65 兄からのSOS②
「だからその前にカノンちゃんと第二王子との関係を聞いておきたくて──」
両親と兄の前でなければカノンも「あんの、クソ王子があぁ!」と叫んでいただろう。
しかし、ただでさえ娘が冒険者をしていることで心配をしているだろう両親に更なる心配をかけてはいけないと、カノンはその言葉を必死に飲み込んだ。
カノンには両親たちにどこまで話していいのか判断できなかったので、オベルトとの関わりはフェイに話してもらうことにした。つくづくフェイについてきてもらってよかったと思う。
「質問なのですが、その手紙は国王を通した正式なものでしたか?それに第一王子殿下はご不在だったのですか?国王陛下は第二王子に甘く当てにならないけれど、第一王子殿下は話の分かる方なのですが──」
封緘は第二王子のものだったらしいが、玉璽が押されていたわけではないらしい。そして、第一王子は現在公務のため城にはいないらしいのだ。
ファランドール王国に出した手紙同様、オベルトが勝手に出している可能性がある。
「止めてくれる人が不在ということですね」
「そもそもわたしと婚約って、殿下は一体何を考えているんだろ」
カノンにはさっぱり分からなかった。
その頃オベルトはクライスラー子爵領へ、馬車旅の最中だった。
あの別れの日、ソラは言った。
「わたしは殿下のことを例の街と学園での姿しか知りません」と。
あの街で会ったのは確かにソラだったが、学園で会ったのはカノンだ。ソラには会っていない。無意識に出たのだろうが、これでハッキリした。カノンとソラは同一人物だ。これでどちらにもフェイが張り付いていたことの説明もつく。
実際にフェイが張り付いていたのはオベルトである。そしてオベルトが学園で会った女生徒はカノンだけではないし、更にカノンとソラでは魔法属性という決定的な違いがあるのだが、全く気にはしていなかった。
それがはっきりすれば話は早い。“クライスラー子爵令嬢のカノン”ならば子爵と契約を交わせば簡単に手に入るからだ。
そう確信したオベルトは珍しくクライスラー子爵を調べ、偶然嫡男が自国の辺境伯令嬢と婚約していることを知った。婚約を確実にするために利用することにしよう。自国の貴族ならば言うことをきかせることなど造作もない──。
兄のことは変わらず慕ってはいるが、何故かソラの事は諦めるようにとオベルトに言ってくるのだ。オベルトはフォスターが不在の時を狙って行動を起こすことにした。
まずは適当なことを言ってジゼルを呼び出した。
結納品としてか、辺境伯の私兵を引き連れてやって来ていたジゼルに、カノンとの婚約に協力するように命じた。
ジゼルはとても怒っているように感じた。
それもそうだろう。格下の子爵家ではなく第二王子である俺の妻になれると思ってやって来たのに、俺の本当の目的を知ることになったのだから。
フェイに吠え面をかかせる為一刻も早くカノンと婚約したいオベルトは、嫉妬に狂うジゼルに全てを任せるのは信用ならないと、ちょうどジゼルを呼び出す口実に使った設定をそのまま流用することにした。
ジゼルとジュールの婚約を破棄してジゼルを自分の婚約者とするか、ジゼルとジュールの婚約はそのままにカノンを自分の婚約者とするかの二択。もちろんジゼルには子爵に後者を選択させるように誘導するよう命じた。
ジゼルとカノンの兄はすでに婚約をしている。子爵もその二人の婚約はそのままに、現在婚約者のいないカノンとオベルトを婚約させる方を選ぶに決まっている。何と言っても自分は一国の王子なのだから。
それに万が一辺境伯令嬢が失敗してもまだ『奥の手』がある。
兄であるフォスターもああは言ってはいたが、帰ってきた時にオベルトの婚約が決まっていたら喜んでくれるに違いない。オベルトは本気でそう思っていた。
友好国であるバーンスタイン王国のヴォカリーゼ辺境伯領と国境を挟み位置する辺境伯領は今日も平和だった。しかし、いつ何があるか分からないため有事の際にはすぐに動けるように鍛練は続けている。
そんな中、突然国王陛下から従魔便が届いた。
何事かと慌てて読むと、「明日の早朝、ヴォカリーゼ辺境伯の私兵と隣国のオベルト・バーンスタイン第二王子が入国を求めてくるだろうから通してやってくれ」と言うものだった。
そういえば今朝もヴォカリーゼ辺境伯令嬢が、供も連れずに単騎でクライスラー子爵領に向かったとの報告を受けた。しかし彼女はクライスラー子爵令息と婚約しているため、護衛を連れての入国は問題はない。しかし辺境伯の私兵となれば話は別だ。しかも第二王子もとなれば”有事”なのかと勘繰ってしまう。
何もなければこちらも辺境伯軍の出番だが、国王陛下直々の許可が出たとなると、国を揺るがす事態ではないのだろう。
しかし私兵に隣国の第二王子までやってくるとは・・・痴話喧嘩に私兵介入か?・・・まさかの三角関係──?
「なんてな」
辺境伯はそんなことを考えながらこの件を国境に常駐する騎士団に伝えるよう指示を出すと、本日の鍛練に向かった。
「私は私より強い男しか認めない!」
それがジゼルの幼いころからの口癖だった。しかし学園に通うようになってもジゼルより強い男が現れることはなかった。
そんな時王立学園に交換留学生が来るという噂を聞いた。剣の訓練に忙しく聞き流していたが、ある日訓練場に施設案内だと、教師に案内された見慣れぬ制服姿の男女が数人入ってきた。
手合わせをしていた相手の意識がそちらに向かったのがわかった。騎士科のくせにその程度のことで集中を切るとは何事とかと、ジゼルは剣に力を込めて相手の木剣を弾き飛ばした。しかしその剣は運悪く見学者の列に飛んでいったのだ。
「危ない!」
ジゼルが叫んだそのとき、勢いをつけて見学者の列に向かっていたはずの木剣が一人の男子生徒の目の前で止まり、下に落ちた。
「君はとても強いんだね。元気なのは素敵なことだけど、女の子が怪我をしたら大変だよ。気をつけてね」
男子生徒は落ちた剣を拾うとにっこり笑い、そう言ってジゼルに差し出したのだ。
男子生徒は交換留学生のジュール・クライスラー。子爵令息だった。
剣は全く駄目だそうで強いか強くないかで言うと、かなり弱かった。
ではなぜ飛んできた木剣を落とすことが出来たのかとジゼルが聞いたところ
「あぁ、あそこは剣の訓練場だと聞いたからだよ。そんなところに素人の集団が歩いていたらとても危ないだろ?予め風魔法で身の回りに防護壁みたいなものを作っていたんだよ」
そう、説明を受けた。ちなみにそれはあの時入ってきていた留学生は皆そうしていたらしい。
僕は弱いし臆病だからねと笑って言っていたが、実際に剣が飛んできたわけだし、褒められることはあっても臆病だと蔑まれることはないだろう。
それまでジゼルは騎士科の生徒たちに強者として扱われていたが、ジュールはジゼルが強いことを知っているにも関わらず、一人の女の子として扱った。そしてそんな扱われ方などしたことのないジゼルは戸惑った。でも、そう扱ってくれるジュールにだから言えたのかもしれない。
ある日ジゼルはジュールにこれまで誰にも言えなかった弱音を吐いた。
自分には兄が二人いる。どちらも辺境伯家の者として相応しく剣と魔法に長けているのに、ジゼルは殆ど魔法が使えないのだと。
そんなジゼルにジュールは言ったのだ。
「そっか。僕は辺境に近い子爵領の跡取りなんだ。それなのに風魔法は割と得意なのに剣はからっきしで・・・ふふ、僕たち足して二で割れたらいいのにね」
その時ジゼルはジュールの笑顔に心臓を撃ち抜かれた。いや、天啓だったに違いない。
本当に力を分け合うことは出来ないが、共に在ることで足したことになるではないか。割る必要はない。近くにいて、お互いが不足する部分を補えばいいのだ。
ジゼルはその考えをジュールに伝えることも説明することもなく、辺境伯経由でクライスラー子爵へ婚約を打診してもらったのだ──。
今となっては良い思い出だ。
ジゼルが昔の思い出に浸りながら愛する未来の家族たちと昼食を摂り終えた頃、クライスラー子爵領にオベルト一行が到着したという一報が入った。




