39 アイネの失脚
「あら、お父様もこちらにいらっしゃったの?」
アイネ・ゴルドベルグ侯爵令嬢はその場に通された。
応接室でも謁見の間でもないところに通され、国王と王妃だけではなく宰相である父に加え、宮廷魔法師長まで揃っていることに不自然さを感じていないようだった。
ゴルドベルグ侯爵は、陛下の御前であるというのに公私の区別もつかず、自身を『宰相』ではなく『父』と呼ぶ娘に冷めた視線を向けた。
アイネがこの部屋に案内されるまでの間に、アイネの中で床に臥しているはずのブライアンと拘束中であるはずのミレイユ、そしてオークス公爵はグラスの乗ったテーブルと共に続き部屋に移動していた。
「──して、アイネ・ゴルドベルグ侯爵令嬢。先触れもなかったようだが一体何用かな?」
国王直々に声を掛けられると、アイネは満面の笑みでそれに答えた。
「はい、国王陛下!お喜びください。私、独自の伝から王太子殿下が毒に倒れたという情報を得て、何かお役に立てないかと模索しておりましたの。そして解毒剤を探し出し、本日入手致しました!」
アイネは小さな小瓶をバッグから取り出した。それを宮廷魔法師長が受け取った。
アイネの計画ではこうだ。
ミレイユの淹れた紅茶の毒でブライアンが倒れる。致死量ではないから死ぬわけではない。発熱と息苦しさで日常生活もままならないという程度の毒だ。
毒はお金さえ払えばサインなど不要で売ってくれるという所で秘密裏に手に入れたため、足がつくことはない。
それをミレイユがブライアンとお茶をする際に好んで飲むという茶葉に浸透させ、侍女を使い二人がお茶をするという日にすり替えた。
毒を購入した際に解毒剤も注文したため探さずとも解毒剤は元々手元にあった。
ミレイユが毒を飲めば床に伏し、一生毒に苦しみ続けなければならないため王太子妃など無理。ブライアンが毒を飲めば暫く苦しんだ後、アイネが手に入れた解毒剤で健康を取り戻させる。アイネの情報収集能力は評価され、ブライアンはアイネに感謝し、王太子妃の席は確実に自分のものになる。王太子妃は公爵令嬢より地位は上!どちらに転ぼうとアイネはミレイユの上に立つことが出来る。
アイネはそう信じて疑っていなかった。
「そうか、非常に残念だよ。アイネ・ゴルドベルグ侯爵令嬢・・・」
国王の口から想像していたものと異なる言葉が紡がれた。
「?」
アイネは何を言われているのかさっぱり分からなかった。父であるゴルドベルグ侯爵の方を見るが、目すら合わせてくれないことで、得も言われぬ不安がアイネを襲った。
「どういう、意味でしょうか?」
もしこの場にカノンがいれば、気付いただろう。
以前、『暁の庇護者』のメンバーであるフランツが言っていたことだ。
ポーションには毒物や媚薬、毛染めなどがある。それらある種の状態異常を引き起こすポーションは必ず「解毒剤」をセットで販売しなければならないし、購入しなければならないという決まりがあると。
それには理由があり、ポーションは魔法を使うとはいえひとつひとつ人の手で作られる。状態異常のポーションには個体差があり、作成時でないと解毒剤を作ることが出来ないからだ。
しかし今まで状態異常のポーションなど使ったことは勿論買ったこともなかったアイネがそのようなことを知るはずもなく、解毒剤など同じ店で別途注文すればいつでも手に入ると思っていた。セット販売だとは知らず、どのみち後で入手するなら手間だと同時に注文したと思い込んでいるだけなのだ。
要は、アイネは解毒剤を所持していたことで自身が犯人であると、自ら名乗り出たことになる。
「そ、そんなっ!解毒剤を持っていたというだけで私を犯人と決めつけるのは早計ですわっ!」
侯爵令嬢であるアイネはひとつの毒に対して専用の解毒剤があることを詳しく知らないため、解毒剤を持っているから犯人だと言われても罪を認めず食い下がった。
指示を受けた侍従の男性が待機させていた近衛騎士が室内に入り、アイネを拘束した。そこへ続き部屋で様子を見ていたブライアンが姿を表した。
「やぁ。ゴルドベルグ侯爵令嬢」
「ブライアン、殿下?」
ブライアンの健康そのものの姿にアイネが驚愕する。毒に倒れたはずではなかったのか。
「僕はあの日、確かに毒を盛られたけれど、飲んではいないよ。だから僕が毒に倒れていると口にする者は、毒を盛った犯人と毒を盛るように指示した人物だけということになる」
自身の婚約者候補が近衛騎士に拘束されているというのに笑顔を崩さずアイネを断罪する──その姿にブライアンは当てにならないと、アイネは父であるゴルドベルグ侯爵の方を見た。
「お父様っ!」
「元からおまえにはこの国の王妃になる資格は皆無だった。知られていないと思っているようだが、公になっていないだけでおまえの罪はすべて知られている」
「罪って・・・」
何を言われているのか分かっていないアイネだが、続き部屋から姿を現したオークス公爵を見て全てを悟った。
「ミレイユねっ!!」
そして、アイネが豹変した。
「オークス公爵には申し訳ないですが、あの女は一属性しか発現しなかった出来損ないです!道理に反した存在です。王族に嫁ぐ価値もない!!そのようなものが二属性の私の上に立とうなどとは烏滸がましいのではないですか!!王太子妃候補を辞するよう、公爵から説得するべきではないのですか!?」
ゴルドベルグ侯爵が娘を見る。その表情からは何の感情も読み取れない。アイネはそんな父の表情にも気付かず叫び続ける。
「一属性の者など王太子妃には相応しくありません!一属性の者が私より上の地位に就くなど、あり得ない!!
ブライアン様も一属性より二属性の妻の方が良いのではありませんか?解毒剤はありますし、あの程度の毒で死ぬことはありません。それで一属性の婚約者候補を排除出来るのです。良いではないですか!」
オークス公爵が反応しないため、アイネはブライアンの方を見ると再び叫んだ。その姿はとても醜悪だ。
「君が何のことをミレイユのせいと言っているのかは分からないが、君に付き添って来ていた実行犯の侍女の身柄は先ほど取り押さえたよ。
君が私に毒を盛ったのは事実だろう。万が一毒を飲んでいて君の持ち込んだ解毒剤で状態異常が解除されたとしても、『苦しんでも死ぬことがなければ良い』何て言う令嬢など、恐ろしくて妻に迎えたいとは思わないよ。
それにね──」
興奮しているアイネは自分が自白してしまっていることに気付いていないようだが、致死量であろうとなかろうと、王族に毒を盛り殺害未遂という罪を犯したという自覚はあるのだろうか。そこに気付けない時点で王太子妃以前に貴族である資格はない。
「──ミレイユは二属性だったよ」
正確には属性魔法ではなかったが、表舞台から消えるとはいえ、ミレイユに悪意を持った人間にそこまで教える必要はない。
「え・・・」
アイネはその言葉を聞き、この部屋に集う者たちを見渡した。ブライアンの言葉を受け、皆が頷く。
「そんな・・・私がミレイユの『下』だったというの?」
「もういい、連れていけ」
詫びて済む問題ではないが、ブライアンや国王に対して謝罪の言葉がないどころか、この期に及んで『上』だの『下』だの言っているアイネに、ゴルドベルグ侯爵は娘を連れていくように近衛騎士に合図を出した。
「え、お父様・・・?」
「私に罪人の娘はいない」
余程ミレイユの『下』になったことがショックなのか、アイネはゴルドベルグ侯爵の言葉に頭を垂れると、近衛騎士に連れられ大人しく部屋から出ていった。
しばらくすると、続き部屋の扉が静かに開いた。
「オークス公爵令嬢。今まで本当に申し訳なかった。アレに文句のひとつでも言わなくて良かったのかい?」
ゴルドベルグ侯爵がミレイユに言った。
「確かにゴルドベルグ侯爵令嬢には思うところもありますが、わたくし自身の心が弱かったことや貴族の属性数至上主義の考え方にも問題があると思っております。──これ以上、彼女の矜持を傷付ける事もないでしょう」
ミレイユはアイネが連れていかれたドアの向こう側をなんとも言えない表情で見つめた。
その後、アイネの持ち込んだ解毒剤がブライアンに盛られた毒と対となっていることが宮廷魔法師の手により証明された。これによりアイネ・ゴルドベルグ元侯爵令嬢の罪は確定し、表向き急な病により領地で療養するとされ、秘密裏にダンジョンの最下層の地下牢へ送られることとなった。おそらく数年後には治療の甲斐なくこの世を去ったことにされるのだろう。




