54 フローティ
「──ソラ、お前俺と一緒にバーンスタイン王国に来い」
思わず出た言葉に驚き、オベルトは自身の口を押えた。
しかし、ソラをバーンスタイン王国に連れていくのはいい案だとオベルトは思った。見た限り、ソラは光、風、水の三属性と特殊魔法と言われている空間魔法を使っている。
バーンスタイン王国にも魔法を使える者はいるが、ソラの足元にも及ばない。きっと連れ帰れば重宝するだろう。
それに、フェイとかいう生意気なヤツとソラはかなり仲が良いように見えた。ここでオベルトがソラを連れ帰れば、フェイの鼻を明かすことが出来るのではないかと考えたのだ。
──そういえば、ファランドール王国では三属性の魔法を使うのは王族だったはずだ。計算は合わないが、冒険者としてのソラはきっと世を忍ぶ仮の姿で、実は王女に違いない。そしてフェイはソラの護衛騎士なんだ。王女の護衛だから女装をしているし、ルクスのことであんなに突っかかってきていたんだ。
それにソラさえいれば、王国に戻り多少怪我をしたとしても回復魔法を使えるため問題もなくなる。王女だからただ連れ帰るのは問題があるというのであれば、婚約してやってもいい。
「え、嫌ですけど」
オベルトが一人妄想に浸っていると、ソラが言った。
そもそもオベルトはここからUターンだが、ソラは現在依頼の途中だ。報告の義務がある。
しかも婚約パーティーには必ず参加するようにとミレイユから懇願されているのだ。何の為に誘われたのかは分からないが、今からバーンスタイン王国について行けば婚約パーティーには間に合わない可能性が出てくる。
「この俺が誘っているのにか?」
はっきり言ってオベルトは美形だ。友人もおらず、貴族に声を掛けることも禁じられていたため言葉を交わすことは叶わなかったが、公務の際に令嬢から送られる秋波には気付いていた。
そのため、まさか自分が誘って断られるとは思っていなかったのだ。
「え?はい、誰に誘われようとバーンスタイン王国には行けませんよ。『暁の庇護者』が一緒に行くならこれ以上戦力はいらないでしょう。私は今、依頼の途中ですし大切な用事も控えているので。
では用件は伝えたので、私はこれで失礼しますね」
ペコリと頭を下げると、ソラは振り返りもせずオベルトの前から去って行った。
そう言えば同年代の者とこんなに長く会話をしたのははじめてだった。(フェイとは言葉を交わしたとは認めたくないため、ノーカウントだ。)
ソラは大切な用があるのだと言っていた。その用が終われば問題ないということだろう。よし、今回の件のカタが付いたらソラを迎えに来よう。
フェイに吠え面をかかせるためにも必ずソラを手に入れると、オベルトは心に決めた。
翌朝、フェイと共にソラは開店前の屋台街に向かった。
「よっ、お嬢ちゃんたち、待ってたぜ」
「おかげさまで昨日は盛況だったが、本当にお礼はこんなのでいいのか?」
そこは昨日ソラがエメラルドグリーンの飲み物にアイスをトッピングし話題になった屋台だった。
本来ならレシピの提供は売り上げの何%という契約を結んで行われるものだったが、ソラは「好きな時に『エメラルドグリーンの飲み物にアイスをトッピングした商品』を飲みたい」と言ったため、今後ソラがここに寄った時は、まとめて商品を売ってくれるよう提案したのだ。
「はい。ではこちらによろしくお願いします」
ソラは昨日ガラスのコップを売っている店を回り、理想的なグラスを見つけ、まとめ買いをしていた。
この暑い中、商売用の氷を使わせては申し訳ないのでソラは複合魔法で作り出した氷を次々グラスに入れていく。次に飲み物屋のおじさんが飲み物を注ぎ、仕上げにアイス屋のおじさんが白いアイスをトッピングした。アイスが溶ける前にソラがどんどんインベントリに収納していく。
「よくわからないけど、お嬢ちゃんは腕のいい魔法師なんだなぁ」とおじさんが感心したように言ったところで、もう一人のおじさんが思い出したように言った。
「そうだ、昨日おじさんたち二人で一生懸命この商品の名前を考えたんだけどいいのが浮かばなくってさ。お嬢ちゃんたち、なんかいい案出してくれないか?」
急に言われてもと、ソラはフェイの方を見た。スイーツ好きのフェイのことだ。新しいスイーツの名前くらい簡単に思いつくに違いない。
「ん~『フローティ』なんてどうかな、エメラルド・フローティやフローティ・アイスでもいいけど、どちらかのお店に偏ってしまうだろうし」
「『フローティ』か。なんか可愛らしい名前だなぁ。おじさんじゃ思い浮かばないよ!ありがとう!」
ソラが受け取る分の商品の作成風景を見て、先ほどから開店を待つ女性客の列が出来ているのだが、そこに並ぶ人々も『フローティ』と聞いてうんうんと頷いている。無事に受け入れられそうだ。
だから『フローティ』と聞いて・・・ちょっと惜しいなぁと、ソラが感じたのは気のせいに違いない。
「珍しいですね。殿下が公務でもないのに宝飾品を着けているなんて」
バーンスタイン王国の若き宰相フーガは、フォスター第一王子が黒い魔石のペンダントを着けているのを見てそう言った。
黒い魔石は闇魔法の魔石だが、ここまで深い色──漆黒と呼べるほど魔力を含んだ物は珍しい。かなり希少だ。──フーガは、目を奪われた。
「あぁ、貰い物なんだ。珍しいだろ?でも私がこれを着けると毒々しいと思わないか?」
確かに赤い髪と瞳の第一王子の胸元に漆黒のペンダント・・・持って生まれた美貌も相まって、大変似合っているが受ける印象は王族というより──
「だろ?」
フーガがなんといえば良いのか思案していると、その間で察したらしいフォスターが苦笑した。
そしてペンダントを外すと宰相に渡した。
「このままで申し訳ないが、貴方にあげるよ。私より似合うんじゃないかな」
「このような希少な物を・・・!」
「宰相にはいつも助けられているからね。そのお礼だと思ってくれ」
フォスターはそう言うと、「いつもありがとう」と言い残して立ち去った。
フーガは手の内に残ったペンダントを見た。
漆黒の魔石がついたペンダント。闇魔法には精神干渉や記憶操作の力があるが、それは魔道具や付与に使われればの話だ。ただの宝飾品に石として使うだけであれば魔石の属性などなんの意味も持たない。
他の属性の魔石は多く流通しているが、光と闇魔法の魔石は他の属性のものより流通している量が少ない。しかも閉じ込められた魔力量に比例して濃くなるといわれている魔石の色がここまで濃いとなると──このペンダントの価値はとてつもない。その価値も分からず似合う似合わないで決めるとは・・・!
宰相はペンダントを自身の首に掛けるとうっとりと微笑んだ。




