8 入学祝い
冒険者!
それは『異世界転生をしたらなりたい職業アンケート』があればかなり上位に食い込むのではなかろうかと思われる職業だ。なのでお誘いはとてもうれしいが残念ながらカノンは、合格発表後は速やかに子爵領に戻るように言われているため学園生にも冒険者にもなれない。
「あの~!恥ずかしながらわたしは学園に受かる気なんて全くしないし、落ちたらすぐに領地に戻るよう言われているんですけど・・・」
残念ながらそれは家族全員が同意見で、両親には「観光旅行と思って行ってきたらいいわ」「真っすぐ帰ってくるのだよ」と言われ、兄からは「お土産は『王都まんじゅう』の抹茶ココア味をよろしく」などと言われて送り出されたのだ。
カノンは前世で「異世界の試験は日本の小学生レベルの学力あれば余裕」と書いてある物語をいくつか読んだことがあるがこれはガセだ。学園の試験は世界共通語やファランドール王国史、この世界の地理やマナー等、前世と内容が共通しているものはほとんど無いのだ。やはり試験ともなればこれまでの積み重ねが物を言うらしい。もっと早く記憶が戻っていれば可能性があったかもしれないが、入学試験は明後日。一夜漬け(二夜漬け?)にも限度がある。
「何を言っているの?さっきすごい魔法が発現したじゃない。カノンちゃんは学科が0点でも魔法科に受かるよ。よかったね」
フランツがにっこり笑ってそう言った。
「あ・・・」
カノンは目を丸くしてそう言うフランツを見た。
そうだ。カノンは今日魔法が発現したのだ。それも魔法科の入学基準に十分足る魔法が。
「そうだっ!そうでした!!わたし、魔法が発現したんですよね!もう人生諦めなくてもいいんですね!!」
領地に帰っても学園の入学試験に落ちた令嬢など、貴族家は勿論、貴族との繋がりを求める商家や裕福な平民だって避けるだろう。兄に迷惑をかけるわけにもいかないし、カノンは領地の片隅でひとり寂しく生活していくのだとばかり思っていた。
(死ぬほど痛かったけど、頭を打って良かった!!)
「おい、忘れていないか?王立学園は生徒の冒険者活動を禁止している」
その時御者台に座るアッシャーが言った。
「えぇ?カノンちゃんなら『特例』適応案件じゃない?」
「しかし彼女の魔法は目立つ。特例は他の学園生には知られないように動く必要がある。学園との両立は難しいのではないか?」
「──そういえば、私、丁度いい魔道具を持っているわ」
必死の形相で走る盗賊に興味を無くしたのか、静かに話を聞いていたカレリアは何かを思いついたようにそう言うと、マジックバックの中から一枚の服を取り出した。
「はっ!そ、それはっ・・・ローブっ!」
カレリアはそれを広げカノンの肩に掛けると、フードを被せて大きめのボタンを留めた。
それは縁に白い糸で刺繍とレースが施された濃紺のローブだった。装飾は少なく形はAラインのコート近いが、内側は薄い紫色のグラデーションになっており、大きなフードが付いていた。カレリアの持ち物だけあってとても着心地がよく、肌触りのよい生地で出来ている。
瞳が隠れそうなほど大きめのフードにちょうどお尻が隠れる丈の長さ。
カノンは、前世の全てを思い出したわけではないが、転生課で魔法の使える世界を即決する程度には『魔法』に憧れている。その為いかにも物語やアニメなんかで『魔法少女』が着ていそうな、そのローブに興奮した。
実際に思い出せる魔法少女たちには担当カラーの衣装をまとっているし、紺色のローブを着ていた魔法少女は?と聞かれても思い出せないが、魔法少女=フード付きのローブというイメージがあるのだ。ちなみに「魔法使い」と言えば丈の長いローブに大きな三角帽子のイメージがあるのだが、そちらには惹かれない。
「ふふっ、気に入ってくれたみたいで良かったわ。これ、私が着るには幼すぎるの。カノンちゃんにプレゼントするわ。少し早い入学祝いね」
確かに大人の女性であるカレリアにはこのローブは子供っぽすぎるだろう。カノンはカレリアの申し出に瞳を輝かせた。
「え!いいんですか!?」
「もちろん。そうだわ。ちょっとローブに魔力を流してみてもらえるかしら」
何故ローブに魔力を?
普通なら疑問に思いそうだが、理想的なローブのプレゼントに興奮状態のカノンは何も疑問に思わずローブに魔力を流した。一瞬ローブが光ったが、すぐに何事もなかったかのように収まる。
「え・・・」
「使用者登録ができるの」
「ええっ」
そう言えばカレリアはこのローブのことを“服”ではなく“魔道具”と言っていたではないか!
そして使用者登録──それは魔道具を、魔力を流した人専用にする特殊機能だ。この場合、このローブはカノン専用だということになる。魔道具は高価だ。使用者登録は盗難防止機能にもなるため、この機能がついているだけで値段は倍以上に跳ね上がる。
唖然とするカノンに構わず、カレリアは手を伸ばすとローブのフードを脱がせた。
「おっ!これなら冒険者として活動しても大丈夫じゃないか?」
「ふふ」
「うん。確かに見る人が見ないと分からないな」
「いや、ぱっと見別人には見えないこともないが・・・」
男性陣の反応にカレリアは満足そうな笑みを浮かべたが、カノンにはよくわからなかった。
「見てみてごらん。とっても可愛いよ」
フランツが腰のマジックバックから手鏡を出してカノンに差し出した。
(わぁ、鏡を持ち歩いているんだ)
そんなことを考えながら受け取りのぞき込むと、鏡の中にはよくあるブラウンの髪と瞳ではなく、きれいな空色の髪と瞳のカノンが映っていた。おまけに背中の中ほどで切り揃えハーフアップにしていたはずの髪が、肩上まで短くなっている。
「ひっ!色がっ髪と瞳の色がっ・・・、いや、髪が短くなっ・・・!」
「ふふっ、髪と瞳の色だけでなく髪の長さまで変える効果付きの変身魔道具なの。素敵でしょう?滅多なことでは破れないし、防汚防水防火効果付きなのよ」
カレリアはそう言って、ついでのように凄い機能付きであることを暴露した。ついでに使用者登録をしている者にしか着脱は出来ないらしい。
そうだ。魔道具収集家のカレリアのマジックバックから「ただのローブ」が出てくるはずはなかったのだ。
「これでカノンちゃんが冒険者をしていても簡単には誰だか分からないと思うの」
「・・・こ、これ、かなり高価なお品なのでは・・・?」
一応、聞いてみる。
しかし肯定されたとしても、既にカノンの使用者登録がされている。今更買い取れと言われても子爵令嬢のお小遣いでは払えないだろう。
半泣きになっているカノンの様子に、美しく微笑みカレリアが言った。
「カノンちゃんも学園に入って懇意になる殿方とも出会うだろうから覚えておくといいわ。淑女たるもの贈り物の値段なんか気にしてはだめよ。──さぁ、こんなときはなんというのかしら?」
「あ、ありがとうございます・・・」
って、・・・
ちょっと待って、カノンはまだ冒険者になるとは言っていない。




