンの鱗を譲ってくれと言うものだった。
フェイの正体を知らないとはいえ、中には城が買えそうな値段を提示してきた人もいたらしいと聞かされたが、城の値段を知らないカノンは何と反応したらいいのか分からなかった。
取りあえず、白龍本人に了解を取らずに売れないし、鱗はファランドール王国の王族の手に渡ったと返事をしたところ、みんな諦めてくれたらしい。嘘じゃないしね。
そして、本当はもうひとつ国王経由で問い合わせ、というか依頼があったらしい。
それは、「辺境を元に戻したように、ソラに魔法で王都周辺を元に戻して欲しい」と言うものだった。
その依頼は国王の独断で行われたらしく、後で知ったフォスター第一王子がオベルトの件であそこまで迷惑をかけた冒険者ソラに尻拭いまでさせようとは何を考えているのかと引き下げたらしい。そして国王は色々我慢の限界だったフォスターや主だった貴族によって、その日のうちに(表向きは今回の責任を取ったということで)退位に追い込まれたのだという。
フォスターは今後、足りない部分を学び、補いながら、宰相や信用できる貴族たちと共にドラゴンに認めて貰える新たな国作りに取り組んでいくらしい──ということをソラは王都に戻ってきた『暁の庇護者』から冒険者ギルドで聞いた。
オベルトの処遇が、物語でありがちな「北の塔への生涯幽閉」に決まったということも。
奇跡的に死傷者が出なかった(傷者が出なかったのはソラの魔法のおかげだが)のが、死罪にならなかった主な理由らしい。
いくらオベルトがおかしいとはいえ、自身への付きまといが原因の一端で死罪になったりしたら後味が悪すぎる。気の毒だとは思うが、今度こそ二度と会うことはないだろうということで、カノンは正直ほっとしている。
こうしてカノンが無事学園生生活に戻った頃、今度は父親からのSOSが従魔便で届いた。
その日は休日。連休の一日目だった。
前回と違って学園長室には誰もいない。一体どうすれば──そう思ったカノンは実家への転移を思い付いた。あれならば許可がなくとも夜には寮に戻って来ることが可能だ。
が、
「あれ?なぜここにフェイが?」
「いや、それは僕の台詞なんだけど」
カノンが転移した先は、何故かオルフェウスの元だった。
正確には自室のソファーで寛いでいるオルフェウスの膝の上に転移したのだ。
「・・・心配だから僕もついていくよ」
カノンが一人で飛んだ場合の転移成功率が低いというのも理由の一つだが、カノンから行き先とその理由を聞いたオルフェウスは、いつしかのことを思い出しそう言った。
アレが自分達の前に姿を見せることは流石にもう無いだろうが、あの類いの者が一人存在したのだ。一人いれば二人、二人いれば三人、何かの虫のように湧いてこないとは言いきれない。
それにクライスラー家は子爵だ。王族であるアレに屈しなかった子爵を信じてはいるが、彼にだってどうにもならないことはある。
いつもの姿になったオルフェウスと共に今度はちゃんと実家の前に転移した。実家への転移も初めてではないため、家族も慣れたものだ。
取り敢えず変わりなさそうな父に安心したカノンだったが、父のSOSはカノンが思っていた理由とは全く違っていた。
「縁談!?」
「そうなの」
丁度父と部屋にいた母が、頬に手を当て困り顔で頷いた。
一連の騒ぎでカノン=ソラであると察したバーンスタイン王国の貴族は多かったらしい。
(まぁ、ドラゴンが思い切りカノンって呼んでいたしなぁ)
この世界での婚約婚姻は魔法の属性や威力で左右されるため、学園入学後から卒業前に決まることが多い。特に属性数も少なく威力にも期待できない低位の貴族令嬢は卒業ギリギリに決まることがほとんどだ。
それにもかかわらず、ここ数日でカノン宛の婚約の申し込みが後を絶たないのだという。
しかも聞いたことがないような隣国の伯爵以上の貴族が殆どで、今度はそれを聞いたヴォカリーゼ辺境伯が「我が家と婚約してしまえば他は大人しく引き下がるに違いない」と次男の釣書を送ってくる始末。
すると今度は、これまで王族や公爵家の手前様子見をしていたファランドール王国内の貴族からもならばうちの子をと、続々と釣書が届くようになったのだ。
入学当初より三属性で魔力も才能も十分なカノンだ。これまで釣書が来ていなかったことの方が不思議だったのかもしれない。
さらっと見ると、ヴァンの釣書までもがあった。学園では何も言っていなかったので辺境伯が勝手に出したのだろう。無造作にめくって見たことのある顔だなと思ったらフランツの肖像で、彼の実家の侯爵家からだった。
それにしてもこの量。こちらは子爵だ。断るにしても色々あるのかもしれない。執務にも支障が出そうだ。
しかしエイシスやヴァンならともかく(フランツはちょっと・・・ねぇ・・・)、他の誰かと婚約をしてしまうと冒険者活動を制限されてしまう可能性があるなぁとカノンは思った。一般教養が著しく欠如しているカノンに「そのままでいい」「冒険者を続けてもいい」などと言ってくれる貴族家はほとんどないだろう。
カノンが面倒だなぁと思っていると、父が急に真顔でカノンに言った。
「私たちはカノンには好きな人と一緒になって欲しいと思っているよ。私が勝手に断って、万が一この中にカノンの好きな人がいては大変だから来てもらったんだよ」
断るなら先方を待たせる訳にはいかないから早い方がいい、でもこの中にカノンが心を寄せる人がいては大変だ。
そうこうするうちに釣書はどんどん積み上がり、妻に相談したところ「本人に聞く以外方法はないでしょう?」と言われ、今回の『SOS』になったらしい。──言葉のチョイスを間違っている。
(好きな人かぁ・・・)
カノン的にはまだまだフェイと冒険やスイーツ探訪を続けたいと思っている。
そう思ってカノンがフェイの顔を見ると、何故かフェイもカノンを見ていた。
そして、にっこり笑うと「カノンはこの中に誰か好きな人はいるの?」と、聞いてきた。
「い、いないけど・・・(と、いうか、好きな人自体いません)」
そう言いたかったが、何故かフェイが怒っているような気がして余計なことは言わないことにした。
「クライスラー子爵。子爵の意向としては、『カノン嬢の婚約は彼女の意思に添う』と言うことで間違いないのでしょうか」
「は、はい」
クライスラー子爵は雰囲気がガラリと変わったフェイに完全に圧されていた。
「子爵のご意向は分かりました。ご存じの通りカノン嬢は現在王家を含む名だたる高位貴族の保護下にいます。子爵のご意向がそうなのであれば、ここは国王に任されてはいかがでしょうか?子爵からも断りにくい案件も国王からであれば容易なこと。そして今後のカノン嬢宛の縁談はすべて国王を通して貰いましょう。
もちろん国王が勝手にお相手を決めるようなことはいたしません」
「は、はぁ・・・」
「では、ご了承いただけたと言うことで、こちらはすべて私がお預かりします」
子爵が面食らっているのをいいことに、フェイが机の上の釣書をすべてアイテムボックスに片付けた。
「いや、国王にって・・・勝手に決めるわけには・・・」
クライスラー子爵にそう言われ、フェイは「あぁ、失念していました・・・」と言って変装用の魔道具を取った。
「申し遅れました。私・・・」
すると、あっという間にワンピースに編み上げブーツの小柄な美少女が消え、黒いスラックスに白いシャツ、金髪碧眼、明らかに「王族」な美青年が現れたのだ。
「オルフェウス・ブローグと申します。私がきちんと国王に言っておきますので、迷惑な釣書の件は安心してお任せください。では急ぎ手配を致しますので失礼します。──カノン、行こう」
(え、瞬間的に着替えまで出来る魔道具があるの?)と驚いているカノンの手をオルフェウスが取った。
「あ~、じゃあ、また会いに来ます。兄さまによろしく伝えてね」
そう言い残し、二人はクライスラー子爵家の執務室から消えた。
「まぁまぁ♪」
カノンの母は口元に手を当て、なんだか楽しそうにしているが、女の子だと思っていた娘の相棒が男だったことに驚けば良いのか、カノンと同じく低位貴族の冒険者だと思っていた人が実は王族だったことに驚けばいいのか、子爵には良く分からなかった。
「はぁぁぁぁ!?」
カノンに送られてきた釣書に王宮から急ぎ断りを入れてから数日。
国王に呼び出されて知らされた舞踏会開催の知らせに、オルフェウスからすぐに了承の言葉は出なかった。
「いや、クライスラー子爵令嬢宛ての釣書を私に持ち込んだのはオルフェウスだろう。こうなることが予想出来なかったのか?お前らしくもない」
オルフェウスから発せられた低い声と刺さるような視線に、国王は苦笑した。




