81 黒いフォーク
期限まであと二日というところで、王都には各地から続々と私兵が集まって来ていた。それを見た王都民は何かが起こるのだとやっと重い腰を上げて避難を始めた。
辺境伯領からも次男エイシスが率いる精鋭が『暁の庇護者』の面々と共に到着した。
「オベルトは逃げられないように地下牢に閉じ込めている。白龍様にはオベルトを、それでも怒りが収まらないのであれば、国王である父か、私が共に逝くつもりだ」
軟禁などでは手ぬるいのだ。オベルトは未だ事の重大さを理解していない。
秘密裏に面会を申し込んできたエイシスにフォスターはそう話した。
「我ら王族の亡き後、白龍様と信頼関係を築けるのはヴォカリーゼ辺境伯領の者だけだと思っている。エイシス、最後まで迷惑をかけて申し訳なかった。万が一の時は頼んだ」と。
ドラゴンの指定した五日目の朝。
王都上空に一匹のドラゴンが姿を現した。
ドラゴンの眼下には辺境より引き連れて来た魔獣が。対する王国側には固く閉ざされた門の手前に広がる土地に王国騎士や各領土の私兵が数万集まっていた。
覚悟を決めた国王が、魔道具で拘束されたオベルトと共にドラゴンの前に進み出た。
オベルトの顔色は青を通り越して蒼白だ。
「白龍殿、この度は本当に申し訳なかった。このオベルトを引き渡すのでどうかこの国に手を出すのは堪えてはくれぬだろうか」
「国王よ。もうその段階はとうの昔に過ぎたのだ。国の危機に逃げ出すとは王族に非ず。ソレには既に価値は無い」
そう国王に言い放つドラゴンの言葉にオベルトはあからさまに安堵の表情を浮かべた。
「では、コレはこちらで処分する。コレの代わりに私の首で怒りを収めてはくれまいか」
父の口から出た「処分」の言葉にオベルトの顔が怒りに染まる。
「なっ!たとえ父上でも何の権利があって俺を処分するというんだ」
その言葉を聞いてオベルトを見た父の表情には、先日まで確かにあった家族の情などひとかけらも感じなかった。
「権利ではない。国王の義務としてお前を処分するのだ」
「!」
今処分せねば、次は王都の崩壊だけでは済まないかもしれない。今回は民に避難を促す余裕があっただけ奇跡なのだ。
父の気迫に『国王』を見て、オベルトは何も言えなくなった。
「それに関しては好きにするが良い。我は人の首など要らぬ。本当ならこの国全土を消し炭にする予定だったが、先日面白い娘と戦い引き分けたからな。娘に免じて消し炭にするのは王都だけで勘弁することにしたのだ。喜べ!」
ドラゴンと引き分けた娘!?
国王の後ろに控える貴族や各兵たちは聞き間違えだろうかと頭を捻る。
しかし国王はそれどころではない。
被害が最小限で済むことは喜ばしいが、王都はこの国の中枢。すべてを消し炭にされては国が立ち行かなくなり、貴族や王都民の生活も破綻してしまうだろう。
その全ての原因がこのバカ息子の考え無しの行動であり、そのバカの命を惜しんだ自分の浅はかな考えであるなど、悔やんでも悔やみきれない。
「そこをどけ。辺境での時のように抵抗するのであれば、結果は変わらないだろうが相手はしてやる」
ドラゴンの後ろには大量の魔獣が今か今かと唸り声を上げて、合図を待っている。魔獣はともかくドラゴン相手に属性魔法は効かない。分かっていても、はいそうですかと言うわけにはいかないのだ。
「久しぶりの実戦だ」
国王は王都を守るため、自身の土魔法で大量のゴーレムを作り出し、先頭を切って魔獣と対峙した。
エイシスが辺境伯の私兵を引き連れて出発する日の朝。
ドラゴンとの戦いで疲れ果て、緊張や興奮、怒り、支援魔法の多用などで身体と精神を酷使し、興奮して寝付けなかったこともあってか、ソラの目は、覚めなかった。
「おはよう、ソラ。よく寝ていたね」
ソラの目が覚めたのは、エイシスが旅立った次の日だったのだ。
「えーっと?」
頭を捻るソラの前に笑顔のフェイが座っていた。
ファランドール王国の王都の冬は厳しいが、ここヴォカリーゼ辺境伯領は比較的温暖だ。
空気の入れ替えのためか、開け放たれた窓からは少し冷たい風が入ってきている。
「今、朝食を持ってきてもらうね」
部屋に備え付けられた呼び鈴を鳴らすとメイドさんが顔を出してくれ、すぐに暖かい食事が運ばれてきた。
ソラはとてもお腹がすいていたようで、それをぺろりと平らげた。そして気持ちが落ち着いて来たのかほっと息を吐くと、フェイに尋ねた。
「フェイ、今ってどんな状況?」
「あぁ、昨日の朝、エイシスが王都に向けて出発したよ」
「ん?」
ソラの中で、ドラゴンと戦ったのは昨日だった。
「調子はどう?」
「え?とってもいいよ」
「ならちょっと頼まれてくれない?」
そう言うとフェイは、ソラの目の前に少し大きめの空の鉱石をいくつか出した。
言われるがまま空の鉱石に魔力を込めたソラだったが、その間に聞いたところによるとどうやらソラは三日も寝ていたようで、この三日間は辺境伯専属の回復魔法の使い手の魔法師が回復を掛け続けてくれていたのだという。どおりで三日も寝ていた割には体に違和感がなかったはずだ。
しかしソラが三日間寝ていたのであれば、ドラゴンが王都に行くと宣言していた日まであと二日のはずだ。驚いたソラが「急ぎ王都に向かうべきでは?」と言ったところ、「ちょっと待ってて」と言ったまま、今度はフェイが部屋から出てこなくなったのだ。
辺境伯領を空にするわけにはいかないと、先日ドラゴンと対峙したヴォカリーゼ辺境伯と次期辺境伯の長男、ジゼルは残っていたため、ソラはジゼルとゆっくり過ごしながらフェイが部屋から出てくるのを待った。
そして二日後の朝、元気に部屋から出て来たフェイは可愛らしいワンピースに編み上げブーツといういつもとほぼ変わりのない姿だった。
ただ一つ、頭で揺れる黒いフォークを除いては──。
バーンスタイン王国の王族は『スキル』を授かる代わりにファランドール王国の王族のように属性数は多くない。しかし王族だけあってか魔力量は多く、威力もそれなりに強い。
国王のゴーレムが先陣を切り、魔獣対王国騎士と私兵の連合軍との戦いが始まったが、その戦況は拮抗していた。
そんな戦いの最中、オベルトは柱の陰で蹲っていた。
父はオベルトが横にいるというのに気にすることなく、ゴーレムを出すとその場で戦闘を開始したのだ。その為拘束されたままのオベルトは逃げ出すことも出来ず、運よく転がり込んだ柱の陰で身動きを取れずにいたのだ。
「クソッ!こんなところにいたら本当に殺されてしまう!誰か俺を見つけて助け出せ!!本当に気の利かない奴らめ!!」
オベルトは柱に向かって悪態をつくが、元々魔獣に見つからないように隠れているため人の目にも触れることがないのだとは気付かない。
しかし、たとえ誰かの目に留まったとしても、この騒ぎの原因であるオベルトを助ける余裕のある者も、助けようと思う者もいなかっただろう。
そしてエイシス率いる『暁の庇護者』の面々もオベルトの事など忘れ、今か今かとその時を待っていた。




