48 トリオ村③
自分たちの半分もない細腕のか弱そうな少女フェイと回復魔法を使ったばかりで疲弊しているソラ・・・心配で仕方がないが、大丈夫だというからには無理について行って迷惑を掛けてはいけないと、村人たちは遠くから二人を見守ることにした。
そんな彼らが数分後に見たものは──
「二!この近辺の森に住まう熊の魔獣よ、全てこっちに来い!!!」
「え?熊、飛んでない?」
「飛んでるな・・・」
「熊って飛ぶのか?」
「え?」
「魔法じゃなくって、え?こ、拳・・・?」
「こぶしって・・・えぇ・・・」
そんな彼らが数分後に見たものは、何故か不自然に茂みから飛び出し、真っ直ぐ、しかも次々と少女に向かっていく熊魔獣と、自分たちよりひと回りもふた回りも小柄なその少女が、次々と飛んで?くる熊をすべて拳ひとつで沈めていくという衝撃的な姿だった。
ブラッドベアも何が起こっているのか理解できないようで、魔法で反撃する間もなくフェイの拳の餌食になっていた。
結果、ホワイトベアはおらず、おそらく村人の血で進化したであろうブラッドベアが全部で五頭だった。
「素材──毛皮は無傷だし、魔石も取れる。冒険者ギルドに持ち込んだら高く売れると思うよ。ボクたちは国から報酬が出るから、これは村の復興の資金にしたらいいよ」
ねっ。と、フェイが笑って小首を傾げる。首の動きに合わせて帽子のフォークが揺れていたのが村人たちには印象的に映った。
その日の夜はお祭り騒ぎで、意外なことに村人によって解体されたブラッドベアの肉はとても美味しかった。
「うっうっ・・・魔法師様・・・本当にありがとうございました・・・」
「魔法師様、ありがとう!」
「え、あ、はぁ・・・」
報酬を貰っているとはいえ依頼を無事達成したのでお礼を言われるのは分かるのだが、お祭りの席では何故かソラにお礼を言いに来る人が続出した。中には泣いている人もいて、いくら嬉しいとはいえその過剰な反応にソラは若干引いてしまっていた。
最近身に覚えがないのにお礼を言われることがよくあるけど、そういうお国柄なのだろうか・・・。
実は、ソラは魔法で怪我人はおろか、腰や膝痛、古傷や病気までをも治してしまっていたのだが、そのことには気付かないでいた。
そのため、とても居心地の悪い一晩を過ごしたのだった。
ブラッドベアの肉以外の素材は王都まで運ぶのも大変だからとソラが預かり冒険者ギルドに持ち込むことになった。売った代金の受け渡しや復興に関しては依頼主の国が何とかするだろう。
二人は村に一泊し、翌朝王都に向かって旅立った。
行きと同じく騎乗で帰途についた二人だったが、帰りは王都とは違った賑わいを見せる街に寄り道をすることにした。カノンにとって、はじめての夏期休暇だ。ついたその日に魔獣の件まで片付くとは思っていなかったため日程に余裕があるからと、フェイが提案してくれたのだ。
今回の依頼は国からの指名依頼である。その為従魔便で無事に依頼を達成したことを冒険者ギルドへ報告したため、心置きなく街ぶらを楽しむことが出来る。国への報告はギルマスの仕事なのだ。
「この店だよ。ケーキがとっても美味しいんだ」
そう言ってはしゃぐフェイは今にも走り出しそうな勢いで店の中に入った。
フェイは本当にケーキが好きらしい。色々言ってはいたが、実はフェイが美少女の姿をしているのは、心置きなくケーキを食べる為なのではと、ソラは密かに思っている。
「いらっしゃいませ。あっ」
にこやかに迎えてくれた店員さんが、フェイの顔を見て声を上げた。フェイはこのお店でも常連らしい──というか、店のケーキを全商品注文して平らげる美少女など、一度見たら忘れられないだろう。
「こんにちわ。個室、空いているかな?」
フェイがそう言うと、店員は心得たようにフェイを個室に案内した。
貴族客用であろう個室に入り、二人が飲み物を注文すると、入れ替わるように次々とケーキが運び込まれてきた。
ソラがその中からチョコレートケーキとフルーツタルトを選ぶと、その他のケーキはいつものようにフェイのお腹の中に次々と吸い込まれていった。
食べ終えた二人が紅茶を飲み終え一息ついていると、廊下が少し騒がしくなった。
「俺を誰だと思っている!お前の首など俺の一声で簡単に飛ぶんだぞ!この俺に平民と共に席に着けというのか!?先客がいるなら追い出せばいいだろう!!」
何とも横柄な客がいたものである。
迷惑この上ないなとソラが呆れていると、フェイが席を立ち「出よう」と言った。
廊下を少し進むとそこには店員に食って掛かっている男の子がいた。ソラたちと変わらぬ年頃で、青い顔をした護衛らしき人物を従えている。赤い髪と同色の力強い瞳、世間的には美しい部類に入る容姿ではあったが、その態度は醜悪だ。
「あなた様がどのような方かは存じませんが──「店長」
店長の言葉を遮るようにフェイが声をかけた。
「ボクたちは終わったから、その人たちを通して上げて──」
「『その人たち』だと?お前!俺を誰だと思って──」
「君が誰だろうと興味はないよ。こんな街中の喫茶店で人目も気にせずわめき散らし、店員を脅すマナーも知らぬ輩が誰かなんて、知りたいとは思わないよ。関わりたくないからね」
「俺はっ」
「名乗らなくていいと言っているだろう。こんな醜態をさらしておいて今さら名乗るなんて、高位であればあるほど恥ずかしいことだから止めた方がいい」
ワナワナといかりに震える男の子の横をフェイが何食わぬ顔で通りすぎた。らしからぬフェイの様子にソラは慌ててフェイを追い、出入口に向かった。
個室に続く廊下で叫んでいたため一般客にも丸聞こえだったらしく、辺りはシンと、していた。なんとなく視線を集めているような気がする。
普段、会計は個室で済ますのだが今回はそのまま出てきてしまったため、一般客と同じ場所で会計をする。店員と二、三言葉を交わし会計を終えたフェイは振り向くと自分の魅力を最大限に発揮し、令嬢モードでにっこりと微笑んだ。
「皆様、ご歓談中に不快な想いをしてしまいましたわね。本来なら無作法を重ねた輩が手配するべきなのですが、彼はそのようなマナーもご存じないかと思われます。なので、代わりに私が騒がせたお詫びに本日の飲食代を支払わせていただきますわ」
途端に沈んだ店の雰囲気が明るいものに変わった。フェイが店を出たため、ソラもそれに続く。
「あいつどんなに偉いのか知らないけど、かなり嫌な人だったよね。護衛の人が気の毒だったよ!」
ソラは先ほどの男の子を思い出し、顔を顰めた。
その後、二人は気を取り直していくつかの屋台をハシゴした。
うち半数以上がスイーツ系の屋台であったが、ちゃんとスプーンかフォークがついてきたため、フェイの帽子に付けられた予備のフォークの出番はなかった。
少しソラが残念そうにしていると、目の前を見慣れぬ紋の鎧を着た騎士が駆けていった。
「いたか?」
「いや、いない」
誰か迷子になったのかなとソラは思ったが、手の中にあるエメラルドグリーンの液体の中に無数の気泡が舞い、シュワシュワ音を立てている妙に懐かしく感じる飲み物に夢中になり、すぐに忘れてしまった。
その飲み物は前世の炭酸に似ていてとても美味しく刺激的だった。その刺激が好みを分けるのだろう。あまり売れ行きは芳しくないようだった。
(やっぱアレを乗せないと物足りない・・・)
ソラは辺りをキョロキョロ見渡すと、すぐそばにアイスクリームの屋台を見つけた。そして無理を言ってその飲み物の上に白いアイスをひとつ浮かべてもらったのだ。
(やっぱこれだよね)
アイスの甘さと飲み物の刺激がマッチして、とてもおいしい。店の前でスプーンとストローを駆使しキラキラした目でそれを飲み食べるソラと、美しい所作で美味しそうに食べるフェイの姿に、その店に若い女性が列をなした。
店主にそのアイデアを使ってもいいかと聞かれ、ソラは快諾した。二つの屋台はその日、営業終了まで在庫がもたなかったらしい。
その日から二人の店主は必ず隣同士で店を開くようになり、そのスイーツは瞬く間に新たな街の名物として有名になったとのことだった。




