5 作戦変更
「馬鹿野郎!商品に傷をつけんなっていつも言っているだろうが!」
盗賊の頭領らしき人物は、カノンを一瞥するとリーダーの男を怒鳴りつけた。
「ひィ!お頭、大丈夫です。この娘は無傷でェ。それに水魔法を使えるんでさァ」
「こんなに血まみれなのに本当に怪我をしていないのか?フンッ、まぁ、傷がないならいい」
一体何の血なのか。それはリーダーの男にも分からなかった。この娘は馬車から出て来た時からアンデッドと間違えられるほどに血に塗れていたからだ。
「これでは容姿がよくわからんが、魔法が使えるならそれなりの値が付く。兵を半数近く失ったが、まぁ、良いだろう」
カノンはこのアジトに連れてこられて直ぐこの頭領と対面させられていた。
「しかしお頭ァ。こいつッスねェ・・・頭は少しオカシイんですよォ」
盗賊の男がそんなことを言った。「失礼ね」とカノンは思ったが、逃げる盗賊の後を獲物が追いかけて来たのだ。頭がおかしいと思われても仕方がない。しかも盗賊のアジトに連れてこられたというのに泣きも叫びもしないのだ。
「逆に好都合だ。宝物小屋に閉じ込めておけ。傷をつけるなよ」
頭領が話は終わりとばかりに背を向けた。
その後カノンはリーダーに集落の一番奥の一軒家に連れて行かれ、縛られたまま二階の一室に閉じ込められた。
ガタッ。カチャン。
外から扉に閂をかけられた音がした。
カノンは信じられないものを見るように部屋の扉を見た。
「え、この部屋に閉じ込められたの!?”小屋に閉じ込める”って言っていたじゃない!トイレとかどうするの!?そう言えばお昼ご飯も食べてないし、この部屋椅子もテーブルもない!」
盗賊に捕まっておいてそんな好待遇で迎えられるはずもないのだが、誘拐された経験などないカノンは戸惑っていた。
もしかしてモヨオスたびに盗賊を呼ばなくてはならないのだろうか。え?ひょっとしてトイレにもついてくるとか?そもそも宝物のための小屋にトイレがあるのか・・・
窓から外を見ると、先ほどカノンをこの部屋に閉じ込めた男が出ていくのが見えた。カノンはこの小屋に入ってから、人の気配を感じなかった。
呼ぶのもあり得ないのに、呼んでも人がいないのだ。と、言うことは・・・──冗談ではない。
窓を開けて男に声を掛けようと試みるも、はめ込み式であるため令嬢の力ではビクともしない。
転生者たるもの魔法が使えるのなら使いたいと思うのが普通だ。しかし、いつどこで魔法を試せばいいのかが分からなかった。ならば魔法を試すついでに盗賊のアジトを叩けば一石二鳥だと思ったのだ。本当なら到着後すぐ動いても良かったが、こんな経験そう何度も出来ないため──じゃない、対人戦の経験がないため(対魔獣戦の経験もないが)夜になってから秘密裏に動こうと考えていた。
ヤルなら夜。これは物語では定石だ。しかしこうなっては作戦を変更せざるを得ない。
食事はともかくトイレにも行けない・・・そんな状況に甘んじるのは貴族令嬢としての矜持にかかわるからだ。
「三──切れろ」
カノンは外側に向かう刃のようなイメージで自身に風を纏わせると、拘束している縄を切り裂いた。そしてこれだけのために本日三回目の魔法を消費するのは勿体ないと、風を纏ったまま部屋の扉に向かった。
「っ!!カノン嬢を追うぞ!!」
カノンが森に向かって走り去って行くのを見送ってしまったエイシスたちは、何が起こったのか理解できないでいた。──こんなときに呆けることなどあり得ない。あり得ないが、色々衝撃がありすぎた。しかしそれは護衛対象が敵陣に飛び込むことを見逃してしまった言い訳にはならない。
今回の依頼を受けるに当たり、他の冒険者には自分たちがカノンの護衛であることは説明していたため話は早かった。
「ここからは別行動だ。こちらのことはいいから君たちはこのまま馬車の護衛任務を遂行してくれ!」
エイシスたちはそう言い残すと手早く気絶している盗賊たちを拘束し、カノンを追って森に入った。
王都まではあとわずかだ。長距離馬車の護衛はここから先は通常の護衛だけでも大丈夫だろう。
「フランツ!」
「はいはーい」
軽い返事をするフランツだが、その表情は至って真面目だ。
フランツは目を閉じ静かに詠唱すると、両手を空に向け魔力を放った。
「探査!」
フランツの風魔法がカノンの気配を追う。
「いたっ!こっちだ」
カノンの気配を追うと、そこには小さな集落があった。普通の村とは違い不自然な点と言えば、人相の悪い男たちがウロウロしており女性や子供の姿が見えないところだろう。カノンは集落の中でも小さな小屋の中に捕らえられているようだった。
エイシスたちは集落を観察し、カノンが捕らえられている小屋を確認した。盗賊が剣士だけであればどうとでもなるが、先ほどの火球から察するにこの盗賊の一味にはおそらく複数人の魔法師が所属している。人数や属性、どの程度の魔力があるのかによって対応は変わってくる。
このまま様子を探り、カノンに危害が加えられるようなことがなければ夜間に──と話し合っている矢先、事は起きた。
バタン!
どこからか大きな音が聞こえたかと思うと、カノンの捕らえられている家の扉が鍵の部分と蝶番を残して外側に倒れたのだ。四人が何事かと思って見ていると、中からカノンが現れた。
「カレリア・・・」
「そうね。あれは風魔法だわ──となると、あの子は光、水、風の三属性持ちということになるわね」
カノンの魔法についてはよくわからないが、とり敢えず今はっきりしていることが一つ。
さっきの話し合いは無駄。今すぐ救出に向かわなければならないらしい。




