80 最『期』通告
古代魔法は遥か昔に使われていた生活魔法で、使用者の魔力量で使える範囲は左右されるが、誰もが使える便利な魔法だった。
ソラが使った魔法も獣の攻撃から家屋や家族を守るための魔法陣(結界)や生活に必要な火をつけるための魔法陣、村を囲い魔獣避けを作るために開発された魔法陣だったりする。他にも水やりのための魔法陣や、畑を耕すための魔法陣もある。
呪いが生活魔法かは定かではないが、昔は現在の占術と共に呪術が盛んであったと言われているため、生活に溶け込んだ魔法だったのかもしれない・・・。
魔法陣はまず前提として正確に描かないと発動しないし、その効果範囲は術者の魔力量によって決まる。そのため魔力など関係なく使える魔道具や色々な生活用品が開発されると次第に生活魔法自体を使う人がいなくなり、廃れてしまったのだ。
そして時代の流れと共に人の持つ魔力も変化を遂げた。魔獣討伐を行うために魔法を使い続けた者の魔力が属性魔法として進化したのだ。その結果、魔力が各属性に偏り魔法陣を発動できる者はいなくなった。
そして魔法を使用し魔獣と戦い続けた者たちが、現在の『貴族』である。
古代魔法の手順はすべて同じだ。術者が魔力を込めながら魔法陣を描く。正しく描かれていれば、描き終わると同時にその魔法陣は独立し、宙に浮き上がる。その時魔法の発動場所と範囲を決めるのだ。
そして──術者が決めた場所でその効果範囲に魔法陣が広がると、一気にその効果を発揮する。
そのためあらかじめ紙に書いていた魔法陣に魔力を流すことによって発動することはないし、通常生活範囲内で使うものであるため、領地全体を覆う規模の魔法陣を展開することは不可能なのである。
「!」
「戻った!戻ったぞ!!」
「素晴らしい!なんという力だ!」
辺境伯の私兵が喜びに沸いている。やはり仕方がないこととはいえ、自分たちの住んでいる土地や家屋の惨状を見て悲しく思っていたのだろう。当然だ。
「原状回復の古代魔法です」
「──ありがとう。魔法師殿」
ヴォカリーゼ辺境伯が王宮に獣魔便を国王の元に送ろうとしたとき、国王から従魔便が届いた。
おそらくドラゴンが暴れだした後に辺境に辿り着いたため、辺境伯の元に来ることが出来なかったのだろう。しかし、何が書いてあろうと、すべては遅かった。
辺境伯はオベルトの逃亡からはじまった今日の出来事を書き連ね、その従魔に持たせ、王宮に飛ばした。
その他にも数件程従魔便を飛ばした後、準備が整い次第王都に出発することとし、それまでは皆休息をとることになった。
「カノンちゃん!いや、今はソラ、だったか?フェイ嬢も先日ぶりだな」
ソラとフェイは辺境伯邸に宿泊することとなったため、夕食時にジゼルと顔を合わせた。
「ボクのことはフェイと呼んでください。先程は馬をありがとうございました。ちゃんと戻ってきていましたか?」
さすがのフェイも「嬢」と呼ばれることに抵抗があるようだ。
「ちゃんと戻ってきていたよ。それにしても第二王子はどうしようもないね。あんなのに目をつけられたカノンちゃんが気の毒だ」
「あの~、ヴォカリーゼ辺境伯令嬢?」
「ん?あぁ、分かっている。察するにその色の時は、『ソラ』なんだろう?でも私のことを『義姉さま』と呼んだのは詰めが甘いね。私のことをそう呼ぶのはカノンちゃんだけだし、顔は変わってないんたから見る人が見ればすぐに分かるよ」
ジゼルはそう言って笑った。
これは他国での出来事だし、ジゼルは将来の義姉である。例え正体がバレたことがアドルフの耳に入っても、怒られないと思いたいとソラは思った。
その夜ソラが興奮して眠れずにいると、突然辺境伯邸の玄関が騒がしくなった。何事かと思い覗きに行くと、そこにいたのは『暁の庇護者』たちだった。
そう言えば、彼らにも指名依頼が出ているとギルマスが言っていた。
「ソラ、フェイも久しぶり!二人とも大活躍だったらしいね。僕からも礼を言わせてくれ。家族を、領地を守ってくれてありがとう」
いやいや、オベルトに物をねだったと言われて腹が立ち、全身全霊を掛けてドラゴンを呪っただけなのだ。
ソラはお礼を言われるようなことをしていない。
それより・・・
「家族、ですか?」
エイシスにそう言われ、ソラが頭を捻っていると、
「そういえばソラには話してなかったね。僕はエイシス・ヴォカリーゼ。この辺境伯家の次男なんだ」
冒険者としての籍はファランドール王国にあるものの、エイシスはバーンスタイン王国の辺境伯令息だったらしい。そう言えばジゼルとエイシスは髪と瞳の色が同じだ。ちなみにフランツもバーンスタイン王国の侯爵家の次男らしかった。アッシャーはファランドール王国の伯爵家の三男、カレリアは言わずもがな。
皆、ジュールとジゼルに出会った『交換留学生制度』で出会い、意気投合したらしい。
ソラはなぜ第二王子関連の任務で『暁の庇護者』がよく駆り出されるのかが納得出来た気がした。
一方、辺境伯家からの従魔便を受け取った王宮は大パニックになっていた。
辺境に近い領地の民は辺境伯の呼びかけで避難は終了しているらしいが、オベルトがドラゴンを激怒させたという情報を国王が止めていたせいで、王都に近い場所に領地を持つ貴族は皆、今朝その事を聞いたばかり──。にもかかわらず、今度はオベルトが逃亡し、それに激怒したドラゴンが五日後に王都にやってくるという報せが新たに入ったのだ。
幸いドラゴンのターゲットは王都のみ。直ちに王都全体とその周辺に退去命令が出された。
しかし、まさか「第二王子が怒らせたためドラゴンが王都を潰しにやってくる」などとは言えないため、何も知らされていない王都民の動きは鈍かった。
その数日後、どうやって逃げ出し、どうやって戻って来たのか、オベルトが王都に姿を現した。
オベルトは直ちに捕らえられ、国王とフォスター、宰相をはじめとする主だった貴族家の前に文字通り引きずり出された。
「何故戻って来た!」
「何故って、あいつらは自分たちの領地を守るために王族である俺をドラゴンの餌にしようとしたんだ!」
「お前は責任を取って「餌」になるべきだった・・・っ!」
大好きな兄の口から出たとは思えないその言葉に、オベルトは「えっ」と聞き返した。
「あの山は白龍様の住処だ。決して我が国の領土ではない。はるか昔、白龍様が自身の山を除く周辺の領地を統べ、山の安寧を保つ者として指名されたのがこの国の初代国王だ。
それなのにお前は白龍様に『鱗を寄こせ』と言ったらしいな。寄こさねば山から追い出すと!
お前のせいで辺境は一時壊滅状態にまで陥った!!!」
あの山にドラゴンが住んでいるという事実は知っていたが、そんな話ははじめて聞いた。
ならば自分に意図的に中途半端な教育を施した、宰相や家庭教師が悪いのではないか。それに我儘を言ってプレゼントを受け取らなかったカノンの責任だろう。オベルトはそんな思いでいっぱいになった。それをフォスターに伝えようと口を開こうとしたとき、
「お前が今何を考えているのか、手に取るようにわかる。もう何も言うなっ!!」
フォスターがとても悲しそうに言った。
辺境は幸いファランドール王国が派遣してくれた冒険者によって救われたらしい。
「助かったならいいじゃないか!」
「・・・そのドラゴンはお前を許してはいない。数日後ここにやってくる。オベルト。──自分のしでかしたことの責任は自分の命で取れ」
オベルトの無責任な言葉に、何かを飲み込んだように国王が告げた。
それはオベルトへの最『期』通告だった。




