63 オベルトの中のアドルフ
ダンジョンの二階層は野原と森だ。その森に今回受けた依頼の薬草がある。
その森に足を踏み入れしばらく歩いたところで、薬草採取を終えたソラは小型の魔獣と目が合った。
『チチ?』
体調は十五センチほど。
大きな翠眼に何か入っているのか大きく膨れた頬。
大きな尻尾にフサフサした毛。
木に捕まるための大きな足と爪。
手には木の実を持っている。
そんな魔獣がソラを見て、不思議そうに頭を捻っている。
(え?リスの魔獣?)
『チチ、チチチ・・・』
『『チチチ・・・チチチ・・・』』
『『『『『『チチチ・・・チチチ・・・チチチ・・・』』』』』』
どんどん数が増えている。目を反らしていいモノか、言葉を発していいものか。
視線を逸らせないままソラが逡巡していると、その様子に気付いたフランツが言った。
「本当に『サンドワーム』が出て来たのには驚いたけど──また珍しいやつを引き当てたね・・・」
「あら、本当。『ハリケーンハムスター』だわ。ダンジョンに生息しているなんて、初耳だわ」
カレリアも感心したようにそんなことを言う。
「えっと・・・目は逸らしても問題ないのでしょうか?」
何故か目を逸らせずにいるソラが二人に尋ねると、「逸らしても良いけど、先に視線を逸らすと負けを認めたことになるよ。勝ったと思った瞬間、奴らは一斉に襲い掛かって来るから気を付けて逸らしてね」とフランツに言われてしまった。
対策としては、彼らの気を引くモノを投げたり視線を合わせたまま軽く魔法攻撃をしたりして、あちらから先に目を逸らしてもらうことなのだそうだ。
その時だった。
「なんだこの小さな魔獣は!」
オベルトがズカズカと近付くと、首根っこを持って『ハリケーンハムスター』を持ち上げたのだ。
『『『『『『『『『チチチーーーー!!!!!!!』』』』』』』』』
当然魔獣は大激怒した。
「水魔法で彼らの気を逸らすんだ!!みんな!急いで森を抜けるぞ!!」
そう言うが早いか、エイシスが野原に向けて駆け出した。
カレリアやアッシャーはもちろん、オベルトを引きずりながらフランツも既に走り出している。
「ソラも急いで!」
フェイがソラに声を掛ける。どういうことなのかとフェイに聞いたところ、『ハリケーンハムスター』は『ハリケーン』の名の通り、風をおこして辺りのモノを全て巻き上げるため、森の中で攻撃されてしまうと『薬草畑』としての「森」が再起不能になってしまうらしい。
ダンジョン内では基本魔獣と出会っても見て見ぬふりをするのが常識なのだ。捕まえて持ち上げるなど以ての外だ。
『ハリケーンハムスター』に関して言えば、幸い縄張りである森から出てくることはないらしいので、遭遇したら逃げるのがベストだ。
ちなみに睨み合いに勝利すれば従順になるので一部愛好家にはペットとして需要はあるが、勝負を挑むには森の縄張りに入らなければならず、睨み合いは数日に及び、負ければ酷い目に遭うため、中々チャレンジする者はいないのだという。
(え?睨み合いに勝てば使い魔ゲット???)
「寮はペット禁止だよ。それとも学園の敷地内にいる間は収納でもしておく気?」
ソラは一瞬そんなことを考えたが、察したフェイに先回りされてしまった。
確かに半日以上収納内に入れておくのは可哀そうであるため、やはり使い魔は断念することにした。
「何故殺さないんだ!あのような小型魔獣に背を向けて逃げるなんて、それでも冒険者かっ!!」
追って来られても迎え撃てるように被害が最小限で収まる野原まで引き返してきた。どうやら追ってまでは来ていないらしい。
皆が息をついていると、フランツに引きずられていたオベルトが立ち上がり悪態をついた。
「ここは薬草畑だ。魔獣の討伐より環境の保護が優先される」
「俺は王族だっ!俺より優先されるものなんて何もない!!」
「ここはバーンスタイン王国ではありません。それに、それを言うなら優先されるのは我が国の王族です。しかも、オベルト殿下の安全は保障せずともよいとバーンスタイン王国国王から許可が出ているんですよ。
そのことはこの国に来る前に聞き及んでいるはずです。──にも拘わらずソラに付きまとい危険な冒険者活動にまで同行しているんです。命があっただけでもありがたいと思って頂きたい」
そう、ここには我が国の王族であるカレリアとフェイが居るのだ。
エイシスにそう返されてオベルトは二の句も告げられないようだった。
すると、他に捌け口を探してか、フランツを指さし叫んだ。
「おいっ!!お前っ!俺を引きずってただで済むと思っているのか!!」
「王子様はお姫様抱っこがお望みだったの?でもごめんねぇ。僕は女性しか抱き上げたくないんだ。それに王太子殿下から引きずっていいって許可を貰っているからね」
「え!?」
オベルトは驚いているが、それは「約束の一週間を終えたらオベルトを国境まで“引きずってでも”連れて行って国から追い出して欲しい」という、依頼の『例え』に使われた言葉では・・・?
そう思ったが、ソラは何も言わなかった。
その後、それでなくとも引きが強いのに、現場を混乱させるオベルトがいては何が起こるか分からないと、早々にダンジョン探索を切り上げることになった。
「ソラ、俺と一緒に来い」
ギルドに到着して一息ついていると、オベルトがソラにそう言った。
「それならあの時も断ったと思いますけど?」
「あの時は大切な用があると言っていただろう?さすがにもう終わっているはずだ」
そういえばあの時は確かにミレイユの婚約披露パーティーが控えていたためそのようなことを言った気がする。ソラは大きなため息をついてオベルトに言った。
「あのね、『大切な人との大切な用』はこの先も沢山控えているんです。
学園だってわたしにとっては大切な用だし、フェイとする冒険もそう。この国での毎日の出来事が全て私にとっての『大切な用事』なの。隣国に行くくらいなら実家に帰って家族の顔を見たいです」
フェイの名前が出てきた時、若干フェイの顔が緩んだ。
その顔を見逃さなかったオベルトはソラに言った。
「俺とは?俺との時間は大切ではないのか?」
ソラは、オベルトが何を言っているのか分からなかった。
「え。そもそも殿下とわたしって特に親しいわけではないですよね。
殿下は顔見知り程度の方との時間を家族や友人との時間を引き換えにしてでも優先したいと思いますか?」
「え?」
ソラの言葉にオベルトは愕然とする。それを自分の言葉を理解出来なかったのだと判断したソラは、さらに続けた。
「そうですねぇ。殿下は第一王子殿下との時間を棒に振って、ここに来て初めて出会ったギルマスのアドルフさんと旅行に行こうと思いますか?思わないでしょう?──そういうことです」
「ブホッ」誰かがむせた。
ソラが言いたいことは分かるが、オベルトがソラを誘うこととアドルフがオベルトを誘うことにはそのイメージに随分乖離がある気がする。例えに使われたアドルフもかなり微妙な顔をしている。
オベルトは自分の存在が、ソラの中で”オベルトの中のアドルフ”と同等なのだと言われたことにショックを受けていた。
「それにわたしはこの国だけで十分楽しいんです。わたしは殿下のことを例の街と学園での姿しか知りません。こう言っては何ですけど、殿下はかなり自己中心的な性格をしていますよね?すぐに怒鳴るし、少しでも気に入らなければすぐに命を奪うように命令する。そういった人と一緒に時を過ごしたいとはこれっぽっちも思いません。
そもそも殿下と一緒にバーンスタイン王国に行ってわたしは何をするんですか?目的も目標もないのに一緒に来いと言われても困ります。はっきり言って迷惑です」
ソラはオベルトに本音を伝えた。また不敬だなんだとうるさく言ってくるかもしれないが、こういう輩にははっきり言わないと伝わらないのだ。
一方オベルトはフェイからソラを奪って吠え面をかかしてやろうとしか思っていなかった。
だからソラを連れ帰った後のことなど何も考えていない。以前の婚約の打診だって友好国からの申し込みであれば王女であるソラは簡単にこちらの国へやってくるだろうと思っていただけなのだ。
「殿下。ソラには強大な後ろ盾が付いています。どのみち一国の王子どころか誰の手にも負えませんよ」
「俺は諦めない。必ずフェイからソラを奪ってやる──」
ソラの言葉にショックを受けたオベルトは意味不明な言葉を残し、『暁の庇護者』に連れられ大人しくバーンスタイン王国へ戻って行ったのだった。
「お前たち、奪い奪われる関係なのか?」
「「はぁ???」」
ふとそんなことを口にしたアドルフにソラとフェイは、呆れたような視線を向けた。
「いや、す、スマン・・・」
取りあえず、週明けからは平和な学園生活が送れそうだ。




