79 呪ってやる
「お前がアレに我の鱗をねだった者か!!!」
ドラゴンの瞳にソラに対する怒りの光が宿った。
一方ソラはドラゴンに対して殺意が沸いた!
フェイの腕から解放され立ち上がったソラがドラゴンと対峙した。
「わたしがあンのバカに鱗をねだったですってえぇぇっっ~!!!!」
あのストーカーにどれくらい悩まされたか知らないくせに、どれくらい迷惑をかけられたか、不快な思いをさせられたか、気味の悪い思いをさせられたか知らないくせに。家族に手を出されかけたこと、誘拐されかけたこと、全部、全部知らないくせに!!
これまで何をされても異世界を楽しむことに重きを置いていたソラだったが、腹立だしく思っていなかった訳ではない。ドラゴンの言葉に、これまで抑えてきたソラの怒りが閾値を超えた。
「ちょっとドラゴン!ふざけたことを言うのも休み休みにしなさいよ!!さっきから自分の事情ばっかりで、こちらの事情には聞く耳も貸さない。そんなだからアレとそっくりって言っているのよ!!!!
しかも言うに事欠いてわたしがあの馬鹿にドラゴンの鱗をねだったですって!?そんなモノいらないわよ!」
「そ、そんなものだと・・・!」
「そもそも欲しくないんだから、貰っても私にとって価値は皆無なの!大体ね!欲しいなら馬鹿に頼まず自分で獲りに行くわよ!!」
ソラのその剣幕にドラゴンは「それもそうだが、」と認めた上で「しかしアレは我が鱗をお前に与えると言っていた。諸悪の根源はお前であることには違いない──」そう言って睨み返してきた。
これまでは転生者・ハイにより、何があってもどこかこの世界を楽しんでいるような、客観的に見ているような、そんな感覚があった。
しかし”諸悪の根源”──この人の生活はおろか、命まで脅かす大事件の原因・・・その言われように、これまでオベルトによって積み重ねられてきた恨みやストレス、不快感が表出し、一気に爆発したのだ。
「ふふふ・・・」
ソラはインベントリから紙を一枚取り出すと、その思いを魔力と共に魔法陣に流し入れた。
古代魔法とは古き時代を生きて来た人々の生活を助けるための魔法──『生活魔法』だ。その為攻撃魔法は存在しない。しかし、火、水、風、土、光、闇──それぞれの属性に適合する魔法は一つずつ存在する。
その中でも闇属性の古代魔法が・・・
「七、古代複合魔法──『呪詛』・・・」
「なっ!」
ソラが小さく呟くと、ドラゴンの足元に黒々とした魔法陣が展開された。
呪いに関する魔法は今の世界には存在しない。しかし昔は存在したようで闇の魔法陣という形で書物には残されていたのだ。
闇の魔法陣に重ねるように怒りとストレスを乗せた闇の魔力を流し込んでおいた。
魔法陣からオドロオドロしい、煙とも炎とも違う何かが立ち上り、ドラゴンの白い身体に纏わり付いていく。
「我は光属性のドラゴンだ。呪いは効かん!」
そう言ってはいるが、纏わり付いた『呪い』はドラゴンの身体に何かを刻むように蠢き、確実にダメージを与えているようにみえた。効かなくとも、光のドラゴンに対して一番効果があるのが闇なのは確かだ。
「く・・・っ!」
結果、ドラゴンは肉体的には無傷だった。しかし『カノン』がこれまでオベルトから受けた言動の煩わしさや、ストレス。オベルトに対する嫌悪感などを、呪いを通じてストレートに感じたらしく「『カノン』がオベルトに何かをねだることはあり得ない。あれはオベルトの独りよがりによる暴走である」ことを理解してくれたようであった。
そしてその黒い感情は、闇属性の攻撃を散々受けた後の光属性のドラゴンにとって、かなりの精神的ダメージを与えたらしい。
「アレのことに関してはお前が無関係であることは納得した。随分不快な思いをさせたようだ。それに免じてこの土地は許してやろう」
ドラゴンの言葉に魔獣と戦っている人々から歓声が上がった。──のも束の間、
「アレのやったことに対する責任は、その血族にとってもらうことにしよう。よって、我は王都に向かう事にする」
その場にいた、特に王国騎士は愕然とした。
「しかし我には浄化が必要だ。五日後、我は王都に向かう。国王にそう伝えておけ」
そう言い残し、ドラゴンは魔獣と共に山に戻っていったのだった。
残ったのは傷を負い疲れ果てた人間と、荒れ果てた辺境伯領であった。
「「つ、疲れた・・・」」
ソラとフェイはその場に座り込んで、笑った。
問題は山積みだが、辺境の危機は一応去ったのだ。
「魔法師殿、君はクライスラー子爵家のカノン嬢──なのか?」
「あ~・・・」
そういえばドラゴンがよく通る声でソラのことをカノンと呼んでいた。
「すまない、ボクが呼んでしまったから──」
フェイがとても落ち込んでいる。でもあの時フェイが名を呼んでくれなければ、ソラは地面に叩きつけられていただろう。
「ご無沙汰しており・・・「いや、彼女とは会ったことがあるが、色だけならまだしも髪の長さも違うな。全くの別人か。
幸いここには我が領地の私兵と王国騎士しかいない。私から白龍殿の勘違いであったと伝えておこう」
ヴォカリーゼ辺境伯はそう言うと、ソラに笑いかけて頷いた。
「「あ、ありがとうございます!」」
「いや、こちらこそ助かった。ありがとう!!」
それから傷ついた騎士と私兵が一ヶ所に集められ、ドラゴンの声しか聞こえてなかった人たちに事の次第が伝えられた。ソラもそこに加わった。
「まずは今回、白龍殿が魔法師のソラ殿を『第二王子が白龍殿に鱗を要求した理由に上がっているファランドール王国のカノン嬢』だと勘違いしてくれたため、奇跡的に我が領の被害はこの程度で収まった。
しかしこれだけは言っておく。王国騎士は既に知っていることだとは思うが、カノン嬢は第二王子殿下に付き纏われている被害者だ。付き纒いが常軌を逸し未遂で終わったが最終的には誘拐まで画策し、殿下はファランドール王国への入国を禁じられた」
一国の王子がそのようなことを・・・と、私兵たちか騒然とした。
「そう言うわけで、今回の件は第二王子殿下の暴走であり、カノン嬢は一切関係ないとここに宣言しておく。あらぬ憶測や噂を呼ぶため、この件についての他言を禁ずる!」
ヴォカリーゼ辺境伯の力強い声があたりに響き渡る。風魔法で拡声しているようだ。
「そして問題はまだ解決していない。聞いての通り白龍殿が王都に向かうまで五日しかないため急ぎ獣魔便を飛ばし、あちらで対策を練ってもらう。
辺境を空にするわけにはいかない!我らも準備が整い次第一部私兵を派遣するが、まずは治療と休息だ。怪我人は辺境伯邸にて手当てをする。ここから邸までは距離があるため動ける者はすまないが動けない者に手を貸してやってくれ」
ヴォカリーゼ辺境伯の話が落ち着いたところでソラが手を上げた。
「あ、ちょっと待って下さい!私、光魔法使えます」
古代魔法を使った上に、光のドラゴンを精神的に追い詰めるほどの禍々しい闇魔法を使っていたソラの言葉に、一同が絶句した。
光魔法と闇魔法は対極。反発しあう属性のはずだ。いくら優秀とはいえ一人の魔法師が持っている属性なのか──いや、それよりこの魔法師は闇魔法と光魔法、古代魔法・・・たしか風魔法も使っていたように記憶している。一体何属性使えるというのか。
それはヴォカリーゼ辺境伯も同じ思いであった。しかも娘の婚約時の顔合わせで会った彼女は魔法すら発現していなかったし、もっと穏やかな性質であったはずだ。
先ほどの──我が娘と張り合えるほどの気性の粗さは、やはり別人としか思えなかった。この数年で彼女に何があったというのか。
しかし、これで辺境伯が疑問に思っていたことが解決した。ファランドール王国の対応だ。
子爵令嬢の誘拐騒ぎとはいえ未遂、しかも犯人は友好国の王族。本来なら握り潰すべき案件だ。にもかかわらず第二王子の入国禁止の措置を取ったということは、彼女が王族に守られており、友好国を敵に回すだけの価値があるということだ。
この多属性の魔法を使いこなす『魔法師ソラ』が子爵令嬢カノンであるというのであれば、第二王子に与えられた罰も適当だと言えよう。
そして第二王子がそこまでカノンに執着するのもこの魔法故というのであれば仕方がないのかもしれない。方法は間違っているが、この素晴らしい力を持つ魔法師を王子との婚姻により我が国に迎えようと考えているのであれば──。
ヴォカリーゼ辺境伯のこの心の声をファランドール王国の面々が聞いていたならば「絶対に違う」と全力で否定していただろう。オベルトにそのような高尚な考えはないと。
「八、みんな治れっ!」
ヴォカリーゼ辺境伯がそんなことを考えているなどとは少しも思っていないソラの呪文と共に、その場にいた者たちの傷と疲れが癒えていく。
それだけでも、いや、これまでの魔法を見ても十分に奇跡を見ているような気持ちであったのに、その後ソラは一枚の紙を収納から取り出した。
辺境伯の口からカノン=ソラであることは無事否定されたため、ソラは遠慮なく魔法を使うことにしたのだ。




