60 フェイの正体
「その色──王族だか何か知らないが俺に危害を加えてタダで済むと思うなよ!」
オベルトがオルフェウスを負けじと睨みつけ、負け犬の遠吠えのようなことを言っている。
流石に『ソラ王女』の件でファランドール王国の王族が金髪碧眼であることを学んだのか、彼が王族であることにはすぐ気付いたらしい。
「君こそ王族だか何か知らないが、この国の次期王太子妃であるオークス公爵令嬢に危害を加えてタダで済むと思っているのか?」
ブーメランのように帰ってきた自身の言葉にオベルトが言葉を失っていると、周囲に聞こえないように声を落とし、オルフェウスが黒い笑顔で言った。
「君、何度も断られたにもかかわらず、かなり無理を言ってこの国に来たって自覚しているのか?」
「くっ!」
何も言い返せないところを見ると自覚はしているらしい。
「君がこの国に来る時に『自分勝手で尊大で人の言うことなんか聞かない君の安全などが保証できないから無理だ』と返答したところ、君の父親から『安全は保証しなくていいから特別聴講生として一週間だけでも学園に通わせてくれ』とまで言われたから仕方なく受け入れたんだよ。
わかるか?この国で誰が君に危害を加えようと、怪我を負わせようと、すべては君の自己責任なんだよ」
「え?」
結構面と向かって悪口を言っていた気がするがそれが気にならない程『安全を保証しなくてよい』ということにオベルトも驚いているようだった。聞いていないのか?いや・・・聞き流したのかもしれない。
「君は次期王太子妃に危害を加えたんだ。次に問題を起こせば強制的に帰国してもらうからそのつもりでいてくれ」
オルフェウスはオベルトにそう言い放つと、ミレイユとカノンを促しその場を立ち去ろうとした。その時だった。
「待て!そっちの公爵令嬢は連れて行って構わないが、もう一人の令嬢は置いていけ」
「「はぁ?」」
空耳だろうか。カノンの耳に、低い声が二人分聞こえた気がした。
しかし、だ。
やはりオベルトの目的はカノンだったようだ。だが、カノンとソラは似ても似つかない。なのにどうしてオベルトがカノンに目を付けたのかがさっぱり分からなかった。
しかしその理由は直ぐに本人の口から語られた。
「そいつは王族じゃないのに三属性の魔法が使えるんだろう?俺の探し人かもしれない。話がしたいんだ」
──なるほど。そうきたか。
「・・・クライスラー子爵令嬢、彼と話をする?」
オルフェウスが一応カノンに尋ねてくる。
(オベルトと話?)
「え、イヤです」
「何故だ!この俺が頼んでいるんだぞ!!」
「いや、あなたは王太子殿下の婚約者に平気で危害を加える人ですよ。そんなあなたと二人で話すなんて一介の令嬢には恐怖でしかありません。無理です」
「何でそんな冷たい言い方をするんだ?お前は『ソラ』なんだろう?」
冷たいも何も、オベルトに温かく?話しかけた覚えなどこれっぽっちもない。しかしそれを顔に出しては「全く心当たりがありません」という渾身の演技が水の泡だ。カノンの口から、自分でも驚くくらい感情のこもっていない声が発せられた。
「は?誰ですか?それは」
「そんな・・・『ソラ』じゃないのか?」
「──だからそれは誰ですか?」
これで、別人だと思ってくれたらいいけれど──ショックを受けて立ち尽くすオベルトを放置して、カノンとミレイユはオルフェウスに連れられその場から立ち去った。
そして今、カノンは学園長室にいる。コラーリ先生に連行される以外でこの部屋に踏み込んだのは今回が初めてだ。
学園長が三人にお茶を淹れてくれている間に、カノンはオベルトに掴まれたミレイユの腕を見るため、彼女の制服の袖を少しまくり上げた。
「やっぱり・・・」
ミレイユの腕には赤黒い内出血があった。一体どんな力で掴んだらこんなことになるのか。しかもこれはカノンの所為なのだ。悔しくて、申し訳なくて目に涙が滲む。
令嬢が身体に傷をつけられることの意味などオベルトは何も考えていないに違いない。
「あいつを追い返すのにこの跡は必要?必要ないなら今すぐ消したいんだけど・・・」
カノンがオルフェウスを見てそう言う。カノンの潤む瞳に気付いた彼は優しく笑って「消してしまっていいよ」と言った。
それを聞いたカノンがすぐさま手のひらでミレイユの腕を撫でると、一瞬で痛みも内出血もすべて消え去った。
「カノン様、ありがとうございます」
本日、五回目の魔法だ。怒りのあまり設定を忘れ、勢いでミレイユに回復魔法を使ってしまっていたが、そのことを誰も指摘しなかったため、カノンは全く気付いていなかった。
治療が終わったところで護衛と侍女がミレイユを迎えに来たため、彼女とはそこで別れた。
「まだアレが近くにいるかもしれないから君は僕が寮まで送ろう」
「・・・」
彼がフェイであることは確信していたカノンだが、何か物凄く違和感を覚えていた。
男の子の格好をしているから?
それとも色が違うから?
いや、違う。
ではなんだろう?
カノンは無意識にオルフェウスをじっと見つめていることに気付かなかった。
「な、何かな?クライスラー子爵令嬢・・・」と、少し頬を染めたフェイがよそよそしく家名でカノンを呼ぶ。そして目が合った時、カノンは感じていた違和感に気が付いた。
「あぁ、いつものフェイと違って目線が高いんだ。いつものフェイは私と同じくらいちっちゃいから!」
思わずそう言ってしまったカノンに、学園長は額に手をやり『あちゃー』みたいな表情をした。あ、また間違えた?とカノンは思ったが時すでに遅く、完全に目が据わっているフェイがカノンを見下ろしていた。
「君は一体僕をなんだと思っているのかな?」
フェイへの禁句は「年齢」だけではなかったらしい。
それからカノンは、黒い笑顔のフェイに魔道具でソラと同じく髪と瞳の色を変えている以外に、最近では冒険者をはじめてから伸びはじめた身長と声変りした声を誤魔化すため、魔道具で声と体のサイズまで変えているのだと、それはもう懇々と説明を受けたのだった。
そしてオベルトに関してだ。
その属性数からソラが王女だと思いこんでいたが、それを否定されてしまった。しかし本人も言っていたように、そこに「王族と同じ属性数」を持った生徒がいると聞き、何の確信もなく単純に「その生徒がソラだ」と思ったのだろうということだった。
そしてオベルトの予想は正解である。しかし髪の色や長さ、瞳の色まで違うカノンを見たにもかかわらず、何故ソラ=カノンと思えるのかが謎だが、それは全てオベルトが単純だからという一言で片付けられた。
オベルトが帰国するまであと四日。
このままごまかし通すのか、オベルトが何かをやらかして強制送還となるのか。
「「面倒くさいからどうでもいいよ」」
オルフェウスとカノンの声がハモる。
未だ違和感はあるけれど、姿形が変わろうとやっぱり彼はフェイなのだとカノンは思った。
「あれ?なんか忘れているような・・・?」
カノンは違和感つながりで何かもう一つ見落としていることがある様な気がした。
「・・・・・・」
あ。
「あーーーー!!!!フェイって王族だったの!!!???と、言うことはカレリアさんも!!??」
「そうだよ。あ、父です」
「ご紹介にあずかりました。カレリアとフェイの父です」
なんとオルフェウスは学園長の息子だったらしい。




