69 暴かれた回数制限
ドンドン、ドンドンドン!
夕食が済み部屋で寛いでいると、部屋の扉を乱暴に叩く音がした。何事かと立ち上がろうとすると、「私が出ます」と、同室のヴァン・オルレアン辺境伯令息が立ち上がった。
そんなに気を遣わないでと言ってはみたけど、それは無理なお願いだろうと思って彼に任せることにした。
「え?カノン嬢が戻ってこない!?」
こちらについてからヴァンはカノンだけを家名ではなく名で呼び始めた。カノンも然り。
何故か少しの不快感を覚えたが、ヴァンがオルフェウスとミレイユを名で呼ぶわけにはいかないのだから仕方がない。それに魔獣討伐中に「クライスラー子爵令嬢」「オルレアン辺境伯令息」などと呼び合う訳にもいかない。・・・分かっている・・・そんなことを考えている場合ではないということも分かっているが、どうしてもそんなことが頭をよぎってしまう。
カノン不在は直ぐにグリエール伯爵に伝えられ調査が行われた。そこで実践訓練の担当になっていた騎士も一人行方不明になっていることがわかった。
「訓練の指導に入っていた騎士の一人も居なくなっているようです。共にいれば良いのですが・・・」
ミレイユによるとカノンは食後、庭に散歩に出たらしい。
今日は訓練中から森の様子がおかしかった。カノンも珍しく上限ギリギリまで魔法を使っていたが、ミレイユはある程度事情を察しているとはいえカノンの魔法に回数制限があることまでは知らない。だからカノンを夜の散歩に送り出したのだろう。
何故もっと気を付けて居なかったのかとオルフェウスは自身を責めた。
「報告します。邸の敷地内の林に蛇の道と思われる蛇行しながら何かが通った痕跡がみられました。そのサイズからかなり大型の魔獣かと思われます。そして──」
言いにくいことなのか、騎士が言葉を短く切った。
「地面に火魔法の痕跡が残っていました」
行方不明の騎士は風属性だと聞いた。と、言うことは──
(カノンの魔法だ)
オルフェウスはカノンを捜索する騎士と共に森の中に入った。
遡ること数か月前。
ヴォカリーゼ辺境伯の私兵の手により強引にクライスラー子爵領から連れ出されたオベルトは、そのままバーンスタイン王国の王宮にまで送り届けられていた。
オベルトがしでかしたことを聞いた第一王子と国王、新しく宰相の座についた壮年の貴族は頭を抱えた。
「ヴォカリーゼ辺境伯に対して何ということを・・・」
国王がそう呟くと、オベルトは「父上はクライスラー子爵令嬢に婚約を申し込むことに反対などしなかったではないですか」と宣った。
確かに国王はオベルトがそこまで望むのであればと反対はしなかった。オベルトが言う通りその子爵令嬢が回復魔法をはじめとする複数の魔法を使いこなすのであれば、例え子爵令嬢とはいえ第二王子の伴侶として迎えることに反対する者はいないだろうし、国にとっても有用だ。だから「反対はしない」とは言った。
しかし、まさか国の守りの要でもある辺境伯の令嬢相手に訳の分からない恫喝を行い、勝手に作成した婚約の契約書を持って隣国の子爵領へ単身乗り込むなどと誰が思うだろうか。
オベルトの横暴に怒った辺境伯令嬢が私兵を引き連れてやってきた時も「結納品」だと訳の分からないことを言い、報告に走ろうとした兵士を止めたのだという。
呆れ果てたのか令嬢が何も言わずに引き下がってくれたことには感謝してもしきれないほどだ。
第二王子とはいえ王族の婚約。前回のソラ王女?の時もそうだった。オベルトは情熱的であるのか少し突っ走る性分であるのか、正式な手順をふもうとしない。
仮にクライスラー子爵令嬢への恋情が押さえられないものであり、婚約を確実にするためとはいえ、そこに『辺境伯令嬢への恫喝』を挟む必要はあったのだろうか。
しかも件の子爵令嬢はファランドール王国の王家と王弟の大公家、公爵令嬢である次期王太子妃の庇護下にあるというではないか。
その隣で王太子となったフォスターも頭を抱えていた。
「オベルト。これ以上ファランドール王国の領土で問題を起こせば国内立ち入り禁止を言い渡されてもおかしくない。それは王族として致命的だ」
「・・・わかりました。気を付けます」
フォスターの言葉に大人しく返事をしたため、この日はオベルトに離宮に戻るようにと指示した。
この後、国王とフォスターは新たにオベルトに就くこととなった侍従に話を聞き、隣国国王とヴォカリーゼ辺境伯、その令嬢ジゼル、そしてクライスラー子爵に詫び状をしたためるため執務室に籠った。
まさかオベルトが、侍従に「お相手のクライスラー子爵令嬢は控えめに言っても第二王子殿下のことを心の底から嫌っておいでの様でした」と言わしめた令嬢のことを未だ諦めておらず、フォスターの言葉を曲解しているとは思っても見なかったのだ。
「オベルト。これ以上ファランドール王国の領土で問題を起こせば国内立ち入り禁止を言い渡されてもおかしくない。それは王族として致命的だ」
フォスターにそう言われ、オベルトは「確かに」と思った。
友好国であるファランドール王国関係の公務はいくつかある。ファランドール王国に入国できないとその公務に参加出来なくなるだけでなくこちらで行われるファランドール王国関連の公務ですら参加できなくなる可能性がある。結果、フォスターへの負担が増える上に、致命的に格好の悪い王子へと成り下がることになる。
オベルトは考えた。そして閃いた。
(そうか。俺が直接動かずに人を使えばいいのだ。それに隣国でカノンと接触することが許されないのであれば、取り敢えず一度バーンスタイン王国に連れてくればいい)
カノンは言った。自分とは『親しくない』から一緒に行かないと。ならば取りあえずこの国に連れて来てから親しくなれば良いのだ。
「ふっ」
侍従の男は今父上と兄上に呼ばれ、先日の出来事の話を聞かれているらしい。
これまでは言われるがまま公務や執務をこなしてきたが、これからはやりたいことが出来るのだ。
宰相からはルクスの代わりに侍従が就くようになると、城内の者を使う時はまず侍従に伝えるように言われた。しかしあの侍従は辺境伯令嬢の時もクライスラー子爵領に向かう時も駄目だの一点張りで全く指示に従おうとしなかったのだ。怒鳴りつけ、どちらが上なのかを分からせてからは何も言わなくなり使い勝手も良くなっていたが肝心な時にいない。
「チッ」
オベルトは秘密裏に宮を出ると適当に歩き、適当に人の集まる店を選び入った。そしてそこにいたガタイの良い適当な男に声を掛けた。
オベルトは自身に仕える使用人たちが対価として「給料」という名の金を受け取っていることを知っていた。
「金は払う。ファランドール王国のカノン・クライスラー子爵令嬢をこの国に連れ帰りたいから協力しろ」
男は前金を受け取りその仕事を請け負った。
カノンが消えて二時間ほど経ったが手掛かりらしいものは見つかっていない。
心配し、自ら探しに行こうとするミレイユを明日の帰還のために控えていた公爵家の私兵に預け、オルフェウスは伯爵家の騎士と共に森へと入っていた。
その様子は「カノンの手がかりを求めて」──というより、「独りになれるところを求めて」といった方がしっくりと来るような足取りであった。
ちょうど同じ頃、カノンは馬車に揺られる気配で目を覚まし、目の前で眠る男を冷ややかな目で見た。
外を見るが真っ暗で何も見えない。しかし物凄いスピードで街道を走っていることだけは分かる。おそらくバーンスタイン王国に向かっているのだろう。
誘拐されるだなんて、異世界ならでは──とはいかないが、滅多に出来ない体験をさせてもらったようだ。あ、意識を狩られるって体験は異世界ならではかもしれない。
「今頃フェイたち、心配しているよね」
カノンの発したその声に、オベルトが目を覚ました。
「あ、カノン、起きたのか」
満面の笑みでそんな言うオベルトに呆れ、カノンは言った。
「まずはこの状況を説明してもらっても?」
「兄上がこれ以上ファランドール王国で問題を起こすなって言うんだ。だからとりあえずカノンをバーンスタイン王国に連れていくことにした」
(は?)
──カノンはオベルトのことを馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、実際は大馬鹿だったらしい・・・
「はぁ、──で、こんな方法を取ったのは?」
「普通に誘っても来ないだろうし、来たとしてもフェイがついてくるだろう?あいつ、今頃悔しがっているだろうなぁ」
カノンはオベルトが得意げに、笑みを浮かべながら口にしている言葉の意味が分からなかった。
「どうやってわたしを攫ったのか聞いても?」
質問を少し変えたカノンに、オベルトは自分の完璧な作戦に感心しているのだと思ってすべてを話し出した。
「あの騎士は少し前から俺の下で働いている者だ。有能な俺はカノンがグリエール伯爵領に行くという情報を入手し、あの騎士を送り込んだ」
得意気に話しているがオベルトにそのような能力は無い。恐らくあの騎士がすべてお膳立てしたのだろう。
「カノン──お前は一日に魔法を十回しか使えないんだろう?」
オベルトがニヤリと笑った。




