76 緊急依頼
これ以上余計なことを言わないように、オベルトは口の中に布を詰められたうえ拘束され、騎士に担がれて山を下りた。
この山はドラゴンの住処だ。国の領地ではない。
そのため山に踏み込んだ者のことをドラゴンは全て把握しており、交わす言葉も聞こえている。
それでも村人が狩りや山菜、木の実を採りに来る程度のことは見逃してくれている。しかし小屋を建てることは勿論、必要時以外の入山は国から固く禁じられていた。
それで百年以上の時を平和に過ごしてきたのだ。なのに、まさかこの国の王子がこのような事態を引き起こすとは!
この国の平和のため、辺境伯はオベルトをドラゴンに差し出すことを前提に動いていた。オベルトをドラゴンに差し出す旨の書状を国王宛てに従魔便で飛ばしたのだ。
しかし、この緊急時だというのに待てど暮らせど国王からの返事は来なかった。
五日目の朝。この期に及んで国王はオベルトを切るという判断も、誰かに相談することも出来ずに悩んでいた。そこにフォスターが偶然現れたことで、事態が明るみになった。
フォスターは瞬時に心を決め、父王にオベルトをドラゴンに差し出すよう今すぐ従魔便で返事を出すよう進言したのだ。弟を見殺しにするのかとフォスターに詰め寄る国王に、フォスターは国民を皆殺しにするのかと言い返した。
逡巡の末、やっとペンを手に取った国王であったが、同時刻の辺境伯領では大問題が起き、騒然としていた。
オベルトが逃げ出したのだ。
未だ国王からの返信は無いが、もうそれを待つ段階ではなくなった。
国王は我が子可愛さで、第二王子は我が身可愛さで国民を、そして国を見捨てたのだ。
しかし、辺境伯もただただこの五日間を国王からの返事を待って過ごしていたわけではない。
他の領地に事態を通達し、避難を呼びかけていたのだ。自領の民も、何が起こってもいいように隣国ファランドール王国の辺境伯領に受け入れてもらっている。
前宰相の罪と二人の王子の生い立ちは国内の貴族は説明を受けている。確かに気の毒だとは思う。だからこそ娘に対する第二王子の無礼も許してはいないが、沈黙を続けているのだ。
国王はあの我儘王子を放置してはいけなかった。もう幾度もファランドール王国で問題を起こし、最終的に入国禁止の措置まで取られたという。そうなる前に貴族牢にでも監禁して再教育をし、彼の傲慢さを正さなければいけなかったのだ。
前宰相によって歪められた王宮内を、貴族が一丸となって是正しようとしているこの時。杞憂に終わればいいと思って対策をしてはいたが、まさかそれが王族の手によって裏切られようとは!!
国王の返事が来なかった。第二王子が逃亡した。それはこちら側の事情、ドラゴンには関係のない話だ。
それでも我らはこの国を、民を、民の生活を、守らなければならない。
「フェイ!ソラ!国王からの指名依頼だ。お前たちの他にも『暁の庇護者』が出る」
ある日の午後、カノンの寮の部屋に冒険者ギルドの緊急用従魔便が飛んできた。アドルフからの呼び出しであったため急いでギルドに駆けつけると、そこで指名依頼であることとその内容を聞かされた。
「隣国の辺境伯領でドラゴンの怒りを買った馬鹿がいる」
「ドラゴンって、もしかして辺境伯領の白龍!?」
フェイがそう尋ねる。
ソラも幼いころから物語として聞いたことがある。どこかの国の山の中にはとても大きくて美しい白いドラゴンがいると。
山の中で仲間の魔獣や動物たちとひっそりと生活し、人間の生活を見守っているという優しいドラゴンの物語だ。まさか実在したとは!
しかも、はじめは『条件を飲めば』許されるはずだったため、念のため国民の避難のみを優先させていたらしいが、期限の当日になってその『条件』が逃げ出したらしいのだ。
「まさかその白龍の怒りを買った上に逃げ出した馬鹿って・・・」
「──第二王子だ。ヤツを差し出せば丸く収まるはずだった。その為救援要請が遅くなったんだ。『暁の庇護者』は今依頼でバーンスタイン王国とは逆方向に行っている。もう遅いかもしれないが、二人は急いで現地に向かって欲しい。いいか、ソラ、お前は回復要員だ。無理はするな」
え?とソラは思った。
オベルトに、バーンスタイン王国?
「え、もしかしてその辺境伯領は──」
「ヴォカリーゼ辺境伯領だ」
「!!!!!」
ジュールの婚約者であるジゼルの実家の領地だ。ジゼルたちが危ない!
「フェイ!行こう!!」
それを聞いた瞬間、ソラがフェイに向かって手を出した。フェイが頷き頭のフォークが揺れた。
「一!」
そう叫んだソラがフェイの手を掴んだ瞬間、その場から二人の姿が消えた。
「て、転移魔法──」
そう、誰かが呟いた。
ソラとフェイが落ちたのは、ちょうどジゼルの横、屈強な辺境伯の私兵の上だった。
転移の際、『ジゼル』のことを考えていたため、ジゼルの近くに落ちたと思われた。
私兵は流石に日頃から鍛えているだけあって、女の子が二人頭上から降ってきたくらいでは痛くも痒くもないらしかったが、流石に「???」という顔をしていた。
しかし、それどころではない。ごめんなさいと言うと、ソラはジゼルに詰め寄った。
「義姉さま!ドラゴンは!?」
ソラがジゼルに話しかけたが、ジゼルには一瞬キョトンとしたような表情を見せた。
そう言えば『ソラ』の姿で会うのははじめてだと思ったが、一緒に降って来たフェイに見覚えがあったためかジゼルは指で指し示し、ドラゴンの居場所を教えてくれた。
「あそこよ」
ドラゴンは麓の村の家屋を踏みながら、山から出て来たところだった。
「大きい・・・」
ここから見てもこの大きさだ。近くに行けばもっと大きいに違いない。
物語で読んだことがある。ドラゴンの弱点は『逆鱗』という一枚の鱗だということを。しかし、それがこの世界のドラゴンにも通用するのかも、どこにあるどんなモノなのかもソラは知らないのだ。
「まずはお前たち諸共、辺境伯領から消し炭にしてやる!」
ドラゴンはそう叫ぶと大きく口を開けた。
これは不味い。カノンの物語の知識によると、ドラゴンが大きく口を開けたらそれは『ドラゴンブレス』発射の合図だ。
「ソラ!結界だ!!」
咄嗟にフェイが叫んだ。
パニックになって存在を忘れていたが、書き溜めてきた儀式魔法の魔法陣の中に「守りの魔法」というものがあった。現代では失われている便利魔法の一つだ。
ソラは収納から一枚の紙を取り出すと、書いてある魔法陣に魔力を込めた。
紙が宙に浮き、書いてある魔法陣が虹色で縁取られていく。そしてすべての図柄が色を変えた時、魔法陣は紙から独立し、宙に浮き上がった。白紙になった紙がはらりと落ちた瞬間──
「二、古代魔法・結界!」
魔法陣は急速に拡大し、辺境伯領を覆った。




