70 タップミス
「は?」
「とぼけても無駄だ。カノンの時は指で魔法回数を数えながら使っているし、ソラの時は詠唱の時に数を数えている」
それもあの騎士からの情報か。そういえばカノンの手印魔法を見て「数を数えているようだ」と言ったのは彼だった。彼は余程有能らしい。オベルトはそれを自分の手柄だというように、笑みを浮かべて足を組みなおした。
「二十回かもしれないけど?」
カノンはオベルトを見据えてそう言った。
「もしそうなら、今頃魔法でも放って逃げているだろう?」
その返しにオベルトは変なところで頭が回るのだということを思い出し、カノンは知りたいことを聞くことにした。勝利を確信している時、人の口は軽くなる──これも物語から得た知識だ。
「あの蛇は?」
「あぁ、あれか?あれはあいつの魔法だよ。彼は元ファランドール王国の貴族らしくて風と契約魔法が使えるらしいんだ。勿体ないから俺が使ってやることにした」
(なるほど。昼間の討伐でやたら蛇が出たのもわたしの魔法を消費させるためだったというわけね)
カノンは最後に一番聞きたかったことを聞くことにした。
「あなた、何でわたしのことが好きってわけでもないのに付き纏うの?」
「いや?ちゃんと好きだが?」
「それは無いわ~。この間クライスラー子爵領でわたしの姿を見つけた時、『何故ここにいるんだ』って言っていたじゃない。普通好きな子に婚約を申し込みに来てその子と会ったら、そんなこと言わないでしょう」
後が面倒くさいから口には出さないが、意中の相手にプロポーズする時は贈り物か花束くらい(要らないけど)持ってくるものだということは、恋愛事に疎いカノンでも知っていることだ。それこそあの赤い魔石の指環の出番だろう(絶対受け取らないけど)。
「俺は言う」
「そんなにフェイが嫌い?」
「!!嫌いに決まっている!!!!あいつ、王弟の子かなにか知らないが一国の王子である俺のことをなめているだろう。いつも説教じみたことを偉そうに言いやがって!
だからカノンを俺のモノにしようと思ったんだ。そうすればアイツ絶対に悔しがるだろう。カノンの時もソラの時もいつも一緒にいるんだ。今頃カノンがいなくなったと吠え面かいているんだろうな!いい気味だ!!」
カノンがオルフェウスの名を出すと、オベルトは途端豹変し捲し立てた。
適当に鎌をかけたのに本当にフェイに対抗してとは思わなかった。そもそもオルフェウスとカノンはそういう関係ではない。
それに、オルフェウスの説教はオベルトの言動を見る限り仕方がないことだとカノンは思う。確かにはじめは当たりがキツイなとは思ったが、オルフェウスの本当の立場を知った今、同じ王族としてオベルトのことが許せなかったのではないかと思っている。
「──え・・・?そんなくだらないことでわたしを追い回していたの?」
「くだらないだと!?お前、一国の王子に向かって口が悪すぎるぞ!!」
そっちは一国の王子のくせに口が悪すぎるぞとカノンは思ったが、実害はないので黙っておく。
しかし断っても断っても心が折れないから他に目的があるのかとは思っていた。ハッキリ言ってカノンの『魔法』を手に入れる為なのだろうと思っていたのだ。まさかフェイに対抗してのことだとは思っていなかった。
バカらしい・・・。
「まぁ、いいわ。──じゃ、わたしは帰るね」
誘拐の目的と手段が分かったので、もうここにいる理由はない。拐われるという貴重な体験もさせてもらったし、みんなも心配しているだろうからカノンはそろそろお暇することにした。
「無理だ。もうじきバーンスタイン王国に入るから大人しくしておけ」
カノンはそう呟くと、オベルトを無視して馬車を内側から二回ノックした。
馬車が少しずつ速度を落とし、止まった。
先ほどの騎士が「あんまり休憩していると日付が変わるまでにバーンスタイン王国に入れませんよ?」と言いながら馬車の扉を開けた。
そしてカノンに気付くと、
「あ、クライスラー子爵令嬢、お目覚めでしたか。すみません。殿下の命令で仕方なく」
軽い感じでそう言ってきたのはカノンが魔法を使えないことを知っているからだろう。
へらへら笑う騎士の横を通り過ぎ、カノンは馬車を出た。
「おい!どこに行く!」
カノンを追ってオベルトも馬車を降りる。
「大丈夫ですよ、殿下。まだ日付が変わるまで一時間ほどありますし、魔法が使えない状態の令嬢がひとりこんなところから逃げるなんてできませんって」
「わたしの魔法が一日十回なんて誰が言ったの?」
カノンか騎士に尋ねた。
「ちゃんと調べましたから。こう見えても俺、有能なんで」
騎士が不敵に笑った。
確かに、とカノンは思う。
だが。
「へぇ・・・」
月明かりでカノンの笑顔が不気味に浮かび上がる。「目が笑っていない」という表現はよく聞くがそれがよくわかる表情だった。
ふと月明かりの中、カノンの横に直径二メートルほどの闇が浮かび上がっているのが見えた。よく見ると、その闇はゆっくりと渦を巻くように回転しており、風で舞う草や木の枝を吸い込んでいる。
「十一、複合魔法漆黒の穴」
「なっ、魔法は使えないはずではっ!」
二人は驚いているようだが、カノンは今日も転生者・ハイなのだ。そんなことは関係ない。
オベルトはやり過ぎたのだ。流石のカノンも今回のことにはムカついている。しかも彼のこの執着がオルフェウスへのモノだったなんて。彼の執着にも似たこの悪意?がオルフェウスに向かなくて本当に良かった。
「これはね、漆黒の穴っていうの。一度中に入ればそこは『無』の世界。自力では出ることの叶わない代物よ。一生虚無の空間を漂い、独り、生きることになる──」
「「ひっ!ひいぃぃぃっ!!」」
あの日のカレリアの真似をしてみたのだが、どんな人でも未知のものには恐怖するらしい。
カノンはニヤリと笑って重力操作でこれでもかと吸引力を上げた。
「「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」」
オベルトは直ぐに収納に吸い込まれていったが、騎士の方は吸い込まれたオベルトを見て恐怖し、かなり踏ん張っていた。しかし、どんどん上がっていく吸引力にとうとう耐えられなくなったようで、断末魔と共に収納に飲み込まれていった。
二人が吸い込まれたことを確認し、カノンは漆黒の穴を閉じた。そしてこんなところに置いて行っては可哀そうかと、馬車ごと馬もインベントリに(こっちは普通に)収納し、持ち帰ることにした。当然二人と共に吸い込んだ大量の落ち葉を出していくのは忘れない。
「あ~、やっちゃったな~。クスノセさん大丈夫かなぁ」
カノンはそう言って星空を見上げた。
カノンの魔法に制限回数があるのは本当だが、実は十回ではない。
★★
「──そうですね。ではその世界に存在する魔法なら何でも一日十回まで使用可能ということなら許可しますがどうされます?」
転生課でクスノセさんにそう言われたとき、たった十回じゃぁつまらないなぁって思った。多分クスノセさんには筒抜けだっただろうけど。
だからクスノセさんがタブレットにその旨を打ち込み、画面をこちらに向けたとき、心を無ににした。
「これでよろしければ、最終決定ボタンを押してください」
だってわたしの次の人生がかかっている。この動揺を悟られないように最終決定ボタンを押さなければならない。
わたしは無事にボタンを押し、現れたドアから異世界に旅立った。
ニコニコ笑いながらわたしに手を振っていたクスノセさんにわたしの喜びの感情が伝わったのか、彼は手元のタブレットに視線を落とした。
「っ!あぁぁぁぁぁ!!!!!」
気付いちゃったか。でも後の祭り。
きっとこの後も順番待ちの魂がたくさん並んでいたから、クスノセさんも焦っていたんだと思う。
よくあるよね。
タップミス。──10と100を間違えることなんて。
★★
「さて、帰るとするか。十二──」




